「フランス文化の死」の訳は今回で最終回。予想以上に長くなってしまったので、だいぶ端折りました。タイトルがセンセーショナルなせいか、アクセスも多いです。今回は内容を補足するための注釈をつけてみました。
サルコジ大統領(※1)は去年の夏、文化の民主化を訴えて、フランスのインテリたちをゾッとさせた。多くの人々は文化政策を専門家の判断ではなく、市場の力に委ねることを意味すると理解した。サルコジは他にも戦うべき敵がいるので、今も広く支持されている文化助成に戦いを挑むことはないだろう。
しかし、フランス政府は税制を見直すことで民間の参加を促せる。もっと民間が参入し、文化機関がもっと自律性を持てば、フランスは大きな文化復興を経験することになるだろう。サルコジのクリスチーヌ・アルベネルとの約束は、彼が個人の指導力を支援しているように見える。彼女はベルサイユ宮殿の館長として、個人の寄付を掘り起こし、ビジネスの協力を取り付けた。また
ルーブル美術館はアトランタとアブダビの分館にライセンスを与えることを決めている。
最も難しい仕事はフランス流の考え方を変えることだろう。6000万人のフランス人を同じように変えてしまうことは危険だろうが、商業的な成功を信用しないというフランス人に染み付いた考え方には一定の傾向がある。世論調査によると、フランスの若者たちはビジネスでキャリアを積むよりも、公務員になることを望んでいる。アメリカ人はアーティストたちが成功すれば、それは良いことと考える。しかし、フランス人は成功をあまりに商業的すぎると考える。成功は悪趣味なことなのだ。
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また他の国々は最新の情報を使いたがる。特に、イギリス、ドイツ、アメリカは自国の膨大な文化生産物に目が向くあまり、フランスにかまっていられない。「私が素晴らしいフランスの新しい小説の話をしても、ニューヨークの出版者はそれはあまりにもフランス的だと言う。しかし、アメリカ人はフランス語が読めない。だから彼らは本当にフランスの小説がどんなものか知らないのだ」。リヨンにある文化センターの所長は言う。
しかし、外国人が見落としていることは、実はフランス文化は驚くくらい元気なことである。フランス映画はより想像力に満ち、よりとっつきやすくなっている。リュック・ベッソンとジェラール・クラヴジック(※2)を見るだけでよい。それらは陽気な香港スタイルのアクション・コメディー・シリーズである。あるいは知的だが一般受けもするセドリック・クラピッシュの「
スパニッシュ・アパートメント」やジャック・オディアールの「
真夜中のピアニスト」のような作品もある。両方とも外国映画のロードショーでヒットしている。
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フランスの小説も次第に「今とここ」に焦点を当て始めている。ヤスミナ・レザの「
L'aube Le Soir Ou La Nuit」は最近のサルコジの大統領選挙について書かれている。もうひとつ注目を集めているオリビエ・アダンの「A l'abri de rien」は悪名高いサンガットの難民キャンプ(※3)に関わる話である。日本の影響を受けたフランスのバンド・デシネ作家たちのおかげで、フランスはグラフィック・ノベルという文学の最もホットなジャンルを先導している。カミーユ、
バンジャマン・ビオレ、ヴァンサン・ドゥレルムはシャンソンを復活させ、
セネガル生まれのMCソラー、キプロス生まれのディアムス、コンゴ移民の子のアブダル・マリクのようなアーティストはストリートのスラング(=verlan:ひっくり返し言葉)を使い、アメリカ産のラップを先鋭的で詩的なラップに作り変えている。
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そこにフランスが世界的な栄光を取り戻す鍵がある。フランスの怒れる、野心的なマイノリティーはあらゆる分野で文化にコミットしている。フランスは多民族的な文化の市場になっており、そこには、バンリュー(パリ郊外)や白人世界とは全く異質な一角からアートや音楽や文学作品がもたらされている。アフリカやアジアやラテンアメリカの音楽はおそらく他の国よりはフランスの方が売れる余地があるだろう(→ワールドミュージック※4)。またフランスの映画館ではアフガニスタン、アルゼンチン、ハンガリーや他の遠い国々からの作品が常に上映されている。あらゆる国の作家たちがフランス語に訳され、それは必然的に次の世代のフランスの作家たちに影響を与える。割り当てや助成金にもかかわらず、フランスは外国文化に目の利く人々にとってのパラダイスである。「フランスは、他のいろんな国からやってきた人々が、すぐに絵を描いたり、フランス語や別の言葉で物を書きを始めることができる国だ」とグラフィック・ノベルをもとにした「
