2008年03月19日

モエレ沼公園

moere1.jpgこの夏休みの終わりに、初めて北海道を旅する機会を得て、念願のモエレ沼公園へ行くことができました。


住宅街を抜けるとすぐに巨大な駐車場に到着。そこへレンタカーを止め入場です。広大な敷地だということで、今度は自転車を借りていざ公園へ。


東側の入口から入ったので、右手にガラスのピラミッドが見えてきました。ここはレストランや展望台などのある休憩施設なので、最後に寄ることにして、まずはちょうど運転中の「海の噴水」へ。円形に湧き出る噴水はどことなくSFチックだなあと思っていたら、今度は垂直に水が吹き上がりました。壮大な眺めに見惚れていると、強い雨が降りだし、急遽ガラスのピラミッドへ避難。


moere2.jpgピラミッド内部はまるでモダンな美術館のように白で統一された空間でした。上階には小さなギャラリーもあって公園の概要やイサム・ノグチの活動が紹介されています。偶然ファッション雑誌の撮影場面に出くわしましたが、どこにモデルさんが立っても絵になるような建物でした。


雨もどうやら止んだので、再び自転車で出発です。「サクラの森」と呼ばれる方へ進んで行くと、ところどころで小さな遊び場を通過することになるのですが、そこに設置してあるブランコだのすべり台だののひとつひとつがえらくカッコいい。どこぞで見たイサム・ノグチの彫刻の縮小版も置かれているのだけれど、それがまた子供用の遊具としても見事に成立しているのです。

 
「サクラの森」を抜けると、美しく刈り込まれた芝生が目の前にぱあっと開け、幾何学的な山々や、モニュメントが見えてきます。「公園をひとつの彫刻にする」というイサム・ノグチの構想どおり、ここでは自然の素材と金属やガラスといった無機物を組み合わせた巨大な芸術作品が実現されていました。一方でそれらの造形がピラミッドや古墳をイメージさせるので、遺跡に入り込んだような不思議な気分にもなりました。


moere3.jpg「プレイマウンテン」と呼ばれる山に登ってみました。頂上まで行けるのかと最初は不安でしたが、意外とすんなりとたどりつきました(最初に思いっきりこけたけど・・)。雨が降ったときはどうなることやらと思っていましたが、最後には美しい青空のもとで公園を一望することができました。虹のおまけまでついて。


「芸術作品」というととても敷居が高い感じがするけれど、モエレ沼公園は入場料は無料で、ペットも連れていけるし、夏にはビーチで水遊び、冬は山でスキーやソリ遊びが楽しめ、野球場、陸上競技場やテニスコートでスポーツをすることもできます。各施設でさまざまなイベントも企画されていて、10月の予定表には「結婚式」というのもあり、観光客だけでなく地元の人々にも親しまれているんだなあと思いました。


あとで調べてみたら、ガラスのピラミッドの夏の冷房の一部には、冬に蓄えられた雪を用いるなど、環境への配慮も見られ、見てくれだけでなく見えないところでも「がんばってる」公園なのでした。また違う季節に行ってみたいです。


モエレ沼公園 公式ページ




exquise(2007年10月5日)

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2008年03月11日

豊田市美術館

surrealismto.jpg私の名付け親は絵の先生で、幼い頃、アトリエに遊びに行っては山積みにしてある色々な画集をひっぱりだして眺めているのが好きでした。子供心に惹かれたのは、印象派のような色彩の美しい絵よりも、ミロやダリやエルンストといった「何だかわけのわからない」絵でした。落書きのような奔放なミロの作品を見ていると愉快になってくるし、写真のようにリアルで、しかも人の手足が伸びたり縮んだり、トラだの蟻だの溶けたような時計だの出てくるダリの絵は、怖くて仕方がないけれど、しばらくするとまた見たくなってそーっと本を開いてしまうのでした。


今でもシュルレアリスムの絵画を見ると、その頃に覚えたのと同じ気持ちになります。何を言いたいのか意味が探し出せない不安と、同時に心の奥底を覗かれたかのような当惑、そしてあまりにもの突拍子の無さに逆にこみ上げてくるおかしさ・・ この芸術運動が芽生えてから80年以上が経過しているのに、その作品は今なお新鮮です。


普段見慣れたものも、思いも寄らぬ状況下に集められると、我々はとまどってそれらの関係を理解しようとします。そのように何でも合理的に解釈しようとする我々を笑い飛ばすかのように、シュルレアリスムは次から次へと不思議な作品を提供してきました。そして合理性や「こうでなければならぬ」といった偏見から解き放たれた自由な想像力が存在することを、教えてくれたのです。


今年はシュルレアリスムに関する展覧会が日本各地の美術館で多く開催されています。現在は愛知県の豊田市美術館「シュルレアリスムと美術ーイメージとリアリティーをめぐって」と題された企画展が催されていて、先日見学してきました。


決して大規模ではありませんが、シュルレアリスム、およびその周辺の芸術家たちの作品がまんべんなく集められ、この芸術運動の流れがコンパクトにまとめられています。なかでもルネ・マグリットの作品は、有名な「大家族」をはじめ、注目すべき絵画が多く見られました。ダリの3点からなる大きな連作には圧倒されましたし、メレット・オッペンハイム(写真中)やジョゼフ・コーネルのオブジェは小さいながらも印象的でした。


toyotam.jpg豊田市美術館は、ニューヨーク近代美術館の新館を設計した谷口吉生による建築自体をも楽しめる美術館です。緑と水に囲まれて静かにそびえている建物の外観、そして開放的で繊細な内部空間の設計を、展示作品とともにぜひ味わっていただきたいです。現代美術を中心とした常設展示もなかなか面白いので、この夏休みにちょっと遠くまで足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。


「シュルレアリスムと美術」展は9月17日までの開催です。9月15日からは、姫路市立美術館「シュルレアリスム展 謎をめぐる不思議な旅」展が始まります。こちらはまた別の企画展で、違った観点でまた他の作品が集められています。この美術館も、れんが造りの素敵な建物なので、建築ともども展示作品を楽しんできたいと思っています。




exquise(2007年8月24日)

