2012年12月11日

「コラ・ジョーンズ」またはクリスマスのフィクション

12月になると聴きたくなるクリスマスアルバムが何枚かある。そのうちの一つが、イギリスの音楽雑誌『Mojo』の付録として出された『Mojo Blue Christmas』、2005年発表のオムニバスだ。ジャズやモータウンの古典的音源から、最新の楽曲まで取り混ぜて、全15曲、とても充実した内容だった。パリのメディアテークで見つけてコピーした音源が、今でも手元に残っている。

とりわけ、ニール・カサールの「コラ・ジョーンズ」(Cora Jones)は、聴くたびに胸を打たれる。カサールはカントリー系のシンガーソングライターで、12歳で殺害されたウィスコンシンの少女を追悼して、この曲を作った。コラはクリスマスが大好きな女の子だったが、ある日自転車で出かけたまま帰ってこなかった。側溝で遺体が見つかるが、「新聞によると、犯人はいまだ捕まらず、行方も知れないままだ」。

  プレゼントはかわいい白いリボンで包まれ
  大きなツリーは輝き、犬は寝ている
  だけどコラがいない今年のクリスマスはいつもと違う
  なぜ彼女が一緒じゃないのか、僕には分からない

そして、最後にカサールは「きよしこの夜」のメロディーを力強いファルセットで歌って曲を締めくくる。だが、慣れ親しんだ賛美歌のメロディーは、慰めである以上に、諦めにも聞こえてしまう。なぜなら、この曲は、ある意味で、神への大きな問いに触れているからだ。このような理不尽な暴力がどうして許されるのか。クリスマスは神の子イエスの生誕を祝う日だが、イエスは本当に世界を救ってくれたのか、という鋭い問いが突き刺さってくる。

コラ・ジョーンズは、1994年9月5日に行方不明になった。地元警察と数百人のボランティアが捜索にあたった。FBIも捜査に乗り出し、5日後にコラの遺体が見つかった。ところが、先日発見したサイトによると、カサールの曲とは異なり、実際には犯人はすぐに判明したらしい。別件の強盗事件で逮捕されたデヴィッド・スパンバウアーの車を調べたところ、カーペットの繊維が、コラの遺体に付着していた繊維と一致したのだった。捜査当局は、コラは何らかの手段で彼の車に連れ込まれて刺殺されたと断定した。

このスパンバウアーは連続殺人犯で常習的レイプ犯だった。すでに数十年を監獄で過ごし、出所したばかりだったが、即座に強盗と強姦と殺人に手を染めた。まさにnatural born criminalとしか言いようのない男である。最終的に懲役403年という途方もない判決を下されるが、2002年に61歳で病死した。

僕が疑問に思うのは、なぜカサールは「犯人の行方は分からないまま」と歌ったのかということだ。「コラ・ジョーンズ」の制作年が、手元にCDがないために判然としないのだが、もし2005年のコンピレーションのために制作されたとすれば、あまりに杜撰である。もし事件の直後に作曲したとしても、わずか数ヶ月後には犯人が逮捕されているのだから、カサールは曲を発表するまでには、スパンバウアーの存在を知っていたはずだ。

もし事実を知ったうえで、このような歌詞を書いたのだとすれば、その意図は何だろうか。そこには、一人の少女の死を悼む気持ちと、クリスマスらしい感傷的な気分に訴えたい気持ちが、混在していたのかもしれない。連続殺人犯の仕業だった、では、生々しすぎて、歌の焦点がぼやけてしまう。というのも、この「コラ・ジョーンズ」が感動的なのは、子供を殺されるという誰も納得のできないこの世の不条理と、幸福感を押しつけるようなクリスマスの雰囲気との間にある緊張を捉えているからだ。

歌の力は、フィクションの力と言っていい。ニール・カセールの歌は、子供の無差別殺人に象徴される世界の理不尽さにテーマを絞ることで、クリスマスの意味を考えさせてくれる。映画では、最近「実話を基にした」ことを感動の根拠にするようなコピーが目立つが、「基づく」ということは「事実である」ということではない。観終わった後に、本当にこんなことがあったのか、という感慨に浸りがちだが、自分の感動の理由を分析するためにも、あくまでフィクションとしての出来映えを評価しなければならない。今年のクリスマスをひかえて、新たに判明した事実を前に、僕はあらためてそんなことを考えている。

http://www.trutv.com/library/crime/serial_killers/predators/david_spanbauer/8.html



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2009年12月21日

クリスマスソング雑感

みなさんがクリスマスに聞く音楽について書いているのを読んで、僕もちょっと書いてみたくなった。なんといっても、僕が初めて「自分のレコード」を買ってもらったのは、幼稚園のとき、小林亜星作曲の「あわてんぼうのサンタ」などが収録されていたクリスマスのLP盤だったし、その影響なのか、十代の頃、クリスマスソングを集めるのに熱中したことがある。ラジオで流れる曲を片っ端から「エアチェック」して、カセットテープに録音した。だから、ぱっとしない曲も含めて、クリスマスソングは今でも気にかかる。

Do They Know It's Christmas?そんな数あるクリスマスソングのなかでも、バンドエイドの"Do They Know It's Christmas?" (1984)は、やはり印象深い一曲である。エチオピア飢饉の救済を目的としたチャリティー・レコードで、植民地の歴史に関してイギリス人が抱える後ろめたさに訴えた、多分に政治的な歌だった(「僕らが暖炉の前でプレゼントの包みを開けて喜んでいるとき、飢えに苦しむ彼らは今日がクリスマスだということを知っているだろうか」)。これを真似してアメリカで作られた"We Are The World"の無責任な博愛讃歌と較べると、さすがに懐が深い。一昨年、ボノの提唱でリメイク盤がリリースされたが、当時のような反響は得られなかった。

Band Aid / Do they know it's christmas

2000年の冬、フランスでもエイズ撲滅キャンペーンの一環として、"Noël Ensemble"という曲が発表された。ジョニー・アリデイを筆頭に、フランスの人気歌手が多数参加するあたり、いかにも"Do They Know It's Christmas?"を模したようだが、ラジオで聞いて思わずふきだしてしまった。というのも、R&B風のバラードに、フランス語がまったく合っていなかったからだ。どうも、フランス語という言語は、ゴスペル風に歌い上げるには不向きだ。これは、アメリカ音楽の模倣の無惨な結果である。もちろん、それは日本のポップスにも多分にあてはまることで、笑ってばかりはいられないのだが。(こう書きながら、僕は大澤誉志幸がかつてプロデュースしたクリスマスアルバム”Dance To Christmas”(1988)を思い出している。)

Les Enfoirés / Noël ensemble

ホワイト・クリスマス単なるそりレースの応援歌だった”Jingle Bells”が、なぜかクリスマスソングの定番になってしまうようなこともあるが、クリスマスキャロルとは、そもそも教会で歌うためのものである。教会には家族で出かける。だから、クリスマスキャロルとは家族の歌でもある。独特の不協和音コーラスで知られるグルジアでは、逆にクリスマスイブの夜に男だけの合唱隊が村の家々を回り、軒先で神の祝福を祈るalilo(hallelujahの転訛)を歌う伝統がある。村人はお礼に合唱隊にプレゼントを渡す習わしだそうだ。なんだかハロウィンの"Trick or treat"と、江戸時代の新年の「鳥追い」が混ざったみたいで、面白い。

家に帰ることができず、遠い家を思い浮かべながら歌ったクリスマスソングが、ビング・クロスビーの『ホワイト・クリスマス』だ。冒頭の歌詞に注意しよう。”I’m dreaming of a white Christmas/ Just like the ones I used to know.” じつは、歌い手は戦場にいて、雪降る故郷を思い浮かべているのである。ミュージカル映画『ホワイト・クリスマス』は、戦場の慰安演奏会から始まる。クロスビー扮する歌手がこの曲を歌い出すと、みんなが南国の太陽の下(ということは日本軍との戦闘に駆り出された兵士たちだ)、しんみりする。映画の後半は、退役軍人の失業問題を扱っている。クリスマスは、子供には夢にあふれているが、大人には、社会の矛盾がひしひしと感じられる季節だ。このことは、アメリカでは毎年この時期になるとテレビ放映されるクリスマスの古典的名作『素晴らしき哉、人生』(It’s A Wonderful Life)を見ても思うことだ。フランク・キャプラ監督によるこの白黒映画は、大恐慌時代のヒューマニズムの傑作として知られている。冒頭の、雪降る町を俯瞰で撮った映像に、子供たちが父の身を案じてお祈りする声が重なる場面が、もう胸が痛むほど美しい。

Bing Crosby / White Christmas

クリスマス・イブTino Rossiの”Petit Papa Noël”も、もともとは1946年の映画『運命』の挿入歌だった。以後、この曲は今日に至るまで、フランスで育った子供なら誰でも知っている定番中の定番となった。歌詞は、子供がサンタクロースにプレゼントをお願いする無邪気な内容にすぎない。おそらく各国に、こうした知られざるクリスマスの定番があるのだろう。ちょうど日本では、好き嫌いは別にして、山下達郎の「クリスマス・イブ」を知らない人はいないように。だが、「クリスマス・イブ」の間奏の一人アカペラがパッヘルベルの「カノン」であることに気づいていない人も、意外に多いかもしれない。教会音楽を育んだバロック期の名作をさりげなく滑り込ませることで、山下達郎は自分がクリスマスソングを作ることの正当化を図った。つまり、彼のコーラスのルーツが黒人ドゥーワップにあり、そのルーツがゴスペルであることを、山下はあの間奏で見事に要約してみせたのである。もし「クリスマス・イブ」に”Noël Ensemble”に感じたような滑稽さがないとすれば、それはそうしたクリスマスをめぐるルーツ継承と関係があるのかもしれない。

