2009年03月03日

FRENCH BOOM CHRONICLE フレンチ・ブーム年表‐1960年代‐

§1969年
■遅れて来たイエイエ、ダニエル・ビダルが「オー・シャゼリゼ」を発表。翌年、来日し、クロード・チアリとジョイントコンサート。日本では70年から71年にかけてヒット。ビダルは金髪碧眼で小柄なことからフランス人形のように愛らしいと形容され、大きな人気を得た。ちなみに「オー」は英語の感嘆詞ではなく、前置詞と定冠詞が縮約した‘aux’。原曲はイギリスのJason Crest (ジェイソン・クレスト)というサイケバンドのメンバーによる。

§1968年
恋はみずいろ〜ベスト25■パリ大学ナンテール校で始まった施設改善をめぐる大学当局への抗議が、パリの学生街カルティエラタンに飛び火、五月革命勃発。労働組合も抗議行動に合流し、ドゴール大統領に退陣を迫る全国運動となる。各地で学生、労働者のデモ隊と警官隊が激しく衝突、フランス全土がストライキで麻痺状態となる。この学生の異議申し立ては欧州諸国、米国、日本にまで拡大。

■ポール・モーリア・オーケストラの「恋は水色」ヒット。その華麗な旋律が日本人の遺伝子にも刷り込まれ、一家に一枚的なレコードに。その他「オリーブの首飾り」「涙のトッカータ」など名曲の数々。イージー・リスニングというジャンルの確立にも貢献。

■白い恋人たち(原題:13 Jours en France)が公開。この映画は、1968年にフランスのグルノーブルで行われた第10回冬季オリンピックの記録映画。フランシス・レイがメインテーマ曲を作曲。日本ではザ・ピーナッツが日本語訳で歌う。

§1967年
■リカちゃん人形発売。タカラトミーの着せ替え人形キャラクター。フルネームは香山リカ。パパはフランス人(ハーフ)指揮者で、父方の祖母はミレーヌ・ミラモンド(フランス人)、シャルルという名のいとこもいた。

§1966年
男と女 特別版■クロード・ルルーシュ『男と女』公開。主演はジャンルイ・トランティニャンとアヌク・エメ。カンヌ国際映画賞でグランプリを受賞し、ルルーシュは世界的名声を得る。トランティニャンが演じる主人公はレーサーという設定で、ル・マン24時間レースやモンテカルロ・ラリーの実際の映像も使用される。フランシス・レイの音楽(ダバダバダ・・・)も大ヒット。⇒関連エントリー「ジャン=ルイ・トランティニャン」

§1965年
■フランス・ギャル『夢見るシャンソン人形』ヒット。⇒関連エントリー「フランス・ギャル」

■レナウンのCM「わんさか娘」にシルヴィ・バルタン登場。契約金360万円。⇒レナウンCM「イエイエ」

■フィリップ・ビゴの指導のもと、神戸の「ドンク」でフランスパン作りが始まる。1954年、フランス国立製粉学校教授のレイモン・カルヴェルが来日。パンの講習会を開き、バゲットをはじめとする伝統的なフランスパンを日本で初めて紹介したが、ビゴはカルヴェルの弟子。ビゴはその後芦屋に「ビゴ」を開く。

§1964年

§1963年 

§1962年
太陽がいっぱい■赤塚不二夫『おそ松くん』少年サンデーで連載開始。自称おフランス帰りで、フランスのことを「おフランス」と呼ぶイヤミ登場。

■マルキ・ド・サド『悪徳の榮え』澁澤龍彦訳、猥褻文書の疑いで押収。

■『太陽がいっぱい』公開。当時の日本でのアラン・ドロン人気は絶大で、ヨーロッパの美男子の代名詞となった。女性ファンのみならず、『さらば友よ』『冒険者たち』『地下室のメロディー』などの作品で日本人男性のファンも獲得。ファッションや映画のセリフ、立ち居振舞い、サングラス、煙草の吸い方などに憧れたり、真似をする男性も続出。⇒関連エントリー「太陽がいっぱい」