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2008年02月29日

養老天命反転地

yoro1.jpg家から日帰りで行ける範囲内には、面白い美術館や施設がいろいろあることを発見し、休みを利用して美術館に行く機会がこのごろ増えました。先日は、荒川修作がマドリン・ギンズと共同で設計した養老天命反転地(岐阜県養老郡養老町)へ行ってきました。


入り口ではヘルメットが貸し出され、「今日は風が強いので、足下にお気をつけ下さい」と注意書きがあるのに少々ビビりながら中へ入ってみると、カラフルな建物がまず現れます。「オフィス」とされているものの、内部は迷路のように区切られ、起伏が激しくデコボコした通路が広がっていて、いわゆる「オフィス」のイメージとはほど遠い作りになっています(写真上)。天井も同じような仕様になっているので、上下が逆さまになったかのような錯覚に陥ります。



yoro2.jpg「オフィス」を抜けると、またもや異様な光景が(写真中)。「極限で似るものの家」と名付けられたこの建物の内部は、人ひとりが入れるくらいの通路が交錯し、その通路を仕切る壁が、ところどころに置かれたソファーやガスレンジといった家具を分断しています。



さて圧巻はこちら(写真下)。楕円形にくりぬかれた土地に木々が植わり、日本地図だの屋根瓦だのが埋め込まれ、私たちはほとんどすべての部分を通ることができます。決まった順路も無いので、歩き方は自由。外側を、英語、中国語、フランス語、ドイツ語で表記された街路図が覆い、その外壁づたいに行けば、周囲の山並みも含めて壮大な風景を一望できます。



yoro3.jpgこの施設には平らな部分はほとんどといって無く、気をつけていないとよろめくし、転ぶし、不自然な姿勢を取らされるし、頭をぶつけることもあるし、全く「人にやさしくない」作りになっています。けれども、地を踏みしめて進んでいくうちに、普段使っていない筋肉の存在を感じたり、目や耳を使って周囲に注意を払ったりすることになり、生きている自分の肉体を実感することになります。


桜の花びら舞う心地よい天気のもとで、芸術作品を身をもって存分に体験することができた一日でした。自分の体力の無さも同時に痛感したけれど・・



exquise(2007年4月12日)

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2007年12月11日

有名美術館の分館ラッシュ(2) 日本人建築家の活躍

先回紹介したフランスの有名国立美術館の分館プロジェクトに日本人が関わっている。ポンピドゥーセンターの設計コンペを射止めたのは、坂茂(ばんしげる)氏、ルーブル美術館の方は、妹島和世氏と西沢立衛氏の共同事務所 SANAA だ。彼らは世界中からラブコールを受ける売れっ子建築家だ。

SHIGERU BAN 紙の建築行動する―震災の神戸からルワンダ難民キャンプまで

坂茂氏はコンペで名だたる建築家を抑えてウィナーになった。建築は、中国の伝統的な竹の帽子にヒントを得て、6角形の大屋根は木材を編んだような構造。その下にピクチャーウインドウを持つ、3つのギャラリーチューブが上下に並んでいる。パイプの骨格が外にむき出しになっているパリの本館の革新的な発想を受け継ぐのだという。

坂氏は紙管を使う建築家として知られている。最近、フランスの川に紙製の橋を架けて話題になっていた(→APF動画ニュース)。紙は一見、脆弱な素材に見えるが、恒久建築の構造材としても十分な強度を持つ。また紙はローコストで、入手しやすいという利点がある。その利点は緊急時に生かされる。坂氏は紙の建築を携えて支援活動に出かける行動する建築家でもある。阪神大震災やルワンダ難民キャンプの現場で仮設住宅を作り、同震災で消失した地元(神戸市鷹取)の教会の代わりに紙製の教会も建てている(建設にはボランティアが携わった)。

阪神淡路大震災のとき、自分の設計した建築でないにせよ、建築でたくさんの人がなくなったことは事実で、建築家として責任を感じ、何かできないかと純粋な気持ちがあったと坂氏は言う。難民や地震でも、最初のうちは医療や食料が問題になるが、その後必ず住宅の問題が起こる。住宅問題であるにも関わらず、全く建築家が携わっていない。それを改善しようという建築家がいないことを坂氏は指摘する。

建築家と言えば、コストに糸目をつけない高価な建築物ばかりを作っている、エスタブリッシュのための、エスタブリッシュな人々というイメージがある。金持ちのための建築か、予算を惜しまない自治体のハコモノ(公共的な建築物ではあるが)って感じで、ローコストで美しい建築という発想はあまりなかった気がする。坂氏は、被災地や難民キャンプの建物こそが美しくなくてはならないのだと主張する。被災者の惨めな気持ちを晴らすような建築、あるいは、被災者の人々を蔑むような気持ちが起こらないような建築が必要になる。このような倫理的な視点には共感させられる。

一方、SANAA によるルーブルの分館は、反射性のある外装を使った壁面がゆるやかなカーブを描き、そこに周囲の森が外壁に映り、建物が自然の中に溶け込むデザインになっている。パリの石造りの本館が歴史的な時間の蓄積を主張する重厚な建築物(ガラスのピラミッドで多少中和されているとはいえ)であるのとは対照的だ。

妹島和世+西沢立衛/SANAA―WORKS1995‐2003 妹島和世+西沢立衛/SANAA 金沢21世紀美術館

SANAAは国内外に注目される作品を提供している。Dior表参道金沢21世紀美術館トレド美術館ガラスパビリオンなどが、世界的に高い評価を受けている。最近では「NYミュージアム」が、歴史的に有名な建築物の多いマンハッタンの新しいランドマークとして完成が待たれている。「NYで現在、これほど未来への確信をインスパイアするような建築プロジェクトは他にはない」とNYタイムズから賞賛された。こちらは白い箱型の階層を重ね合わせ、自然光を取り入れる作りになっている。