Tino Rossi / Petit Papa Noël
Tatsuro Yamashita / Christmas Eve

などというところまで追究しなくても、クリスマスソングを聴くと、いろいろ感慨に耽ってしまうものである。単に年の瀬だからかもしれないが。さて、今年のクリスマスは何を聴こうか。CD棚を眺めるのも、またこの季節の楽しみである。



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2009年12月18日

PREFAB SPROUT‐JORDAN:THE COMEBACK

Jordan: The Comebackこの時期のお薦めは、1990年に発表されたプリファブ・スプラウト PREFAB SPROUT の5作目、JORDAN:THE COMEBACK 。80年代に名を馳せたトーマス・ドルビーによるプロデュース。プリファブは北イングランドのニューキャスルの近くにある小さな街、ダーラム出身のバンド。もともと田舎のバンドなのだが、彼らの飽くなき上昇志向はプリファブを5枚目にして彼らの最高傑作へと至らしめた。

とりわけパディ・マクアルーンのソングライターとしての才能がパーフェクトに開花した作品だ。プリファブの曲は非常に技巧的な作りになっているにもかかわらず、曲の展開がそれを全く感じさせないくらいスムーズなのだ。その絶妙なバランスを通して、私たちは研ぎ済まされた極上のロマンティシズムを味わうことができる。やはりこういうポップアルバムの王道を行く傑作は、やはりイギリスからしか出ないのだろうか。

パディの男前なボーカルもさることながら、透明感のあるウェンディのバッキングボーカルも巧みに色を添えている。トーマス・ドルビーも生楽器とプログラミングによって玄人技のアレンジを施し、エコーがかかった深みのある空間に、キラキラ感のある独特の効果音を響かせている。深い夜の空間に原色の光が揺らめくジャケットもそれと重なり合い、アルバムの色彩的なイメージをうまく表現している。このイメージが、クリスマスの時期の華やぐ夜の街の雰囲気と重なり合うのかもしれない。

聴きながら歌詞を追っていくと、いやおうなしにストーリー性を感じてしまうが、元はと言えば、それぞれ違ったテーマを持った3つの組曲から構成されるはずだったらしい。特に名曲、JESSIE JAMES SYMPHONY & BORELO は「バッドボーイ」の物語である。

JESSIE JAMES BORELO & SYMPHONY

ジェシー・ジェイムズ JESSIE JAMES はフロンティアに対するノスタルジーを呼び起こさせるアメリカン・ヒーローのひとりである。南北戦争のあと、兄弟や仲間たちと強盗団を結成し、銀行や列車を襲い殺人を繰り返したが、ミズーリ州政府がジェシーを10,000ドルの賞金首とすると、それを狙って裏切った仲間に射殺された。ジェシーはバッド・ボーイどころか、極悪非道の重罪人にもかかわらず、その悲劇的な最後は人々の同情を集めた。強者に立ち向かうロビン・フッドのイメージに重ね合わせられたり(強盗のターゲットを金持ちの実業家らに限定していた)、ビリー・ザ・キッドのようなアウトローとして英雄視されたり、アメリカの伝説のひとつとなった。ジェシー・ジェイズムの伝説は何本もの映画になっていて、去年日本で、ジェシー・ジェイムズが暗殺されるまでを描いたブラッド・ピット主演・プロデュースの映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」が公開されている。

そのほか、個人的に好きな曲は WE LET THE STARS GO や THE ICE MAIDEN など。とにかく一瞬のハーモニーの切れが息を飲むほど素晴らしい。

プリファブ・スプラウトの2枚組みのベストアルバム「38カラット・コレクション」も出ている。本アルバムからも7曲が収録。もう終わったバンドかと思っていたら、何と今年最新アルバム「Let's Change the World with Music」が発表された。

WE LET THE STARS GO
ALL THE WORLD LOVES LOVERS


Jordan: The Comeback
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2009年11月26日

JEALOUS GUY やきもちやきの男

嫉妬。それは人間が抱く最もやっかいで、最も辛い感情のひとつだ。それはしばしばラブソングのテーマになる。嫉妬というと、どんな歌を思い出すだろうか。

恋愛論 (新潮文庫)嫉妬は恋愛感情のバロメーターにもなる。フランスの小説家、スタンダールの『恋愛論 de l'amour 』に「結晶作用 cristalisation 」という有名な言葉がある。第二の結晶作用の核心は「彼女だけが、この世でただひとり自分にたのしみを与えるだろう」とひしひし感じることにある。つまり、彼女だけが自分にとっての唯一の運命的な相手であるという確信が生まれてくる。具体的な相手に焦点が結ばれ、何らかの関係性が発生したときに嫉妬という感情も芽吹く。スタンダールは告白の瞬間を「おそろしい深淵にのぞみながら、一方の手は完全な幸福にふれている」と表現しているが、そのコントラストが著しいだけに幸福をつかみそこなった場合、世界を喪失してしまったような絶望にとらわれる。ふと彼女が自分のものではないことを思い出し、それが致命的で取り返しのつかないことに思えて、気が狂いそうになる。なぜ狂気じみるかというと、その感情は人生が一度きりで、交換がきかないという実感と強く結びついているからだ。

このところ、人間は社会的、文化的な要因よりも、多くの部分を遺伝的なプログラムに負っているという生物学的な決定論が盛り返してきている。「利己的な遺伝子」のリチャード・ドーキンスなんかは「人間は遺伝子の乗り物にすぎない」と言う。そうすると嫉妬という感情も、遺伝子が自分の利益を守るために、人間=乗り物に対して警鐘を鳴らしているということなる。彼女をとられてもいいのか、ライバルに対して攻撃的になれと。所詮は遺伝子の命令なんだと合理化してみても(ふられたときによく起こる心的機制でもある)、辛いものは辛い。人間は情念にとらわれてしまったら、その外に立つことはできないのだから。

先週、ビートルズ特集で盛り上がったが、ジョン・レノンに 「ジェラス・ガイ Jealous Guy 」という曲がある。ジョンのヨーコに対する激しい嫉妬の感情をテーマにした歌である。下の動画で曲が始まる前にジョン・レノンの貴重なインタビュー映像があり、その発言は歌の内容と呼応している。



Intellectually I thought it right that owning a person is rubbish. But I love Yoko, I want to possess her completely. I don't want to stifle her. You know, that's the danger (is ) you want to possess them to death.
「頭では人を所有するなんて馬鹿げていると思ってた。だけど(今は)ヨーコを愛してて、彼女を完全に自分のものにしたいと思ってる。もちろん窒息させたくはないけどね。そこが危険なところなんだ。死ぬまで人を自分のものにしたいということの」(動画の28秒あたりから transcribed & translated by 黒カナリア)

「ジェラス・ガイ」は要するに「嫉妬に狂って君を傷つけてごめんね、そんなつもりはなかったんだ」という歌なのだが、インタビューからはジョンのヨーコに対する思い入れの激しさを垣間見せられる。ジョンの発言にはマッチョな匂いもするし、たぶんオリエンタリズムも入っている。ジョンは80年に凶弾に倒れる直前のインタビューでも「ヨーコより早く死にたい。ヨーコが死んだら僕は生きていけないから」と語っていた。

ジョンの嫉妬は三角関係によるものではないように聞こえる。それは必ずしも三角関係である必要がない。ジョンの場合、ヨーコに受け入れられているが、捕まえても捕まらない、完全に自分のものにしていないという実感がある。嫉妬という感情は具体的なライバルがいなくても、相手の未知の部分に向けられる。「君が僕のことをもう愛していないかもしれないと思うと不安になった」とあるように、「自分にとっての唯一の運命の女性」(小さいときはあまり会うことができず、早くに事故でなくなったジョンの母親?)に愛されないという挫折が深く刻み込まれていたのかもしれない。あるいは文化背景の違う女性に対して余計そういう感情を抱いたのかもしれない。

イマジン(紙ジャケット仕様)「世界に向けてベッドイン」という平和を訴えるパフォーマンスまでやったふたりの関係が象徴的なのは、当時のピッピーの動きと重なり合うからである。オリエンタリズムに絡ませるならば、1960年代後半から1970年代前半にかけて盛り上がったヒッピー運動は、まさに東洋という他者を理想化していた。1967年のサンフランシスコ発の「サマー・オブ・ラブ」という呼称からもわかるように、そこには「愛」という漠然とした理想が掲げられていたが、東洋は、いまだ自分たちが到達していない、愛に溢れた世界だった。そうやって東洋はいつの時代も西洋の幻想を引き受けてきたのだが、サイードを挙げるまでも無く、それは西洋が自分に欠いているものの投影でしかなかった。ベトナムの泥沼化した戦争に対する反発と自責や、ヒッピーのコミューン運動にも影響を与えたマオイズムの流行も、ほとんど一方的な東洋崇拝に油を注ぐことになった。

話が変わるが、ネットで「草食系男子」に関する記事を見つけた。宮台真司の方程式によれば、「ギャルゲーで充分」の行く末は孤独死なんだそうだ。

「男子学生からの相談が「相手がいない」から「相手と長続きしない」に変わったのがこの数年。抽象的にいえば「現実の異性とつきあっても確かな関係が得られない」という事態で、セックスの相手がいないよりも深刻です。背景にあるのがコミュニケーションの「フラット化」です。情報ツールの発達で人間関係が流動化すると「この女(男)がダメならほかへ」といつでも代替できるようになり、自分も取り替え可能化されているのではと疑心暗鬼が生じます」

