2008年01月17日

ゾディアック

zodiac_ver2.jpg1969年、ドライブ中のカップルが銃撃され、女性が死亡する事件が起き、警察に「自分がやった」と電話がかかってくる。その後、新聞社に「ゾディアック」と名乗る人物から、犯行の内容を語る手紙と暗号文が次々に届き、同時に新たな殺人事件も発生する。担当の刑事(マーク・ラファロ)、新聞記者(ロバート・ダウニー・Jr.)、そしてその新聞の風刺漫画家(ジェイク・ギレンホール)は、それぞれ事件を追っていく・・この映画は実際にアメリカで起きた未解決の連続殺人事件を扱ったものです。「ブロークバック・マウンテン」の色っぽいジャック役だったジェイク・ギレンホールが、一転して地味で真面目な青年を演じています。


手書きの手紙を多数新聞社に送りつけ、警察や関係者の自宅に電話をかけたり、果てはテレビの身の上相談にまで出演しようとするなど、メディアを大胆に利用した犯行で、目撃者もいれば遺留品も多く残しているのに、犯人への手がかりはなかなかつかめません。それはゾディアックが用意周到で、巧みに人々を翻弄したこともありますが、別の要因として警察の中での連携の悪さ、メディアの報道による混乱も描かれています。


zodiac4.jpgそれぞれの地域の警察が情報をうまくやり取りしなかったことで、犯人に接触する機会を逃してしまったり、ゾディアックからの手紙の内容をテレビで流したために世間がパニックに陥ったり、警察から情報を得られないまま自己判断で犯人像を仕立て上げた新聞記者が今度はゾディアックの標的となってしまったりする状況は現在起こったとしても全くおかしくないわけで、とても40年近く前の事件だとは思えない生々しさが伝わってきました。そして皮肉なことに、解決に一途の光が見えてくるのは、世間が事件を忘れ去ろうとしたころ、依然として関心を持ち続けていた風刺漫画家が、警察と「陰で」連携して独自に調査を進めたときからなのです。


心身ともに疲れ果てて異動を願い出る刑事、ドラッグやアルコールに溺れる新聞記者など、この事件の捜査から脱落していく者たちが出てくるなか、利害関係にとらわれず単なる好奇心からアプローチした風刺漫画家だけが、「生き残り」ます。取り憑かれたように事件のことばかり考えている夫に不安を感じる妻から問いただされて、彼がゾディアックを追う目的を語る場面、そしてついに彼がその目的を果たす場面は、静かながらも高揚感を覚えます。


zodiac3.jpgこの作品を観た人たちの感想をネットで見たところ、「退屈だった」という意見が多くて驚きました。たしかに監督がこれまで撮ってきた「セブン」「ゲーム」「ファイト・クラブ」などと比べれば、派手な展開もなければ、大どんでん返しといったサプライズも見当たらず、そういった内容を求めた人には期待はずれの映画でしょう。しかしながら、余計な小細工や無駄に感情的な部分を省いた正攻法で真摯な撮り方、タイトな物語構成、丁寧に再現された70年代の空気がすばらしく、私には2時間37分の上映時間があっという間に思えました。


ゾディアックが送った手紙には、「自分の映画を作れ」という要求も書かれていました。実際この事件を扱った映画は過去に作られ、またこの事件を題材にしてクリント・イーストウッド主演の「ダーティー・ハリー」も制作されました(この映画の中でも一部が流れます)。今回また映画が制作されてその要求に応える形になったわけですが、ゾディアックそのものよりも、彼を追う人々に焦点を置くことで、犯人の思惑から外れた作りにしてある点に、フィンチャーらしいヒネリが感じられます。


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2007年11月06日

フランス映画好きに捧げる非・フランス映画(4)ー「マルホランド・ドライブ」

mulholland_drive_ver1.jpg怖い映画は巷にたくさんあれど、私にとって最も恐ろしいのは、デヴィッド・リンチの映画です。「ロスト・ハイウェイ」(1996)みたいに、何者かが自宅を撮影したビデオテープを次々と送りつけてくる・・なんて考えたら、気が遠くなりそうです。長編デビュー作「イレイザー・ヘッド」(1976)に至っては、ビデオで手元にあるものの怖くて手が付けられません。リンチ作品は、わかろうとしてもどうにも理解できない、そのような不条理な恐ろしさが満載です。けれども観終わった後ではまたその不可解な世界をまたかいま見たくなる、というどうにも不思議な魅力をも兼ね備えているのです。今回ご紹介する「マルホランド・ドライブ」(2002)を観た後も、あれこれ考えてしまってなかなか眠れなかったことを覚えています。皆さんもデヴィッド・リンチ監督の仕掛けた美しい迷宮をご覧になってはいかがでしょうか。


