2007年02月22日

グローバル・ブランド RED(2)-世界エイズデーとU2の来日

redipod.jpgエントリーが大幅に遅れてしまったが、12月1日は世界エイズデーで、それに向けてエイズ予防啓発を呼びかける様々なRED CAMPAIGNが行われていた。日本でもチャリティーコンサート「RED RIBBON LIVE 2006」が行われたり、アニエス・ベーがアートコンドームを無料配布したり。当然、U2のボノが提唱したチャリティー・ブランド、REDにも注目が集まるわけだが、REDは写真家、アニー・リーボビッツによる「RED広告キャンペーン」を展開。キャンペーンにはクリスティー・ターリントン、ペネロペ・クルス、スピルバーグらが終結した。

最近のREDのアイテムと言えば、Gapが写真集「INDIVIDUALS」を発売。この写真集は30年間にわたってGap の広告キャンペーン用に撮影された、マドンナや坂本龍一氏など著名人の250点に及ぶポートレートを編集したもの。カバーの色は6種。ハードカバー(16000円、デニムの袋入り)とソフトカバー(4900円)があり、広告に使われた15曲のCD付き。写真集売り上げの100%がアフリカでHIV/エイズに感染した女性と子供を支援するため、世界基金(The Global Fund)に寄付される。また写真集を立体的に構成した写真展もGap原宿店で開催されている(25日まで)。

先日、ボノはU2のコンサートで来日し、安倍首相と面会。ボノはアルマーニのサングラス(RED PRODUCT)をプレゼントし、安倍首相はその場でかけてみせた。どう見ても似合ってなかったが、ボノは「クール」とか言ってほめたらしい。世界第2位のODA出費額を出す日本の首相を批判するわけがない。やはり最近のREDの注目商品は、IPOD NANO RED SPECIAL EDITION。4GBモデル23800円、1台あたり10USドルが世界基金に寄付される。

そのボノが、23日、音楽界への貢献と人道活動が評価され、英国の名誉ナイト爵位を授与されることになった。ブレア首相も同日声明を出し、ボノの活動を称賛。U2もホームページ上に、ボノは爵位の授与を「大変光栄に思っている」とする声明を掲載した。ボノは年明けにダブリンで英大使から爵位を受けるが、英連邦以外の市民のため「サー」を名乗れないらしい。ボノは2003年にフランスのシラク大統領からレジオン・ドヌール勲章も授与されている。

ボノの戦略をどう見るか。ダボス会議に出席し、各国の首相と会談し、ナイトの爵位や勲章をもらう、慈善事業に熱心なロックアーティスト。所詮はエスタブリッシュメントの側に入った金持ちロックアーチストの慈善事業じゃねーかという見方もできる。この前、アンチグローバリゼーションの動きとして「ANTI-PUB=反広告運動」を紹介したが、ボノは積極的にグローバル企業と結びつき、広告というシステムを最大限に活用している。

価値の転倒という観点からは、ANTI-PUBの方が圧倒的に本来のロックの匂いがする。ボノは慈善活動に熱心なビル・ゲイツみたいな他の金持ちと同じように、あくまで金持ちの高みから貧困を見下ろしている。しかし、いつそういう底辺に落ちるかわからない格差社会(アフリカの貧困は世界規模の格差がもたらしている)の住人としての連帯意識というのも可能ではないだろうか。結局はどちらのやり方が説得力があり、共感を勝ち得るかということに尽きるのだが。

ところで、今回のU2の来日ライブと言えば、「日本人はボノに熱狂しても貧困撲滅には無反応」(「ロサンゼルス・タイムズ」)という記事もあった。「一般的に日本人の政治意識は低く、個人のレベルで積極的に行動する政治文化もない」んだそうだ。ステージの巨大スクリーンに「世界人権宣言」の日本語訳のテロップにも観客は反応することはなかった。学校でそういうことを教わらないし、マスコミも取り上げることもない。意図的に非政治化された土壌からそういう文化が育つわけがない。ボノは日本の国旗、日の丸を振り回してステージに登場したらしい。他の国だと盛り上がるのが、日本ではあっけなく不発に終わった。日本の観客はボノにとって世界で最も歯がゆい人たちなんだろうなあ。

■関連エントリー「グローバルブランド、RED(1)

REDの公式サイト


cyberbloom(2006/12/24)

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2007年02月02日

ロストジェネレーション(2) 暗黒の木曜日

jeudinoir02.jpg「暗黒の木曜日」はいつも不動産屋でおふざけをしているわけではない。

彼らは、先日ピエール神父(ホームレスの救済に尽力したフランスの国民的英雄)が亡くなった際に紙上にコメントを寄せている。彼らはピエール神父を手本にし、神父から使命感を呼び覚まされたというのだ。「暗黒の木曜日」の広報担当のマニュエル・ドメルグは次のように言う。

私たちとピエール神父との共通点は、貧困、住宅問題、政治の無策に対する怒りだ。ピエール神父は議員でもあったが、古典的な制度の枠組みでは物事を動かせないことを理解していた。神父は制度の外に身を置き、現場で活動しつつ、制度により良い影響を与えようとしたのだ。私たちを導くキリストはもういない。私たちは集団で動くしかない。

制度の枠組みを越えたところで、ときには非合法スレスレのこともやって世論を刺激しながら、硬直した制度を動かしていく。この考え方は広告に落書きする戦術を取る「反広告運動」、マクドナルドを解体したジョゼ・ボベに共通する。

さらに報告すべき事件がある。去年のクリスマスの直前のことだ。「暗黒の木曜日」を初めとする3つの組織が、パリ証券取引所の正面、パリのラ・バンク通りにある建物を不法占拠(=スクウォット)した(写真)。新しい省庁を立ち上げるために「徴用」したのだ。それはCIC銀行の所有物だが、3年前から使われていない。省庁といっても、もちろん正式のものではなく、大臣はいないが、フランスの住宅事情の議論の場にし、世論にアピールするためだ。組織の代表者によると、その建物を「住宅危機省」として、住宅危機に関する活動家たちの出会いと議論の場にすると言う。

住宅の問題はホームレスに限らず、一般的に存在する。高い家賃、学生寮の状況、保護施設、公営住宅などに及ぶ。ホームレス問題に専念する「ドンキホーテの子供たち」よりも射程を広げ、すべての住宅に関する問題について、すべての関連組織とアトリエ(=議論の場)を持つ。提案された解決策が適応可能か、理想的すぎないか検証する。