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2007年12月07日

有名美術館の分館ラッシュ(1) ルーブルもポンピドゥーも

有名な美術館が地方都市に分館を建てる動きが世界的に活発になっている。フランスではルーブル美術館とポンピドゥーセンターがフランスの地方都市に進出することを決めた。

ルーブル美術館の分館ができるのはフランス北部、都市ランス Lens。シャンパーニュ地方の中心都市 Reimsではない(カタカナ表記では同じになる)。ランスは炭鉱の町として知られていたが、90年に最後の炭鉱が閉じてからは売りになるような産業もなく、町は慢性的な高失業状態にあった。それだけに、2004年11月にルーブル美術館の分館の誘致が決まると市民は喜びを通り越し、熱狂状態になったという。ルーブルの分館の目的は本館の豊富な所蔵品の一部、つまり本館の余り物をいただいて展示するだけではない。パリの本館ではジャンル、地域、時代によって8つの部門に分かれているが、ランスではそのような展示形態とは違った、横断的で斬新な切り口で作品を見せる実験的なアンテナ美術館を目指すのだという。ルーブル=ランスは2009年竣工予定。

http://louvrelens.free.fr/

一方、リールやボルドーを押しのけてポンピドゥーを誘致したメッスは、ドイツとの国境に近い人口12万人の都市。このフランス東部の地域には工場の林立する冷たいイメージしかなかった。しかし、国鉄(SNCF)の駅の東に広がる寂れた操車場跡にエキゾチックなデザインの美術館が2008年に完成する。パリのポンピドゥーセンター内の現代美術館はピカソ、マティス、シャガールなど20世紀の芸術作品5万6千点を所蔵するが、スペースの制約があり、その中で展示できるのはわずか1500点にすぎない。ルーブルと同じく、眠っている宝の山をいかに有効活用するかが長年の課題だった。メッスの分館ではパリの本館の作品を定期的に入れ替えて展示し、また独自で企画した展覧会を開催する。こちらはランスより1年早い2008年竣工予定。

http://www.centrepompidou-metz.fr/

guggenheimbilbao01.jpg有名美術館の分館ブームはフランスだけにはとどまらないようだ。イギリスのテートギャラリーはリバプールなどの国内3ヶ所に分館を開き、ロシアのエルミタージュ美術館は国境を越え、アメリカのラスベガスとオランダのアムステルダムに進出した。分館の成功例として象徴的なのは97年にスペインのバスク地方に誕生したアメリカのグッゲンハイム美術館のビルバオ分館(写真)である。人口35万人の都市に年間100万人が美術館目当てに訪れ、その60%が外国人観光客だという。ビルバオ分館は停滞した鉄鋼都市、バスク紛争の暗いイメージを一掃し、芸術が地域再生の切り札になることを証明してみせた。チタニウムの板で作られ、平らな面が一切ない、うねるような奇抜な外観も話題になっている(設計者は神戸のメリケンパークの巨大な魚を作ったフランク・ゲーリー)。

http://www.guggenheim-bilbao.es/

グッゲンハイム美術館は現在アラブ首長国連邦にも分館を計画している。一方、ポンピドゥーセンターはアジア進出を狙っているという噂があり、日本の地方都市にも分館誘致のチャンスがめぐってくるかもしれない。分館の誘致には美術館側の利点も大きい。分館の敷地や建物は経済効果を当てにする地方自治体が用意してくれる。有名美術館は今や厳しい国際競争にさらされ、政府の補助金も削減されたりして、財政的に厳しい状態に置かれている。独自のアイデアで財源を確保しなければならい時代になったのだ。何よりも増して数多くの所蔵品が展示されずに眠っているのがもったない。

フランスは中央主権国家であり、フランス革命以来、地方の経済的、文化的な衰退が著しかった(例えば、革命のときには地方文化を支える地方語や方言が弾圧された)。アヤゴン前文化相は「文化の脱-中央集権化」の柱としてルーブルとポンピドゥーの分館計画を位置づけているが、一方でいくつか疑問も生じる。有名美術館を誘致することは、既成文化の移植であり、地方文化と有機的なつながりはない。確かにブランド美術館の威を借りるのが手っ取り早いのだろうが、それでは本当の地方文化の再生にならないのではないのか。

例えば、地元の人々の手による演劇祭や音楽祭などが地域文化の復興や再発見につながるケースがある。フランスの地方都市でも実際そういう動きがあった。しかし、昔ながらの共同体も、それが支えてきた伝統文化も衰退してしまい、単に何もない町(それこそ日本で言うなら、コンビニとファミレスとショッピングセンターしかない)になっている場合は、行政や企業が工夫を凝らして、人々が集う核となるようなプラットフォームを打ち込み、新たな伝統を作っていくしかない。ランスやメッスはそういうケースだったのだろう。

一方で、美術鑑賞のあり方も、美術そのもののあり方も変わりつつある。作品−鑑賞者という固定的な関係を切り崩す新しいコミュニケーションが模索されている。分館にはこういうラディカルな試みも可能だ。美術館は近代社会の公共性をはぐくむ場でもあったが、昔のままにハコモノを建て、外からコンテンツを持ってくるだけでは地域のコミュニケーションをバックアップすることは難しいだろう。観光客だけでなく、地元の人々を巻き込みながらアートの新しいあり方や体験を提示していく工夫も必要だろう。これは日本の地方再生にとっても重要なヒントになるはずだ。

□参考記事「有名美術館分館ブーム」(朝日新聞朝刊2006年9月1日付)



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2007年09月19日

ケ・ブランリー美術館(2)

murvegetal03.jpgケ・ブランリー美術館の外観を決定付けているのは、建築家ジャン・ヌーヴェルのデザインだけではない。もうひとつ忘れてならないのは、植物学者パトリック・ブランによる垂直庭園だ。彼は1953年パリ生まれで、熱帯の下生え植物の専門家である。ケ・ブランリー美術館はとてもエコな美術館でもあり、建物の壁面を様々な植物がびっしりと覆っている。