§1961年




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2009年02月26日

FRENCH BOOM CHRONICLE フレンチ・ブーム年表‐1970年代‐

§1979年 
■エルメスが東京・丸の内に直営店を開く。83年には西武百貨店と共同出資でエルメス・ジャポンを設立。芸術性に富んだ華麗なウィンドウ・ディスプレイが丸の内のOLを魅了。(⇒関連記事)

§1978年 
■セント・ジェームズのボーダーシャツ上陸。

□『GOLDORAK』(原題『UFOロボ・グレンダイザー』)がフランスに上陸、日本のアニメがフランスのテレビに初お目見え。 

§1977年 
■最初のヴィトン・ブーム。パリの本店に日本人の行列ができ、問題化する。海外で日本人のブランド品買占めが話題になり始める。背景には、この時期に急激に円高が進み、日本人の購買力が上がったことがある。また内外価格差が大きく、パリで買った方が安かったため。この年、ドル円相場は1ドル=200円を突破し、さらに1978年末頃には一時1ドル=180円を突破。

§1976年 
■渋谷に屋台のクレープ屋<マリオンクレープ>がオープン。直後の竹の子族台頭とあいまって空前のブームとなる。

ベルサイユのばら 1 (集英社文庫)エマニエル夫人 無修正版Louis Vuitton Japan: The Building Of Luxury

§1975年 
■『エマニュエル夫人』公開。監督はファッションフォトグラファーだったジュスト・ジャカン、主演はシルビア・クリステル。初の女性向きソフトコア・ポルノとして宣伝され、特に日本で女性中心に大ヒット。以後シリーズ化される。
■ニュートラ誕生。第1次ブランドブーム。定番はイブ・サンローランの「船底」シューズ、エルメスのスカーフ、セリーヌ、ヴィトン、ディオールのバッグ。上流階級しか使わなかった伝統的なブランドがファッションアイテムとなる。その後、偽物も横行するようになる。
■フランス書院、翻訳もののポルノ小説出版会社としてスタート。フランス=エロのイメージの一翼を担う。
■朝日放送系列の児玉清司会のクイズ番組「パネルクイズアタック25」が放送開始。オープニング映像にエールフランスの旅客機が飛び立つ映像が使われ、海外旅行は初回から「エールフランスで行くパリ」。
■『ベルサイユのばら』が宝塚大劇場で初演を迎える(8月29日)。大ヒットとなり、以後宝塚歌劇団の代表作の一つに(2006年1月9日には通算上演回数1500回を突破、同年3月17日には通算観客動員数400万人を記録)。宝塚歌劇団月組初演を皮切りに3組で上演。俳優の長谷川一夫の演出という事も加わりファンが急増、空前の宝塚ブームを巻き起こす。

§1972年 
■池田理代子の『ベルサイユのバラ』週刊マーガレットで連載開始。
■フォークロア・ファッション人気。高田賢三もそのひとり。フォークロアとは、民俗風習、部族の衣装の特徴を用いたファッション、あるいは、そこからヒントを得て生み出したスタイル。「混ぜるのが好き」という高田賢三の作風は、いくつかの異文化のオリジナリティが融合したもの。彼の融合的な作風は、フォークロアとして、ブランド史、ファッション史で大きな位置を占める。

