2008年04月03日

Le Pavlova−ニュージーランドの中のフランス

フランスから遠く離れた、ニュージーランドの南島に位置するアカロア(akaroa)という町にはフランス特有の雰囲気が漂っています。なぜかというと、1840年にフランス人の一団が、当時イギリスの植民地下にあるということを知らずにその土地に定住した始めたからです。今でも町にはフランス語表示の看板があり、フランス風に建てられた家が多く見られます。
 
pavlova01.jpg語学研修でニュージーランドに行った時、通っていた大学にアカロア出身のフランス語の先生がいました。彼女は授業でフランス語と一緒に、フランスのお菓子の作り方を教えてくれました。その中の Le pavlova というメレンゲでできた大きなケーキの作り方を紹介します。これは、ニュージーランド風にアレンジされたフランスのお菓子のようで、特別な時に食べられるのだそうです。

<材料> 
3 blancs d’oeufs 卵 3個 
225 g de sucre 砂糖 225グラム
1 petite cuillère de vanille バニラ 小さじ1杯
1 petite cuillère de vinagre ワインビネガー 小さじ1杯
crème(fouettée et sucrée) ホイップクリーム

@Bats en neige très ferme les blancs d’oeuf. Ajoute peu et peu le sucre puis la vanille et le vinaigre.
卵の白身をしっかりと泡立てる。少しずつ砂糖を加え、その後、バニラとビネガーを加える。

AMets cette meringue sur une tole beurrée et farinée et laissez cuire pour une heure au four a 100℃
バターを塗った鉄板の上にこのメレンゲを置き、小麦粉を振り、100℃で1時間オーブンで焼く。

BSers le gâteau garni de crème fouettee et de fruits (kiwi ou fraises, par exemple)
ケーキをオーブンから出し、ホイップクリームとフルーツ(キウィやイチゴなど)で飾り付けをしてできあがり。



まろん

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2008年04月02日

モントリオールのベーグル

「北米のパリ」と呼ばれる、カナダのフランス語圏ケベック州の都市、モントリオール。ここでの代表的な食べ物のひとつに、ドーナツ状のパン「ベーグル」がある。フランスとは直接関わりがないけれど、ケベックで「パリ風のクロワッサン」と肩を並べているのが「モントリオールのベーグル」。市内には、年中無休、24時間営業の、家族でやっている店が多くある。中でも人気の店は、”St.-Viateur” と”Fairmount” 。どちらも1957年の創業。写真はSt.-Viateurにて今年8月下旬の午後11時すぎ。煌々と電気が灯り、作業はフル回転で、お客が途切れなかった。

St.Viateur2_edited.jpg

「ベーグル」は、もともとは中央ヨーロッパ、おそらくはポーランドが発祥の地といわれ、東欧系ユダヤの人々に受け継がれてきた。北米大陸には、1880年代に移民によって伝わり、大きく分けて2つに進化した。十分膨れて張りのある硬い表面で、ぷっくり可愛いニューヨーク・ベーグルと、不揃いな、ごつごつした素朴な外形だけど、もっちり感のあるモントリオール・ベーグル。

St.Viateur3.jpg

ニューヨーク・ベーグルのほうは、麦芽と塩を使った生地で、茹でた後、オーブンで焼く。モントリオール・ベーグルは、麦芽と卵の生地で、塩は使わない。成形し、蜂蜜を入れた湯の中で茹でてから、薪の窯で焼いている。ニューヨーク・ベーグルは、レーズン、ブルーベリー、クランベリー、玉ねぎ、カボチャなど混ぜ込む材料のヴァリエーションで種類は多く、味とともに色の違いが楽しい。日本のベーグルのほとんどは、ニューヨークタイプのようだ。モントリオール・ベーグルの9割がたを占めているのは、プレーンな中身に、炒っていない艶やかな白ゴマかケシの実を表面にびっしりとまぶしたもの。焼きたての、その香ばしさが、たまらない。焼き上がりのベーグルから剥がれたゴマとケシの実でいっぱいの台は、私には幸せな眺め。店頭売りは12個、1ダースが単位。