ジョン・レノンの場合をみても、嫉妬の激しさは強烈な「肉食的な」欲望と裏腹である。宮台の言う草食的な関係においては、嫉妬という感情もあまり起こらないのかもしれない。たとえ起こったとしても面倒な感情として、その関係とともに即刻切り捨てられるのだろうか。しかし嫉妬はネガティブな感情とはいえ、関係性の確かな実感でもある。人生もうおしまいだとか、絶対的に思えてしまう感情に振り回されながら、自分の欲望の強度を確かめるチャンスでもある。その欲望自体は否定される必要なんて全然ない。それは幸福感とか希望の根源なのだから。それを飼いならしつつ、うまく生き延びさせることが肝要なのだ。それに井上陽水が「君によせる愛はジェラシー」と歌うように、アンビバレンスを引き受ける大人な境地だってあるのだから。

ところで、Jealous Guy はいろんなアーティストによってカバーされているが、その代表的なものは、ロキシー・ミュージック Roxy Music によるカバー。81年にジョン・レノンの追悼のためにロキシー・ミュージックがこの曲をカバーし、全英1位になった。しかし、今聴くには恥ずかしいくらいにグラマラス。PVではブライアン・フェリーが水色のスーツにピンクのネクタイで、ポーズを決めて歌っている。ブライアン、そんなに見つめないで(笑)。

ROXY MUSIC - JEALOUS GUY

斉藤和義が Jealous Guy のカバーをしている。友だちが「これいいよ」とメールに動画をはりつけてくれたのだが、最初カバーと気がつかなかった。歌詞の方は英語でも直訳でもなく、斉藤和義が日本語でアレンジしている。ギター一本で切なくも淡々と歌われる具体的な場面は、その向こうにストリートな闇と空虚感を漂わせている。サイケに響く12弦ギターは感情のゆらめきを映し出すようで、コードの変化がとてもキレイに聞こえる。斉藤和義は相手を傷つける手前の「届かなさ」を歌っているように聞こえる。「嫉妬していることに気がついてよ」って。もちろん、ジョン&ヨーコ的な、あるいは夫婦や恋人どうしというシチュエーションとしても読める。聴き手がそれぞれ歌詞を解釈しながら、自分にとっての一貫性のあるストーリーを組み立てるわけだが、シチュエーションの違いがあっても、感情の本質を的確に掬い取っているのが優れた歌と言えるのだろう。

斉藤和義「ジェラス・ガイ」





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2009年11月20日

My Ever Changing Moods バブル世代のテーマソング

weller01.JPGデパートの服売場をブラブラ歩いていると、どこかで見たことのあるシルエットに目が留まった。それが誰のものか気がついたとき、すでに頭の中には、My Ever Changing Moods のイントロが流れ出していた。タケオキクチがスタイル・カウンシル Style Council とコラボTシャツを作ったらしい。衝動買いしちゃったよ。

次に馴染みの輸入モノの古着屋に寄ると、お店のお姉さんが、ブルーの色合いと襟の感じが「これしかない」と思わせるラルフ・ローレンの半袖のシャツを出してくれた。サイズもぴったりだし、さっきのTシャツにも合いそう。シャツはリサイクル、リユースで十分。古着は趣味だけでなく、実需の問題になりつつある。すでにシャツに何万も出すのがバカバカしい時代になってしまった。このメンタリティーは百貨店の売り上げが落ち続け、ユニクロばかりが儲かるデフレ状況とも共振しているのだろう。1000円を切るジーンズが登場したり、衣料品の値段の水準が切り下がっていることで、古着も売れなくなっていると聴く。

ところで、ポール・ウェラー Paul Weller はバンドの絶頂期にあったパンクバンド、ジャム The Jam を解散し、ミック・タルボット Mick Talbot らとスタイル・カウンシルを結成した。「マイ・エヴァ・チェンジング・ムーズ My Ever Changing Moods 」がヒットしたのは1984年のことだ。

My Ever Changing Moods - THE STYLE COUNCIL

スタイル・カウンシルは80年代のイギリスの顔みたいなグループだったが、当時のイギリスは製造業が衰退し、景気の良い時期ではなかった(ブレア政権下の2000年あたりから金融産業で復活するも、それがサブプライムで裏目に出てデフォルトに陥るとも言われていた)。一方日本はバブル突入前夜。まさに日本は「シャウト・トゥ・ザ・トップ(Shout to the Top)」(この曲はTVのテーマ曲やCMによく使われていた)という状態にあり、スタイル・カウンシルは本国イギリスよりも日本で高い人気を誇ることになった。時代の気分にぴったりはまっていたのだろう。一方、当時の友だちの大半は決まりきったようにユーミンかサザンのファンだった(ユーミンとサザンはミリオンセラーアーティストとして離陸を開始した頃だ)。

Shout to the Top - THE STYLE COUNCIL

Our Favourite Shopザ・スタイル・カウンシル・グレイテスト・ヒッツ

スタイル・カウンシルは、ソウル、ファンク、ボサノバ、ジャズなど様々な音楽のスタイルを取り入れたスキゾフレニックな音楽だった。それはジャムの枠に納まりきらなかったポール・ウェラーの多彩な趣味を反映していて、その確信犯的な節操のなさがカッコよかった。特にこの代表曲はムードが変わり続ける(ever changing)という彼らのスタイルを高らかに宣言しているようだ。めくるめく商品、めくるめくトレンド、いろんなものに目移りしながら軽やかに街を歩く感覚に満ちていた。

久しぶりにクローゼットの奥からベストアルバムを引っ張り出してiPodに入れたら、ここ一週間のヘビーローテーションになってしまった。しかし、バブルはとっくに吹き飛んでいて、脳天気なバブル世代も冷水をぶっかけられるような時代に突入してしまった。

「おひとり様」で知られる社会学者の上野千鶴子が対談本『ポスト消費社会のゆくえ』の中で次のように書いている。「私たち団塊世代は、自分の成長期と日本社会の成長期が歴史的に重なった世代です。それは歴史の偶然にすぎませんが、幸運だったと思います。私たちの世代は、時間が経てば事態は今よりも良くなるだろうという、身体化された根拠なき楽観をもっていました。ところが今の若者は、91年からの長きにわたる不況のもとで、思春期を過ごしてきて、時間が経てば現状よりも悪くなると感じながら大人になってきた世代です。生命体として成長するさなかに、そういう後退の感覚を身体化していきます」

こういう決定論は傲慢に聞こえるし、言われた方は救いようのない気持ちになるだろう。社会学どころか生物学的な決定論はさらに救いようがない。こう断言してしまうところが、恵まれた世代が若い世代の現状を理解するのはいかに難しいかを物語っている。バブル世代は「身体化された根拠なき楽観」を持てた最後の世代なのだろう。確かにそういうものに支えられている実感はある。しかし団塊世代のように逃げ切れる保障は全くない中途半端な世代でもある。それにバブルは所詮バブルで、コアになるような中身のある経験をしたわけでもない。

しばしば上の世代からばら撒かれる、いかにも信憑性のありそうな物語に乗ってはいけない。そんなものを間違っても内面化してはいけない。それは多くの場合、彼らの自己正当化であり、下の世代の自己責任化を促している。高度成長期には日本人として同じ時代を歩んでいるという一体感はあったかもしれないが、私の世代あたりから時代性が希薄になり、その空隙にサブカルチャーが侵入し、しばらくして今度はサイバースペースが充填された。良くも悪くも同質な、時代の刻印のない世代なのだ。

所詮根拠がないオプティミズムならば、どこからか調達すればいい。オプティミズムの作られた方も変わってしまったのだ。それが身体化され得ない脆弱なものだとしても、ありあわせのオプティミズムで自分の物語を支え、彼らの優勢な物語に対峙させるしかない。ブルーな自分を笑うユーモアや、自分を奮い立たせるカラ元気もときには必要だ。音楽もまたそういう役割を果たしてくれるだろう。スタイル・カウンシルがそういう音楽だというわけじゃなく、それぞれが自分を勇気付ける自分だけの音楽を持っているという意味で。音楽は直接的な世界像を与えてくれるし、移ろいゆく音は自由の象徴のようなものだ。

最後に他人のフンドシを借りて、フランスに落とそう。スタイル・カウンシルはポール・ウェラーのビジュアルにも多くを負っていたが、彼のファッションはフランスとは無縁ではない。次のキャベ男さんの一節はイギリスとフランスの微妙な関係をうまく言い表している。

「ジャケットはコートをまとったポール・ウェラーとミック・タルボット。カッコ良すぎる。インナー・スリーブではパリ8区フランソワ1世通りのカフェを前に、ほぼ同じスタイルの二人の姿を捉えた写真があるが、ジャケットの写真もこのパリ8区での撮影なのだろうか?ちなみに裏ジャケットには、ロベスピエール、ダントンと並びフランス革命において中心的役割を果たしたマラーの言葉が引用されている。それにしてもこの二人のファッション、イギリス人が意識したフレンチ・カジュアルなのかもしれないが、パンツはくるぶしの上5センチでカットされており実にイギリス的。そして、録音も当然ロンドン。写真はパリ、アルバム・タイトルをフランス語にしてもイギリス人がパリなんかでロックのレコードを録音できるはずがない」(by キャベツ頭の男)


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2009年11月18日

リマスター発売記念 私の好きなビートルズ U

「私の好きなビートルズ」の第2弾です。今回は不知火検校さんと exquise さんのをカップリング。

exquise 編
ラバー・ソウル80年代のUKロックシーンにどっぷり浸かっていた10代の頃、ビートルズは初期のアイドル時代のイメージと耳に馴染みすぎる名曲の数々が古臭く思えて自分から聴きたいと思うことはなかった(今となれば80年代の方がはるかに安っぽくて古臭く見える)。それが大学生になって、ビートルズ世代の先生からまとめてアルバムを聴かせていただく機会を得て、特に中〜後期の音の斬新さに驚いた。彼らを「発見」した当時はずいぶんと繰り返し聴いたもので、今ではヘビロテとはいかないけれど、定期的に無性に聴きたくなる。