ポルナレフ・ベストLUPIN THE THIRD「JAZZ」

§1971年 
■ミッシェル・ポルナレフ「シェリーに口づけ」でデビュー、オリコン6位まで上昇。日本で40万枚を売り上げる大ヒット・シングルとなった。CBSソニーよりシングル「シェリーに口づけ(Tout tout pour ma chérie)」と、ファースト・アルバムに「シェリーに口づけ」を追加収録したアルバム「愛と青春のトルバドゥール―ミッシェル・ポルナレフ1」が発売。異様に大きなサングラスのルックスでも話題を呼び、股間のみを帽子で隠したヌードも披露。(⇒関連記事)
■大久保清逮捕。フランス帰りの画家を装い、「絵のモデルに」と女性を誘惑し、8人殺害。ベレー帽を被ってルパシカを着てスポーツカーに乗りながら片っ端から女性に声をかけていたことから、逮捕当時、「ルパシカを着た色魔」とマスコミで表現された。
■「ルパン3世」テレビで放映開始、モーリス・ルブランの有名な探偵小説シリーズの主人公、アルセーヌ・ルパンの孫という設定。ちなみに「リュパン」と読むのが正しい。原作者のモンキー・パンチは現在、大手前大学メディア芸術学科教授。(⇒関連記事)
フランシス・レイの「ある愛の詩」が人気に。フランシス・レイが作曲したアメリカ映画『ある愛の詩』(1970年公開、アカデミー賞音楽賞受賞)のテーマ曲。日本では1971年の1月に発売された。フランシス・レイ本人の来日やアンディ・ウイリアムス盤の発売により徐々に火がつき、5月、6月にはアンディ・ウイリアムス盤(オリジナル・日本語)とともに4週間にわたり3曲同時にBEST10にランクされるという快挙を達成。

§1970年 
■『anan』創刊!(平凡出版、現・マガジンハウス))。同年早速ルイ・ヴィトンのバッグが紹介される。パリ、ニューヨークの着こなしを提案するが、とりわけパリジェンヌのおしゃれスナップが好評。誌名は創刊当時モスクワ動物園で飼育されていたパンダの名で、一般公募で選ばれた。男性向けファッション誌「平凡パンチ」の女性版として創刊、60万部売上。翌年創刊された『non-no』とともに、女性向け情報誌として人気に。両誌による街や観光地特集や反響を呼び、雑誌片手に各地に押し寄せる読者たちは「アンノン族」と呼ばれ多くの流行を産む。誌面を飾った山口小夜子、甲田益也子らのモデルも懐かしい。
■大阪万博でフランスのブランド17社紹介をするパビリオン、ブティック・ド・パリが大成功を収める。エルメス、シャネル、ディオールの小物類が集められ、万博のシールが貼られた香水が飛ぶように売れる。当時で1億2000万円の収益。


★他の年代はこちらから
フレンチ・ブーム年表‐1980年代‐
フレンチ・ブーム年表‐1990年代‐




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posted by cyberbloom at 11:27 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | フレンチ・ブーム年表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年02月19日

FRENCH BOOM CHRONICLE フレンチ・ブーム年表‐1980年代‐

§1989年 
■本国フランスよりも早く飲めるという触れ込みで、ボジョレ・ヌーボー解禁に大さわぎ、以後11月の重要なイベントとして認知される。
■高橋アキが『エリック・サティ・ピアノ音楽全集』を発表。エリック・サティ没後50年を記念して75年から始められた演奏会は、日本におけるサティ再発見の大きな契機に。同じ時期にブライアン・イーノが環境音楽を提唱し、サティは環境音楽の先駆者としても再評価。「癒し系」(ヒーリング)音楽の先駆けともなる。

□元阪神タイガーズ監督、吉田義男氏、フランス・ナショナルチームの監督に就任、フランスで野球指導。以後、「ムッシュ吉田」と呼ばれる。(⇒関連記事)

レ・ミゼラブル 25周年記念コンサート [DVD]“ムッシュ”になった男―吉田義男パリの1500日

§1988年 
■シャネルのロゴマーク・アクセサリーや「5」のロゴ入りTシャツがブームに。

§1987年 
■ミュージカル『レ・ミゼラブル』が東京の帝国劇場で連日連夜の大入りを記録。ヴィクトル・ユゴーの原作を『キャッツ』で有名なイギリスのプロデューサー、キャメロン・マッキントッシュが世界的にヒットさせる。

