2020年11月08日

Dig Deeper―『枯葉』を聴きなおす

フランスの歌、といえば誰もがその名前をあげるだろう『枯葉』。シャンソンの代名詞であるばかりでなく、国境もジャンルも軽く超え様々な言語の衣装をまとって歌われ、無数のアレンジで演奏されている。特にジャズの世界では、カッコいいフレーズが湧き出てくるインプロビゼーションの泉としてスタンダードナンバーとなり、フランスを脱ぎ捨てた旋律は幾世代ものジェネレーションに引継がれ今も美しい変容を続けている。 あまりにも身近で、あまりにも使い倒されていて…だからこそ、その素顔を知りたくなる。ほんとうはどんな歌だった?



そもそも、歌うために作られたものではない。踊るためのものだった。作曲家ジョゼフ・コスマがコリオグラファーのローラン・プティのためにつくったバレエ音楽『ランデヴー』に組み込まれた旋律にすぎなかった(ルグリとゲランが踊ったパ・ド・ドゥの中で流れていたのを耳にとめられた方も多いかと思う)。

歌としてお披露目されたのは、第2次世界大戦後の人間模様を描いたマルセル・カルネ監督の映画『夜の門』。(この曲をヒットさせたイヴ・モンタンの主演作であるものの、映画の中で歌ったのは女性歌手。)脚本に携わった詩人ジャック・プレヴェールが後づけした詞はどんなものだったのか。最近岩波文庫の一冊に加わった『ジャック・プレヴェール詩集』に特別待遇で収録されているので読んでみる。

まず、季節についてことさらふれていないのに驚く。(アメリカの名作詞家ジョニー・マーサーによる英語詞や日本語詞を彩っていた感傷的な晩秋の印象や移り変わる季節の情景への言及は、タイトルやあの旋律から喚起された詩的創作だ。)プレヴェールの詞にあるのは、飾りを排したビタースウィートな嘆息。あれだけ幸せな豊かな時間を共にした二人だったのに、それでも別れてしまったというなんとも言えなさをまだ抱えている。時が経っても私の中につもっている「あの頃」の残滓の象徴として登場するのが、掃き捨てられる枯葉の山(ひらひら舞い落ちはしない)。この歌が使われた映画自体ハッピーとはとてもいえない作品であったことも影響はしているのだろうが、想像していた以上に噛み締める詞があった。

が、いざ歌われると、歌は顔つきを変える。多くの歌い手たちはのあの強い旋律に引きずられうっとりし、いかに美しく歌うかに腐心するところで止まってしまう。旋律への思い入れのおかげで、詞までなんだかこってり化粧されてしまったようだ。素顔の歌を感じさせてくれるものはないかとyoutubeに相談してみたら、見つけたのがこの2曲。

フランソワーズ・アルディ



この歌と相容れない個性の人であると思う。歌った時はまだお若かったご本人もそれを意識しているのか、あっさり、そっけなく歌っている。その思いの薄さ加減が、歌の持つ微妙なニュアンスが息をする場を作ってくれているような気がする。ラテンの香りのする音にシフトするアレンジもお洒落。

アンネ・ソフィ・フォン・オッター
https://youtu.be/b5RlYr2ejHM

スウェーデンの名メゾソプラノの、フランスの歌を集めた2枚組アルバムより。母語ではない言葉で歌う緊張感と、声楽家ならではの音や言葉への繊細で精緻な目配り、楽曲を読み解く感受性、そして徹底したヴォーカル・コントロールでもってこの歌を洗いにかけ、見事に蘇らせてしまった。メロディの美しさはそのままに、詞が孕んでいたいわく言いがたいほろ苦さがすみずみににじんでいる。

また、この曲が多くのジャズの名演により歌の枠を超えて愛されてきたことをさりげなくしのばせる作りにもなってる。一カ所だけ、オッターはメロディを崩してみせるのだが、原曲から離れふっと身軽に浮かんでみせる身のこなしに、歌手とは違うアプローチでこの歌を愛した数知れないジャズミュージシャンへのオマージュを感じる。


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2020年10月09日

ジャック・リヴェットは死なず!―不知火検校のパリ探訪2018

2018年3月中旬から下旬にかけて、久しぶりに仕事でフランスを訪れた。2月下旬にヨーロッパを襲った大寒波は既に勢力が衰えていたようだが、パリは思いのほか寒く、雪がちらつくリュクサンブール公園を歩くことになるとは思わなかった。そんな中、カルティエ・ラタンの映画館は相変わらずの活況を呈し、熱気に包まれていたように思う。

1024px-Jacques_Rivette_Dreaming.jpg

今回はこの初春のパリの映画館の状況をリポートしてみよう。

私が何よりも驚かされたのは、映画館Reflet Médicis(シャンポリオン街3番地)でのジャック・リヴェット回顧上映である。リヴェット作品のうち特に上映されることが少ない初期の3作品、Duelle(『デュエル』、1976)、Noroît(『ノロワ(北風)』、1976)、Merry-go-round(『メリー・ゴー・ラウンド』、1981)の3本が特集上映され、それ以外にもLe Pont du Nord(『北の橋』、1981)も通常上映されていた為、『セリーヌとジュリーは舟で行く』(1974)と『地に堕ちた愛』(1984)の間に挟まれた最も謎めいた10年間に作られた作品群が一気に上映されるという趣向になった。

特集上映初日の『デュエル』の上映終了後には、出演した女優エルミーヌ・カラグーズと、多くのリヴェット作品のプロデューサーであったステファヌ・チャルガディエフが舞台挨拶に参加するとの告知があり、それを見届けようと、パリ中のリヴェット信者が映画館に集結した。その数は30名ほどで、若い学生も数名は混じっていたが、多くは60歳代から70歳代だろう。だが、年齢というものを全く感じさせない筋金入りの映画狂(シネフィル)という雰囲気を醸し出していた。舞台挨拶では、リヴェットがいかに自由に映画を撮る人間であったかということをプロデューサーは強調し、集まった人もそれであるが故にリヴェットを敬愛するという感じであった。

笑ってしまったのは、誰かが「ゴダールの場合は…」と発言しそうになると、すかさず、≪ Ne parlons pas de Godard ! ≫「ゴダールについて話すのはやめよう!」という合いの手が入ったことだ。まさにここにいるのはリヴェットと共に映画を発見し、映画を愛した集団であり、ヌーヴェルヴァーグの党派性とはまた異なるセクトであるということが痛感された一瞬であった。それにしても、こういう人たちと混じってリヴェットを見るというのは何という幸福だろう。彼ら、彼女らはゲラゲラ笑いながらリヴェットを見るのだ。そこにあるのは日本での神格化、神秘家されたリヴェットのイメージとはほど遠いものであり、彼らにとって、リヴェットはもっとも自分たちに近い「映画狂いのお兄さん」だったのだろう。

その他、シネマテーク・フランセーズでは「ルイ・マル回顧上映」、「溝口健二回顧上映」の他、「古典作品の見直し」としてデ・シーカやフリッツ・ラングの作品が上映されていた。また、日本ではまずありえない企画だが、文学、音楽、映画の三つの分野を自在に行き来するマルチ・クリエーターF. J. Ossangの回顧上映も行われていた。ちょうど2017年のロカルノ映画祭に出品された6年ぶりの新作 ≪ 9 doigts ≫がグランプリを受賞し、そのパリでの劇場公開に合わせた企画のようである。こういう映画が日本にまったく入ってこないのは不思議である。