ベストアルバム:RUBBER SOUL
いちばん好きなアルバムはどれか、と言われれば、THE BEATLES (通称WHITE ALBUM)も捨てがたいのだが、やはり RUBBER SOULだろうか。アイドルから本格的ミュージシャンへ脱皮しようと、新しい試みを次々盛り込んだ革新的アルバム、という位置づけもさることながら、かつてドライブ用ソングとして挙げた "Drive My Car"をはじめ、"Norwegian Wood", "Michelle","I'm Looking Through You" などポップでかつ旋律の美しい曲がずらりと揃っていることが、この作品の魅力である。

ベストソング:Lovely Rita 他
ザ・ビートルズそれではいちばん好きな曲は、と聞かれると名曲が山のようにある中から1曲だけ選ぶのは難しすぎるので、せめて3曲にさせてもらえるなら、名曲中の名曲、ももちろんいいのだけれど、今でもよく聴くのは、わりと小品、というか何でもない感じの曲が多い。

Lovely Rita (SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND)
サイケな香りがするイントロと終盤の「チク・チク」コーラスがとても好きな曲。この「可愛いリタ」とは駐車違反取締りの婦人警官のことである。

Rocky Raccoon (WHITE ALBUM)
アコースティック・ギターの美しい調べと古き時代のアメリカを思わせるようなホンキー・トンク・ピアノの間奏が印象的な曲。「ラクーン(アライグマ)」という言葉の響きとイメージも好きだ。

Mother Nature's Son (WHITE ALBUM)
これもアコースティック・ギターのシンプルな音色が美しい曲。ポール・マッカートニーのヴォーカルが優しく響く。

おまけ:山ほどあるビートルズのカヴァーで気に入っているのは、The Black Keys の "She Said, She Said"である。オリジナルのサイケな雰囲気も好きなのだけれど、このアメリカ出身の2人組によるカヴァーは、さらにブルージーなアレンジがされていて、クールで渋い音になっている。

不知火検校編
ビートルズを初めて聞いたのは1975年です。ポールが解散後に結成したWingsというバンドが全米ツァーを行い、その模様を収録した「USAライヴ」と呼ばれる三枚組のLPレコードが発売された頃です。当時、ポールの人気は最高潮に達していました。考えてみればビートルズが解散してまだ5年しか経っていない頃です。そんなわけで、ビートルズは子どもの頃の思い出と結びついています。当時、8歳だった自分がビートルズを理解できていたのか分かりませんが、とにかく250曲以上の作品をカタカナで歌えるようになりました(笑)。その後、15歳くらいで聴くのをパタリとやめてしまったのですが、街なかで時々流れてくるメロディーには今でも胸を熱くさせられることがあります。

ベストアルバム:BEATLES FOR SALE
Beatles for Sale 芸術的な完成度から言えば、『ラバーソウル』、『サージェント・ペパーズ』、『アビーロード』などが上位に来るものでしょう。これらの素晴らしさはもはやだれもが認めるものです。しかし、For Saleというこのアルバムも渋い出来の作品ではないでしょうか。チャック・ベリーやバディ・ホリーなど、収録曲の半分近くが他人の曲です。しかしこれらは、彼らがメジャーデビュー前にキャヴァーン・クラブで歌っていた曲目で、ビートルズ以前のビートルズを聴くことが出来るアルバムと言えます。キャヴァーン・クラブ時代のライヴ録音ではかなり下手(歌も演奏も)だった彼らが、メジャーデビューを果たした後には往年の名曲を完全に自家薬籠中のものにしている様がこのアルバムでは窺えます。ビートルズが初期から中期へと変貌していく最中に、過去と決別する瞬間を捉えた奇跡的なアルバムのような気がするのです。

ベストソング:Something
本当はA day in the lifeと言いたいところなのですが、既に選ばれてしまっているのでこれを選びました。ジョンとポールの影に隠れて才能を発揮できなかったジョージが、While my guitar gently weepsを経て、ついに自分自身の世界を確立した曲。その壮大な構成は一曲の交響曲にも匹敵するもので、ロック音楽がついにクラシック音楽に勝るとも劣らぬ世界を築くことができることを証明したと言えます。その意味ではYesterdayやLet It Be以上の完成度を持つ曲ではないでしょうか。しかし、この曲によってジョージがジョンやポールと並ぶ才能を開花させた結果、ビートルズはもはやこれまでの体制を維持できなくなり、解散することを余儀なくされたとも言えるのです。





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2009年11月14日

リマスター発売記念 私の好きなビートルズ T

2009年9月9日、ザ・ビートルズの全オリジナル・アルバムがデジタル・リマスターされ、全世界で同時発売された。発売を記念していろんなイベントや企画があったが、うちのブログもそれに便乗してビートルズのベストアルバムとベストソングを選んでみることにした。今回の選者は Manchot Aubergine さん、bird dog さん、GOYAAKOD さん、cyberbloom の4名。

ビートルズは国境を越え、世代を越えて共有されている数少ない音楽のひとつでもある。かつて教養と呼ばれたものはそれ自体の価値以上に、多くの人に共有されていたから意味があった。コミュニケーションのチャンネルとして機能していたのだ。いまやそれに変わるものはビートルズであり、宮崎駿であり、iPodなのだろう。

Manchot Aubergine 編
ベストアルバム:REVOLVER
リボルバーレノンのキャリアのピークといえる名盤。RUBBER SOULもSGT.PEPPER'SもABBEY ROADのB面もいいけれども、粒ぞろいという意味では、本作が一番。レノンの代表曲と言っていい"She Said, She Said"、"Tomorrow Never Knows"の2曲を筆頭に怒濤のような名曲の数々。マッカートニーの曲では"For No One" "Here,There and Everywhere" "Got to Get You into My Life"が出色。"Eleanor Rigby"もいい(この曲は一般に「マッカートニーもの」と認識されているが、実はことのほかレノンの貢献が大きい)。

ベストソング:No Reply
意表を突くコード進行、ハーモニーのすばらしさ、ほろ苦さをたたえたストーリー性のある(しかも、かわいい)歌詞。レノンの名曲。マッカートニーの曲で一番好きなのは"Lovely Rita"。曲全体が日光を浴びた雪の結晶のようにキラキラきらめいている、超一流のポップソング。ついでにいうと、カラオケでの私の愛唱曲は"She's a Woman"と"Oh! Darling"。

bird dog 編
ベストアルバム:RUBBER SOUL
ラバー・ソウルビートルズは、子供の頃から全アルバムを聴き続けてきました。なので、どれか1枚というのは難しいのですが、なじみの深さからRubber Soulを選びました。

ポールのベースがDrive My CarやThink For Yourselfで暴れまくり、ジョージがNorwegian Woodでシタールを初めて披露し、ジョンがGirlでため息を歌の一部にしてみせ、リンゴがWaitで激しいタム連打と焦燥感あふれるタンバリンを聴かせる、という風に、それぞれのミュージシャンシップが遺憾なく発揮されているのもいいですし、Nowhere ManやIn My Lifeでジョンが一級の作詞家であることを証明したのも、このアルバムの特筆すべきところでしょう。コード進行やベースラインなど、タイトル通り、全体にソウルミュージックからの影響が色濃い作品だと思います。

またThe Wordの見事な三声ハーモニーや、Girlの「ティティティティ」、You Won’t See Meの「ウーラッララ」というユニークなコーラスなど、ビートルズのトレードマークであるコーラスアレンジも冴えています。(ただし、「ウーラッララ」に関しては、同じパターンをNowhere Manでも使い、しかも曲順が続いているのは、アイデアの使い回しを極力避けたビートルズらしからぬ失態だ、とイアン・マクドナルドが著書『ビートルズと60年代』のなかで批判しています。そう言われてみれば確かにそうで、おそらくレコーディング締切に追われたためでしょうが、アルバムの完成度という点でやや残念な部分です。)

ステレオ録音は、まだ過渡期であるため、やや分離が悪い部分もありますが、これ以降はライブで再現不可能な音像の追求へ邁進していくことを思えば、これはロックンロールバンドであることをまだやめていないビートルズの最後のアルバムという気がします。そして、やはりビートルズはロックンロールバンドとして、自分のなかでは輝き続けていることを考えると、このアルバムに対する自分の愛着も説明できるように思うのです。

ベストソング:You’re Going To Lose That Girl
聴くたびに胸を締めつけられるのは、Golden SlumbersからCarry That Weightに続くメドレーですが、これはビートルズの終り(それは同時に彼らの青春の終りであり、キャリアの頂点の終りでもありました)をそのたびに確認するからで、曲としての完成度やロックバンドとしての輝きとは、少しずれたところに感動があります。

ヘルプ!ロックンロールバンドとしてのビートルズ、というところにこだわれば、案外You’re Going To Lose That Girlあたりがベストトラックかもしれません。なんといっても、出だしからジョンのヴォーカルが冴えていて、お得意のファルセットもきれいに出ています。ポールとジョージが一つのマイクでコーラスを録音しているのも(少なくとも映画『ヘルプ!』ではそうなっています)、ライブのビートルズを彷彿とさせます。ジョージのギターソロも、この時期にしてはかなり良い出来と言えるでしょう。リンゴのドラムスは、曲への入りが最高にかっこいい。ボンゴもうまく絡んでいます。アレンジはシンプルですが、これ以上どこを工夫して欲しい、ということのない、4人だけで作り上げた最高のロックンロールだと思います。

cyberbloom 編
ベストアルバム:MAGICAL MYSTERY TOUR
マジカル・ミステリー・ツアー私がロックを聴き始めたのはハードロック(特にツェッペリン)からで、その後すぐにプログレにはまった。そのせいかビートルズは甘ったるい安易なロックだという先入観が抜けなくて、「クリムゾン・キングの宮殿」はビートルズがやろうとしていたことだ、というような批評を読んで、そんなわけないやろって頑固に思ってた。