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モントリオール郊外に住む友人宅では、大量に買って冷凍保存している。半分だけ食べたい時のために、また子供たちがナイフを使わなくていいように、2枚におろしてから冷凍している。別の友人は、そのまま冷凍したものを、食べる時に電子レンジで1分間解凍後に2枚におろしている。2枚おろしは食パン用トースターで焼ける。ゴマとケシの実の香ばしさが戻る。クリームチーズを塗るのが定番だけど、ベリー類のジャム、ピーナツバター、チョコレートペースト、メープルシロップ、何でもOK。スーパーで売ってるクリームチーズにスモークサーモン、レッドピーマン、ブルーベリーなどを、それぞれ混ぜたカラフルなスプレッドはサンドイッチ用や甘いのが苦手な人に。真っ白の山羊のチーズかモッツァレラチーズと、トマトとバジルをオリーブオイル・バルサミコで和えたもののイタリアンのトッピングは、色も香りも食欲をそそる。(食べてる途中の写真で失礼!)

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ケベックシティに住んでいた時は、車で3時間のモントリオールからベーグルを仕入れている”Epicerie J.A.Moisan” が私のお気に入りだった。1871年J.A.Moisan によって北米最初の食料雑貨店が見いだされ、同じ場所で当時の面影を残しながらリニューアルされて続く店。アンティックの食器棚や引き出しにパッケージを並べたクラシックな店内に、飾らない外見のモントリオール・ベーグルが、しっくりきていた。



Sophie

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2008年03月28日

カナダ・ケベック州の郷土料理はフランスの味

カナダのフランス語圏であるケベック州の家庭に伝わる料理の多くは、17世紀にフランスからの入植者によって持ち込まれた。シュゼット・クイヤール著の『忘れられたケベックの伝統料理』(ISBN:2-920368-00-1)には、それら数々のレシピが紹介されている。「忘れられた」という表現は一種のユーモアで、ケベック州のフランス系の家庭では静かに受け継がれている。ケベックの人々は、家族や知人の誕生日や記念日に集って、ワインとともに料理をじっくりと味わい、遅くまでお喋りに興じ、ケベックの古い民謡を合唱する。家庭に代々伝わる食器が出され、先祖に思いをはせる貴重なひと時である。この本は、伝統料理によって、「おじいさんへの敬意」を忘れず、「おばあさんの料理の匂い」を守ろうと、今の時代の人に語りかけている。

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フランス語のsouper(夜食)が英語のsupper(夜食)の語源であるように、かつてフランスでは、具沢山のスープとフスマ入りのパン(全粒粉のパン)が、仕事の後の遅い食事であった。この本には穀類、野菜、根菜、豆類に、塩蔵の鱈や焼いた肉の残りを入れたスープなどが紹介されている。そして、田舎風のパンには、イチジク、アンズなどのドライフルーツや木の実を入れたものなどがある。バター、クリームなど乳製品を使ったソースのかかった料理は、今のフランス料理でもよく見られる(写真1)。焼き菓子の項には、ガレット(クレープの原型)、タルト、ビスケットなどがある。乳製品、りんごなどの材料は、移民の人々の出身地、フランス北部のノルマンディー地方の特産物である。さらに、牛や豚の脳みそが、懐かしい祖国フランスのチーズの味に似て代用品にしていたゆえか、日本の鯛の兜煮、マグロの兜焼きにあたるような、tête fromagée(豚の頭肉のゼリー寄せ)、tête de veau(子牛の頭の焼き物)がある。他には新鮮な内臓を固めて作る黒いboudin(ソーセージ)など。開拓農民の暮らしを支えてきた食生活がわかる。

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伝統料理の中でも、今もケベックでよく食べられているのは、tartière(タルト)。牛肉、豚肉、チキン、サーモンなどの種類があり、それぞれ相性のいい野菜やソースと一緒にパイ生地の中に詰めて焼いたものである。家庭でも作られるが、春にリンゴの花が咲く酪農の盛んなオルレアン島のものは特に人気がある。フランスのブルターニュ地方のサン・マロは、16世紀に探検者ジャック・カルチエが北米への船を漕ぎ出した港だが、そこを旅した折、近くの惣菜店で食べた上面に編目の飾りのあるサーモンパイはこの原型であるかも知れない。魚料理は、そんなに多くは紹介されていない。それは、セントローレンス河に面したケベックの近くでは、川を遡る鱒や鮭が主で、鱈など大西洋の魚は冷蔵技術の導入前には塩蔵や干物、燻製などの加工品のみだったから。また、ケベックを代表する農作物ジャガイモは、厳冬の地で保存可能な命の綱の主食材で、各家庭では種芋を何よりも大事に保管した。しかし、アンデス原産のジャガイモがフランスで食べられるようになったのはルイ16世以降の時代。17世紀のケベック植民地時代にはなく、19世紀初めにアイルランドからの移民によって伝わったものである(写真2は農家の直営市場にて)。