さて、明日、パリを離れるという日に何を見ようか迷った末、私が向かった映画館はChampo(エコール街51番地)だった。常に最高のプログラムを組むことで知られるこの映画館で上映中なのは「ヴィム・ヴェンダース初期作品回顧上映」。夕食も済んだ火曜の午後9時20分に上映されたのは『アメリカの友人』(1977)。行ってみればこんな時間でも7割くらいの客の入りである。まことにパリの映画ファンとは時と場所を選ばずにやってくるものだ。ふと思い出してみれば、『アメリカの友人』を初めて見たのは26年前に滞在したニース。なぜかフランスに居ると見てしまう不思議な映画だが、40年前の作品なのに全く古びていないことにも驚かされた。1970年代のヴェンダースは本当に素晴らしいと痛感した一夜だった。

もちろん、フランスでも日本と同じように『トゥームレイダー』等のハリウッド大作が上映されており、それなりの収益を上げている。しかし、フランスではそのような上映形態とは全く異なる上映形態とそれを支える客層(その多くは極めて頻繁に劇場にやって来る)が確実に存在し、それがフランス文化の重要な一翼を担っているということを、今回改めて実感することが出来た。まさに、パリは今日もなお「映画の都」であった。

□TOP PHOTO:Rivette during filming of The Duchess of Langeais in 2006
By Raphael Van Sitteren - Own work, CC BY-SA 4.0,



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2020年09月20日

『わたしが「軽さ」を取り戻すまでー“シャルリ・エブド”を生き残って』 カトリーヌ・ムリス

最近読んだマンガに、こんなエピソードがあった。登場人物の一人が、しんどい状況にある二人に彼なりのメッセージとして写真集や画集を送るが、どちらからも見事に拒絶されてしまう。同じやらかしの経験者として、落ち込む「彼」と一緒に反省することしきりだったが、こんな疑問もわいてくるのだった。写真や絵の力に一方的に頼った彼のやり方はたしかにマズかった。しかし、写真や絵画は、芸術は、本質的に人を癒す力があるのだろうか?



そんな大きな問いを自らの人生でもって検証せざるを得なかった人がいる。この本の著者、カトリーヌ・ムリス だ。2015年1月7日に起こったシャルリ・エブド襲撃事件の生き残りの一人である。

男と別れて気が塞いでつい会議に遅刻したおかげで、彼女は辛くも難を逃れた。しかし、シャルリ・エブドのオフィスがある建物の前に到着したとき、まだ事件は終わっていなかった。路上で、逃げ込んだ近所のオフィスの中で、彼女は仲間たちが手にかけられる音をずっと聞かなければならなかった。Tak Tak!という発射音はその後ずっと彼女につきまとう。

それが終わった後、ムリス は生き残りとしての苦しみを生きることになる。事件直後はまともな会話が成立しないほどのダメージを受けていたにもかかわらず、シャルリ・エブドのスタッフとしてテロに対しリアクションをすることが求められたのだ。テロ後に発行された「生存者の号」の編集にも携わった。本書で公開された当時の創作メモは、ムリスの内面のあからさまな記録だ。一言でいうならばカオス。怒り、恨み、ヒステリックな叫び。全く笑えない、事件がらみのユーモア( 後の報道で殺人者もまたいろいろを抱えた人間であったことを知ってしまった「遠くの部外者」には正直ついていけなかった)。きれいごと抜きの赤むくれの彼女がここにいる。

役目を果たしたムリス は抜け殻も同然となる。何も感じない。記憶は飛び、同僚がかけてくれた新年を祝う言葉も思い出せない。大好きなプルーストのゆかりの地を訪れても何の感興も湧かない。このときの心境をムリスは綴っている。「自分が何者なのかわからない。 無の中に浮いている/精神科医にも言われたわ。身近な人たちや友人がどれほどの善意を持ってもわたしたちに起きたことを理解できないって/とても孤独を感じるだろうと」

そんなムリスを世界は放っておいてはくれない。警察は24時間警護という刑務所同然の暮らしを彼女に強いる。“Je suis Charlie”のスローガンに代表される、シャルリ・エブド襲撃犯が抱えていた憎しみとは真逆の、世間の強い感情の波をまともに被る。生き残りというそれだけの理由で、拍手の嵐の真ん中に立たされる。マスコミは彼女を追い回し、「虐殺」現場は観光名所になってしまった。もはや元の暮らしは望めない。男だって言い寄ってこない(SPに取り押さえられるのがオチ)。そして、11月19日の同時多発テロが彼女にダメを押す。

芸術の力にすがってみようとムリスが思いついたのは、そんな時だった。スタンダールがイタリアで美術の力に圧倒され気を失ったと書き記している。スタンダールのように美に溺れ、美の力で「1月7日」を相殺することはできないか。ムリスはローマへ旅立ち、スタンダールがしたように美の傑作をひたすら見る日々を送る。

スタンダールが力説していたような劇的な効果は現れただろうか?テロはなおもしつこくムリスにつきまとい、美に没入することを許してはくれない。しかし少しずつ、彼女は自分らしい物の見方を取り戻してゆく。ミケランジェロの手がけた教会の天井画を眺めているとき、魅力たっぷりな神のお尻を面白がっていることに気がついたり。そしてフランスに戻り特別なはからいで閉館後のルーブル美術館を生き残り仲間と見学した時には、カラヴァッジョの一枚の絵と目が合ってしまう。イタリアで見たドラマチックな生と死、光と闇に彩られた作品群とは違う、名画ではあるがぐっと世俗的な日常のおかしみに溢れた一枚。そんな絵と心のチューニングが合った彼女は、1月7日前の心の自由をほんの少しではあるが取り戻しているのかもしれない。

芸術とムリスとの関わりで美術とのそれより印象的だったのが、ボードレールの詩の一節を巡るものだ。襲撃で亡くなったシャルリ・エブドの校正担当が、新年の挨拶とともに彼女のために暗唱してくれた言葉でもある。事件のショックで消えてしまったその言葉を、しばらく経って彼女は思い出す。新年に相応しい、高揚感に満ちた華麗な言葉は、通奏低音のように彼女の中に響き続ける。彼女の受けた傷を塞ぎ、直接痛みを和らげることはない。しかしそれは遠くにある光のように、どん底にいる彼女をそっと支えていたように思う。

ムリスの「実験」から言えることは、芸術の「効力」とはそれに触れる人次第ということだろうか。見る人の側の用意ができていなければ、それがどんな傑作であっても無力なのかもしれない。 しかしそれが誰かのために特別に選び思いを込めて届けられたものであるならば、また違ってくるのかもしれない。ボードレールの詩がムリスに捧げられたとっておきの言葉でもあったように。