ところがどっこい大学生になってビートルズ好きの彼女が聴けというから聴いた「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」にびっくり。ビートルズってこんなことやってたの?60年代後半から70年代前半のサイケ系をマニアックに聴いてたのに肝心なものを聴いてなかった。不在の中心の周囲をぐるぐる回っていたわけだ。それでも、ピンク・フロイドが裏「サージェント」とも言うべき「夜明けの口笛吹き」(⇒当時のアンダーグラウンドな雰囲気を伝える鳥肌モノの映像)を隣のスタジオで録音していて、様子をのぞきに行ったポールが「彼らには打ちのめされた」と漏らしたという逸話には救われた思いがしたものだ。

その後、アルバムとしてよく聴いたのは、「マジカル・ミステリー・ツアー」。「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」に代表される、サイケな浮遊感ときらめくポップセンスが融合した名曲が揃っている。「ハロー・グッバイ」や「フール・オン・ザ・ヒル」なんかも大好きだが、やはり「ストロベリー」のイントロのメロトロン(フルート)にしびれてしまう。

ベストソング:A Day in the Life
サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドこの前、あるアーティストの「ジェラス・ガイ」のカバーを聴いたとき、ジョンの曲だとすぐに思い出せずに、何だかビートルズの A Day in the Life と似た曲だなあと思った。どちらもジョンのボーカルとピアノが特徴的だが(A Day の中間部はポールが歌っている)、もしかしてコードパターン(GとかEm)が似てる?A Day in the Life は60年代サイケの金字塔、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の最後をしめくくる曲である。ビートルズの中でいちばん好きという人も意外に多い(坂本龍一もこれを挙げていた)。

世界を傍観するような淡々とした歌もいいが、やはりあのコーラスの部分にグッとくる。もっともこのアルバムは曲の切れの目のない史上初のコンセプトアルバムで、これをひとつの曲として捕らえるのは間違っているのかもしれない。実際、テーマ曲のリプライズ(これもカッコいい!)のあとに続き、めくるめくホットなインナートリップを最後にチルアウトするようなところも、この曲の魅力を高めているのだろう。この曲の最終コードはある音楽評論家によると「音楽の歴史の中でも最も決定的な最終コード」ということらしいが、曲の途中でドロドロしたオーケストラの音が入るのも印象的だ。表向きのコンセプトは架空のブラス・バンドのショーという形式になっているが、裏のテーマは Lucy in the Sky with Diamonds だ。ノリピーとオシオ君のおかげで風当たりの強いテーマになってしまったので、深入りはやめておこう(笑)。しかしながら、アニメーション映画『イエロー・サブマリン』での「ルーシー」とアニメーションの組み合わせは怖いくらいの映像&音響ドラッグ。脳みそがとろけそうになる。

フレンチ・ブログとしては、bird dog さんが挙げている「ラバー・ソウル」を推奨せねばなるまい。唯一フランス語で歌われている「ミシェル」、現在フランス人監督によって映画化されている村上春樹の小説のタイトルになった「ノルウェイの森」が収録されている。

GOYAAKOD 編
王道ではなく脇道ばかり歩いて音楽を聴いてきたものにとって、ビートルズとはさしずめ世界文学全集のようなもの。ということで、コメントする立場にはないのですが、ビートルズの音楽が一人歩きして「化け」たケースを、この場を借りて勝手に紹介させて頂きます。

カントリーのコーナーにアルバムが並べられているエミルー・ハリスが、70年代にレコーディングした”Here, There and Everywhere”は、名曲である原曲とはまた違う場所へ連れていってくれます(アレンジはニック・デカロです)。

☆青い部分は youtube へのリンクになっているので、いろいろ視聴してみてください。よかったら、みなさんのベストアルバム、ベストソングをコメントに書き込んでください。
ビートルズ国民投票の結果発表!(さらに結果を見る)
 ベストアルバム「アビイ・ロード」
 ベストソング「レット・イット・ビー」
「あの人に聞く、ザ・ビートルズと私!」(日本のアーティストが選ぶビートルズ)



★当エントリーは9月9日に main blog に掲載したものに加筆修正したものです。


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2009年10月16日

皆既日食のための音楽 KLAUS NOMI + PINK FLOYD

世界が地球上で閉じていた時代には皆既日食はとんでもない出来事だった。すべてをつかさどる太陽が隠れてしまうのだから。しかし近代の科学主義を受け入れている私たちにとって日食は不吉さの象徴ではなく、単なる天体ショーに過ぎない。天体ショーに過ぎないとはいえ、そのスケールを目の当たりにすると人間の営みのちっぽけさを思い知らされる。次の日本で起こる皆既日食は26年後の2035年9月2日というから、マジで自分がもう生きていないかもしれないという現実に愕然とする。

20世紀末の1999年の8月にパリで皆既日食を見た。真昼間なのに突然夕方になったように暗くなって、弱々しい太陽の光が油を塗りこめたようにギラギラし始めた。日食のせいかは知らないが、その年のパリの夏はひどく寒くて、8月上旬なのにジャケットを着ていても寒く感じるほどだった。



明日は何十年に一度の extra-ordinary な日なわけだが(本エントリーは main blog で09年7月23日に掲載)、そんな日には extra-ordinary な音楽がふさわしい。Total eclipse と言えば、この人物を真っ先に思い出す。クラウス・ノミ Klaus Nomi である。パリでの皆既日食の日も一日中この曲をかけていた。

バックバンドの白いつなぎの衣装は時代を感じさせるが、クラウス・ノミの風貌は時代を超越してしまっている。途中で現れるダンサーたちとのかけ合いの暗黒ぶりも尋常ではない。クラウス・ノミはデヴット・ボウイのバックコーラスとして脚光を浴びたが、その強烈なキャラは主役を食ってしまっていた。デヴッド・ボウイも空から落ちてきたとか、スターダストとかぬかして宇宙人性をアピールしていたが、クラウス・ノミの宇宙人度には到底かなわなかった。

クラウス・ノミはエイズで亡くなったアーティスト第1号としても有名である(1983年没)。それは日本でエイズが認知されるよりも早かったと言われている。80年代世代ならばクラウス・ノミが石橋楽器店のポスターに使われていたことを覚えている人もいるだろう。80年代はそういう時代だった。クラウス・ノミは80年代の遺物として忘れ去られたかと思われていたが、2005年に関係者などの証言などを集めたドキュメンタリー映画「Nomi Song」が製作され再び注目を集めることになる。

もう1曲、Eclipseというタイトルの忘れてはならない曲がある。ピンク・フロイド Pink Floyd の名盤 The dark side of the moon (邦題は『狂気』)をしめくくる最後の曲である。「太陽のもとにあるすべてのものは調和の中にある。しかし、太陽は月によって食われてしまう」という一節によってドラマティックなコンセプトアルバムが幕を閉じる。

youtube でこの曲をバックに使った今回の皆既日食のスライドを見つけた。圧巻である。



All that you touch, all that you see, all that you taste, all you feel, all that you love, all that you hate, all you distrust, all you save, all that you give, all that you deal, all that you buy, beg, borrow, or steal, all you create, all you destroy, all that you do, all that you say, all that you eat, everyone you meet, all that you slight, everyone you fight, all that is now, all that is gone, all that's to come and everything under the sun is in tune, but the sun is eclipsed by the moon

(There is no dark side of the moon, really. Matter of fact it's all dark)

The Dark Side of the Moon
The Dark Side of the Moon
posted with amazlet at 09.07.21
Pink Floyd
Toshiba EMI (1991-07-20)
売り上げランキング: 4592
おすすめ度の平均: 5.0
5 気負わずに買ってみ
5 冥福 リックライトを祈って
5 金字塔
5 不思議な引力
5 「通添オリオン」の思い出

youtubeでこのアルバムを試聴できます。





cyberbloom

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2008年12月16日

Musique Pour l'Hiver 冬のための音楽

クリスマス向けの音楽について私も考えてみたのですが、適当なものを思いつかず、範囲を広げて冬に聴きたい音楽を選んでみました。


Melody A.Mでもご紹介したノルウェー出身の2人組ロイクソップ Röyksopp 。ホコリタケというキノコの名前をユニット名にした彼らの音楽は、寒さと暖かさ、無機的なものと有機的なものといった、相反する要素を同時に感じさせる、不思議なエレクトロ・ポップです。デビュー・アルバム「メロディーA.M. Melody A.M」は言うなれば厳寒の外の風景を眺めながら、暖かい部屋で聴いていたい音楽とでもいいましょうか(この表現前に使ったな・・)。同郷アーティスト、ベル・カント Bel Canto のアンネリ・ドレッカーや、キングス・オブ・コンヴィニエンス Kings of Convenience のアーランド・オイエなどゲスト・ヴォーカルの入った曲が特におすすめです。

ROYKSOPP / REMIND ME


Up All Night次におすすめしたいのは、ガラッと変わってアメリカはコロラド出身のヒップホップ・グループ、ザ・プロカッションズ The Procussions の2004年のアルバム「アップ・オール・ナイト Up All Night」。ラップというと、「ヨー、メーン!」というのをすぐイメージしてしまいますが、このアルバムは、即興的なジャズの生演奏に合わせて語る、というタイプのもので、非常に渋い音です(何と演奏も自分たちでしており、一夜のセッションをそのまま録音したようです)。ジャズの作品としてもじゅうぶん通用しそうな、シンプルでタイトな音もすばらしく、プライベートな夜のパーティーなどで流したら似合うであろう、クールでシックな作品となっています。