植物を育てるのは実は土ではない。水とミネラル塩なのだ。温帯や熱帯の山々では岩や切り立った崖、木の幹に植物が繁殖している。薄い腐植土の膜があれば、十分な栄養を取れるのだ。私たちは植物は水平に植えるものだと思っているが、植物にとって水平面は必ずしも必要なものではない。

この観察からパトリック・ブランは垂直庭園のシステムを作ることを思いついた。垂直栽培という方法は前からあるが、植物を土に植えるために鉢や吊り下げた容器を使う。それゆえにかなりの重量がかかってしまう。パトリック・ブランの技術は土なしで済ませること、そして前代未聞の高さでの垂直庭園を可能にした。またシステムは驚くほど簡素で低コスト。年2回の刈り込みで何十年も持つらしい。

植物は共生能力に応じて選ばれ、風量、温度、光度に関して、それぞれの植物に適した高さに配置されている。厚さ3ミリのフェルト生地が建物の外壁に表面張力と毛管現象で貼り付つき、岩の表面の腐植土の膜の役割をしている。植物は窒素化合物とカリウム入りの水がしみこんだフェルト生地に根を張るのだ。

植物の壁は都市の緑の空間を増やす革新的なアプローチである。それは都市の概念を変える。都市はもはや鉱物の空間ではなく、植物の空間なのである。都市に失われた緑を再導入し、都市に住むことと植物を楽しむことを巧みに混ぜ合わせる。

「垂直庭園」という言葉はロマンティックに響く。実際、この発想は多くのパリの業界人たちを魅了している。ブティックやホテルなどでこのシステムが採用されている。ケ・ブランリー美術館以外で、パトリック・ブランの植物の壁を見れる建物は次の通り。

En France,

- Boutique "Marithé et Francois Girbaud", Paris 75006, 7 rue du Cherche Midi, réalisé en 2002.
(マルテ・エ・フランソワ・ジルボーのブティックの内装)
- Hotel "Pershing Hall", Paris 75008, 49 rue Pierre Charron, réalisé en 2001.
(ホテル・パーシング・ホールの中庭の壁面)
- Fondation Cartier, Paris 75014, 261 boulevard Raspail.
(カルチエ財団のエントランス)
- Square Vinet, Bordeaux 33000, réalisé en 2005.

Ailleurs(フランス以外)

- Centre commercial "Siam Paragon", Bangkok, Thaïlande, réalisé en 2005.
- Aquarium de Gênes, Italie.

ケ・ブランリー美術館訪問(動画:建築家と植物学者が登場)
パトリック・ブランのインタビュー


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2007年09月14日

ケ・ブランリー美術館(1)

quaibranly.jpg昨年の6月にケ・ブランリー美術館がオープンした。アフリカ、オセアニア、アジア、アメリカからの品々を集めた、新しいタイプの民族美術ミュージアム。場所はエッフェル塔の足元、ブランリー河岸(= quai du Branly)。名前はそこから来ている。設計したのはアラブ世界研究所で知られるジャン・ヌーベルだ。新しい国立の美術館としてはポンピドゥーセンター以来、30年ぶり。トロカデロの人類博物館(musee de l’homme)とヴァンセンヌの森にあった、アフリカ・オセアニア美術館の所蔵品を引き継ぎ、新規購入品を加えた総数27万点におよぶコレクションの中から精選。仮面、彫刻、モニュメント、楽器、武器、装身具、テキスタイルが展示されている。

大英博物館やルーブル美術館(古代の博物館でもある)を訪れるとき、よくもまあこんなものを世界各地から運んできたものだ、という印象を誰もが抱くだろう。西洋人の、自分たちとは異質な、あるいは未知の文化に対する情熱と執着心には驚くばかり。もちろん名声や金儲けもからんでいたのだろうが。

ところでケ・ブランリー美術館には二重の意味で政治性が見え隠れしている。

まずは具体的な政治。ケ・ブランリー美術館のオープンは今期限りの引退を表明したシラク大統領の念願だった。大統領に就任するとすぐに、シラクはこの美術館の構想に着手した。ミッテラン前大統領が古風な図書館を一掃して、自分の名前を冠した「ミッテラン国立図書館」を作ったように、自分のモニュメントをパリに残そうと目論んだのだった。加えて、現職大統領と原始美術商の主導による美術館の建造は、原始美術市場に大きな経済効果をもたらしたらしい。

もうひとつは西洋で作られた非西洋の美術館それ自体がはらむ政治性。西洋が非西洋に向けるまなざしの問題だ(エドワード・サイードの「オリエンタリズム」が参考になる)。シラク大統領は去年の6月20日のオープニング・セレモニーで「世界の芸術と文化に優劣は存在しない」、「文化を超えた対話の場となる」と述べたというが、明らかにヨーロッパ芸術と区別され、非ヨーロッパは展示対象で、ヨーロッパ人から見られる関係にある。この関係は必然的に優劣を含み、このような展示形式からは文化を超えた対話は生まれないと言われそうだ。この美術館は世界中から観客を集め、当然、見られる側の文化の側の人々も見に来るはずで、その中に違和感を感じる人もいるだろう。ヨーロッパにとっての美的な観点(日本人もそれを内面化していることだろう)によるのではなく、その文化を生きている人たちの生活意識や価値観の中に位置づけ直して展示することが大切という意見もあったが、そこまで行くなら美術館というコミュニケーション形式自体を批判する必要が出てくる。

こういう議論に忘れてならないのは文化人類学者のクロード・レビ=ストロース。まだ健在のようで、オープンニング・セレモニーにも出席。この美術館には「文化人類学的アプローチだけではなく、多様な現代の視点があっていい。コンテンポラリーアートやデザインソースとして若いアーティストを触発するだろう」とインタビューで発言している。

ケ・ブランリー美術館 公式サイト



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2007年08月14日

ポンピドゥー・センターも30歳

少し古い話になるが、今年の1月31日、ポンピドゥー・センターでは開館30周年の式典が行われた。
前大統領のジャック・シラク氏が式典に参列し、30本のロウソクを自ら吹き消した。