最後にこの本についての注意書きを少し。セリフの吹き出しはたくさんあるけれども、いわゆるマンガとは手触りが違う。イメージを喚起するたくさんの絵が添えられた言葉の本、というほうが近いだろうか。また、タフな一冊でもある。表紙の淡いタッチのイラストにごまかされてはいけない。わかりやすい立ち直りの物語を期待したら返り討ちにあう。作者はまだ「途上」の人であり、この本をよむことは作者の傷に触れることでもある。ある意味「覚悟の書」なのだ。絵の一枚一枚を描きあげることがどれほど大変だったろうか。2016年の時点でここまで自分をさらけ出したその勇気に敬意を表したい。


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2020年09月16日

『ニューヨークの巴里夫』セドリック・クラピッシュ〜複雑な関係をタフに生きる

フランス人とアメリカ人の恋愛観の違いについて、フランス人は恋人と別れたあとも友人として関係を継続するけれど、アメリカ人は別れたらそれで終わりになる、とよく言われる。アメリカ人の男女関係は基本的に They lived happily ever after (ふたりは末永く幸せに暮らしましたとさ)で、もし別れてしまったらそこでリセットされる。彼らにとっては形が大事なのだ。アメリカ人男性とフランス人女性のカップルの物語、『パリ 恋人たちの二日間』(ジュリー・デルピー監督)でも、この違いがコミカルに描かれていた。ちなみに、「ふたりは末永く幸せに暮らしましたとさ」はフランス語で Ils vécurent heureux pour toujours. (vécurent は vivre の単純過去形)



『スパニッシュ・アパートメント』(青春3部作の1作目)で別れたフランス人のカップルが、『ロシアン・ドールズ』(2作目)では良き相談相手になり、『ニューヨークの巴里夫』(3作目)では最後にはお互いの子供を連れて合流という話になる。今のフランスでは、そうやってできた「複合家族 famille recomposée 」が当たり前になってきている。あるフランスの社会学者が「家族を作るのは結婚ではなく、子供になりつつある」と言っているが、子供ができると、子供を中心に生活を組み立てざるを得ない。そして子供の方も両親のあいだを行き来して生活することになる。2006年の時点で、フランスでは120万人の子供が複合家族のもとで暮らしているようだ。

フランスでは、離婚したあとも子供のために、苦々しい思いをしながら、バカンスなどで別れた相手や相手の新しい家族と一緒に過ごさなければならない。複合家族や変形家族を営むためには、親の方も精神的にタフでなくてはならない。再婚相手の子供を虐待するという事件が日本でよく起きているが、相手の元夫や元カレと比較されることに、ヘタレ男は耐えられないのだ。『ニューヨークの巴里夫』でグザヴィエは子供の問題を話し合うために、ウェンディの新しいアメリカ人の夫に会いに行くが、英語が下手なゆえに子供扱いされる。フランス人もこういう目に合うのかと思うと可笑しい。「お金持ちだから彼と結婚した訳じゃないのよ」とウェンディは言っているが、彼女の再婚相手はさらにお金持ちなのだ!

この屈辱感は想像に難くないが、それでもグザヴィエはへこたれない。ニューヨークで子供と過ごす時間を作るために偽装結婚まで企てる。今の時代において本当の幸せをつかむ鍵は、男のプライドを捨てることあるのだろう。それは伝統的な家族像が有効だった過去の遺物にすぎないのだから。今はなりふりかまわずに、中身を取りにいく時代だ。グザヴィエは子供を公園で遊ばせているうちに、同じような境遇の父親と親しくなる。俺たちは元妻と子供と一緒の時間を奪い合う戦士だ!と彼は言っている。一方で、そういう複雑な関係を生きることで人に共感でき、本当の寛容さが身につく。

もちろん複合家族なんて回避できた方が良いに決まっている。しかしそうなってしまった以上、見栄や世間体よりも、「こうなっちゃったんだからしょうがない」と開き直り、その局面において合理性を追求するしかない。たとえその選択が正しいかどうかわからなかったとしても。そういう複雑な関係に適応できないのは大概男の方で、それを打開するコミュニケーション力や人間力も低かったりする。日本では中高年の男性の孤独死が問題になっている。まさに人間関係を作る力がないからだ。会社をリストラされたり、病気になったりして、お金を稼げなくなったとたんに妻にも子供にも見捨てられる。会社人間で家族を顧みず、家族のあいだの愛情や信頼を育んでこなかったせいだ。生活はすべて妻に依存し、ひとりで生活する力がない。それゆえひとりで寂しく死ぬことになる。日本では結婚することも難しくなっているが、愛と信頼のある関係を維持することはさらに難しい。

フランスはこのような傾向を制度的にもフォローしている。社会学者の宮台真司氏がよく言っているが、ヨーロッパ全体を見ても、80年代くらいから、家族でなくても、「家族のようなもの」であれば支援しようという政策を始めている。具体的には、婚外子、シングルマザー、同性婚の支援などだ。伝統的な家族の形を維持できないとすれば、見かけは違っても、同じような機能を果たすものなら、それを肯定しよう、さらにはそのような集団を積極的にデザインしようという考え方だ。もはやいろんな家族の形を認めざるをえず、個人は与えられた条件の中でそれなりの幸せを実現するしかない。『ニューヨークの巴里夫』の原題 Casse-tête chinois は「はめ絵遊び」のことだ。最初から理想のモデルがあるのではなく、与えられた条件の中でそれぞれが最適な「幸福のピース」を見つけていくことが肝要なのだろう。

映画の中にはレズビアンのカップルも出てくる。イザベルとジューだ。そしてグザヴィエは彼女たちが子供を作るために精子を提供する。『ニューヨークの巴里夫』には、こういう時代の先端を行く家族形態も盛り込まれている。アメリカでは若者が金銭的な動機でドナーになることもあるが、そういうドナーでも自分の精子から生まれる子供に興味を持ち、子供の将来を心配する。子供もまた自分に父親がいないことに関心を持ち、生物学上の父について知りたがるのだという。映画の中でもグザヴィエの息子が、グザヴィエが精子を提供して生まれたイザベルの娘を「妹」として認識し、ささやかな愛情が芽生えている。

現代社会では、個人は人生を自分の判断によって主体的に選び取り、その結果を自分で引き受けなければならない。私たちは判断をめぐって右往左往し、これまでありあえなかった後悔を生むことにもなるだろう。これまで職業が人生の最も重要な選択であり、自己実現とも結びついていた。現在はそれだけにとどまらない、様々な選択の機会に直面することになる。「結婚する・しない」「子供を産む・産まない」(不妊治療を受ける・受けない、あるいは養子をとる)から、自身のセクシャリティー(LGBT)、自身の死期(安楽死、ガン治療、葬儀)にまでそれは広がっている。もし子供がいるならば、どのような教育を受けさせるかは頭の痛い問題だ(実際に自分も経験したが、日本だと「子供に中学受験させる・させない」が大きな分岐点になる)。そういえばウェンディとグザヴィエも子供の学校のことで激しく口論していた。リベラルなグザヴィエにとって制服のある学校なんて問題外なのだ。そして現代社会は個人の人生の選択のための法や制度の整備を粛々と推し進めていく。伝統や偏見のプレッシャーは軽減されるかもしれないが、私たちは伝統や社会的な通念というレールがない状態で、それらを逐一選択していかなければならない。

cyberbloom


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2020年09月01日

『マチルド 翼を広げ』Demain et Tous Les Autres Jours

飛行機の中、というのも思いがけない映画との出会いがある場所だ。あてがいぶちのラインナップから選び小さな画面で見た作品が当たり!だったりすることもある。期待していた本命の新作映画が見当たらず、肩透かしな気分のまま機内でピックアップした本作について書いてみたい。