朝日新聞の「ロストジェネレーション」特集では、日本のユーモアテロリストを紹介していた。こちらは「こたつテロ」だ。決行は買い物客で賑わうクリスマスの夜。ある男性が新宿駅の南口の路上にこたつを置いて、居座った。「クリスマス粉砕集会」という横断幕を張り、「責任ある社会人ならやめなさい」と怒鳴る警察の警告を無視し続け、鍋を食べ続けたという。「僕らは社会人になった覚えはない。金ばかり使わせるクリスマスなんてクソ食らえ!」。

「暗黒の木曜日」の紹介もそうだが、朝日新聞が脚色すると何かテイストが変わってしまう(そもそも「ロストジェネレーション」特集がどういう意図で書かれているのかよくわからない)。これも画像や映像があるといいんだけど。

その松本さんという男性は「会社が自分たちを踏み台にするなら、自分たちで社会を作ってしまえばいい」と、高円寺の商店街で「素人の乱」というリサイクルショップを経営している。さらに集まってきた仲間たちがカフェや古着屋を始めて、商店街を活性化させているという。商店街の人たちもフリーターたちが作り上げた相互扶助社会に驚いているという。ミュージシャンやアーティストも集い、消費主義的にパッケージ化されたものとは違う音楽やアートが存在しているのが興味深い。ラジオ番組もある。松本さんの収入は14万円というが、あげたり、交換したりと、贈与経済的、あるいは地域通貨的なシステムで生活できるので、それでも余ってしまうらしい。「ネオリベ=格差社会からの降り方」の一例だ。サイトを見ても何だか楽しそう。

素人の乱のサイト

■「暗黒の木曜日」については以下の「リベラシオン」の記事を参照
Les dix vies de l'abbé des sans-logis
(mardi 23 janvier 2007)
Des associations de mal logés «réquisitionnent» un immeuble
(mercredi 3 janvier 2007)


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2007年02月01日

ロストジェネレーション(1) ユーモア系テロ?

jeudinoir01.jpg正月早々、朝日新聞が「ロストゼネレーション」特集を組んでいた。ロストゼネレーションとは現在25歳から35歳の世代で、失われた時代と呼ばれる90年代のあおりをもろに食らい、何よりも最も厳しい就職状況を生きた。「氷河期世代」、「混沌の世代」と自らを定義する。これは何も日本だけの話ではない。

昨年3月フランス中を吹き荒れたCPEのデモについて本ブログでも何度か取り上げたが、学生や労働者が「26歳未満なら2年間は理由を告げずに解雇できる新雇用制度=CPE」に真っ向から反対したのだった。この問題の根本にも世代間格差がある。

フランスの若者たちがいらだちを覚えるのは現在60歳前後の「68年世代」で、日本のまさしく団塊世代にあたる。68年世代はかつて5月革命の主体となってドゴール政権(日本の文脈で言えば安倍現首相の爺さんの岸信介政権)を揺るがせたが、若者にとっては既得権益を離さない守旧派に映る。朝日に「68年世代は、社会の要職にいるのに、私たちの苦しい状況を全く理解しようとしない」、「私たちは上の世代の無策の犠牲者だ」というフランスの若者の発言が載っていた。

ライブドアショックからちょうど1年が経過したが、ロストジェネレーションに属するホリエモンが支持されたのは、近鉄買収騒動に象徴されるように「若者にも既得権をよこせ」と声高に主張したからだ。もっとも若者全体にというわけではなく、自分によこせってことだったのだが、そこにホリエモンの同世代が自分の欲望を投影した。しかし、一方でライブドアショックは、新興市場に信用不安を引き起こし、ライブドア株だけでなく、他の新興株も暴落させ、「若い」個人投資家を奈落の底に突き落としたのだった。

韓国では無職者を「ペスク=白手」と呼ぶ。働かない者は手が白いからだ。韓国でもぺスクは急増し、120万人を越える。彼らも日本のフリーターと同じようにパートやアルバイトを転々とする。韓国では97年のアジア通貨危機をきっかけに企業のリストラが一気に進んだようだ。職にありつけない彼らは「オリュクド」と上の世代を呼ぶ。「56歳以上で働く者は給料泥棒だ」という意味で、「もう十分な収入を得ただろうから、若い世代に仕事を譲れ」という皮肉がこめられている。

格差社会に関しては、そんなものは存在しないとか、いろいろ議論があるが、この世代間格差に関しては比較的実感されやすく、どの国でも不満が噴出しているようだ。

フランスに「暗黒の木曜日 jeudi noir」という新手のユーモア系テロ集団がいる。木曜日はフランスで、住宅情報誌が発売される日である。それと世界恐慌が起こった暗黒の月曜日=ブラックマンデーをひっかけて、「暗黒の木曜日」とした。イスラム世界を見てもわかるように、テロはいつも全く埒が明かない、民主主義的な手続きに絶望した状況から生まれる。

ところで、彼らは何をするかというと、数人で家探しを装って賃貸物件を見せてもらい、家主と部屋に入ったとたんに外で待機する仲間を招き入れ、シャンパンと音楽でパーティーをおっぱじめる。ある意味、いやがらせ作戦だ。この活動は有力紙やテレビでも報じられた。

「家主側は無期限雇用の身分や高額な保証を求める。そんな条件で若者が住宅を借りれるわけがない。この深刻な問題を表現したかった」。

と主張するが、そのパーティーの模様がサイトで紹介されている!朝日新聞で紹介されていたトーンと全然違う。Disco Kingなる人物がノリノリで先導し(バックに流れるのはビージーズの「サタデー・ナイト・フィーバー」!)、ありえない条件を不動産屋にふっかけている。不動産屋のお姉さんもお兄さんも笑うしかない。舞台は部屋の物件ではなく、不動産屋の事務所のようだ。こんなシャレが通じてしまうフランスは懐が深いというか、ラテン系というか。(続く)

★パーティーの映像はコチラ
暗黒の木曜日 JEUDI NOIR 公式サイト(フランス語)


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2006年12月09日

「パリのカフェ」的コミュニケーション

郵便的不安たち#東浩紀が「「マトリックス」と人間不在の荒野」(「郵便的不安たち」に収載)というエッセイの中で、東京とパリの人間の占める位置の違いについて語っている。彼は映画「マトリックス」をサンジェルマン・デ・プレの名画座で見たあと、パリの街に出ると、映画の余韻が一瞬で砕け散るような断絶を感じたと言う。パリの街では何をするにしても人間同士のコミュニケーションが不可欠で、単にカフェに入るとしてもギャルソンに微笑み、何か一声かけることを要求される。