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ちなみに、ケベックシティの旧市街にある、伝統のレシピで郷土料理を出すレストラン「Aux Anciens Canadiens」の建物は1675年に建てられた(写真3)。17世紀の衣装のウェイトレスが給仕してくれる。豆の煮込み、ミートパイ、茹でたジャガイモ、豚の脂身の塩漬けなどの盛り合わせの一皿は、圧巻(写真4)。

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Sophie

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2008年02月21日

カナダ・ケベック州の早春 メープルシロップの里を訪ねて(2)

quebec04.jpgメープルシロップには、まず、サトウカエデの幹にドリルで穴を開け、5センチ長さの差込口のある直径1センチの透明な青色のチューブを差込む。チューブは、落葉樹の森を縦横に縫い、太陽の光を透かしている。樹液は重力によって連結した太いチューブに流れ、運搬用樽に収穫される。また、砂糖小屋に直結しているチューブもある。この方法には傾斜が必要なため、砂糖小屋は森の低い場所に建っている。採取されるのは1本の木の糖分の10分の1で、寿命を縮めたり、成長を妨げる量ではなく、幹の穴の数も制限している。シーズンが終われば、穴は、ゆっくりと自然の力で塞がる。

平均的に、1シーズンに1本から35〜50リットルの樹液が採取され、1〜1.5リットルのメープルシロップが出来上がる。この砂糖小屋の1日の収穫量は、少ない日で600リットル、通常は1200リットルで、4000リットルまで対応できる。集められた樹液は、まず浸透膜によってシロップと純水が50%対50%に分けられる。かすかに黄色味を帯びたシロップは、口に含むとうすい砂糖水のよう。ステンレス水槽の中で青く澄む水は、瓶詰めにして酒類を割る水として出荷される。

そして砂糖水は104℃で時間をかけて煮詰められ、最終的に、水分の95%が除かれ、糖度は66%以上になる。煮詰めることで独特の風味と色が加わり、琥珀色の液がドラム缶に溜まっていく。辺りはカラメルの様な香ばしさに包まれる。テイスティングと称して木のヘラをかざし、熱いシロップを受けて口に運ぶ。大人も子供も、その場所から離れられない。


quebec03.jpg外のテーブルでは昼食の準備。持参したサラダ、マリネ、何種類ものチーズ、ハム、フランス風のパン、ワインが並べられた。出発前に生地を仕込んだ、そば粉のクレープを交代で焼く。17世紀フランスからケベックに渡来した移民のふるさとブルターニュ風。半量が焼きあがったころ、メープルシロップの出来立てが中央に置かれた。熱々を贅沢にかけたクレープは、ケベックの味。

作業場の端では、このメープルシロップを、さらに別の電気鍋で111〜117℃に上昇するまで、かき混ぜないで煮詰めている。そして、きれいな雪を固めて敷いた台(仏語:Palette)に窪みをつけて、この濃いメープルシロップを落とす。鼈甲飴のようなトフィー(仏語:Bonbon au caramel dur)である。ガイドブックで見たのは、観光客が横に並び、アイスキャンデーの棒状のもので巻き取っている写真だった。ここでは、ご飯しゃもじ大のサイズ。わんこそばのように次々に落としてもらい、豪快に巻き取って口に運ぶ。皆の幸せな笑い声が森に響く。

そして、その濃い液を急速に冷やしながら撹拌すると、クリーム状のメープルバターの出来上がり。メープルシロップは糖分、カリウム、ナトリウム、カルシウム、ビタミンB1・B2を含み、脂肪を含まない。「バター」という言葉は、アップルバター(ジャムより濃いもの)と同じく、単に濃縮されたものを指す言葉でもあるようだ。最近はメープルスプレッドとも表示されている。