9歳の女の子、マチルドはママンと2人パリのアパルトマンに住んでいる。別居しているパパとはときどきスカイプでおしゃべりする。周りの人からは変わっている子と言われ先生からも心配されるけれど、独りでいることが嫌いじゃない。勉強だってちゃんとする。カラフルなユニークちゃん、というより、自分がちゃんとあって、自分の感性と美意識を大事にしている女の子なだけだ(きれいに飾ったマチルドの部屋を一目見ればわかる)。かしこくて一生懸命な、まさにおとぎ話の主人公をリュス・ロドリゲスが好演している(小鼻がちょっと膨らむ風なのがかわいらしい)。

マチルドが素敵な私の部屋を持つ女の子になったのは、感性豊かなママンのおかげだ。ママンはマチルドよりもっとずっと変わっている。例えば、ある日突然ウェディングドレスをデパートで買いもとめ(そうする理由はちゃんとあるのだ)、試着したまま家に帰ってくる。白い裾を雨に濡れた街路で汚しながら。他の子のママンと違って、マチルドの面倒を見るよりマチルドに世話を焼いてもらうこともそれなりにある。だからマチルドは自分で夜ご飯を食べて自分で起きて学校に行くことができる子になった。それでも、ママンの事がマチルドはとにかく大好きだ。

唐突にママンがプレゼントしてくれた小さいフクロウがマチルドとだけおしゃべりできることがわかり(かわいい外見に似合わず陽気なおっさんキャラだったりする)、マチルドの感じ方や考え方をわかってくれる友達になってくれたおかげで、マチルドの世界はぐんと彩りを増してゆく。その一方で、ただでさえ不安定なママンの心の調子はゼツボー的に悪くなってゆく。マチルドが一生懸命準備したことも全く悪気のないママンのお陰でおじゃんになり、マチルド自身も危険な目にあう。ママンとマチルドの静かで豊かな世界は崩れてゆく。

ここまでくると、なぜしゃべるフクロウも登場するおとぎ話仕立てなのかがわかる。そのままを映画にすればこぼれ落ちてしまうものがあるからだ。世間さまから見れば、迷惑ばかりかける母と耐える娘である。リアルを追求しながら「社会の中の2人」を描けば、マチルドの将来とか生活費とかママンの病の理由の詮索とか、いろいろとついてきて大事なことががぼやけてしまう。現実を締め出してこそ初めて見えてくるものもある。

一つはママンの存在感。どうしてマチルドがママンのことを好きなのか。この問いに映画はきちんと答えている。親だから、だけではなく魅力的な人だからだ。他人の目にはトラブルでしかなくても。事実、本作の監督でもあるノエミ・ルヴォヴスキが演じた、静かな微笑を絶やさないママンの心ここにあらずな表情やたたずまいはなんともいえない透明感があって美しい(前作での「元気なカミーユ」が演技だったこともよくわかる)。

そして、ママンが苦悩する人でもあることもしっかりと捉えている。自分を置き去りにしてどんどん飛び去る思考に振り回され、追い詰められてゆく苦しみ。やらかしてしまったことを知った後の絶望感。大事な人たちと思うように接することのできないもどかしさといったものをを常に抱えていることを。ママンのような存在は大抵の場合「主人公を脅かすやっかいな問題」として平面的に描かれがちだが、この映画は違う。これまで見てきた「メンタルを病んだ人の演技」にはないものを感じた 。観察映画『精神』に登場した人たちに見たものー自分の内面で沸き立つものと戦う人の静けさーにより近いものとでも言おうか。

もう一つは、マチルドとママンの関係だ。社会が掲げるあるべき母娘の姿とはかけ離れているかもしれない。しかしマチルドとママンはそうやって一緒に1日1日を積み上げ、次の日を迎えてきた。他人には問題行動とその結果の繰り返しのように見えても、2人にしかわからない世界があるのだ。

マチルドは、ママンの心が絶えずどこかにさまよっておりいつか自分から離れていってしまうのではないかと勘付いている。だから一生懸命ママンによりそう。ママンはママンで自分を求める大事なマチルドの声に応えたいと思っていて、がんばろうとする。でもうまくいかずに、変なことになってしまう。まるで悪い魔法にかけられてしまったみたいに。こんなにもそばにいるのに繋がらない、二人のなんとも言えない微妙でせつない関係が交わし合う視線、触れ合う体からきちんと描かれている。観ている側にはたまらないのだけれども。

そしてママンはある決断を下す。ママンにかけられた「魔法」が解け、ママンとマチルドが再び母と娘として巡り会うことができるのか、何も考えずに互いをしっかり抱きしめることができるのか。それはぜひ映画をご覧になって確かめていただきたい。

話し相手のフクロウ(映画『愛と哀しみの果て』でメリル・ストリープがペットにしていたのと同じ種類だろうか)も脇役としていい味を出していた。 愛嬌なしのデッドパンなタイプの動物ゆえ、好き勝手なおしゃべりもすっとはまる 。父親役のマチュー・アマルリックの静かな存在感も印象に残った。

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2020年08月29日

『カミーユ、恋はふたたび』(2012年)

テレビで映画を見る楽しみは、予期せぬいい出会いがあること。たまたま出くわしたそんなフランス映画を1本をご紹介したい(ある程度ストーリーに言及するのでご注意ください)。



主人公カミーユはパリに住む女優、40才(本編の監督で脚本も手がけたノエミ・ルヴォウスキーが演じている)。美魔女とはほど遠く、Z級スリラーの殺され役などして暮らしを立てている。25年連れ添った夫との間に二十歳を超え独り立ちした娘が一人。外に女がいる夫から離婚を切り出されている。ブルーな毎日を乗り越えるのにお酒が手放せない。

大晦日、友達の家で開かれたパーティで飲んで踊って昏倒したカミーユは、病院のベットで目を覚ます。新しい年はもう来たらしい。様子を見に来たナースが真顔でとんでもないことを言う。「ご両親が迎えにくる」って、どういうこと!!そして15才の頃の New Year’s Day にタイムスリップしてしまったことに気がつくのだ。

鏡に映る自分の姿は相変わらすくたびれた中年オンナ、おつむも気持も目覚める前と変わりはない。病衣からマドンナ風の重ね着ファッションに着替えた自分ははっきりいって悪い冗談にしか見えない。けれど、他人から見れば15才の女の子でしかないらしい。

あの頃の元気な両親と再会して感激するカミーユだが、間もなく16才を迎える自分に起こることを思うと現状を手放しでは喜べない。彼女の波乱の人生は16才の年にスタートしたのだ。夫となる同級生の彼と出会い妊娠、出産。演劇とも出会い、舞台に立つ喜びも知った。そして、突然の病で母を失った(妊娠発覚が死の引き金をひいたと今も思っている)。またあの怒濤の日々を経験するのだろうか。

はからずも40才にしてもう一度生きなおすことになった15才のガールズライフは身にしみることばかり。コスプレでないリアルタイムの80年代ファッションを着こなすクラスメート達はまるでオコちゃまで、一生懸命で、かわいい。