逆に日本にはそういう「パリのカフェ」的なコミュニケーションを意識せずに済むシステムが張り巡らされている。人間の介在を可能な限り排除し、消費者の欲望を即物的に満たそうとするシステムである。レンタルショップ、コンビニ、ファミレス。様々な自動販売機。広い駐車場を備えた郊外型の店舗。それらには人間が介在するにしても、店員は極端に儀礼化された言葉使いと態度で客と接し、私たちも彼らの人格を無視するようにふるまっている。現代の利便性は、人間を介さない自動的かつ儀礼的なシステムに媒介されることを意味し、私たちはそれらに身をゆだねている。

東浩紀は、そのような日本の現実と「マトリックス」の様式化された世界に同じものを感じ取る。もう一度同じ映画を日本の郊外型のシネコンで見たときは、そういう断絶感はない。マトリックスの世界と日本のシステムには連続性があるからだ。

マトリックス 特別版「マトリックス」は人間不在の映画だ。確かに人間は登場するが、かつての文学作品のように人間像や人間関係を深く掘り下げて描いているのではない。人間の類型や行動パターンを組み合わせているすぎない。東浩紀によれば、これはアニメの「キャラ萌え」に通じ、今の若い消費者は人間不在のままに、類型やパターンに対して感情移入したり、感動できるのだという(この話は「動物化するポストモダン」に詳しい」)。よく使われる「泣ける」というのも同じような表層的な感動なのだろう。表層的と言っても、悪い意味で言っているわけではない。感動の形式が違うということだ。ときどき映画やアニメ作品を「文学的に」に解説することがあるが、学生にそんなふうに映画は見ないと言われ、愕然とすることがある。「文学」は人間の排除=消費至上主義とともに終わったか、別の物になってしまったのだ。

bonjourと「こんにちは」は違う。bonjourは「こんにちは」よりもはるかに使用頻度が高く、見知らぬ他者とのコミュニケーションを開く呼びかけとしても機能している。つまりフランスでは言葉を介して他者と関係を作ろうとするのに対し、日本ではできるだけ他者と向き合わないようなシステムを作ろうとする。しかし、19世紀半ばのパリ改造以来、同じ佇まいを見せているように思われるパリでも、近年はファーストフードの店やセルフサービスのカフェの進出に押されて、老舗のカフェ、街角のカフェがひとつひとつ姿を消している。「ギャルソンに微笑み、何か一声かける」という習慣が失われつつあるのだ。近所に住む人々がたむろし、労働者が仕事前にカウンターでワインをひっかけていく、あるいは政治、文学、芸術の議論の場を提供するという、カフェ文化の象徴的な光景は消えていく一方だ。

言葉を介する世界は大人の世界でもある。リセの学生(高校生)がカフェに入るとき、大人を真似て背伸びをする機会であり、やがて大人の世界に迎え入れられる。そういうイニシエーションの場が失われるとき、大人と子供の境界もなし崩しになる。まさに日本的な状況だ。フランスでアニメが流行ったのは、アニメが「なし崩し」の部分にうまく入り込んだからだろう。「キャラ萌え」の話が出たが、フランスでの日本アニメの流行もまた「人間の不在化」と関係している。



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2006年11月21日

フランス語を話せれば

「何年くらい勉強したら、フランス語がペラペラになりますか」という質問をよく受ける。「ペラペラ」という漫画の擬態語みたいな表現がおかしくて、僕はいつも笑い出しそうになるが、相手はいたって真剣だ。ただ流暢に暗誦するだけなら、数ヶ月あれば十分だ。言いたいことをすぐに言える能力となると、話は違ってくる。外国語で話す際に必要なのは、むしろ手持ちの語彙でやりくりする力だと思う。最低限の表現を覚えた後は、どれだけそれを使いこなすかだ。その場合、何年という期間が問題なのではなく、フランス語とどれだけ頻繁に接するかが大事なんだと思うよ、と答えることにしている。

さらに留学中の日本人からは、「フランスに何年いたらペラペラになりますか」と訊かれることがある。それで思い出したのが、最近読んだ新聞記事。サルコジ内相は移民政策の一環として、不法滞在者でも就学児童のいる家庭については、6万人程度の正規化(régularisation)の措置を考えている、という情報が、先月パリ市内に流れた。これがなぜか「先着6万人に滞在許可証が与えられる」というデマに変わり、大量の不法滞在者が警察署に押し寄せた。
 
押し掛けた移民は、ほとんどが中華系だった。これには理由がある。サルコジの新しい移民法には、「フランス語会話能力をもたない移民」を狙い撃ちにしている。フランス語を話せない外国人はフランス社会に参画する気がない者と看做し排除する、というのだが、これに反応したのが華僑だった。イベリア半島出身者や北アフリカの旧植民地出身者は、訛りはきつくても、それなりにフランス語を操ることができる(ペラペラ喋ると言ってもいい)。だが、中国人には難しい。母語との隔たりが絶望的に大きいことに加えて、彼らは中国人コミュニティの中で暮らす傾向がある。だから、何十年フランスにいても、フランス語がまったく話せないというケースは稀ではないのだ。

もちろん、年齢によって学習能力は異なる。中華系でも、フランス育ちの子供たちは、ネイティブとしてフランス語を使いこなす。そこに目をつけて、バイリンガル教育というものが登場する。母語もろくに確立していない頃から外国語(おもに英語)を教えて、将来「ペラペラ」と話せるように育てるのだ。父親がラテン語で話しかけてきたモンテーニュや、家族が四カ国語で会話していたチャールズ・ベルリッツのような極端な例を引くまでもなく、家庭が多言後環境であれば、子供が複数言語の使用者(polyglotte)になる可能性は高い。

パリの学生寮で、隣りの部屋にアルメニア人の女の子が住んでいた。ソ連領だった小学校では、ロシア語が必修だった。11歳のときに彼女の家族はドイツに移住し、ドイツの学校では英語が必修になった。それからギムナジウムでフランス語を勉強したので、今は五カ国語が話せるという。また別のアルゼンチン人の友人は、中学時代をオランダのアメリカンスクールで過ごしたため、スペイン語と英語とオランダ語に堪能なうえ、フランス語も流暢で、ルーヴル美術館で学芸員の研修を受けていた。

こういう人たちに会うと、ようやくフランス語で話が通じるようになった程度の自分が情けなく思えてくるときがある。しかし、何も恥じることはないのだ。それこそ育ちが違うのである。僕たちは、日本にいるのが当然だという前提で生きている。だが、母国で一生を全う出来るというのは、じつはそんなに自明のことではないのだ。