□フランスのテレビ局 TF1 で Club Dorothée 始まる。女性司会者ドロテによるバラエティー番組で、日本のアニメが数多く放映される。番組は当時のフランスの子供たちにとって決定的な体験となり、その後多くのオタクを生む。(⇒関連記事)
   
§1986年 
■パリ16区(高級住宅街)から生まれたお嬢様ファッション、BCBGが注目される。フランスのセレクトショップ<エミスフェール>六本木にオープン。

§1985年 
■トヨタカップにユベントスのメンバーとして、ミシェル・プラティニ来日。華麗なシャンパンサッカーの人気急上昇。
■フレンチ雑貨の元祖<F.O.B.coop>広尾にオープン。フレンチ雑貨と言えば、エミール・アンリ、アピルコ、デュラレックスなどが定番。とりわけ、広口の耐熱強化グラス、デュラレックス社のピカルディーはF.O.B.coopのオーナーがロサンゼルスのカフェで初めて出会い、衝撃を受けた一品。その後フランスに渡り、直輸入・販売を手掛けたおかげで、日本のカフェやレストランだけでなく、一般家庭にも広く普及する。(⇒関連記事)

To b. by agnes b. 2011-2012 AUTUMN/WINTER (e-MOOK) (e-MOOK 宝島社ブランドムック)愛人(ラマン) (河出文庫)

§1984年
■南青山に<アニエス・ベー>がオープン。
■カフェバーでペリエ(クールな緑のボトルの炭酸水)がブームに。(⇒関連記事)
■マルグリット・デュラスの自伝的小説『愛人 ラマン』がゴンクール賞を受賞。それをきっかけに日本でもデュラス・ブームが到来。デュラスが監督した映画も頻繁に上映される。(⇒関連記事)
■エルメスの「バーキン」発売。飛行機で偶然ジェーン・バーキンと隣り合わせになったデュマ・エルメスが彼女の籐のバッグがあふれていたのを見かね、荷物がたくさん入る実用的なバッグを作ることを彼女に約束。その後、法外な価格と希少価値によって成功した女性の証となる。

構造と力―記号論を超えてチベットのモーツァルト (講談社学術文庫)完全版 佐川君からの手紙 (河出文庫 か 1-1)

§1983年 
■ポスト構造主義のフランス現代思想を紹介した浅田彰『構造と力―記号論を超えて』と中沢新一『チベットのモーツァルト』を皮切りに「ニューアカ(デミズム)」ブームが到来。
■『オリーブ』がリニューアル、リセエンヌ(高校生)路線に。(⇒関連記事)

§1982年 
■『ラ・ブーム』公開。ソフィー・マルソーがアイドルに。
■サントリーローヤルのCM「どこかにいる、未来のランボオが」話題に。(⇒関連記事)

§1981年 
■パリで日本人留学生によるバラバラ殺人事件が発生。オランダ人女性をすき焼きにして食べる。日本人の印象悪化。唐十郎がこの事件を題材に『佐川君からの手紙』を書き、芥川賞を受賞。
■川久保玲(Comme des garçons)と山本耀司(Y's)がパリ・コレ初挑戦。DCブランド・ブーム始まる。


■日本でのフランスブーム
□フランスでの日本ブーム




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posted by cyberbloom at 19:06 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | フレンチ・ブーム年表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年02月18日

FRENCH BOOM CHRONICLE フレンチ・ブーム年表‐1990年代‐

§1999年
■ルノーから派遣されたカルロス・ゴーン、日産自動車の再建に着手、顕著な成果をあげ、企業再建の象徴的存在となる。

エルコンドルパサー、凱旋門賞(於ロンシャン競馬場)で2着に入る。惜しくもモンジューにゴール前で差し切られる。騎乗は海老名。
□日本通のジャーナリスト、エチエンヌ・バラールの『オタク・ジャポニカ―仮想現実人間の誕生』が注目を集め、フランスでもオタクが認知される。