共働きで堅実に暮らす両親が、アーパーな一人娘である自分に注ぐ愛情がひしひしと伝わる。バカだったからちっともわからなかった。ふくよかできれいでやさしいママン!何気ない一言がどれも愛おしい。(夜、仕事帰りの母と娘が語り合うシーンはこの映画の白眉でもある。)

彼(お肌がすべすべ)が自分に寄せる、記憶していた以上に直球な思いも胸に迫る。そして芝居のおもしろいこと!学校行事の一つとして参加したゴルドーニの古典喜劇の台詞がこんなに新鮮に響くなんて。全てを知る40才の自分を意識しつつも、時にティーンエイジャーに戻ってじゃれあううちに、カミーユの顔つきが変わってゆくのがおもしろい。酒浸りのくたびれた顔に、いきおいと表情が戻ってくるのだ。シワもたるみもそのままなのだけれど。若いコに混じった若いカッコの40才がサイトギャグから違和感ない存在に見えてくるからたいしたものだ。

しかし、日々をエンジョイしているわけにもいかない。ことが起こってしまう前に未来をもう少しましなものにできないか。カミーユはじたばたしてみるのだが、人生の筋書きを大きく変えることができないことに早くも気付いてしまう。彼の求愛を受け入れここで妊娠しなければ、未来にいる娘が消滅してしまう!。少し違いを生じさせてはみたものの、カミーユは結局16才だったときと同じことをもう一度経験するはめになる。

そして再び昏倒したカミーユは、21世紀の新年の朝、友人の家のベットで目を覚ます。タイムスリップを経験しても、結局世界は何も変わっていない。過去にいる間にかすめとった一つ二つのちょっとしたいいことをのぞいては。

変化があったとすれば、それはカミーユ本人の胸のうちだろう。リフレッシュした、アップデートしたという意味の変化とは違う。むしろ「私、年を取った」というのが正直なところではないか。何が何だかわからないまま過ぎたあの日々を自分の意志で生きたことで、彼女は覚悟を決めたのだ。16才から積み重なったいろいろなこと―ままならなかったことも今直面していることもひっくるめ全部抱きとめて生きてゆく、私を全うする覚悟を。

そしてカミーユはある決断をする。それがどんなものかは、ぜひ映画をご覧になって確かめて頂きたい。それを語る彼女の言葉も含め、フランスでしか作れない映画だと思った。「タイムスリップもの」を作っても、一味違うのだ。

80年代の学生生活が映画の大半を占めるだけあって、部屋の壁に貼られた切り抜きから流れる音楽までそのころのアイテムが満載だが、特に印象に残ったのが当時世界中でヒットした、Katrina & The Waves の “Walking on Sunshine”。恋に夢中なキラキラした女の子の気持をストレートに歌ったアッパーなポップ・ソング。21世紀の大晦日では元気なあの頃を思い出させ、オバ達を踊り狂わせる懐かしのダンスチューンとしてパーティでかかっていた。タイムスリップ先では、今のアタシ達の気分を代弁してくれる、流行の曲として流れていた。

映画の終盤、New Year’s Day の朝に友人の家を出たカミーユを捉えた映像が挟み込まれる。降り注ぐ朝の光を浴びて誰もいない雪の積もった街路をひとりゆく彼女の後ろ姿を見ていると、この曲が頭の中で流れてしようがなかった。何もいいことなんかないんだけれど、「ね、いい気分じゃない!」と自分を奮い立たせ口角上げて前を向ける大人の底力を感じたのかもしれない。

“Walking on Sunshine” とはこういう曲です。80年代当時の映像でどうぞ。
https://youtu.be/iPUmE-tne5U

映画の中でタイムレスな音楽としてバルバラの曲が2曲さりげなく使われていたのも印象的だった。歌詞の内容から、二人が歌う場面でセレクトされたのがこちら。

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2020年08月25日

『見えない違い 私はアスペルガー』 原作:ジュリー・ダシェ 作画:マドモワゼル・カロリーヌ

マンガの伝える力に瞠目したのは、吉本浩二の『寂しいのはあんただけじゃない』を読んだときだった。文字情報だけではどういうものかわからなかった「耳鳴り」や「聞こえにくさ」を頭上にジェット機、側に稼働中の洗濯機とズバリ絵で表示したり、聞こえた言葉のタイポグラフィーを激しくいじることで一目でわかるものにしてくれた。そうだったのか!と驚くとともに、聴覚障害という言葉の後にある世界に初めてつながったように感じた。



この本も、マンガの伝える力を最大限に活用している。アスペルガー症候群と診断される主人公、かつての原作者の等身大の存在とおぼしき27才のマルグリットの一日を描いた場面では、彼女のしんどさが募ってゆく様が手に取るようにわかる。例えば、静かな早朝のオフィス(彼女にとって快適な空間)が、始業時間が近づくにつれて音に飲み込まれてゆくシーン。ありふれたオフィスの中の音が色とタイポグラフィーを駆使してマルグリットを悩ませるモノとして図示される。

エピソードにさらりと盛り込まれた、マルグリットが人と付き合うことの難しさ(とそのせいで彼女の回りに発生する不協和音)にもなるほどそうなのか、と思うことしきりだった。相手の表情から間の悪さ、気まずさが痛い程伝わる。これもリアクションを微妙なところまで表現できるマンガならではのことだと思う。

誰でもこれくらいして当たり前、なことが彼女にはこなしがたい。なんとかしようと必死に努力しても回りにはとんちんかんな振る舞いにしか見えない。着るもの食べるものなどマルグリットにとって譲ることのできない細かなこだわりの存在も手伝って、「変な人」のレッテルを貼られてしまう。私は変わっているからと、マルグリットも世界と真正面からつながることをあきらめてきた。

仕事でもプライベートでも壁に突き当たったマルグリットは自分のしんどさと向き合い、医療と正しくつながり、ついに「正真正銘のアスペルガー症候群」と診断される。子供の頃からの「謎」にとうとう答えを見つけたマルグリットは考え抜いた結果、自分の生き方に大鉈を振るう。

「アスペルガー症候群について適切に伝える好著」を越えてこの本が読み手に語りかけるのはここからだ。マルグリットは片隅の存在であることをやめ、自分を中心にして自分と世の中との関係を積極的に見直す。世の中が目の前にぶらさげた「普通」「正常」に近づくよう努力を続けるのはもうおしまい。社会の中で生きる上で折り合いを付けなければいけないことには知恵を絞って対処するけれども。そして、自分らしくのびのびとしていられる関係以外は人間関係をリセットすることを選ぶ。

そこにはマルグリットと親しくつきあってきた人との別れもあった。私はあなたが好きだし、あなたがいろいろある私のことを好きでいてくれたのはうれしいけれど、あなたにとっての私があなたの「普通」の基準からはみ出た残念な人のままであり続けるなら、一緒にやってゆくことを終わりにしたい。「血を流す」決断だ。けれど彼女はやってのけた。マルグリットが別れを心に決める瞬間を描いた、連続した彼女の目のアップのコマから始まるシークエンスは、マンガならではの軽やかな自在さのおかげですっと胸に届くものがあった。

大整理のしめくくりに、マルグリットは自分のためにもう一つ勇気のいることをする。そこまでするか、というリアクションもありそうだけれど、ことが終わった彼女の晴れ晴れとした顔に拍手を送りたくなった。