North Marine Drive最後にこの時期一人でしみじみしたいときに聴きたくなるのがベン・ワット Ben Watt の1983年作「ノース・マリン・ドライヴ North Marine Drive 」です。彼は夫婦でのユニット、エヴリシング・バット・ザ・ガール Everything But The Girl での活動のほうが有名ですが、ソロ・アーティストとして(おそらく)独身時代に発表したこの作品は、アコースティック・サウンドの名盤です。奥方トレイシー・ソーンの生命力あふれる低音とは対照的な、頼りなげで繊細な彼の声とアコースティック・ギターのみで成り立つシンプルな音は、なぜか寒い季節になると懐かしくなってよく聴いています。冬枯れの景色に似合う物悲しい音なのだけれど、一方で 温かみも感じられるのは、やはりベンの声のもつ優しさゆえなのでしょうか。昔、このアルバムタイトルと同じ名前のファッション・ブランドがあったのだけど、たぶんデザイナーの人が彼のファンだったんだろうな・・

NORTH MARINE DRIVE / BEN WATT



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2008年11月06日

SOME VELVET MORNING

90年代、プライマル・スクリームは私の最も重要なアイドルで、「Screamadelica」は90年代のベストアルバム。ライブにも2、3回行って踊り倒してきた。



今回紹介する Some Velvet Morning は2002年にプライマル・スクリームがケイト・モスと組んだコラボ曲。この曲が入っているアルバム「Evil Heat」を含め、最近のプライマルはあまり食指が動かないのだが、このビデオクリップは衝撃だった。薬物スキャンダルでモード界を干されそうになったこともあるバッド・ガールなケイト・モスのヴィジュアルがたまらなく良い。モスは moss であって moth ではないのだが、彼女は蝶よりも、毒のあるサイケな蛾のイメージ。こういう蛾ならば毒まで食らってみたいと思わせる。毒々しくも美しい映像ドラッグのようなヴィジュアルを身にまとえるのは彼女しかいない。

Some Velvet Morning という曲のタイトルがすでに想像力をかき立てるが、この曲、実は1967年に書かれたサイケポップで、最初にリー・ヘーゼルウッド&ナンシー・シナトラ Lee Hazlewood & Nancy Sinatra によって歌われた(ナンシーはもちろんフランク・シナトラの愛娘)男女の掛け合いによるデュエット曲で、彼らのヒットのあとも、男女のデュオによってカバーされてきた。選曲眼とカバーのセンスもプライマルならではだ。

Some Velvet Morning - LEE HAZLEWOOD & NANCY SINATRA

ヘーゼルウッド&シナトラのビデオは、テクノロジーを駆使したプライマルのビデオとは全く違ったやり方でサイケを演出している。ある意味、こちらの方が訳わかんなくてインパクトがある。胴の長い馬にまたがり、浜辺を走るヘーゼルウッド、これまた時代を感じさせる服とヘアスタイルのシナトラが、交互に歌いながら異様なムードを高めていく。今で言うシューゲイザー系の SLOWDIVE もこの曲をカバーしているが、こちらの方が原曲の雰囲気を残している。

katemoss01.jpg詩の内容はサイケな曲によくあるように曖昧な内容なのだが、男のパートがフェードラと呼ばれるミステリアスな女を描き出し、そして女のパートは次のように歌う。

Flowers growing on the hill
Dragonflies and daffodils
Learn from us very much
Look at us but do not touch
Phaedra is my name

私たちを見て、でも触れちゃだめ。私の名前はフェードラ。

「私たち」と「私」の関係がどうなっているのか不明だが、ケイトのクールな表情と挑発的な動きに対して、ボーカルのボビーの絶望的なポーズが対照的だ。歌い、見つめるだけの男。見つめれば見つめるほど、歌えば歌うほど、距離は縮まらず、美しく魅惑的な対象にはいつまでも届かない。

フェードル(Phèdre)」と言えば、フランスは17世紀の劇作家、ジャン・ラシーヌ作の悲劇として有名だ。同じギリシャ神話をネタにしているとはいえ、こちらのフェードルは、女性の恋愛心理を描くことにおいて並ぶものはいないと言われたラシーヌの手によってキャラクター造型を施され、悲劇の傑作にまで高められた。こちらはこんなストーリー。

若い後妻フェードルは許されぬと知りながら義理の息子イポリットへの恋に狂い、イポリットとアリシーの清純な恋をまのあたりにして、今度は激しい嫉妬にもだえる。フェードルは自分の罪をはっきり自覚していて、それを退けようと必死に努力するが、激しい情念に狂い立つ中で、自分の意志の無力さを悟り、破滅へと落ちていく。

フェードルは、情念のままに翻弄される惨めな姿をさらすわけだが、彼女は他人を不幸にしながら、実は彼女自身も自分の衝動の犠牲者である。自らの情動の炎で相手も自分も焼き尽くしてしまう。

見つめれば見つめるほど、記述すればするほど対象に疎外されていく感じは文学少年にありがちな体験だし、一方で、恋愛体質の人間には相手も自分も不幸に陥れる、どうしようもない情動にも覚えがないわけがない。

ところでケイト・モスの黄金像が大英博物館にお目見えした。重さにして50キロ。現代彫刻のアート作品らしいが、それにしてもあんまりな姿。





cyberbloom

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2007年06月14日

眠れない夜のための音楽=ロバート・ワイアット

寝るときに音楽を聴く、という習慣が私にはありません。寝場所まわりに音響設備がない、というのもありますが、最大の理由は、音楽を聴くと頭が冴えてしまうから。まぶたが落ちそうなときも、音楽を聴き出すと目が覚めてくる。だから私にとって「眠れぬ夜のための音楽」、とは結局のところ、その音楽をしみじみ聴いて「眠らないための音楽」、ということになりましょうか。ボリュームを絞ったプレーヤーで夜静かに聴いていたい音楽として真っ先に思い浮かぶのは、ロバート・ワイアットのアルバムです。

Nothing Can Stop Usロバート・ワイアットは1945年イギリス生まれ。もともとソフト・マシーンマッチング・モウルというジャズ・ロックグループのドラマーでしたが、73年に転落事故に遭って下半身不随の身となりました。車椅子での生活になってから、彼はソロ・シンガーとして新しい音楽人生をスタートさせ、今でもすばらしいアルバムを発表し続けています。

彼の魅力は何と言ってもその歌声です。髭もじゃのおじさん、という風貌からは想像できない、まるで天から降ってきたかのような澄んだ声を聴くと、月並みな表現ではありますが「心が洗われる」気分になります。素朴でゆったりとした音をバックに流れてくる彼の清らかな声を、秋の夜長に電気を消した部屋のなかでしんみりと聴くのは感慨深いものです。

これまで数多く発売された彼のアルバムのなかで選ぶとすれば1982年発売の「ナッシング・キャン・ストップ・アス」でしょうか。かつて Cyber French Café 時代に書いたミュージック・バトンのエントリーで、「思い入れのある曲」として選んだ At Last I Am Free はこのアルバムに収録されています。残念ながら国内盤は廃盤のようですが、輸入盤はネットショップなどで入手できます。試聴はこちらで可能です(お姿も拝めます)。彼はジャズの名曲をカヴァーすることも多く、このアルバムでも Strange Fruit (奇妙な果実)を歌っていて、ビリー・ホリデイのそれとはまた異なった不思議なひとときを味わわせてくれます。


■「ヒズ・グレイテスト・ミッシーズ −ロバート・ワイアット30年の軌跡」(ベスト盤。At Last I am Free も収録)



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2006年11月18日

メークアップのための音楽 Musique pour le maquillage

Motivation songs for make-up(CCCD)踊りに行かなくなって久しい。最後に行ったのはクラブではなく、アンダーワールドのライブだったと思う。まだ本格的にブレークする前の初来日のときだったが、この音には未来を感じましたね。

ところで私の秋の定番はこれ。テイ・トウワ選曲のコンピレーション、Motivation-songs for make up 。彼が提唱するR&B、ハウスを基軸にした独自のジャンル「アッパー癒し系」が集められている。海外のインディー、メジャー問わない選曲で、女性ヴォーカルがふんだんにフィーチャーされている。アッパーと癒しって語彙矛盾な気がするが、癒しとはつまり、自分のために聴くってことなんでしょう。つまりは、踊らない、ひとりで聴くダンスミュージック。

このアルバムは実際に秋から冬にかけての時期を想定している。確かにこの季節にぴったり合う。秋の夜長はジャズなんかをしみじみ聴きながら過ごすしたいが、いつも暖かい家の中でヌクヌクしているわけにはいかない。木枯らしが吹きつける寒い屋外にも出なければいけない。とりわけ寒い朝が辛い。このアルバムをipodに入れ、毎朝通勤時に聴いて気合を入れる。身体にアドレナリンがみなぎる。何のことはない、寒くなってくるから身体がそういう音楽を求めるのだ。

このコンピレーションは女性に向けられている。都会に住む女性が「部屋でメークして、ひとりで夜の街をドライビング」するという設定だ。確かに絵になるアーバンな風景。ストーリー仕立てのグラビアやPVにそんなのがありそうだ。それに秋って、夏ほど薄着じゃないし、冬ほど着込まなくてもいいし、オシャレにはいい季節。アマゾンのレビューで誰かがこれを聴くと「眉がうまくひける」と書いていた。

選曲に関しては、バンシーズの「ハッピーハウス」のカバーにも心動くし、フランスの DJ CAM を選ぶところなんか心憎い。しかし、どの曲よりも5曲目のMove Me が好きだ 。

Make me feel so nice
Make me feel I’m on ride
Oh, move me
Move me one more time

ハウスのボーカルものの歌詞はだいたいこんな感じ。直接的な言葉が繰り返される。しかし、その言葉が切ないくらいに直接的に伝わってくる。「退屈な日常から私を救って、お願い」って。「すぐに助けてあげるよ」って気になる。相手は姿を伴った人格ではない。欲望は直接的に交換される。最初からハッピーな感じでストレートに乗せる曲よりも、ハングリーな状態から始まる方がボラリティーが高い分だけ、盛り上がったときの高揚感が断然違う。