オタク・ジャポニカ―仮想現実人間の誕生エルメスの道 (中公文庫―コミック版)

§1998年 
■日本におけるフランス年を記念し、東京のお台場に「自由の女神」が来る。普段はエッフェル塔の下のグルネル橋にある。
■フランス開催のワールドカップに日本代表チーム初出場。日本人サポーター、空売りチケットをつかまされる。日本代表チームはフィリップ・トルシエ監督のもと、アルゼンチン、クロアチア、ジャマイカに挑んだが、3戦全敗。フランスが開催国優勝を果たす。
■ブルターニュのバター菓子、クイニー・アマン発売。女子高生を中心に人気、コンビニでも売られる。

§1997年
□エルメスがマンガによる社史の作成に竹宮恵子を起用。「馬に乗れる人、馬が描ける人」というデュマ・エルメスが提示した条件に竹宮が合致。「エルメスの道」はエルメスが公刊した唯一の社史となる。

§1996年
■ドンクからカヌレ・ド・ボルドー発売。カヌレは外がカリっ、中はモチモチ、のボルドーのお菓子。

§1995年
■シャネル製品で身を固めるシャネラーが現れる。
■塗るだけで痩せる、ディオールのスリミングローション「スヴェルト」爆発的に売れる。
■リュック・ベッソン監督『レオン』公開、主演のジャン・レノ人気高まり、以後日本のCMの常連となる。
■ジャック・シラク大統領、南太平洋のムルロワ環礁で核実験を強行、翌年1月まで計6回の実験が行われる。日本の政治家が現地で抗議行動に参加、フランス製品の不買運動も起こる。大学ではフランス語の履修者激減。

□日本で大流行した「たまごっち」がフランスに上陸。小学生が教室に持ち込み、授業に集中しないなど、フランスでも社会問題化する。

§1994年
■オープンカフェ・ブーム。<ドゥ・マゴ><カフェ・フロール>などパリの老舗カフェがモデル。

§1993年
■エビアンのペットボトルを首から提げる、エビアン・ホルダーが流行。
■『南仏プロヴァンスの12か月』ベストセラーになる。続編『南仏プロヴァンスの木陰から』と合わせて70万部売れる。

The French Cafe南仏プロヴァンスの12か月 (河出文庫)

§1992年 
■フレンチ・カジュアルがブームになる。<アニエス・ベー>が人気爆発。続いて<クーカイ><A.P.C.>など。
■クレモンティーヌが「アン・プリヴェ〜東京の休暇」を発表。小沢健二、田島貴男、ゴンチチ、高浪敬太郎ら、渋谷系のアーティストたちが曲を提供。フランスでは日本でしか人気がないアーティストとして紹介される。

アン・プリヴェ〜東京の休暇ポンヌフの恋人 <HDリマスター版> [DVD]

§1991年
■レオス・カラックス監督『ポンヌフの恋人』日本で上映、大ヒット。パリのポンヌフに思いつめた顔の日本女性出現。

□クレッソン首相が日本製品のヨーロッパ市場への著しい流入に対して「日本人は蟻」と発言し、物議をかもす。
□フランスで『北斗の拳』が過剰な暴力表現ゆえに放送中止に追い込まれる。『ドラゴンボールZ』も同じ目に。


■日本でのフランスブーム
□フランスでの日本ブーム

★FRENCH BOOM CHRONICLE は FRENCH BLOOM NET のオープンソースなエントリーです。フレンチ・ブーム年表を参考に、あなたの決定的なフランス体験をコメント欄に綴ってください。重要と思われる事項は年表に書き加えていきます。フランス文化史、日仏交流史は専門家が編むものではなく、個人のフランス体験の総体と考えます。他の時代もぼちぼちアップしていきます。






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posted by cyberbloom at 13:24 | パリ ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | フレンチ・ブーム年表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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