フランスのマンガ(BD)と聞いて何やらマニアックなと二の足を踏まれる方もいるかもしれない。が、色使いがきれいでイラストタッチのガーリーな絵柄も手伝って、典型的なマンガというより文章の多い大人の絵本として読んだ。

年を重ねるにつれ、惰性としがらみとなあなあの中で身動き取れなくなっている自分に気付かされる。少々のことと目をつぶって腰が上がらない情けなさを噛みしめる身だからこそ、自分に真摯に向き合い自分を大事にすることを最優先にして新たな人生を歩み出したマルグリットに、敬意を表したい。ジミー・クリフの歌ではありませんが、this little girl is moving on! なのだ。

posted by cyberbloom at 23:27 | パリ ☁ | Comment(0) | マンガ+アニメ+BD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2020年08月21日

エドゥアール・ルイ『エディに別れを告げて』

『ルボ 川崎』は刺激的な一冊だった。きれいなモールやタワーマンションが建ちジェントリフィケーションが進むもののタフな土地柄という面も持つ川崎で、多様なルーツを持つ若い世代がラップやスケートボードといったヒップホップ・カルチャーを拠りどころに生き抜くさまが活写されていた。



結局はアメリカのものなのかもと遠巻きに見てきたヒップホップ・カルチャーが生活の一部として根付いていることに驚嘆するとともに、ぼんやりと思った。マッチョであることがベターとされるきらいのあるこの文化にどうしてもなじめない子はどうしているんだろう?輪に入るとっかかりになるものなのに。今回取り上げる本の主人公、エディも輪の外にいる子だ。

マクロン大統領の出身地、北フランスのピカルディ地方。1992年、低所得者が多く住むある村にエディは生まれ、育った。甲高い声とほっそりした体つき、柔らかい仕草で村の子供の中でも浮いた存在の男の子。兄姉や同級生にとっての日常の音楽、ラップがダメだった―キラキラした女性シンガーが歌うポップスが好きだった。その土地の男女が共有する理想像、「タマのあるワル」ならやらないことをするやつは軽蔑されるしかない。エディは「ペデ(ホモ)の腰抜け」と中学で徹底的にいじめられ、激しい暴力のターゲットになる。

やっかいなことに、エディの見かけに対する罵り言葉は彼の秘めた性的志向を正確に言い当てていた。女達には何も感じないことは子どもの頃からわかっていた。バレてしまえば家族はおろか学校、土地の誰かれもに「生きる価値もないヤツ」と切り捨てられてしまう。「オカマの変わりもの」とバカにされながらストレートのふりをし、へっぴり腰のワル志願としてフツーのみんなに必死ついてゆくしか生き延びる道はなかった。

両親に打ち明けるなんて絶対にありえない。親になるどころかちゃんとした大人になる用意もろくにしないまま子ができてしまった二人だ。普通の親のやることができない。その日をしのぐのに精一杯、夕飯のテーブルに出せるものが近所の農家からわけてもらった絞り立ての牛乳しかないなんてこともある。ベルグル(「いい面(ツラ)」という意味らしい)なんてキテレツな姓を名乗らなければならない息子の名前を、アメリカドラマの登場人物から拝借して悦にいっている無神経な人間が、繊細に生まれついた息子の悩みなぞ理解できるはずがない。

土地の大人達も両親とさして変わらない。身体を壊して働けなくなるほど重労働な工場勤めや寝たきり老人相手の介護と、どうがんばっても一家の食い扶持ぎりぎりの金にしかならない仕事の後は、テレビと大酒とケンカと夜のお楽しみしかない。若者であればクルマとサッカー、ラップにカレシ/ガールといちゃつくことが選択肢にプラスされるけれど、恐ろしく狭い世界に変わりはない。こんな人生がを何世代にもわたって繰り返される土地にエディはいた。ここで生きてゆくことはできない。

学校の授業が救いの場だったエディはピカルディ地方の中心都市アミアンにある名門高校に入学を許され、故郷を出て行く。パリの最高学府で学ぶエリートになったとき、家族とも縁を切り普通にフランス的な新しい名前、エドゥアール・ルイを法的手続を踏んで手に入れた。人生の再スタートを切った21才の彼が発表したのが、かつての自分、エディの凄惨な日々を綴った私小説だった。

しかしなぜ、しっかり蓋をし永久に葬って当然というぐらい凄まじい少年時代の記憶をたどり、小説という形で言葉にしたのだろう。世間を驚かせたかったのだろうか(実際、衝撃を受けた読者のおかげでこの本はベストセラーとなった)。いろいろ考えてみたが、その記憶は今も作者の一部であるということにつきるのではないか。消し去ることは、その地獄の日々を生きたエディを見えないものにすることだ。口をつぐんできたエディに語らせたかったのだと思う。その五感が感じ取ったことを。暴力の痛みと身体が壊れてゆく感覚。ローティーンのころ初めて他人に体を開いたときに覚えた性的興奮。表現は極めてヴィヴィッドであからさまだ。本を閉じてしまう人もいることと思う。しかしそのcandidとしかいいようのない表現、ごまかしや嘘を徹底して排したどりついた果ての言葉には思いがけない無垢さがある。

故郷の村―四季とともに変化する美しい自然の中で私たちが親しく感じているフランスとことどこくかけ離れた日常が営まれている場所−の暮らしや両親をはじめとする土地の人々についても頁が費やされているのは、その場所もやはり彼の一部となっているからだろう。ピカルディ方言でしか話せなかった自分を消し去ることができないように。どこへ行こうともその土地の子供なのだ。

冷静に描き出される無茶苦茶さの向うには、ひどい生きざまに甘んじざるを得ない人々の諦めが見えてくる。その土地で生きることは、ワルでマッチョであることが全てに優先する狭い世界を受け入れるということだ。印象的だったのは、若くして刑務所で病死した年上のいとこの話だ。いっぱしのワルで、仮出所中に逃亡を試み警察と大立ち回りもやった。裁判にかけられた時、情状酌量に繋がるような質問を投げかけられたものの、いとこはまともに答えることができなかった。質問の意味が、使われているタームのレベルでわからなかったからだ。いとこの無謀と反抗の人生の裏には、出口を本能的に求め続けたナイーヴな魂が見え隠れする。手が差し伸べられていれば別の人生があったのかもしれない。そんな無言の問いかけは、両親に対するアンビバレントな感情にも繋がってゆく。

こんな親を持ってしまったことで、エディは死ぬ思いを味わった。否定しようのない事実だ。その一方で、エディの言葉からは、「そういう形でしか息子と接することができなかった二人」が浮かび上がる。自分達のどうしようもなさに気がついているけれどどうしようもできないでいるひとたち。(父親は、一度は故郷を離れ外の世界で生きようとしたものの帰ってくるしかなかった、挫折した人間でもある。)しかし二人は、息子を愛していた。その表現方法が全くのデタラメだったにしても。両親から自分に注がれた感情が自分の一部をなしていることをわかった上で、作者は全てをさらけだすかのように両親のことを綴る。このことが、作品に強さをもたらしているように思う。