1977年に開館したこの美術館、というより総合的文化施設の詳細については、各種ガイドに書かれているのでここでは省こう。

イタリア人レンゾ・ピアノとイギリス人リチャード・ロジャースによる設計であるが、30年を経た今日においてもその建築は魅力的だ。と思い、写真のストックを開いてみたが、全体的な外観を撮影した写真は皆無であった。
(ちなみに大阪湾に浮かぶ関西国際空港もレンゾ・ピアノによる。)

ということで全体図は、センターのホームページを参照していただくことにし、ここでは断片的な内部の写真を4点掲載しておこう。

DSC00242pom1.jpg

DSC00237pom2.jpg

DSC00236pom3.jpg

DSC00450pm4.jpg

何故ゆえにエッフェル塔が、と思われるかもしれないが、これはポンピドゥー・センターの最上階より撮影したもの。周囲の他の建物より一回りは大きいこの建物からは、街が一望できるのだ。
サクレ・クール寺院、ノートルダム寺院、オペラ座など、すでに訪れ、また、これから訪れるかもしれない名所を、高い位置より確認できるのは、何となく嬉しい。

俯瞰的な視線により街を眺めると、それまで距離感を感じていた街が急に近づいたような気のするものだ。
平面的な世界に、立体的なイメージが重なることで、認識が変化するのであろうか。

okabe-pompidou01.jpgポンピドゥー・センターについては、随分と昔にとても「熱い」本も読んだ。
フランスで美術関係の人材を多く輩出するエコール・ドゥ・ルーブルを経て、ポンピドゥー・センターに勤務する岡部あおみさんの著書である。
学芸員に要求される視覚的な記憶を、エコール・ドゥ・ルーブルでひたすら鍛え上げたというエピソードには、とても強いインパクトがあった。
留学経験や海外での生活を題材にした著書は、星の数ほどあるだろうが、この本はこれまでの僕のナンバーワンである。

□「ポンピドゥー・センター物語」岡部あおみ


キャベツ頭の男

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2007年03月28日

「レオナルド・ダ・ヴィンチ−天才の実像」展

3月20日から「レオナルド・ダ・ヴィンチ 天才の実像 The Mind of Leonardo - The Universal Genius at Work 」が上野の東京国立博物館で始まっている。6月17日までの開催。この展覧会は2007年1月までイタリア・フィレンツェのウフィツィ美術館で開催されていた企画展を日本向けに再構成したもので、イタリアが誇る至宝「受胎告知」が本邦初公開。また、手稿をもとに制作した模型や映像などを用いて、芸術から科学にわたる広範な試みの全てを紹介している。

公式サイト(日本)
公式サイト(伊・英)

ダヴィンチはもちろんイタリア出身だが、フランスとも縁が深い。晩年、フランソワ1世の保護を受け、アンボワーズ城(ロワール川流域)近くにあるクルーの館と年金を与えられて余生を過ごし、そこで亡くなった。

Leonardo Da Vinci: The Complete Paintings And Drawings
Frank Zollner Johannes, Dr. Nathan
Taschen America Llc (2003/06/01)
売り上げランキング: 110,443

東京国立博物館が遠い、行く暇がないという方は、この画集はいかがだろうか。「ダ・ヴィンチ・コード」が大ヒットして以来、この画集が売れ続けているのだそうだ。入荷してもすぐに品切れ状態になるらしい。現在、アマゾンで日本語版はマーケットプレイス(中古)で出品されているのみ(英語版は在庫豊富)。確かに高価だが、高度な印刷技術による最高の画集のようだ。ダ・ヴィンチの筆のタッチの微妙な凹凸まで再現され、さらにはダ・ヴィンチ研究の最新の成果も反映され、盛り込まれている。

英語版の解説を要約すると…

画集は全3部構成となっている。第1部では10章にわたり、手紙、契約書、日記、書類などを通してダ・ヴィンチの生涯と仕事を詳説。すべての絵画もここに紹介され、「受胎告知」や「最後の晩餐」は折り込みページで収録。第2部はダ゙・ヴィンチの絵画を分類したカタログになっている。彼の現存する、あるいは失われた絵画が網羅され、残っているものはその保存状態が記されている。掲載されたそれぞれの作品は、新しい発見や科学的な調査によって最終的にダ・ヴィンチのものと確定した作品であり、それらが画集として始めて出版されたことになる。第3部はダヴィンチのデッサンを包括的に集めている。彼のデッサンは無数にあり、一冊の本にまとめることは不可能だが、それでも663のデッサンを、建築、科学技術、解剖学、人物像、比例、地図製作などのカテゴリーに分けて掲載している。

確かに一家に一冊のアイテム、完全保存版だ。

Leonardo Da Vinci:The Complete Paintings And Drawings
レオナルド・ダ・ヴィンチ−全絵画作品・素描集(日本語版)


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2007年01月15日

オランジュリー美術館

オランジュリー美術館、新装オープン!
といってもネタ的には少し古いです。

CIMG0913.JPG 1999年秋以来、改修工事が延期に次ぐ延期のため、なんど訪れても観ることのできなかった美術館。
 拡張のため、地下を掘っていたら16世紀の城壁の遺跡が出たり、工事が伸びて予算が苦しくなったり、なかなか再オープンにたどり着けなかったのですが、ようやく完成・公開されました。7年ぶりにモネの『睡蓮』、あるいはギョーム・コレクションと再開できるとあって、オランジュリー美術館は長蛇の列かと思いきや、ぼくが訪れた秋のある日はこんなもんでした。

 入場制限をしていて、それなりに待たされましたが、人の群れるところ音楽ありというわけで、奏でられる音楽を楽しんだり、周りの風景に目をやったりしているうちに入り口に。待つことも楽しめるのは、旅先だからか、フランスだからか? しかもその日は、たまたま入場無料の日でした。嬉しかったですね。