ペルセポリス」の作者であるマルジャヌ・サトラピは言う。「フランス文化の豊かさはそのような特色の上に成り立っている」。

もし周辺からの新しいエネルギーの注入がなかったら、どうやって文化大国のままでいられるのだろうか。ちょっと文化の定義を広げるだけで、フランスが影響力によって他を凌駕できる3つの分野を見出せる。まず、フランスは、コスモポリタンなデザイナーたち(※5)の鋭敏なアンテナのおかげで、ファッションの世界的なリーダーである。ふたつ目は、フランス料理で、それはイタリア料理やアジア料理の伝統とともに、世界標準であり続けている。三つ目は、フランスのワイン生産者たちだ。彼らは新しいワイン産地との競争に直面しながらも、優れた品質の評判を維持するために、外国で改良された技術を取り入れている。多くのフランスのブドウの木はかつて、病気に強いアメリカからの台木に接木されたのは明白な事実なのだ(※6)。「私たちはグローバリゼーションのリスクをとらなければならない。外の世界を迎え入れなければならない」と先述のリヨンの文化センターの館長は言う。
戦後のフランス文学の巨人であるジャンポール・サルトルは、1946年に当時のフランス文学に影響を与えたヘミングウエイ、フォークナーなどの作家に感謝すると書いた。それはアメリカ人たちがフランスからの影響を当たり前のものと思い始めていたときだった。「私たちはあなたがたが借してくれたこれらのテクニックをあなたがたに返すつもりだ」とサルトルは約束した。「ひとつの国民が創り出し、そのあと拒否したものを、他の国民の中に再発見させる、この絶え間ない交流によって、あなたはこれらの新しいフランスの本の中に古いフォークナーの永遠の若々しさを発見するでしょう」
このようにして世界は、フランスの永遠の若々しさを発見することになるだろう。フランスは、長い栄光の追求のあいだに、借用の芸術に対する洗練された鑑賞力を磨いてきたのだ。フランスの文化制度の慣習的な考え方によって、フランス文化の凋落に対していらだつのをやめ、周辺的な文化の盛り上がりを支持するとき、フランスは文化的な力として再び評価され、文化的な実りの多い国になるだろう。
※1)サルコジ大統領
■サルコジ大統領も就任以来、折に触れ、文化特例を擁護する発言をしている。
■例えば、去年のカンヌ映画祭の祝賀式典のスピーチで、映画祭の継続的な成功はフランスの文化遺産保護につながっていると語り、自国の文化特例政策を称賛している。フランスでは、国産映画の支援だけでなく、海外作品のテレビ放映制限が行われ、また全興行収入の何割かを新作制作の資金に充てている。「現代のクリエイティブな活動を活性化する文化特例政策を具体化し、擁護するフランスに誇りを感じる。フランスはこの映画の財政支援方法を守らねばならず、単なる助成金としてはならない。文化特例政策は興行収入の好循環を生んでおり、この財源が制作活動を活性化している」とつけ加えた。欧州各国の映画市場でアメリカ映画は軒並み90%のシェアを占めるが、フランスでは2006年時点で45.8%にとどまっている。
■今月、シラク前大統領がフランスの声を世界に発信する「仏版CNN」にしたいと力説し、2006年末から放送が始まった
FRANCE24 について、「フランスの納税者の金を使うのだから、フランス語を話さないテレビのチャンネルには賛成できない」と、海外向け英語放送を打ち切る方針を発表し、関係者を困惑させている。
※2)ジェラール・クラヴィジック
■リュック・ベッソン・プロデュースの「TAXi」シリーズの2作目以降を監督。またジャン・レノと広末涼子をフィーチャーし、東京を舞台に撮った「WASABI」もある。これらは娯楽色の非常に強いB級アクションだが、マルセイユを舞台にした「TAXi」にはフランスの多民族的な背景があり(音楽にも IAM やDJ Kore & Skalp を起用)、また「WASABI」はテクノオリエンタリズムの作品として「ブレードランナー」の延長線上にある。
□関連エントリー:「
WASABI」
※3)サンガット収容所
■サンガット収容所は、英国を目指し、英仏海峡を渡るためにフランス北西部カレー付近に待機していた主として中東からの不法移民を収容していた。サンガット収容所は赤十字が運営していたが、もともとユーロスター建設のために設けられた倉庫で、そこには当時2000人以上の不法移民が収容されていた。収容所の多数を占めるアフガニスタン人とクルド人の対立から、騒動が何度も起こり、死者も出て、付近住民からも不満の声が上がっていた。 サルコジ大統領が内相時代にサンガットを訪問して、閉鎖を要求する英国内相とも協議を重ね、その結果、2002年11月5日から、同施設への不法移民受け入れを禁止し、翌年4月には閉鎖することを決定。人道団体などが閉鎖に反対し、難民保護を訴えて抗議行動を起こしたが、治安悪化への対処のしようもなく、英国も閉鎖を強く望んでいた。