そのことを、先日『アルメニアへの旅』という映画を見て、あらためて思い知らされた。アルメニア出身でマルセイユに住む老人が、癌の告知を受ける直前に祖国へ逃亡する。フランス育ちで主治医でもある彼の娘アンナは、治療を受けさせるため、父を捜しにアルメニアの首都エレヴァンへ飛ぶ。そこで彼女は、共産主義崩壊後のアナーキーな拝金社会を目の当たりにする。医薬品の密売で財産を築くヤクザがいるかと思えば、たまたま入った美容院の少女までが、たどたどしいフランス語でアンナに国外脱出の便宜を図るよう持ちかける。この少女はナイトクラブで裸踊りをしてバイト代を稼いでいたが、麻薬取引の手伝いをしたことからマフィアに誘拐されそうになり、偶然居合わせたアンナまでがトラブルに巻き込まれてしまう。その後は、善玉マフィアと悪玉マフィアの間で手打ちがあり、少女も古い教会やアララト山の威容を眺めているうちに改悛し、最後はアルメニアにとどまる決意をする。一方、アンナの父親は、故郷で死ぬことを選ぶ。アルメニア人の心に触れた娘は、父の選択を尊重し、故郷の村に父のかつての盟友を集めてパーティーを開く。
 
以上が、映画の粗筋である。アルメニアは、隣国トルコによる1915年の大虐殺以来、世界中に亡命者が散らばっている。アメリカの作家ウィリアム・サローヤンや、フランスの歌手シャルル・アズナブールなどは、そうした移民の子として生まれ育ったのである。短編集『わが名はアラム』や、アズナブールの『彼らは倒れたIls sont tombés』といった歌は、彼らが出自を忘れていなかったことを証して余りあるだろう。現在のアルメニア人は、そうしたディアスポラの同郷人を頼って、荒廃した祖国を捨てて新天地を求めようとする。そのためには、たどたどしくても外国語ができるに越したことはない。アルファベットさえ異なるアルメニア語だけでは、世界のどこにも行けない。
 
国を捨てるとは、どういうことか。1940年代のアメリカによる空爆下においても、日本国民は田舎に疎開するだけで、列島を捨てて大陸に逃げようとはしなかった。単純に、海を越えるのは難しい。それに大陸も戦火に包まれていて、逃げ場所として意味をなさなかっただろう。とまれ、日本人は常に日本に留まってきた。国を捨てるということは、言葉を捨てることでもある。どこに逃げるにせよ、日本語は通じない。しかし、日本語の通じない場所に逃げなければ、生命の保証はない。そんな境遇に未だかつて日本人がほとんど陥ったことがないということ自体が、奇跡的な幸運であると言うべきなのかもしれない。

だが、国を捨て、言葉を捨てることは、世界で現に起こっている。イスラエルによる無差別爆撃を受けて、ベイルート市民のなかには、国を捨ててフランスに亡命することを真剣に考えている人がいる。レバノンは、第一次大戦後、フランスの委任統治を受けた(その際にシリアと分断されたことが悲劇の始まりでもあるのだが)歴史があるため、フランス語を解するレバノン人は今でも少なくない。祖国にとどまって生存の危機にさらされるよりは、国外脱出したほうがよい。しかし、一度捨てた祖国に戻って再び生活の基盤を築くのは難しいだろう。国を去るということは、国を捨てることに限りなく近くなる。
 
外国語を話せるのは素晴らしい。それは言葉の分だけ、生きていける場所を広げることができるからだ。どんな外国語学習も、潜在的には生存空間の拡大なのだということを、ときどきは心に留めておいてもいいのではないだろうか。フランス語がペラペラ話せれば、旅行に困らないだけでなく、いつか必要が迫れば(そんなことがなければよいが)、亡命だってできるかもしれないのだ。




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2006年11月09日

スターバックスコーヒー(3) Corporate Social Responsibility

なぜみんなスターバックスに行きたがるのか?最近気がついたのだが、スタバには「COFFEE CSR」というパンフレットが置いてある。CSR とは「Corporate Social Responsibility 企業の社会的責任」のことだ。企業は本来ひたすら利益を追求する組織で、いつも社会的責任をないがしろにすると考えられてきた。確かにそう思わせる不祥事も多い。しかし、アメリカで CSR は経営そのものになりつつある。美徳や評判も企業価値を高める不可欠な要素で、それが市場でも重要な評価基準になっている。

世界で一番そういうことを考えなさそうなアメリカの消費者ですら、中東の紛争や自然災害のニュースに接して、自分の行動と環境への影響を考えるようになっているという。ガソリンが急騰し、巨大ハリケーンがいくつも来襲すれば、どんな鈍感な人間でも危機意識を持たざるを得ないのだろう。

CSR は消費者に対してだけではなく、生産者との関わりにおいても重要だ。フェアトレードはスタバが自らを演出するもうひとつのキーワードだ。コーヒーを安く買い叩くのではなく、公正な価格で買い取る。そうすれば、コーヒー農家は喜んで品質向上のために努力する。コーヒーの市場価格は1ポンド(=454グラム)あたり、40‐60セントだが、スターバックスの昨年の仕入れ価格は1ポンドあたり、1ドル28セント(74%増)だそうだ。さらにはコーヒー農園の運営資金をサポートしたり(スタバが契約しているコーヒー農家の多くは小規模な家族経営)、生産者が生活する地域の環境の改善のために診療所や幼稚園などのインフラも整備している(パンフレットに書かれていることを信じるならば)。

こうやってスタバはフェアなイメージを前面に出しているが、最初からそうだったわけではない。生産農家についての情報公開を拒否していた前科がある。2000年2月、ABCテレビがグアテマラのコーヒー農園での児童労働とひどい低賃金の現状を報道。そのコーヒーがスタバにも販売されていることを明らかにした。その後、NPO、学生団体、フェアトレード団体、労働組合、教会団体などの抗議や株主への働きかけによって、フェアトレード運動が広がった。スタバもその波に押されて、2000年からフェアトレードコーヒーの購入を始め、同年11月にはコーヒー供給業者が行動規定を守っているかについて情報公開することを決めた。

マクドナルドを1ヶ月間食べ続けるという恐怖の人体実験ドキュメンタリー映画「スーパーサイズ・ミー」が大きな話題を呼び、マクドナルドもそういう批判を無視できなくなった。スーパーサイズを廃止したり、罪滅ぼしのためかフェアトレードのコーヒーを導入したりしている。