CIMG0907.JPG さて、改修でどう変わったかというと、写真をみていただければ一目瞭然。
 個人的好みを言わせてもらえば、昔のオランジュリーの展示空間の方が趣があったと断言します。
 この改修に関しては、絶対的に、だれがなんと言おうと、「昔のオランジュリーはよかった」と過去を懐かしむ爺になります。
巨匠たちの絵を模写する画家の卵、素人画家たちの幻影とともに、この新しいオランジュリーの空間になんとなく居心地の悪さを感じてしまいます。
 絵画展示・保管・鑑賞といった機能面では申し分ない造作になってはいるのでしょうけれども。

CIMG0900.JPG 最後に、モネ『睡蓮』の間はどんな感じになったかというと、こんな雰囲気。ここは以前とそれほど変わらない空気が漂っていました。うえの薄ぼんやり明るいのは照明ではなく、外光をやんわりと遮っている幕。そう、この自然光の下でモネの『睡蓮』を観れるようにしようというのが今回、あまりにも長期間に渡ってしまった改修の目的だったわけです。果たしてこれが成功したのか、どうか。なんにせよ、オランジュリー美術館をふたたび訪れることができるようになったことは嬉しいですね。

CIMG0902.JPG フランス語では「睡蓮」を nymphéa(学名)と nénuphar(通称)の二つの呼び方をするのですが、モネは自分の『睡蓮』をすべて Nymphéas と呼んでいました。Nymphéas の語源であるニンフ(水の妖精)たちが、自然の光のしたで、いっそう美しく咲き、戯れる姿を、あるいは光を避けて暗く蹲る姿をも、ぜひいちど観ていただきたいものです。


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2006年11月29日

オルセー美術館展(3) 預言者リブザ

misteriousforest01.jpg鳴り物入りで始まったオルセー美術館展(神戸市立博物館)だが、あと1ヶ月を残すだけとなった。評判は上々のようです。まだの方はお早めに。

ところで、生まれて初めてオルセー美術館に足を踏み入れたのは80年代の終わりごろだった。そして、「預言者リブザ」と「再会」したのはオルセー美術館の「象徴主義の間」だった。

そこには国際的に展開した象徴主義絵画がいくつかあって、目が眩むばかりの絢爛豪華なジャン・デルヴィル(ベルギー)の絵が高い位置に飾られていた。個人的にも絵画の流れの中では象徴主義がいちばん好きだ。絵画が最後の充実を見せ、最後の輝きを放った時期だと思う。フランスのルドンやモローに加えて、象徴主義からシュルレアリスムにかけてのベルギー絵画が断然面白い。その流れを追えるベルギー王立美術館(ブリュッセル)も印象深い美術館だった(現在、国立西洋美術館で「ベルギー王立美術館展」やってます。12月10日まで)。

象徴主義とは1880年代後半のフランスで起こった反写実主義、反科学主義的な文芸・美術傾向だ。文学的な運動としては、詩人のジャン・モレアスが「ル・サンボリスム」(象徴主義)と題する宣言を掲載し、詩の目的は「理念に感覚的形態を纏わせること」であると述べた。美術における象徴主義は1880年代から1910年代にかけてのアカデミズムとポスト印象派に対する新傾向。印象派は目に見える外の世界しか描かないと批判はしているが、印象派を始めとする新しい絵画の流れの中で試みられた手法の成果がふんだんに盛り込まれている。

象徴派絵画にはおおまかに二つの潮流がある。ひとつはポール・ゴーギャンとポン・タヴァン派からモーリス・ドニを通じてナビ派に至る総合主義、あるいはクロワニズムと呼ばれる反印象主義的色彩表現法の系譜。

もうひとつは過去の宗教や神話に主題を採ることで、絵画に象徴的・暗示的な物語性を獲得しようとする反現実主義的な表現傾向であり、オディロン・ルドンやピュヴィス・ド・シャヴァンヌからフェルナン・クノップフ(ベルギー)、グスタフ・クリムト(オーストリア)らの世紀末絵画へと展開する。

「預言者リブザ」は後者の系統だろう。

「預言者リブザ」は、チェコの画家、マチェック(Masek, Vitezlav Karel 1865-1927)の作品。この絵が今回のオルセー美術館展に参加している。展覧会の感想を書いたブログに目を通してみると、有名な作品が目白押しの中で、この絵に感銘を受けたという方々がけっこう多い。そこそこ大きなサイズの絵(193×193)で見たときのインパクトも大きいようだ。

ここからは少々マニアックな話になる。かつてこの絵をジャケットに使っていたバンドがいた。上の写真はタイトルがついていることからもわかるように、レコードジャケットである。デザインのためか、実際の絵と右左逆の鏡像になっている。そのバンドはアイン・ソフ(Ain Soph)という神戸のバンドだ。

私のオルセー初体験での最大の驚きは、「何でこんなとことろにアイン・ソフのジャケットがあるの?」ってことだった。このアルバムはジャケ買いした。レコードレビューの大推薦もあったが、この絵が使われていなかったら買わなかっただろう。アルバムを購入した中学3年当時は、マチェックなんて画家は知るわけもなかった。しかし、暗い青と緑のトーンに彩られた、点描画のような緻密な作品に魅せられた。神秘的ではあるが、衣装や宝飾品が描きこんであって、装飾性も強調されている。

神戸のバンドのジャケットに使われたオルセー所蔵のチェコの画家の絵が今、神戸の美術展に来ているわけだ。何かすごくないですか?(笑)

魅惑劇アイン・ソフはジャズロック系のプログレッシブ・ロック・バンド。ロックが文学やアートに最も接近した時代のロックで、ジャケットに凝るのも重要な特徴のひとつだった。当時(1980年代初頭)、アイン・ソフと双璧を成していたNOVELAというグループ(これも関西系)がいたが、そちらは Sulamith Wulfing よるジャケ「魅惑劇」、漫画家の内田善美によるジャケ「青の肖像」が美しかった。こちらはプログレ・ハードって音で、今から見れば、X-JAPAN とかマリス・ミゼルにつながる元祖ビジュアル系でもある。

一方、アイン・ソフはボーカルなしのジャズ・ロック系。「預言者リブザ」を使ったアルバムのタイトルは、「妖精の森−A Story Of Mysterious Forest」。1980年の作品。B面(LP盤)を全部使った18分あまりの組曲「妖精の森 −a)目覚め b)密かな憧憬~微風 c)神秘の森 d)燃ゆる想い e)深き眠り f)闇夜の中で g)小人たちの踊り h)予言者の告示 i)神秘の森 j)目覚め」が素晴らしい。ジャケットのイメージにぴったりだ。当時は日本にもこんなテクニックと構成力のあるバンドがいたのかと驚愕したものだ。とりわけ、メロトロンをバックにむせび泣くギターには未だ鳥肌がたつ。現在、私の ipod に入っている唯一のプログレだ。

■AIN SOPH「妖精の森−A Story Of Mysterious Forest」
…アマゾンでは新品の在庫はないようですがマーケットプレイスに出品されています。NO IMAGE なのでオリジナルジャケットが使われているかどうかは不明です。

■関連エントリー
オルセー美術館展(1)
オルセー美術館展(2)


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2006年10月23日

オルセー美術館展(2)

berthemorisot01.jpg今回のオルセー美術館展のポスターには「ベルト・モリゾーの肖像」が使われている。あちこちの駅の構内でほとんど毎日のように彼女の微笑みに出くわす。最寄り駅の構内では開催日の1ヶ月以上も前から彼女の分身が何人も微笑んでいた。確かにハッとさせられる美しい肖像画である。美しいというより、「かわいい」感じだ。

駅構内の人ごみの中から突然現れる、この瞬間的な出会いは近代的な体験だ。

ベルト・モリゾーは印象派の画家で、マネの弟子でもあった。一時マネは彼女の影響を受けて印象派の様式に限りなく接近したこともある。ベルト・モリゾーという実在の女性がいて、マネはそれをモデルに描いたのだが、マネはそこに単なる肖像画以上の何かを託している。

まずこれは瞬間を捕らえた絵である。構図としては右側から光が差しこむ瞬間をとらえ、また当時の流行色である黒を効果的に使っている(つまり時代の先端を切り取っている)。白い光と黒い服のコントラストは、彼女のイメージ以上に強烈だ。

この時代の絵画において重要な舞台は、田園よりも、都市である。マネは「画家は自分の時代に生きて、自分の眼で見たものを描かなければならないと信じるレアリストであり、当時登場したばかりの汽車のダイナミミックな動きや、第2帝政時代のパリの華やかさに惹かれる近代主義者だった。いくらモデルがいて、描いた場所がアトリエの中だとしても、それを捉えるのは、ブールヴァールのカフェを好む典型的なパリジャン=都会人の視線でである。

都市における決定的な体験とは何だろうか。都市体験の瞬時性を最も際立たせる体験とは。

それは、群集の中から美しい女性が現れ、その中に再び消えていく瞬間ではないだろうか。街角ですれちがった通りすがりの女。美しさと同時にはかなさを具え、見失ったあとでは、もはや女性の姿ではなく、光と影の効果でしかなかったように思われるイメージだ。

この絵とイメージが重なり合うひとつのソネットがある。

耳を聾する通りがわたしのまわりでうなり声をあげていた。
背の高い痩せた女が、喪服に身をつつみ
威厳に満ちた悲しみそのもののように、通り過ぎた、
派手な手で縁飾りのついた裾をもちあげ、ゆすりながら

彫像のような脚で、すばやく、気高い様子で。
わたしは狂った男のように身をひきつらせ
嵐をはらんだ鉛色の空のような彼女の眼から、飲んだ、
魅惑する甘美さと、生命を奪う快楽とを

稲妻の一瞬…あとは闇−美しい人よ、(…)

これはマネとも親交が深かったボードレールの「通りすがりの女に」という詩である。見知らぬ女性であっても、それは十分関心の対象になる。むしろ見知らぬ女性だからこそ、激しい関心の対象になる。詩はスローモーションのようにその出会いの瞬間を捉えているが、その瞬間に彼女の情報をひとつ残らず読み取ろうと欲するために相対的に時間の流れが遅くなるのだ。誰にも憶えのある経験だろう。前のエントリーで、この時代の絵画は「神話や歴史への参照がなく、アレゴリー的表出体系からの脱却を始めた」と書いたが、この欠如は「現在の瞬間の異常な深化」によって補償されることになる。

ヴァルター・ベンヤミンはこの詩について「肉体を痙攣的に収縮させるものは、あるイメージに心の隅々まで引きさらわれてしまった男の惑乱というよりは、むしろ、うむをいわさぬある激しい欲望に孤独者がふいに襲われたとき、ショックに似ている」(「パサージュ論」)と書いている。まさに「稲妻の一瞬−あとは闇」という、出会いのあまりの衝撃に、その衝撃しか残らない痙攣的な体験だ。

ベルト・モリゾーのポスターを見るたびに、衝撃とは言わないまでも、軽いショックを覚える(さすがに回数を重ねると反応は弱くなってくるが)。黒は当時の流行色だと書いたが、ファッションもまったく古臭い感じがしない。ルネサンス以降の絵画の伝統というよりは、確実に私たちの側にある絵だ。

また私たちがショックを受けるのは生身の女性だけではない。街角に張られた広告であったり、ネットサーフィンをしていて遭遇する広告に対してもこういう体験はある。まさに「ベルト・モリゾーのポスター」の限りない反復は、全く別の経験にも私たちを誘っている。


■BOOK INFO:「近代絵画史 (上)」 高階秀爾著 中央公論新社 Amazon.co.jp で詳細を見る
近代絵画入門の古典的著作。上巻で印象派&ゴッホまでフォローしてます。
■本を読むのが面倒臭い人はポッドキャストで⇒「オルセー美術館展 PODCAST by 魚住りえ


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2006年10月22日

オルセー美術館展(1)