昔よく聴いたのが、日本の誇る人気DJのひとり、EMMA のノンストップ HOUSE シリーズ。今や13枚目を数えるらしいが、特に2枚目の「EMMA HOUSE 2」を愛聴していた。ちょうど真ん中あたりの PLANET OF DRUMS→YOUR LOVE→THE PIANO へと進行するロングミックスが絶品。トライバルなドラムの執拗な反復の果てに、お告げのようなサビのメロディとともに臨界点がやってくる。毛穴が引き締まって、ウブ毛が感電したように直立する。そしてドーパミンの大量放出。それらは光の粒子になって弾け、飛び散る。

こういう種類の音楽のことを書くとセクシャルな、あるいはサイケな(ヤク中的な)アリュージョンから逃れられないが、つまりは人間の快楽に関わる身体的なパターンとシンクロしているのだ。ロックのようなビジュアルの媒介も、小難しい歌詞を解釈する過程もない。

「ハウス・ミュージックのリミックスは、ナイト・クラバーたちの身体にどれだけの快楽を起こさせられるかによってその価値が決定される。ダンス・フロアで客がどれくらいリミックスに反応するか?それによって原曲は何度でもリミックスされ、そのなかでも最大のリアクションを獲得したミキシングがレコーディングされて市場に流れていく」※

つまりハウスは、作り手の創造性とかは問題ではなく、DJとクラバーの身体的な対話によって作られる快楽原則の音楽。気持ちいいか、ノリがいいか、これをあからさまに、ラディカルに突き詰める。こういう音楽に適応できるのは性格や体質もあるのかもしれない。私はメデタイお祭り人間か。いや、そう言わずに一緒に踊りましょう。

Hey DJ! I can't dance to the music you’re playing!


Motivation songs for make-up(CCCD)
おすすめ度の平均: 4.5
5 眉毛うまく描けます。
4 曲が良いのに
5 めちゃお洒落★

■参考図書:「シミュレーショニズム」椹木野衣(※)


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2006年08月24日

眠れない夜のための音楽=坂本龍一×中谷美紀

寝苦しい夜が続く。

revep01.jpg最近、坂本龍一がAlva Notoとコラボレートした「Revep」をよく聴いている。坂本の作品を熱心に聴いてきたわけではないが、このアルバムはムチャクチャいい。いわゆる音響系の部類に入るのだろうか。音の構成やメロディーを解体して、「音の色、音圧、響きそのものを聴かせる」系だ。最初聴いたとき、音飛びしているのかと思った(笑)。二人はファイル交換を繰り返し、坂本龍一のピアノにAlva Noto(Carsten Nicolai)が電子音を加えるという手順で、共同構築されていったようだ。CD評を見ると、以前「Musique pour le cafe」で紹介したブライアン・イーノとハロルド・バッドの共作「Ambient2」をみんな引き合いに出している。こんな美しい作品は滅多にないと訴える意見も多いが、マッサージ的な意味で気持ちの良い音でもある。電子音のパルスが脳をペシペシ叩く感じだ。また坂本のリリカルなピアノが、間引きされ、解体されている分だけ、ストイックに堪能できる。「戦メリ」のテーマ曲の解体バージョンも入っている。ミニマルなデザインのジャケットや記号っぽい曲のタイトルも涼しげだ。Alva Notoという人はよく知らないのだが、ソロ作品はドゥルーズ&ガタリの著作にちなんだ Mille Plateaux レーベルから出ている。

エアーポケット中谷美紀は東京パフォーマンスドール時代(訂正:桜っ子クラブ)からのファンである。といっても熱心なファンではない。彼女の出ているドラマを逐一チェックしているわけでもないし、話題の「嫌われ松子の一生」も見ていない。私にとっての中谷美紀は「声」なのだ。

坂本龍一が中谷美紀の曲の多くを書き、プロデュースしている。小西康陽や大貫妙子なんかも曲を提供しているが、坂本龍一の曲がいちばん彼女の声にしっくりする。坂本龍一は何よりもアレンジャーだと思う。彼女の曲に完璧なアレンジを施し、透明なまでに磨きあげる。坂本の作った曲に詞を書いているのは売野雅勇。どういう人なのか知らないが、この前紹介した「1999年の夏休み」や萩尾望都のギムナジウムものと共通する詞の世界。そして夏の情景が歌われている。中谷美紀のレズ説もよく聞くが、確かにヘテロな強度に欠けている。ヘテロなものがスパークする暑苦しさがない。以前何かの雑誌でフレンチロリータ系のカヒミカリイとのレズっぽい写真の企画があったが、けっこうハマっていた。中谷美紀は、私にとって極めてクールな存在だ。文字通り、涼しい。

RYUICHI SAKAMOTO + ALVA NOTO
REVEP(共作の3枚目)

MIKI NAKATANI
ABSOLUTE VALUE
MIKI(NICOのChelsea Girlsをカバー!)
FRONTIER(PV)-美しい!
MIND CIRCUS(PV)-バックでアートリンゼイがギターを弾いている!

cyberbloom

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2006年08月03日

午後のコーヒー的英国音楽

5月29日(木)のジャジーなカフェ的音楽紹介(Musique pour le cafe 木魚編)からバトンを受け、私もコーヒーと音楽について語ってみたい。とはいえ、今どきのカフェにぴたりとはまるボサノヴァやソフトロック中心のレコード紹介は、ちまたに星の数ほどあるので、今回はロックを3枚。果たしてここに紹介するレコードが「コーヒーを飲みながら」という環境にしっくりくるかと問われれば疑問だが、リラックスした雰囲気でのレコーディング風景が何となく想像できる音楽ではないかと思う。アルバムの中のどれか1曲というより、アルバムを通して聞いてみたい。

カフェ・ブリュ [でかジャケCD] ハンキー・ドリー

■「カフェ・ブリュ」スタイル・カウンシル
ジャケットはコートをまとったポール・ウェラーとミック・タルボット。カッコ良すぎる。インナー・スリーブではパリ8区フランソワ1世通りのカフェを前に、ほぼ同じスタイルの二人の姿を捉えた写真があるが、ジャケットの写真もこのパリ8区での撮影なのだろうか?ちなみに裏ジャケットには、ロベスピエール、ダントンと並びフランス革命において中心的役割を果たしたマラーの言葉が引用されている。それにしてもこの二人のファッション、イギリス人が意識したフレンチ・カジュアルなのかもしれないが、パンツはくるぶしの上5センチでカットされており実にイギリス的。そして、録音も当然ロンドン。写真はパリ、アルバム・タイトルをフランス語にしてもイギリス人がパリなんかでロックのレコードを録音できるはずがない。

■「ハンキー・ドリー」デビッド・ボウイ
70年代のボウイの作品は緊張感の高いものが多いのだが、この作品からはどこかリラックスした雰囲気が伝わってくる。「スペース・オディッティ」など初期のフォーキーな要素と「ジギー・スターダスト」以降のエレクトリックな要素が見事に融合した傑作。

■「ストレイ」アズテック・カメラ
アズテックというと1枚目、あのネオアコを代表するアルバムを唯一の最高傑作とする意見が多いが、個人的にはこの4枚目が好き。ジャズ・ギタリスト、ウェス・モンゴメリーを意識したというこの作品のギターは決して叙情に流されることなく実に力強い。

誰かにバトンを渡したい所だけれど、もう一つカフェについては書きたいので一ヶ月後くらいに自らこの話題を復活させよう。というわけで、続く。


キャベツ頭の男

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2006年05月29日

Musique pour le café −木魚編

5月7日のcyberbloomはんのカフェ音楽紹介の末尾に、「これはいちおうバトンの一環なので、次は木魚さんにタッチ!」とある。

Bags Meets Wes! Crazy and Mixed Up Quartet

え、あたくしにカフェ用の音楽? 僭越至極、ガラじゃないっすよ、そんなんしてはいけませんよ。ろくすっぽ喫茶店にも行かへんし、今どきコーヒーなんぼするんか知らんけど、その金払う代わりに立ち呑み屋で4時くらいからナンキン焚いたん相手にジョッキ傾けてますわ。町のおちこちにあるファーストフード的なコーヒー屋さんもタバコ飲んだらアカンとこ多いし、まったくこまっちんぐマイ子先生です。

そういう事情やから喫茶店の扉カランコロンするとしたらひとりではなく連れがいる。木魚にとってはおしゃべりのための空間で音楽はどうでもいいかも知れない。心は赤ちょうちんやけど、まだ4時までなんぼもあるし行儀悪いから、しゃないわ。扉カランコロンが喫茶店の原イメージやけど、喫茶店とカフェは似て非なるものなのだろうか。レーミーコ注文しても「はあ?このひと外国の人やわ、何語ゆうてはるんかしら」って思われるんやろな。アイスカフェオレなんやけどな。

カフェ飯って聞いたことあるぞ。そうか、わりとフードメニューに熱入れてて、mandoline さんが作りはるようなワンプレートのオカズにパンやサラダなんかをゆっくり食べれて、ほでもレストランより肩肘はらず、ショットバーみたいにハードリカー中心でもなく、パブのように誰かれ話しかけられるごちゃごちゃな猥雑さもない。オープンと前につくんはカフェぐらいやから、うんうん、あのイメージやな。