企業がそういうイメージアップに対して重い腰を上げたのも、消費者が企業に対してそういうものを求めていると実感したからだ。少し前までそういう問題は一部の過激な活動家が騒いでいるだけとたかをくくっていた。しかし企業はそれが利益にもつながり、業績や株価にも影響すると考え始めた。

日本企業の中でも、グローバル企業とローカル(国内)企業では意識の差が出てくる。欧米に進出しているグローバル企業は訴訟や不買運動などに直面するが、企業天国の日本の国内ではあまりそういう目には合わないので切実さがない。しかし、資金を調達する株式市場や金融機関が国際化している状況で、ローカル企業だからといってコンプライアンスを無視していいということにはらない。これまた外圧がなかったら、日本の内輪の論理で通しちゃえってことでは情けない。

ところで、この前、スタバにノートパソを持ち込んでブログの記事を書いていたら、ブログでも紹介したフランスのバンド Autour de Lucie がかかっていた。視聴コーナーで確認したら、スタバ限定発売のフレンチもののコンピレーションに収録されていたのだった。スタバではソウル、ボサノバ、ジャズなどがよくかかっているが、趣味の良い音楽を選んで、ライフスタイルもカスタマイズしてくださいってことね。


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2006年11月07日

スターバックスコーヒー(2) カスタマイズとグローバリゼーション

スターバックスマニアックススタバはカスタマイズというキーワードを前面に出している。ミルクを豆乳に代えたり、好みのフレーバーシロップを入れる。マイ・タンブラーを持参するという、エコなスタイルもそのひとつだ。個人の趣向、地域文化、季節の変化、時代の流行によって、味や楽しみ方やスタイルを変える。画一化された既製品を押し付けるのではなく、いくつかの選択肢を用意し、さらにはそれらの組み合わせを可能にする。個人が組み合わせによって、能動的に、自分の好みの味や自分だけのスタイルを作れるように。この能動性が重要なのだ。

あれだけスタバの店が増えると、ブランド性が希釈されてしまうように思えるが、この組み合わせ=カスタマイズによって、ブランド力は担保されているのだろう。スタバは誰でも入れるが、そこにあるのは自分だけの味やスタイルなのだ。

スタバやマックはグローバル化、アメリカ化の象徴として、ときには輸出先の地元文化と軋轢を起こし、攻撃のターゲットになった。フランスでは暴動が起こるとマックやケンタが真っ先に打ちこわしのターゲットになる(スタバは多少リスペクトされているのか)。カスタマイズはいわば「柔軟なグロバーリゼーション」の戦略だ。侵略されている、押し付けられているという意識を持たせてはいけない。カスタマイズは、もともとはカスタマーが製品を自分の好みに合わせて作り変えることだが、もっと広い射程を持つ言葉になっている。スタバはその広報的な存在だ。

もともと、グローバル化(globalizastion)に対して、ローカル化(localization)という用語がある。グローバル化はしばしば一方的な文化の押し付けだとか、文化侵略だとか批判されるが、必ずしもそうではない。地元の文化との交流や交渉によって、適応しやすいものに柔軟に変化する。ローカライズするのだ。


スタバ関連本紹介
■「スターバックス成功物語
■「なぜみんなスターバックスに行きたがるのか?
■「スターバックスコーヒー―豆と、人と、心と。
■「ブラジルで雨が降ったらスターバックスを買え


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2006年11月02日

スターバックスコーヒー(1) スタバの値上げ

Starbucks01.jpg伊藤園がタリーズを買収し、スタバに攻勢をかけている。一方スタバは最近、主力商品の大半を20〜40円値上げすると発表した。アルバイトなどの人件費や原材料高騰による影響で、96年に1号店を銀座に出店して以来、初めての値上げになる。いつも飲んでいるスターバックスラテは290円から310円になるみたい。その発表に反応してスタバの株価が上がり始めた。遊びで1株残しているが、58000円の高値掴みの分で、まだ含み損状態。ほんま、才能ないわ。

スタバは3月末が決算日で、6月ごろに株主優待の無料コーヒー券が送られてくる。サイズは自由に選べ、可能な限りのトッピングができる。やはりスーパーサイズのストロベリーフラペチーノを食べるしかない。みんな同じことを考えるらしいが、全部食べたら凍死しそうになった。

かつて「田舎とはスタバのないところ」と言われていたが、今はどんな田舎にもスタバは進出している。現在、全国41都道府県に649店。それでもスタバがない県がまだあるんだね。店舗を増やすだけでなく、別の展開も試みている。ここ1、2年でドライブスルー形式の郊外店を出したり、駅に売店を出したり、サントリーと共同でコンビニ用のカフェを出したり。

カフェラテというイタリア語を広めたスタバは、アメリカのシアトルに根付いたエスプレッソ文化がグローバルに展開したもので、そのスタイルは今や世界中の若者の人気を集めている。しかし、「カフェラテ」というメニュー自体は本場イタリアのカフェにはないようだ。カフェラテというと、イタリア人の友人はコーヒーとミルクを混ぜ、パンを浸して食べる子供の食事だと言ってたし、イタリアに留学していた友人は家で飲むようなミルクコーヒーだと言っていた。それゆえ、スタバは正統なエスプレッソ文化とは似て非なるものだと批判する人がいるが、むしろスタバはグローバル化した変種のカフェ文化と考えるべきだろう。

そこには新しい価値観も加わっている。
□禁煙…愛煙家はスタバ嫌い。
□フェアトレード…コーヒーといえば、プランテーション。昔は植民地的搾取の象徴だった。生産者から買い叩くのではなく、適正な値段で買い取ること。お店にもフェアトレードに関する詳しいパンフレットが置いてある。
□エコロジー…専用のタンブラーの持参。これを自然にやっている若い人たちは偉いなあと感心する。こういうモデルは他に見当たらない。
 
フランスはカフェ文化の長い伝統を持ち、また喫煙者が多いこともあり、スタバが受け入れられるか疑問視する声もあったが、それなりに定着している。特に若者たちは昔ながらのカフェを敬遠し、気軽なセルフサービスのカフェにシフトしつつあったので、スタバは歓迎されたのだろう。

フランスには「ANTI-PUB」という広告に反対する過激な運動家たちがいるのだが、彼らはスタバをマクドナルドと同じく、グローバリゼーションの手先として糾弾している。上の写真は彼らがスタバにゲリラ的に貼ったステッカー。スタバはいい迷惑だろうけど、何かユーモアも感じる。「ANTI-PUB」のサイトのフォーラムで、「長い間、カフェのタバコの煙に悩まされてきた私にとってスタバは救いだ」と「ANT-PUB」に反論している女性が印象的だった。伝統の名のもとに抑圧されてたものが(タバコって男権的な象徴だったりする)、グローバリゼーションによって解放されるケースもある。すべてが悪とはなかなか言えない。

ところで、フランスのスタバでコーヒーを注文すると、
Votre nom?(お名前は?)
と聞かれる。
カップにマジックで名前が書き込まれ、コーヒーが出来上がると、名前を呼んでくれる。これは本国アメリカ方式で、受け取りの際に間違えずに済む、合理的なやり方のようだ。確かに混んでるとき、あのシステムでは受け取りを間違えそうになる。でも日本で名前を呼ばれたら恥ずかしいかも。

17、18世紀の黎明期のカフェは、人々が情報を持ち寄り、議論し、世論が形成される民主主義の母体のような場所だった。パリには「フロール」や「ドゥ・マゴ」など、文学や哲学の議論が盛んに行われた老舗のカフェがいくつかあるが、今は単なる観光地と化している。飲み物が文化と言えるのは、それが人々をつなぎ、人々のあいだに何らかコミュニケーションの様式を生むからだ。

そう考えると、スタバは全く個人的な空間だ。もちろんおしゃべりしている客も多いが、むしろ文庫本、i-pod、ノートPC、ケータイなど、個人化されたメディアツールとシンクロする空間だ。


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2006年10月27日

フランスのケータイ事情

フランスには何とタバコが吸える年齢の規制がない!年齢に関係なくタバコを吸うことを法律によって許されているのだ。フランスの子供は12歳あたりから、タバコを吸い始める。そういうお国柄だからか、禁煙に対する姿勢もフランスは甘かった。しかし、政府が手を打つまでもなく、子供の喫煙率が劇的に下がっているらしい。それはケータイのおかげだ。子供がタバコを吸うのは、早く大人になりたいという背伸びなわけだが、好きなときに長電話するという、これまた大人な楽しみの方が魅力的に映るようだ。フランスではタバコがケータイにとってかわられたのだ。

この前、某女子大の学生たちとお茶を飲みに行った。スタバと喫茶店という選択があったが、彼女たちはスタバは嫌いだ、喫茶店がいいという。彼女たちは席につくなり、一斉にタバコの箱を取り出したのだった。しかし、左手にはしっかりケータイが握られていた。ちゃんと両立しているではないか!

つまり、タバコとケータイが両立するかしないかは、予算の問題があるのだろう。1ヶ月にタバコを10−20箱買うとすれば、だいたい1ヶ月のケータイの使用料に相当する。フランスはタバコが高いこともあり、貧乏な若者にとって両立させることは難しい。日本の若い人たちはまだ余裕があるのだろう。

Apple iPod shuffle 1GB MA564J/A日本では猫も杓子も(私も) ipod だが、イタリアの若者は高価で手が出せず、イタリアでは、ipod はもっぱら40代のチョイ悪オヤジが使うアイテムのようだ。一方、日本でケータイが普及し始めたとき、それに反比例してCDの売り上げが落ちた。こちらは予算よりむしろ、時間の制約の問題だ。ケータイをいじっていると、音楽を聴く暇がないというわけだ。音楽かケータイかという問題は今や技術が解決してしまった。

以前、黒猫亭主人さんが、フランスの低年齢層向けアイドル、イローナちゃんを紹介されていたが、彼女の「アローアロー」(フランス語で「もしもし」)というケータイの歌がフランスで大ヒットした。××ちゃんに電話したら話中で、○○ちゃんにメールしようとしたらバッテリーが切れちゃって、もしもし、パパ、これからおうちに帰るわ…みたいな、ケータイが浸透した他愛のない子供の日常が歌われている。あんな歌が流行ったら、小さな子供たちまでケータイを欲しがるだろう。

日本ではセキュリティーを理由に子供にケータイを持たせる傾向にある。ケータイが飽和状態になり、ケータイ会社にとって小さい子供は最後のターゲットでもある。ヨーロッパではケータイを子供に持たせないというのがコンセンサスになっているようだ。それはケータイから出る電磁波の人体への影響が問題になっているからだ。とくに成長段階にある子供の脳細胞に対する影響が大きいと考えられている。訴訟社会アメリカでは「脳腫瘍になったのは携帯電話会社のせいだ」という訴えが相次いでいる。まだ証拠不十分で勝てないらしいが、アメリカではケータイを直接頭部につけたくない人のために、イヤホンが無償提供されるようになった。そんな話、日本で聞いたことがない。最近、安全をうたった「電磁波が出ない機種」が売り出されているが、やはり危ないって認識があるってことか。

もうひとつケータイの基地局の問題がある。ケータイの電波を中継している巨大なアンテナだ。あたりを見回してみると、マンションの屋上とか、あちこちに立っている。2002年にフランスで中継基地局が発する電磁波の影響についての疫学調査が行われた。フランス国立応用科学研究所のロジェ・サンティニ博士が、基地局からの距離と健康への影響の因果関係を実証したのだが、世界で始めての正式結果の発表が大きな反響を呼んだ。スペインでは、近くに数十基の基地局が集中してしまった小学校で、小児ガンが多発した事件が知られている。ソフトバンクが買収した外資系ケータイ会社の本国イギリスでは、過激な反対派による基地局打ちこわし事件も起こっている。イギリスでは基地局の位置がネット上で公開されているので、どこにあるのか一目でわかってしまうのだ。

つまりヨーロッパでは、ケータイを持つリスク、ケータイ社会のリスクを知った上で使いましょう、という情報公開、情報開示が前提になっている。その上で、予防原則をもとに基準値を厳しく決めるなど、最低限の方策が取られている。こんな話も日本で聞いたことがない。企業天国日本は企業の利益最優先で、「疑わしきはOK」という原理で動いているようだ。私たちには「疑わしい」ということさえ知らされていない。あとはユーザーの人体実験に任せようってことらしい。

ところで、最近、世界保健機関(WHO)が、電磁波対策の必要性や具体策を明記した「環境保健基準」の原案をまとめた(読売新聞が今年1月12日トップで紹介)。電磁波に関する初の本格的国際基準で、WHO本部は「今秋にも公表し、加盟各国に勧告する」としている。ケータイ会社とともに、電磁波の影響などありえないと言っている日本政府はどう対応するのか?