Paintings in the Musee D'Orsay神戸市立博物館で「オルセー美術館展」が催されている。オルセー美術館はフランス19世紀の美術館なのだが、19世紀といえば絵画において決定的な変革が起こった時期(とりわけ19世紀中葉)である。今回作品が展示される印象派の画家たちも、その変革の時期を生きた。なぜ日本で印象派が好まれるのかというと、その変革が絵画を私たちにより近いものにしたからである。

何か意味ありげな絵を見て、何か意味があるんだろうなと思いながら、消化不良のままその絵の前を通り過ぎる。でも、美術館に行く前に予習をしたり、美術館で解説を読むのはめんどくさい。印象派の絵画の多くにはこういうもどかしさがない。何が描いてあるのかわかる、美しい絵だと直感的にわかる。これは重要なことである。

しかし、絵画の楽しみは、本来、見て楽しむことであり、絵を見た瞬間の感嘆ではなかったのだろうか。なぜ、印象派の絵画に関して、こういうことが可能なのかというと、私たちの近代的な日常や感受性がある程度共有されていて、それを通して絵がわかるからだ。

この時代の絵画の最大の特徴は、アレゴリー的表出体系からの脱却を始めたことだ。つまれそれ以前の絵画を理解するには、絵画の中の情報を「神話や聖書や歴史」に照らし合わせる必要があった。そういうものに馴染みのない私たちは、それをまず勉強しなければいけない。しかし、この時代の絵画は過去=歴史=参照を切り捨て、「現在の瞬間」に向かう。印象派が同時代の人々に非難されたもの、その点にある。

それに加えて、画面の明るさが決定的である。画面の明るさに関しても、技法上の大きな変化がある。「伝統的画法の金科玉条である半濃淡を廃して(中間色からなる色階によって暗い部分から明るい部分への移行が無理なく徐々におこなわれ、そしてこれらの色調は主調色に合わされていなければならないという考えを捨て)」、例えばマネなどは「画面の各部分をそれぞれ平らな光を当てられた色の広がり」として把握している。明るさに加え、さらに楽しさがある。

「楽しさ」に関して言えば、印象派の絵画は単なる風景画ではなく、バカンス感覚に満ちている。印象派の画家たちは都市の風景もよく描いたが、田園風景画の領分は、都市風景画から侵食される。つまり都市生活者の視線が田園に持ち込まれる。それは従来の風景画とは異なり、新興ブルジョワが遊びに興じる気楽な風景、そういう遊び人の視線によって捕らえられた田園風景なのだ。イル・ド・フランス(風光明媚なパリ盆地を中心とする地方)の風景も、ワイルドな自然そのものや、農民の労働や生活の場ではなく、次第に都市の小金持ちの遊楽の場として描かれるようになる。そして遊楽の中でも最も重要なのが「舟遊びや水浴び」で、遊びの場としての「河や池」が、絵の題材として次第に重要な位置を占めるようになった。

彼らの視線は、新しさやモード(今何がいちばんイケてて、楽しいのか)への強い関心に満ちている。そういう視線と欲望が私たちと重なり合うのかもしれない。

■「オルセー美術館展」神戸市立博物館 06.9.29-07.1.8

■「群衆の中の芸術家―ボードレールと十九世紀フランス絵画」阿部良雄(中公文庫)
★エントリーはこの著作を参照。「一部の有閑階級の独占物だった絵画を、広くブルジョワ公衆のものに転化させようという、19世紀中葉の美術革新期にあって、その最も先鋭的なイニシアチブをとった」のが、詩人&美術批評家ボードレールだった。彼の美術批評を、ドラクロワやマネとの親交を通して読み解いている。


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2006年08月16日

アルベルト・ジャコメッティ展

hommetraversant01.jpg兵庫県立美術館で「アルベルト・ジャコメッティ展」が開催されている。去年の目玉は同美術館での「ギュスターブ・モロー展」で、学生も大勢見に行ってレポートを書いてくれた。このあと、神戸市立博物館では「オルセー美術館展」(9月29日から)が控えている。関西だけでも、毎年、フランス系の充実した美術展をいくつも見ることができる。

ジャコメッティ。スイス生まれの彫刻家で、フランスで主に活躍した。戦前のキュビスムやシュルレアリスムの芸術家たちと親交があり、影響を受ける。しかし、何よりも、主として戦後に制作された、限界にまで肉をそぎ落とした細長い立像が印象的である。

展覧会では、1956年から1961年にかけてパリで過ごし、ジャコメッティのモデルをつとめた日本人の哲学者、矢内原伊作にもスポットが当てられている。矢内原をモデルにした作品や、彼の手許に残された作品、手紙や写真などの資料も展示されている。

フランスの実存主義の哲学者、サルトルは、ジャコメッティの人物像を「現代における人間の実存を表現した」として高く評価した。矢内原の顔を「物であることを拒否している」と言ったジャコメッティのコメントもサルトルっぽい。私はこういう芸術が何かの反映だという話がめっきり苦手になってしまって、むしろ、プリミティブ・アートの影響とか、古代イタリアのエトルリア文明の細長く引き伸ばされた人物彫刻との関連とか、そういう造形や模倣レベルの話の方に興味がある。ジャコメッティは何よりも造形と質感のインパクトだと思う。

しかし、ジャコメッティの場合、サルトルの評価や矢内原との交流を初めとして、彼の周囲には様々なストーリーが交錯している。それらを紐解く楽しみについては、PSTさんが書いてくれるものと勝手に期待しているのだが。

とりあえずは関連本を2冊。展覧会に行く前に読んでおきたい。

■「ジャコメッティ」矢内原伊作:矢内原とジャコメッティとの対話の忠実な記録。
■「エクリ」ジャコメッティ:ジャコメッティの言葉を集めた決定版。テクスト30篇、未発表断片90篇、対話7篇。ミシェル・レリスとジャック・デュパンの序文つき。

□EXPOSITION INFO:「アルベルト・ジャコメッティ展」
兵庫県立美術館 2006年8月8日−10月1日
詳細はコチラ


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