女優になる夢を抱いてハリウッドにやってきたベティ(ナオミ・ワッツ)は、下宿する叔母のアパートに忍び込んでいたリタ(ローラ・エレナ・ハリング)と出会う。リタは何か事件に巻き込まれたらしいのだが、記憶を失っており、手持ちのバッグには大金と青い鍵が入っている。優しいベティは彼女の足跡をたどろうとする一方で、女優としての才能も開花させる・・


mulhollanddrive2.jpgと、ここまでの物語はよくあるサスペンス映画のようですが、後半からナオミ・ワッツはダイアン、ローラ・エレナ・ハリングはカミーラと役名が変わり、雰囲気も一変、ダイアンは恋人であるカミーラに裏切られ、人に頼んでカミーラを殺してしまい、女優としてもパッとすることなく人生にも絶望している状態です。全く違う物語に見えながらも、ベティとダイアンには共通点もあるし、前半の登場人物が名前や性格を変えて再び現れるなど、混乱を招く展開になっています。


この前半と後半をどう受け止めればよいのでしょうか。あまり説明すると映画の面白さが半減してしまいますので、いくつかヒントを挙げておきましょう。

1 映画冒頭部にナオミ・ワッツが眠っている場面がある

2 「目覚めよ」というセリフ

3 前半部の物語がベティに都合よく展開する

さらに、前半の登場人物やモノが、後半では違う人物やモノに「置き換え」られているといえば精神分析を少しでもかじった方なら、ははーんと思われることでしょう。そこで再度映画を観直すといろいろと「見えてくる」わけで、「マルホランド・ドライブ」はデヴィッド・リンチ作品のなかでもかなり「わかりやすい」ほうだといえます。


mulhollanddrive1.jpgしかし、ひとつの読み方だけではすっぱりと理解できないのが彼の持ち味です。上のヒントをもとにひとつの解釈を試みても、あれこれの要素がぴったりと合わさらず、必ずそこからはみでる部分が出てきて、やっぱり「わけわからん」状況に陥ってしまいます。でもそうやって、ああでもないこうでもないと頭を悩ませながら、個性的な俳優たちやリンチ作品におなじみの小道具が醸し出す怪しげな雰囲気を楽しむのがよいのかもしれません。


タイトルになっている「マルホランド・ドライブ」は実在する道の名前で、ハリウッドを一望できる高みにあり、リンチ監督が作品をこの映画の都に捧げていることを暗示しています。それは前半部の2人の女性の名前ベティとリタが、ベティ・デーヴィスとリタ・ヘイワースという往年のハリウッド大女優を思い出させることからも明らかで、映画への情熱に燃えて集まってくる数えきれないほどの人びとが味わう成功と挫折を描いた作品という見方もできます。


デヴィッド・リンチはフランスから愛されているアメリカ人監督でもあります。この「マルホランド・ドライブ」もテレビドラマを想定して制作されたものの、内容の過激さゆえにアメリカの会社から配給を拒まれていたところ、救いの手を差し伸べたのはフランスのテレビ会社 Canal Plus だったのでした(というわけで、厳密に言うと「非・フランス映画」ではないのですが・・)。そうしてできあがった作品は、カンヌ映画祭で監督賞を獲得しました。フランスは近年のリンチ作品制作にも多く関わり、監督はカンヌの常連になっています。


さて、4年のブランクを経て昨年発表された最新作「インランド・エンパイア」はついに日本でも7月公開予定となりました。今回も映画がテーマの作品で、なんと3時間の大作! またしても妖しく美しいリンチ・ワールドに悩まされそうです。


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2007年06月30日

「1999年の夏休み」

1999年の夏休み今年は関西でもいくつかの大学が「麻疹休校」になり、その補講のせいで学生たちの夏休みが先延ばしになっている。とはいえ、夏休みが射程に入ってきた。

「1999年の夏休み」は二度と来ない。かけがえのない夏休みだ。2007年の夏休みも1度きりだが、「1999年の夏休み」の緊急性にはかなわない。

2000年を超えてから、時間の流れが確実に変わった。張りつめた時間が溶け出し、茫洋とした広がりがあるだけだ。次の世紀末には確実に生きていない。

昔から夏休みという言葉の響きが好きだった。自分が夏生まれというのもあったからかもしれない。小学生のころから、夏休みに対して方向感のない、しかし張り裂けそうなほどの期待を抱いていた。何か特別な予定があったわけでもない。あまりの期待に自分の方が押しつぶされそうだった。小学生のころは、遊んでも遊んでも遊び足りなかった。思春期のころになると、いつも夏休みから取り残されているという虚しい思いだけがあった。