こちらのサイトで詳しい情報を出してます。

□電磁波の影響に関する情報提供をしている「ガウスネット」はコチラ
□電磁波の影響に関する新聞報道の一覧はコチラ


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2006年09月07日

コカコーラ・レッスン

coca01.jpgフランス人はコカコーラが大好きだ。スーパーに買い物に行くと、1.5リットルの「コカ」(とフランス語では略す)6本セットを買っている人をよく見かける。駅の自動販売機にペリエはないが、コーラは必ずある。あるいはコーラしかない。夏になると、アルコール類を飲まない人は、カフェのテラスでコーラを注文する。バドワやシュウェップスよりも、圧倒的な人気だ。これもグローバリゼーションの成果なのだろうか。
 
ついでに言うと、ヨーロッパで最もマクドナルドの店舗数および収益が多いのもフランスである。イラク戦争以来、アメリカに対するアンチテーゼとしてのヨーロッパを体現しているようなイメージが定着しつつあるが、じつはこれほどアメリカと縁の深い国も少ない。イラク戦争を批判され、一部のアメリカ人がヒステリックにフランス産のワインボトルを割っていた頃も、フランス人は黙々とビッグマックを頬張っていた。

アメリカとフランスの関係は、アメリカの独立にまで遡る。イギリスとの植民地競争を背景に、フランスの啓蒙思想の後押しを得て、フランクリンは独立宣言の草稿をパリのカフェ「プロコープ」で起草した。自由の女神も独立百周年を記念してフランスから贈られた。

やがて文化的優位(ヘゲモニー)は、20世紀に入ってアメリカの手に渡る。コカコーラやジーンズの普及については、僕は一つの仮説をもっている。それは映画によって、これらの製品に対する憧れが植えつけられたのではないかということだ。1946年にフランスはアメリカとの間にBlum-Byrnes協定を結び、莫大な借金を帳消しにしてもらう代わりに、ハリウッド映画の全面的受け入れを認めた。そのため、戦後のフランス人は浴びるように黄金期のハリウッド映画を見た。ブルジョワ的教養によるのではない、即物的な豊かさが、当時はかっこよかった。カウボーイが履いているジーンズは機能的だし、ボトルからラッパ飲みするコーラは、カフェテラスのエスプレッソよりも軽快な飲み物だった。

ジーンズは履き心地のよいものではない。コカコーラは味わい深いものではない。そんなことは誰でも知っている。にもかかわらず、ジーンズを履き、コーラを飲み続ける理由は何か。それはもっぱらスタイルに対する愛着である。若々しく、活動的なスタイル。そのスタイルは、映画というやわらかいファシズムによって、ほとんど気づかれないうちに、そっと押しつけられたものである。ポール・ヴィリリオも指摘するように、映画とは戦争を遂行する強力な武器の一つなのだ。

もちろん、事態はフランスだけにとどまらない。ベルリンでもバルセロナでも上海でも東京でも、ジーンズを履いてコーラを飲むことは、最も日常的な仕草である。コカコーラは、スタイルとともに、安さと早さで他を圧倒する。メニューを眺め、ソフトドリンクを選ぶときにも、コーラは一番上に、一番安く載っている。そのうち、面倒くさくなって、とくにコーラが飲みたいわけでもないのに、なんとなくコーラを注文するようになる。マクドナルドのみならず、中華料理店でさえコーラを飲む。うまくはないが、どこで頼んでも同じ味というのは、便利なものなのだ。

コカコーラは多国籍企業の代表である。しかし、そのグローバリゼーションは、さまざまなメディア戦略を通して、永年の間に培われてきた。だから強い。ちょっとやそっとでは、コーラから抜け出すことはできない。ちょうどサンタクロースが赤と白の衣装から衣替えできないように。あの色合わせが、1930年代のコカコーラのポスターに由来することを、知らない人もいるかもしれない。いつか19世紀のドイツにいたような青や緑の服を着たサンタに出会える日まで、僕たちはコカコーラを飲み続けることだろう。


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2006年09月06日

メトロの中の日本語

metro01.jpgある日、パリのメトロに乗っていたら、日本語が聞こえてきた。「じゃあ、駅に着いたらまた電話してね。」女性が携帯で話しているようだ。口調からすると、まだ若い女の子だろう。とくに興味を惹かれたわけではないが、なんとなく振り返ってしまった。ところが、日本人の姿は見当たらない。車内に必ず数人はいるアジア人の顔も、声が聞こえてきそうな範囲には一つもない。

日本語を話していたのは、フランス人の女の子だった。いや、フランス人かどうか、国籍までは分からない。少なくとも、容姿は完全な白人の女の子だった。僕はびっくりした。彼女が完璧な日本語を話していることにではなく、自分が日本語は日本人が話すものといまだに思い込んでいたことにである。

英語を勉強する日本人にとって、「ネイティブ」のように話すことは、無条件の到達目標である。無数の「英会話教室」では、日本人特有のアクセントを矯正することに、誰もが情熱を傾ける。フランス語を勉強する日本人も、たいていはフランス人のように話したいと思う。僕自身、「日本人っぽいアクセントがないね」などと言われて嬉しくなった経験はある。ならば、なぜ日本語を勉強する外国人が、日本人のように日本語を話せただけで、そんなに驚かなければならないのか。事態はまったく同じではないか。

僕たちには、日本語が国際語になり得るという考え方が乏しい。戦時期の植民地における横暴な言語政策に対する反省からか、日本語を称揚することは、国粋的で恥ずかしいことのように感じている。かつて言語学者の鈴木孝夫が、国際語としての日本語を推進する戦略について語ったことがあったが、それは1980年代、経済大国だった時期の日本を背景にした議論だった。

メトロのなかで日本語を聞いて僕が思ったのは、そういうことではない。日本語が外国人をつなぐ言葉として機能するのは、あたりまえのことなのだ、という感想である。ある言語は、それを共有する人のためのものであって、何らかの民族にのみ属しているわけではない。

この考え方を突き詰めていくと、英語だって同じことだと言える。グローバリゼーションが進むなか、英語一辺倒になるのは文化的によろしくない、他の外国語も勉強しましょう、という反論がある。確かに、グローバリゼーションの流れにあって、英語以外の言語はないがしろにされがちだ。だが、そもそも僕たちが外国語を学ぶのは、アメリカ人をはじめとする日本語を知らない外国人とコミュニケーションを図るための手段を手に入れるためであって、英語やフランス語をネイティブのように話すためではない。「ネイティブのように」とは、言語のスタンダードとしての役割しかない。スタンダードから外れたところでも、言語活動は成立するのだ。

英語教育に対する反論として、よく「一つの文化しか知らないと視野が狭くなる」というものがある。だが、僕は日本料理店の隣り合わせたテーブルで、アラブ人とフランス人のビジネスマンが、英語で互いの国の習慣を話し合っているのを聞いたことがある。外国語として英語を操るものは、必然的に自国文化+英語圏の発想を身につけている。だから、英語を自分の表現手段として使っている時点で、一つの文化しか知らないなどということにはなり得ないのだ。

むしろ深刻な問題は、何語にせよ、日本人がいかに自らの考えを発信することができるかどうかということではないだろうか。もしフランス人が日本語で見事にフランスのことを語ったとしたら、「流暢ですね」などと感心しているだけでは済まされない。あなたは、日本語で、同じように日本について語れるだろうか。別にフランスや日本という国に関してでなくてもいい。ある特定の話題について、なれ鮨の作り方や風力発電やグルジアの教会音楽について、外国語で話すためには、まず日本語で話せなければならないという、当たり前すぎることを、今一度考えてみる必要がありそうだ。



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2006年06月22日

アウェーで戦うために

アウェーで戦うために―フィジカル・インテンシティ III「ホーム&アウェー」はサッカーがもたらした新しい対概念である。「島国根性とは、世界のどんな環境におかれてもビビらないタフさと対極にある、アウェー精神の欠落に他ならない。アウェーとは物理的な移動を意味するのではなく、内なる精神の問題なのだ」(あとがきより)。さらに付け加えれば、アウェーは内輪の論理や甘えや馴れ合いが通用しない場所なのだ。このサッカー・エッセイは中田選手がペルージャからローマに移った2000年前後の話が中心になっている。彼が最も輝いていた時期だ(決して過去の選手という意味ではない)。すでに5年以上が経過しているが、村上龍がサッカーを通して指摘している日本の問題はいまだにアクチュアルだ。つまり何も変わっていないということだ。

「みんなと同じ−を旨とする共同体の庇護は、もはや存在しない。中田英寿は世間の力を借りずに世界的になった」と村上龍は言う。中田英寿という人間の強度はそういう部分にある。そして今回のW杯ほど彼の勝利への意志が際立ったことはない。外国のプレスに対して自分の意志をあれだけ明確にアピールした日本選手はかつていただろうか?

「国家の品格」というホーム根性丸出しの本がバカ売れしたり、アンケートをとったら「サザエさん」が理想の家族の1位だったり、日本人は相変わらず「ホーム」という概念と決別できないでいる。いや、そんな悠長なことを言っている場合ではない。ホーム根性がしみついた日本人をすでにグローバル化の波が脅かしている。グローバル化した世界とは、日本に居ながらにしてアウェー状態にさらされることだ。否応無しにグローバル・スタンダードによって組み替えられていく国境のない世界で戦わなければならない。それが日本人が直面している最大の危機だ。すでにアウェー状態になっていることに気が付かずに、まだホームにいるつもりでいる人々が実に多い。そして薄々気が付き始めた人たちは、不安におののき、「ホーム」で何が悪いと居直る始末だ。もっともそうなるのも無理はない。閉じた共同体の中で庇護されてきた日本人は、アウェー精神とはもっとも縁遠いところにいたからだ。

例えば、日本のスポーツ界においてホーム根性が発揮された象徴的な出来事として思い出されるのが、2001年に近鉄のローズが王監督の年間ホームラン記録(55本)に並び、それを抜こうとしたとき、対戦したダイエーのピッチャーがローズを敬遠し続けた(それ以前にも54本を打った阪神のバースが同じような目にあった)。それを指示したコーチが、ローズはいずれアメリカに帰る選手。そんな選手に王監督の記録を抜かせたくない、と言った。アメリカに渡ったイチロー選手が、それから3年後の2004年、メジャーリーグで年間最多安打を記録したとき、いずれ日本に帰る選手だと言って、相手のピッチャーが敬遠しただろうか。あのローズの敬遠を機に、若い選手のメジャーリーグ志向が強まったとも聞く。ホリエモンが近鉄の買収を試み(日本の球団を買おうという発想からすでにライブドアは終わっていたのかもしれない)、古田選手会長がストライキを決行した際には、様々な提言がなされ、議論が交わされた。セパ交流戦は実現したが、基本的な体質は温存された。

海外に移籍することは常に「アウェイで戦う」ことだ。サッカーは選手間のコミュニケーションが重要なスポーツのひとつだが、中田選手は最初から語学に意識的な選手のひとりだった。一時、よくフェイエノールトの試合をよく見ていたが、試合後のインタビューで小野選手が、フランクな英語だが、自分の言葉で語っていたのには、とても好感がもてた。アウェイでは言葉が武器になる。日本人にいると少なくとも言葉が武器だという認識は生まれない。日本人が外国語が苦手な原因もおそらくそこにある。ホーム根性がしみついてる人間は、他者とコミュニケーションをとりたいとも思わないし、切羽詰った必要にもかられることもない。アウェー精神を伴ってこそ外国語は力を発揮するのだ。

相変わらず日本代表チームのFWの決定力不足が言われるが、まさにアウェーで経験を積み重ねていくしかないのだろう。リトバルスキーがクロアチア戦に関して「日本の選手は1対1の局面で突破しようとしない。リスクを犯さなければチャンスは生まれない」と言っていた。村上龍も2000年時点の日本代表チームについても同じことを言っていて、「1対1の局面から逃げ、集団に逃げ込むようにパスを出す」という表現をしている。クロアチア戦でゴールを外し、ドイツの新聞でも叩かれていた柳沢選手は同郷で、彼が高校生のときから応援しているが、私としては同郷人ということをあまり意識させられたくない。それは共同体的な内輪の喜びにすぎないのだから。彼にも強烈な「フィジカル・インテンシティ」によって向こう側に突き抜けて行って欲しい。

「アウェーで戦うために」は「フィジカル・インテンシティ」(身体的強度)と題された村上龍のサッカー・エッセイ集の第3集。現在第5集「熱狂、幻滅、そして希望2002FIFA World Cupレポート―フィジカル・インテンシティV」まで出ています。文庫版は下の2冊。

■「アウェーで戦うために―フィジカル・インテンシティIII」知恵の森文庫
■「奇跡的なカタルシス―フィジカル・インテンシティ II」 知恵の森文庫



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