■先回、フランスは「ヌーヴォー・ロマン・コンプレックス」にとらわれているという話があったが、過剰な自己耽溺や、メタ文学(文学そのものをネタにした文学)など、ひとりよがりな表現にこだわり、オタクな内輪ノリで完結するよりも、グローバリゼーションのもたらす多様な現実や問題に目を向けていく方がはるかに重要だし、実りが多いだろう。文学は本来コミュニケーションや公共性に大きく関わることなのだから。
※4)ワールド・ミュージック
■「ワールド・ミュージック」という言葉は、1982年6月にフランスで開催された音楽フェスティバルの名称「Fête de la Musique」の訳語として使われた。これを契機にフランスは1980年代以降、パリはワールド・ミュージックの発信地となった。とりわけ、当時は欧米のポップミュージックの影響を受けた新しいアフリカの音楽が興っていて、フランスは旧宗主国という立場もあり、パリはそれらの欧米進出の足がかりになった。マリの王家出身のサリフ・ケイタ Salif Keita はパリ郊外に移り住み、セネガル出身のユッスー・ンデュールYoussou N'Dour (日本ではホンダのCMで使われた「オブラディ・オブラダ」のカバーが有名)がしばしば演奏に訪れた。彼らと一緒にキング・サニー・アデ King Sunny Ade の名前も思い出される。他には、パリ在住のマルチニーク系ミュージシャンが80~90年代に創り出したフレンチ・カリビアン・ミュージック、「ズーク・サウンド」の代表、カッサヴ Kassav や、ストリングスを取り入れた曲が特徴的なマルチニークの現地グループ、マラヴォワ Malavoi が活躍していた。アイドル女優、ブリジッド・バルドーが、ジプシー・キングスを発見し、世界に紹介したエピソードも知られている。アルジェリア発のアラビアン・ポップであるライ raï もフランス経由で世界的に支持されている音楽のひとつだ。ライはすでに多様な展開を見せているが、シェブ・マミとスティングのデュオ「デザート・ローズ」(1999年)によって世界的な認知を獲得し、2004年にはフランスでDJコールとスカルプ(DJ Kore & Skalp) プロデュースによるアルバム「Rai'n'b Fever」が大ヒットした。ライに関しては、raidaisuki さんのブログ「
フランス語系人のBO-YA-KI」が詳しい(FBNにもライの記事「
ライ RAI!」を寄稿していただいている)。
※5)コスモポリタンなデザイナーたち
■ルイ・ヴィトンはすでにグローバル企業体LVMH(モエヘネシー・ルイヴィトン)として、いくつものヨーロッパやアメリカの企業を傘下に収めている。フランスの血統や伝統を守ることにもあまり関心がないようで、その人脈は国際的に入り乱れている。ヴィトンのプレタポルテを始めたデザイナーのマーク・ジェイコブスはアメリカ人だし、傘下のディオールで活躍するのもイギリス人のジョン・ガリアーノ(ジブラルタル生まれ)だったり。昔はヴィトンのバッグを作るのに1週間以上かかり、品切れ状態が当たり前だった。そういう頑固な職人気質によって作られ、フランスのブルジョワの伝統の中で愛用されてきた。しかし、今はチーム体制で1日で作り上げられる。東京にもメガストアが進出し、グローバルなアイテムとして流通している。
■バッグだけではない。マーク・ジェイコブスのクリエイティヴ・ディレクター就任後、ルイ・ヴィトンはグローバルな「冒険」を続けている。例えば、村上隆を初めとする現代美術のアーティストとのコラボレーション、話題の女優を国籍を問わず起用する広告キャンペーン(「ヴェルサーチのきわどいドレス」で有名になったジェニファー・ロペス)、ゴルバチョフなど非ファッション界の有名人を使った広告も記憶に新しいところ。これまでの保守的でハイソなイメージに揺さぶりをかけている。そして、最新のファレル・ウイリアムズとのコラボは、本流のファッション業界の旗頭である老舗が、亜流とみなされてきたアメリカのヒップホップ・ファッションと手を組んだことが注目を浴びている。
□関連エントリー「
ヒップ・ホップのスターと手を組むルイ・ヴィトン」
※6)フランスのぶどう
■19世紀後半には害虫フィロキセラによりフランス全土の葡萄が壊滅的な被害を受けるが、これに耐性のあるアメリカ産ぶどう品種の台木に、フランス産ぶどう品種の穂木を接木することで克服した。文化は借り物であり、ミクスチャーであることをこの事実に象徴させている。
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フランス文化の死(2) 過去の遺産と現代の文化cyberbloom

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