さっきも書いたけど、一人では行かない行けない丑三つ時の墓参り。そやからお連れさんとカフェでわーわーやってるとして、でも相手が「ちょいとハバカリ(トイレ)行ってくるわ」って中座すると、岩にしみ入る蝉の声のような静けさだと奥の細道しちゃうんで、ぽつねんと句をひねりたくなる。そん時に耳に入ってくる音楽ぐらいは欲しいかもしれない。

exquise さんはどんなんやったかな(3月24日の投稿)。一日の時間帯にあわせた選曲、知らない曲ばっかりやけど「耳障りにならないあまり主張の激しくない曲」はむべなるかな。入れこむより流れていく、これなんやろね。cyberbloom はんはコンセプトとしてのカフェ、曲にあわせてカフェの形態が変わっていくということなんやろか。テクノからJポップまで多彩やなー。

うーん、困ったな。ほんとは多ジャンル混淆で攻めたいけど、わやくちゃになりそうやから素人名人会談ふうにジャズでお茶にごそ。50、60年代のハードバップの名盤、ワンホーンカルテットやピアノトリオはできるだけ避けよーち。この手んのはどうも夜のイメージが強いと思うからね(ほんまは朝からでもいいもんはいいねんね)。
⇒続きを読む
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2006年05月26日

Musique pour le café −cyberbloom編

「カフェのための音楽」というのを勝手に企画して、exquiseさんが先に書いてくれたのですが、私の方がだいぶ遅れてしまいました。

私の場合、カフェは実際に存在するお店というよりは、コンセプトしてのカフェ。確かに音楽は音の構築物だが、そのときの状態に合わせて、聞こえるもの、見えるもの、生まれるものが違う。配置された音との交渉、対話によって、そのつど現れる経験や引き出される記憶。環境音楽はその経験のゆらぎ度が高い。どんな環境にも合うというより、風景や想像力と交渉する余地の大きい音楽。

78年に環境音楽の始祖、ブライアン・イーノが music for airports というアルバムを出した。実際の空港のために書かれた曲ではなく、コンセプトとしての空港。しかし、ピッツバーグ空港がこの曲を流し、客から苦情が殺到したらしい。割と頻繁に外国に行ってたときに、トランジットの待ち時間によく聴いていた。だだっ広い茫洋とした空間を見上げる空港のカフェとかによく合う。walkman で聴くのはいいが、空港が流していたとすれば確かに違和感を覚えるかもしれない。人と共有する音楽ではない。美術館と環境音楽の親和性が高いのは、美術館は基本的に孤独な場所だから。私にとって、カフェもまた孤独な場所だ。

Eden 東京 Soulshine

EDEN/EVERYTHING BUT THE GIRL
EBTGのファースト。80年代の定番のひとつ。ジャジーに、アコースティックに、軽やかに駆け抜ける気持ちのよいナンバーの数々。スローに落とし、しっとり歌い上げる変速技も心憎いほど。パンク一辺倒だった私に、大人を感じさせてくれた最初の音楽。これなんかは実際のお店でかかってて欲しい。トレーシー・ソーンとベン・ワットのソロ、A DISTANT SHORE と NORTH MARINE DRIVE もそれぞれお奨め。

□「東京」サニーデイ・サービス
フォーク酒場が団塊のオジサンたちに大人気らしいが、このアルバムも70年代テイストが色濃い。艶やかなストリングスと一緒に、メロメロメロウなメロディがレトロな日本の風景を描き出す。中でも「あじさい」が秀逸。カフェでいうなら、縁側のあるお座敷カフェか。

SOULSHINE/DJ CAM
フランス発。最高にクールなクラブ系の音。踊れるけど、あえて踊らずに、聴き流したい。ボーカル&ラップものもいいが、間奏曲的に入る短いつなぎの曲も心憎い。DJの面目躍如。ヒップホップは本来泥臭い音楽だが、ここまでヒップホップを洗練させていいのかって思えるくらい。ヒップホップをジャズで徹底的に磨き上げたらこうなる。オシャレだけど、遊び心もふんだんに盛り込まれている。これは夏の夜、そして地下室のイメージ。そういえば1曲目のタイトルは SUMMER IN PARIS だった。昼間の熱がすっかり冷めた石造りのヨーロッパの街の地下から聞こえて来そう。1枚目のUNDERGROUND VIBES のビブラフォンの音も心地よかった。夏の夜の汗ばんだ闇から聞こえてくる、そして闇を奥深くまで振るわせるビブラフォン。

AMBIENT 2/BRIAN ENO &HAROLD BUDD
ブライアン・イーノのアンビエントシリーズ第2弾。副題は The Plateau Of Mirror (鏡面界)。イーノはピアノの音を、一音一音、宝石のように響かせる。その音響処理が見事。音響風景としては、ピアノの音がゆっくりと降り積もるような雪のイメージ。しかし、この冷たい音の粒は、緑が萌え揺らぐ今の季節にもはまる。真っ白な壁の一部が切り取られて、鮮やかな緑がのぞく。そういう風景がピアノの音によって、一瞬、鮮やかさを増したり、波紋のように揺らいだり。音そのものがこぼれ落ちる木漏れ日の光の粒になったり。半覚半睡の午後。

POTENTIAL MEETING / SILENT POETS
SILENT POETS にはアンビエント的な試みもあり、BEAMS が手がけたプロジェクト hotel id+ (「第一ホテル東京」の全室をプロデュース)に、ホテルの客室のための音楽を提供している。題して、SOUND TRACK FOR HOTEL+ID。これはカフェにも合うだろう。初期の POTENTIAL MEETING もいい。最近の洗練された音よりも、このアルバムをいちばんよく聴いているかもしれない。素人臭さと手作り感が残る、とてもシンプルな音。そこが逆にしっくりくる。ジャケットワークも秀逸。


■これはいちおうバトンの一環なので、次は木魚さんにタッチ!

cyberbloom

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☆French Bloom Net 最新記事「The Sweethereafter」(05/26)
posted by cyberbloom at 22:09 | パリ ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | Musique pour…のための音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2006年05月25日

Musique pour le café - exquise編

cyberbloom さんの発案で、「カフェで流したい音楽」を集めてみようということになりました。もし自分がカフェの店主だったらという観点で考えてみると、本を読んだり、人と話したり、あるいはただぼんやり時を過ごしたりする場所だから、耳障りにならないあまり主張の激しくない曲がいいなあと思うので、そういう曲をふだん聴いているレパートリーのなかから10曲探しました。以下、曲/アーティスト(収録アルバム)となっています。

Moon Safariウォールペーパー・フォー・ザ・ソウルあゝ、我が良き友よ(紙ジャケット仕様)

1 Portrait / Five or Six (Pillows & Prayers 03)

82年にイギリスのチェリーレッドというレーベルから出されたコンピレーション中に入っているもの。川のせせらぎのようなギターの音が心地よく、開店時最初に流したい曲です。

2 All I Need / Air (Moon Safari)(写真左)

母国だけでなく世界へ活動範囲を拡げているフランスの2人組エール。彼らの曲なら1日中店で流していたい。そのなかでも女性ヴォーカルのフランス語なまりの英語が耳に残る、爽やかな曲を。

3 Wallpaper for the Soul / Tahiti 80 (Wallpaper for the soul)(写真中)

英語で歌っていますがフランスのバンドです。実験的な部分もあるのにどこか懐かしい感じもします。まだ暑さの残る夏の終わりの午後にぼんやり聴いていたい曲。

4 Worry About You / Ivy (Long Distance)

映画やドラマで曲がよく使われているアメリカのバンド。この曲も「スティーヴン・キングのキングダム・ホスピタル」(!)というドラマの主題歌でした。ドラマ名からは想像がつかないような、透明感あふれた素敵な曲です。

5 Mother Nature's Son / Beatles (The Beatles (The White Album))

ビートルズのなかでいちばん好きな曲かもしれない。とてもシンプルな作りと美しい旋律で、何度聴いても飽きないです。

6 Sparks / Röyksopp (Melody A.M.)

ノルウェーの2人組で先月来日もしました。出身が北欧だからってわけじゃないけれど、温かいものを飲みながら外の冬景色を眺めていたいような曲。

7 Always Be / The Animalhouse (Ready to Receive)

夕方にこの曲を聴いていると、根拠もないのに「明日はいいことあるかな」と思えてくる。終わりの盛り上がり方が何だか軽快な気分にさせてくれるのです。

8 Walk You Home / Super Furry Animals (Love Kraft)

今いちばん好きなバンドの1つであるSFA。ヴォーカルのグリフ・リースの声は私にとってまさに「癒し系」。黄昏時にかけたい枯れた名曲です。

9 Rock a Boy Blue / Scritti Politti (Songs to Remember)

カフェといえども私なら絶対夜中まで開けてお酒も出しちゃうだろう、ということで、ここからは夜用の音楽を。スクリッティ・ポリッティというとその昔打ち込みバシバシのポップな曲を連発していたグループですが、ブレイクする前はこんなシブイ曲も作っていました。ジャズの香りもして大人っぽい。

10 ゴロワーズを吸ったことがあるかい / ムッシュかまやつ(あゝ我が良き友よ)(写真右)

日本語の曲はどうしても耳に入ってくるのでカフェのBGM向きではないかなと思うけれど、お酒に似合う格好良い曲としてぜひ流してみたい。ちなみにムッシュとはもちろん Monsieur のことですよ。かまやつさんの艶っぽい声でフランスへの愛が語られるこの曲を、フランス好きな人にはぜひ聴いていただきたい!

HMVのサイトで調べてみたら、すべてのアルバムが入手可能なようです(いい時代になりました)。サイトで試聴できる曲もあると思うので、ご興味がある方はそれを利用して頂ければ幸いです。

近頃あまりカフェは行かないのですが、心に残るお店はいくつかあります。その話をしだすと長くなりそうなので、また別の機会に。

exquise@extra ordinary #2

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posted by cyberbloom at 22:34 | パリ ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | Musique pour…のための音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする