1969年、ドライブ中のカップルが銃撃され、女性が死亡する事件が起き、警察に「自分がやった」と電話がかかってくる。その後、新聞社に「ゾディアック」と名乗る人物から、犯行の内容を語る手紙と暗号文が次々に届き、同時に新たな殺人事件も発生する。担当の刑事(マーク・ラファロ)、新聞記者(ロバート・ダウニー・Jr.)、そしてその新聞の風刺漫画家(ジェイク・ギレンホール)は、それぞれ事件を追っていく・・この映画は実際にアメリカで起きた未解決の連続殺人事件を扱ったものです。「ブロークバック・マウンテン」の色っぽいジャック役だったジェイク・ギレンホールが、一転して地味で真面目な青年を演じています。手書きの手紙を多数新聞社に送りつけ、警察や関係者の自宅に電話をかけたり、果てはテレビの身の上相談にまで出演しようとするなど、メディアを大胆に利用した犯行で、目撃者もいれば遺留品も多く残しているのに、犯人への手がかりはなかなかつかめません。それはゾディアックが用意周到で、巧みに人々を翻弄したこともありますが、別の要因として警察の中での連携の悪さ、メディアの報道による混乱も描かれています。
それぞれの地域の警察が情報をうまくやり取りしなかったことで、犯人に接触する機会を逃してしまったり、ゾディアックからの手紙の内容をテレビで流したために世間がパニックに陥ったり、警察から情報を得られないまま自己判断で犯人像を仕立て上げた新聞記者が今度はゾディアックの標的となってしまったりする状況は現在起こったとしても全くおかしくないわけで、とても40年近く前の事件だとは思えない生々しさが伝わってきました。そして皮肉なことに、解決に一途の光が見えてくるのは、世間が事件を忘れ去ろうとしたころ、依然として関心を持ち続けていた風刺漫画家が、警察と「陰で」連携して独自に調査を進めたときからなのです。心身ともに疲れ果てて異動を願い出る刑事、ドラッグやアルコールに溺れる新聞記者など、この事件の捜査から脱落していく者たちが出てくるなか、利害関係にとらわれず単なる好奇心からアプローチした風刺漫画家だけが、「生き残り」ます。取り憑かれたように事件のことばかり考えている夫に不安を感じる妻から問いただされて、彼がゾディアックを追う目的を語る場面、そしてついに彼がその目的を果たす場面は、静かながらも高揚感を覚えます。
この作品を観た人たちの感想をネットで見たところ、「退屈だった」という意見が多くて驚きました。たしかに監督がこれまで撮ってきた「セブン」「ゲーム」「ファイト・クラブ」などと比べれば、派手な展開もなければ、大どんでん返しといったサプライズも見当たらず、そういった内容を求めた人には期待はずれの映画でしょう。しかしながら、余計な小細工や無駄に感情的な部分を省いた正攻法で真摯な撮り方、タイトな物語構成、丁寧に再現された70年代の空気がすばらしく、私には2時間37分の上映時間があっという間に思えました。ゾディアックが送った手紙には、「自分の映画を作れ」という要求も書かれていました。実際この事件を扱った映画は過去に作られ、またこの事件を題材にしてクリント・イーストウッド主演の「ダーティー・ハリー」も制作されました(この映画の中でも一部が流れます)。今回また映画が制作されてその要求に応える形になったわけですが、ゾディアックそのものよりも、彼を追う人々に焦点を置くことで、犯人の思惑から外れた作りにしてある点に、フィンチャーらしいヒネリが感じられます。
ゾディアック 特別版
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怖い映画は巷にたくさんあれど、私にとって最も恐ろしいのは、デヴィッド・リンチの映画です。「
と、ここまでの物語はよくあるサスペンス映画のようですが、後半からナオミ・ワッツはダイアン、ローラ・エレナ・ハリングはカミーラと役名が変わり、雰囲気も一変、ダイアンは恋人であるカミーラに裏切られ、人に頼んでカミーラを殺してしまい、女優としてもパッとすることなく人生にも絶望している状態です。全く違う物語に見えながらも、ベティとダイアンには共通点もあるし、前半の登場人物が名前や性格を変えて再び現れるなど、混乱を招く展開になっています。
しかし、ひとつの読み方だけではすっぱりと理解できないのが彼の持ち味です。上のヒントをもとにひとつの解釈を試みても、あれこれの要素がぴったりと合わさらず、必ずそこからはみでる部分が出てきて、やっぱり「わけわからん」状況に陥ってしまいます。でもそうやって、ああでもないこうでもないと頭を悩ませながら、個性的な俳優たちやリンチ作品におなじみの小道具が醸し出す怪しげな雰囲気を楽しむのがよいのかもしれません。



少年 深津絵里

昨今の映画界においても最も勢いがあるのは、おそらく中国でしょう。北京五輪に向けて急速に発展しつつある国の内情を反映するがごとく、新しいタイプの作品が次々と生み出され、世界各国の映画祭でノミネートされる数も少なくありません。日本でもおなじみのチャン・イーモウ(代表作:「初恋のきた道」「HERO」「
ジャ・ジャンクー作品では、激変する中国社会に生きる若者たちがたびたび取り上げられていて、この作品の主人公シャオジイとビンビンもそうです。大同という地方都市に暮らし、北京へのあこがれを抱きつつもやはりこの土地を離れられない二人の顔にはなんと生気がないのでしょうか。職にもつかず行き当たりばったりにその日を暮らす彼らには、未来への期待も希望もあまり感じられません。都市が活気づき豊かになるなかで、「今」をただ生きるしかない若者たちの姿を象徴しているのが、この二人のうつろな眼差しなのです。二人を演ずるのは素人の役者なのですが、彼らを選んだ決め手となったのは、強い印象を与える彼らの目だったと監督はあるインタビューで語っています。
実はこの作品は北野武監督の映画プロダクションであるオフィス北野がサポートしています。かつてジャ・ジャンクーは「あの夏、いちばん静かな海。」に感動したそうで、彼の作品にも北野作品に通じるクールさが感じられます。一方で、映画終盤にはゴダールの「気狂いピエロ」のラストシーンを思わせる場面があるのですが、その後の展開はあまりにもお粗末で、二人はジャン=ポール・ベルモンド演ずるフェルディナンのようにカッコよく自分の生活にケリをつけることもできません。そのようにクールなまま映画を終わらせないこの若い監督のセンスに、これからも大いに期待したいです。

さて先日、今年のサマーソニック出演者の紹介番組を見ていたら、気怠くてどこか懐かしい感じのする音が、おそらく中国人と思われるカップルを扱った退廃的な映像とともに流れてきました。それは
1 ブロークン・フラワーズ(ジム・ジャームッシュ、アメリカ)
2 硫黄島からの手紙(クリント・イーストウッド、アメリカ)
3 ヒストリー・オブ・バイオレンス(デヴィッド・クローネンバーグ、アメリカ/カナダ)