こんな話日本では絶対ありえないし、と思う方も少なくないだろう。が、この本から聞こえてくるものは、スマホに寄りかかる今の日本の暮らしにも潜んではいないか。「知らない」ということがやすやすと人々を縛ってしまうこと、ブラックな職場での激しい労働に悲鳴をあげる身体。エディが経験しなかったこと―ネグレクト―が新聞の社会面に普通に載ってさえいる。楽しい読後感を味わうための一冊ではないが、この本は手に取った人に訴えるものをもっている。

by GOYAAKOD

posted by cyberbloom at 12:00 | パリ ☁ | Comment(0) | 書評−フランス小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2020年08月16日

パリからの手紙 ― 増井和子さんのこと

子供の頃に見知った「すてきな大人」の訃報を目にすることが増えた。物事には順番があってどうしようもないとは頭ではわかっているのだけれど、やはりさびしい。長い間埋まっていたピースが一つ、はらりと欠けおちたような気持といおうか。先頃他界された増井和子さんもその一人だ。



昭和の子供に開かれた文化への窓というのは、今に比べればたいそう小さかった。親の本棚はそうしたささやかな窓の一つで、何もすることがない休みの日に勝手に抜き取って眺めていた。中でもおとがめを受けにくいのが『暮らしの手帖』だった。 

今思い返しても不思議な雑誌だったと思う。いい意味でぐっと野暮ったく、強い意志を感じさせた。花森安治による独特の手描きレタリングとインパクトのあるイラストが陣取る表紙をめくると、多様なトピックスが無造作に並んでいる。おなじみ商品テストから、夜間保育に取り組む保育園についてといった身近な社会問題のルポ、一流シェフによるバター香る西洋料理のわかりやすいレシピ、バイタリティあふれる日常を綴った読者の投稿欄。ファッションの頁もあったけれど、ブティックに今並んでいるものは載らず、夫の仕事の都合で日本にやってきたアメリカやヨーロッパのの奥さまの普段のワードローブを紹介していた(これがなかなかセンスがよくて好きだった)。具材が持ち味を主張しつつも、スープそのものもおいしい、おおらかなシチューのようなたのしさがあった。

読むところの多い雑誌でもあった。便利な商品の紹介頁からテレビ時評、モームやモーパッサンの名作を語り下ろす頁まで(滅入ってしまうような人生の厳しさを垣間みてしまった)なんでも読んだが、とりわけとっつきやすかったのは、「すてきなあなたに」と銘打たれた、複数の無記名のライターによる短いコラムの花束のような頁だった。物事によく通じた、品のいい大人の女の人たちが日々の生活で感じたことや小さな出会い、出来事を書き綴る。コラムの形を取ってはいるが、どこか読者に宛てた手紙のような趣きがあった。とりわけ興味を掻き立てられたのは、パリに住んでいる人がいる、ということだった。あの街に普通に暮らしているなんて。こんな行き届いた、(当時はまだこの形容詞をしらなかったけれど)「シック」な大人がいるのか。畳に腹這いになり、広げた雑誌を前に思ったものだ。その人こそが、増井和子さんだったのだ。

増井さんの名前を初めて意識したのは、『暮らしの手帖』に載った長めの署名入りの文章を読んだときだ。高田賢三のパリ・コレクションで、ある一着の服−今の目で見ればリアルクローズとして活躍するだろう一着−がランウェイで披露されるまでの物語。ファッションに関心のない家の子供は高田賢三がどれほどの人なのか見当もつかない。でも、魅了された。「主役」のその服はもちろんのこと、コレクションで発表された何着もの服の写真に見惚れた(フィナーレを飾った山口小夜子の着る小さな花が全面にプリントされたフォークロア調のウェディングドレスは特に)。少女マンガから描き写すひらひらとしたドレスの類とは全く違う、実体のある美しい服がそこにあった。

そして、たくさんの服の写真に向けるのと同じぐらいの熱量で、増井さんの文章にも接した。旬のデザイナー、世界のKENZOを前にしてもあくまで自然体。好奇心の赴くまま目をきらきらとさせてファッションの現場に飛び込んでゆく。ランウェイで披露されたぴかぴかのニュールックについても、ファッションの世界の人なら絶対言わないような自由な解釈が飛び出す(昔の日本のおじさんがインスピレーションかしら、という大胆な発言もあった)。何よりすばらしかったのは、デザイナーとその周囲に溢れる祝祭とでもいうべきピュアなよろこび、楽しさが活写されていたことだ。ファッションとは遠く離れた世界にいる子供にもわかるほどに。そしてその楽しさを少しわけてもらった気がして、繰り返し、繰り返し、読んだ。

あれから何十年。かつての小学生は成長し色気づき、見栄やお楽しみや消費のために何冊ものモード誌を手に取り、読み捨ててきた。ファッションを取り巻く状況も目まぐるしく変化した。気がつけば、少しづつ進行形の華やかな世界からは遠ざかりはじめている(気に入りの雑誌の春と秋の特集号は買い続けているけれど)。それでも性懲りもなく、つたないのを承知でファッションについて見知ったことを綴るのは、子供の頃にあてられたあの熱気と、それを目撃して共振する増井さんのはずむ文章が根っこにあるからだと思う。

『暮らしの手帖』から離れた場でのお仕事、特にフランスの食文化についての著作については不勉強で、語る言葉を持たない。ただ、あの雑誌を通じて増井さんがパリから書き送った「手紙」の数々―短いものから写真を添え時間をかけたものまで―を、今も大事にしている読者がいることを、この場を借りて述べたい。そして、そうした「手紙」を受け取ったことからパリのこと、フランスのことが好きになった人が少なからずいるであろうことも。当時の色あざやかでのびやかなお仕事が、何らかの形で再び世に出ることを願ってやまない。

by GOYAAKOD

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2020年08月15日

『ヌヌ 完璧なベビーシッター 』レイラ・スリマニ

ベビーシッターにあまりなじみのない日本ではピンとこない人が多いかもしれませんが、それが一般化しているフランスやアメリカを震撼させたゴンクール賞受賞作品。

≪ Le bébé est mort. Il a suffi de quelques secondes. ≫「赤ん坊は死んだ。ほんの数秒で事足りた」で始まるレイラ・スリマニの第二作目は、性依存症に続き嬰児殺しのテーマを扱う。2016年ゴンクール賞を受賞。その年に独創的な散文作品を書いた新進気鋭の作家に贈られるこの文学賞は、1903年の創設以来すでに100人以上の受賞者がいるわけだが、彼女はシモーヌ・ド・ボーヴォワール、マルグリット・デュラスなどに続き12番目の女性受賞者となる。彼女がある講演会で「男ばっかりね」とコメントしたのも宜なるかな。



昨年彼女は男女平等も優先課題に掲げるフランコフォニー担当大統領個人代表に任命されているが、ハーヴェイ・ワインスタイン事件からの一連の出来事の中で改めて彼女の名前を知った人も多いのではなかろうか。アラン・ロブ=グリエの未亡人カトリーヌ・ロブ=グリエ、世界的大女優カトリーヌ・ドヌーヴを始めとする100人の女性たちが賛同署名したル・モンド紙の寄稿記事『私たちは性の自由に不可欠な ≪ importuner ≫「女性にしつこく言い寄る」の自由を擁護する』(2018年1月9日付)に対し、レイラ・スリマニは、≪ importuner ≫ と同じ音の ≪ un porc, tu nais ? ≫「あなたは豚に生まれるの?」というタイトルの記事を1月12日のリベラシオン紙に投稿し「私は ≪ importuner ≫ されない権利を求める」と主張した。

作品に戻ろう。簡潔でテンポの良い文章は、あまりにも有名な ≪ Aujourd’hui, maman est morte. Ou peut-être hier, je ne sais pas. ≫「きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かもしれないが、私にはわからない」という文章で始まる『異邦人』を想起させる。またニューヨークで働くプエルトリコ人のベビーシッターが長年世話をしていた子供たちを惨殺したという、2012年に起きた事件の三面記事からインスピレーションを受けたという点では、『ボヴァリー夫人』との類似性が指摘されている。

しかしそれらの作品と異なるのは、事件のすべての「結末」が最初に書かれてしまっていることだ。そもそもヌヌの日常はルーチンな作業(子供の世話や家事)の繰り返しなので、時系列で書いても平凡なストーリーになってしまう。スリマニは、嬰児殺しの犯人であるルイーズがなぜこのような凶行に及んだかを読者が解き明かすべく、淡々と ≪ indices ≫「手がかり」を提示していく。書き手の現在の内面意識が語られる『異邦人』とは異なり、ルイーズの感情的内面が語られることはほぼ、ない。少なくとも彼女に関しては、雇用主とのボタンのかけ違いのような誤解の積み重なり、経済的困窮、そして何よりも周囲の人間の彼女に対する無関心によって、彼女が精神的に徐々に追い詰められていく過程だけが解剖学のような冷徹な筆致で語られていく。

資本主義の原則はお金とそれに見合う商品やサービスを交換することだが、ここではお金と愛(のようなもの)が交換され、雇用主である母親は、ヌヌに自分の子供の安全を確保した上で愛を注いでもらうことに対し賃金を払う。アウトソーシングされる愛。

ただしヌヌとその雇用主との関係性は常に曖昧だ。この主従関係は常に逆転しうる緊張を孕む。とはいえ、どんなにこのヌヌが家族の一員のように扱われ、一見家族にとってなくてはならない存在になっていたとしても、この絆はある時突然、必ず、断ち切られ、永遠に戻ってくることはないのだが。スリマニはこの居心地の悪さに大変興味を惹かれたという。

またスリマニは、この10区に住む若い夫婦のボボ的身振りの欺瞞を情け容赦なく暴き立てている。妻のミリアムは、友人のヌヌに対する人種差別的態度に戸惑いながらも、「移民同士の結束を疑ってかかって」おり、同じ移民という出自である自分とは違うと無意識に考えている。都合の良い時はバカンスに同伴させたり、プレゼントをしたり、家族の一員のような扱いをしておきながら、実は相手の生活や内面には無関心。ブルジョワ的階級差別の方がずっとマシだ。なぜなら人間関係の曖昧さはここでは回避されるから。たとえ売り物が愛であっても、その愛はフェイクであることを常に意識させてくれるから。

しかしそれが平等とリベラルを建前とするボボたち(=エセ左翼)は、逆にその罠に自らハマる。家族のふりをすることで、より自分の子供に有利になるように、より大きな愛情を注いでもらえるように、つまりは対価以上の搾取をするように、ヌヌの期待を最大限利用することによって、それは成し遂げられる。本当はヌヌの悩みなどに全く関心がなく、子供に「愛情」を最大限注いでもらうことにしか関心がないのに。

このボボのカップルの優しい親切心を装った残酷な無関心が、孤独で誰も助けてくれない絶望するヌヌを追い詰めたのだ。彼女に残された唯一の切り札、託された子供(=人質)を殺してしまうほどに。彼女の絶望を救う唯一の望みである子供たち、しかし同時にある時期が来たら突然全く何の役にも立たなくなる切り札。

そもそもミリアムたちは気づくべきだったのだ、このヌヌが非の打ちどころがなく完璧であるほど、その対価は大きくなるはずだということを。なぜ「肌の色の白いヌヌは珍しく」、大半のヌヌは移民の女性なのか、それにもかかわらずルイーズが本来なら仕事内容に含まれない料理や家事まで完璧なまでにこなし、「いつ何時でも雇い主のために時間を割いてくれる」ことの意味を。「こんなにうまい話があっていいのかしら」と心のどこかで気づいていたはずだ。しかし彼女たちは見て見ぬ振りをしたのだ。あまりにも自分たちに都合が良かったから。

作品の中でヌヌたちはこのように描かれる。「みんなそれぞれ人には言えない秘密を持っているのだ。膝が震えるような恐ろしい記憶、屈辱、嘘を隠しているのだ。(…)日々要求されるお金。」

映画『パリ、ジュテーム』の ≪ loin du 16e ≫「16区から遠く離れて」では、まだ夜も明けぬうちから生まれて間もない自分の子供を、ベビーベッドがひしめく託児所に預け、住んでいるパリ郊外の団地から電車とバスを乗り継いで通う16区のブルジョワ家庭で、本来自分の子供に注ぐはずだった愛情をお金に換えて、≪ chanson douce ≫「優しい子守唄」を歌う移民女性の姿が描かれていた。

すべてのやる気を徐々に削いでゆく絶対的な孤独、恥の感情、理由なき罪の意識に苛まされていくルイーズ。彼女は自分がついに「もう誰も愛せなくなってしまった(・・・)心に満ちていた優しさはすべて使い果たしてしまった」ことを意識するに至る。彼女は、人間がそれがないと生きてゆけない内面の愛が枯渇した空洞と化してしまった。ベビーシッターという職業はお金と愛(のようなもの)を交換する感情労働であるが、ルイーズは唯一の売り物である愛が枯渇してしまった自分がそのことで罰せられるという強迫観念に囚われていく。そして「誰かが死ななければならない、私たちが幸せになるためには、誰かが死ななければならばならない」という呪いにも似たリフレインに取り憑かれていく。

ラストわずか10ページあまりのクライマックス。突如ニーナ・ドルヴァルという女性警部が凄惨な事件の現場に現れ、超人的な緻密さと集中力で読者である我々が辿ってきた「手がかり」を漏らさず収集し、分析し、ルイーズの輪郭を浮かび上がらせる。事件を再構成し、謎の封印を解くために。

スリマニが言うようにニーナ警部は著者の分身であるが、彼女はブードゥー教の儀式を司る女祭司のように、ルイーズに一体化し、彼女の孤独と絶望を再現する。欠けていた最後のパズルのピースをパチンと嵌めて、子供たちの最後の瞬間を我々の前に現前させるのだ…

当初『モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由』(原題 Mon Roi )の女性監督マイウェンが映画化するとのことだったが、最終的に『フィデリオ、あるいはアリスのオデッセイ』(原題 Fidelio, l’odyssée d’Alice )の女性監督リュシー・ボルルトーが手がけることになったようだ(2018年3月現在)。主演はカリン・ヴィアールで2018年5月から6月に撮影の予定とのこと。どのような脚色になるのか、今から楽しみでならない。

posted by noisette

posted by cyberbloom at 15:15 | パリ ☁ | Comment(0) | 書評−フランス小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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