お腹が満たされると、アイヌの楽器ムックリに似た口琴、縦笛、ミニのシンバル、蛙の形の打楽器が取り出され、即興の合奏。楽器を手にしない人は踊る。友人達は、腰にサッシュを巻いていたり、帽子を被っていたり、どこか民族衣装っぽい格好に見える。長い冬を抜けて、春を迎える祭事を心から楽しんでいる、ケベックのフランス系の人達。彼らケベコワの合言葉 ”Joie de vivre”(生きる喜び…人生を楽しく!)は、ここにも健在である。



Sophie

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2008年02月20日

カナダ・ケベック州の早春 メープルシロップの里を訪ねて(1)

北米最大のフランス語圏であるカナダのケベック州は、世界のメープルシロップ(仏語:Sirop d’érable)の80%を出荷している。州都ケベックシティ(正式名はケベックであるが州の名前との混同を避ける意味で、こう呼ばれることが多い。)周辺は、サトウカエデの豊かな森が広がり、「砂糖小屋」(仏語:Cabine à sucre)と呼ばれるメープルシロップの作業所が点在している。マイナス35℃という厳しい寒さを越して色鮮やかなカエデなどの紅葉の雄大な景色は、ケベックの秋の風物詩で日本人観光客もツアーに多く訪れる。先ごろ3月末から2週間この地に滞在した私は、プレシスビルにある砂糖小屋に遠足に出かけた。

quebec01neige.jpg今季(2007年)のケベック州は2月になってから大雪が続いて、ケベックシティの旧市街周辺も、まだまだ雪国の佇まいだった(写真、上)。前日のボタン雪の嵐が止んで一転、澄み切った青空が広がり、風は冷たいものの、春を思わせる陽光の射す朝を迎え、車に食料を積み込み出発した。1時間あまりの後、アスファルトの高速道を降り、雪解けでぬかるんだ小道を進むと、木立の中に、煙突から蒸気が空に向かって勢いよく上がる緑の屋根、白い壁の建物が現れた(写真、下)。2年前に電気系統の故障から火災にあって、その後に新築されたという、友人の実家の真新しい砂糖小屋である。


この辺りのメープルシロップ農家は、毎年1月末から準備を始める。夜は氷点下で、昼の気温が、ようやく0℃を上回る2月下旬に、冬の眠りから覚めたサトウカエデの樹液は、芽吹きに向けて活発になる。そして、昼間の気温が3〜5℃の日が数日続く3月中旬から4月中旬に繁忙期を迎え、5月14日に仕事納めとなる。気温が上昇し、新芽が出てからは、味の良い樹液は採れない。友人の実家では、28000本のサトウカエデから樹液を採取している。自然林で、幹の太さ、高さも様々で、樹齢は150年から200年のものが多い。樹液が取れるまでに約40〜60年かかっている。春の雪解けの頃、成長期に幹に蓄えられた澱粉が酵素の働きによって糖分に変わる。そして、糖分は根元から吸収された水分に溶けて樹液となり、成長エネルギーとして導管内を流れる。それを採取して濃縮したものがメープルシロップである。色や品質によって5段階3等級がある。

quebec02maple.jpgサトウカエデは、カナダと合衆国の一部に生育する。昔、この地の先住民であるアメリカインディアンは、サトウカエデの樹液をリスが吸っていたのを見た。さらに、戦闘用の斧でサトウカエデの木を伐った時、樹液がしたたり落ちたので、それを容器に集め、焚き火にかけた鍋で煮詰め、メープルシロップを作った。1534年フランスの探検家ジャック・カルチエがセントローレンス河をたどって上陸以来、フランスの植民地内で先住民とフランス人は毛皮貿易などを通して友好関係を保ちながら暮らしてきた。メープルシロップの製法も先住民から伝えられた。

19世紀後半になって道具の改良、牛から馬車へと運搬手段の変化、さらに1970年代初めの技術の大幅な革新によってカナダのメープルシロップ産業は活性化した。しかし、シロップを煮詰めて作る基本の工程は今も同じである。ケベックのフランス系の人々にとっては、まだ雪の残る砂糖小屋に友人親戚が集って、メープルシロップの収穫を祝い楽しむのは早春の風物詩であり、恒例の伝統行事となっている。



Sophie

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