そういう期待や、それがもたらす絶望の正体が何だったのか、改めて思い出させてくれる映画である。

金子修介の「1999年の夏休み」は萩尾望都の「トーマの心臓」をベースにした、いわゆるギムナジウムもの。1988年の作品で、1999年は近未来として描かれている。例えば、主人公たちが使うコンピュータのメカニカルな感じが面白い。

この映画にインスパイアされた Momus というイギリスのアーティストが Summer holiday nineteen ninety nine♪と歌っていた。フリッパーズ・ギターの2人がプロデュースした渋谷系の記念碑的作品「FAB GEAR」に収録。

いわゆる美少年モノはひとつの様式美として確立されているが、この世界は個人的にいまいち詳しくないので、木魚さんにそこらへんを解説していただく。


「1999年の夏休み」か。
そういや平成ガメラの金子修介監督やったなー。

世にタルホ系と呼ばれるジャンルがある(と思う)。作家稲垣足穂のタルホにちなむんけど、バッサリ言わしてもらえれば、女性が中心として登場しない男だけの世界、といってもバラ族風ではない。まだ性の開花以前の少年と少年の淡いなんたらかんたらを主に描くちゅうんかな、そんな作品系統をタルホ系というのやろか、どなんやろか。

そうやとすると『トレインスポッティング』のヤカラ連の青春グラフィティはここにおさめるわけにはいかん。かといって『スタンド・バイ・ミー』とも微妙にズレてて、なんやろ、生活臭のない、もっとスタイリッシュな関係が綴られるんかな、まあ、お坊っちゃん達らの耽美でときに残酷でレモネードのように清涼感漂うお話なんやろな。大きい人にはようわからん少年紳士だけの理屈でなんかに拘泥したりしてるし。

植物よりも鉱物や星、土よりもガラスやメタルといった無機質なものを有機的に贔屓にして生活のどろどろを追い出してるぶん、よけごと想いが純になるのがこの系統に多く、『1999年の夏休み』も夏休みやいうのに、純な想いのわりに暑さ/熱さ/厚さ/圧さがなかったような気がする。気がするのはこれ書くためにビデオを見直してないからで、怠慢の誹りは免れないっすが、もっかビデオ見れない環境なんですみません。ですまされるかっ!て言わんといて下さい。

4人の少年に扮するのは4人の少女。やたらべっぴんさんでないとこが萌えを封じる。小説やマンガと違って正味の人間が演じる映画でほんまの男の子が役者をつとめれば、あらあら小僧さん小僧さんとなってうまくいかんかったやろね。バラ(のキャラ)とユリ(の俳優)をかけ合わせて性の未分化を演出したのは金子監督の慧眼か。深津絵里がいっちゃん小僧さんやったな。

1999年の夏休み
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2007年05月03日

新作DVD情報 「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」

父親たちの星条旗 (特別版)去年の12月、映画館へ行って見た映画がDVDになりました(フランス映画ではないのですが…)。クリント・イーストウッド監督が硫黄島を舞台にして制作した戦争映画二部作の第1部、「父親たちの星条旗」です。


太平洋戦争末期、アメリカ軍が硫黄島への上陸作戦を展開するなかで撮られた歴史的に有名な写真にまつわる物語です。その写真は全くと言っていいほどドラマティックでない状況下で撮影されたにもかかわらず、そこに写る兵士たちは、アメリカ本国で「英雄」として祭り上げられ、戦争の資金を集めるための格好の材料とされてしまいます。写真に写っていた6名の中で、生き残って帰国した3人(ドク、レイニー、アイラ)は、「英雄」扱いとされることに違和感を覚えながらも、国債を販売して費用をかせぎ、いまだ最前線にいる戦友たちを助けなければならない、という思いで各地を回ることになりますが、何かにつけて戦地での経験がフラッシュバックしてきます・・


ブルーグレーがかった色調でかなりの時間を割いて繰り広げられる戦地でのシーンは、非常にグロテスクなものも多々ありますが、全体として淡々と描かれています。製作にスティーヴン・スピルバーグが参加しているので、このあたりではスピルバーグ色が強く感じられ、「プライベート・ライアン」などの作品と比較されることも多いようですが、感情的な要素は極力抑えられており、そのために名もなき兵士たちが、単なる「モノ」として扱われる悲惨さが強く迫ってきます。「戦死」とひとくくりにされる者たちのなかには、味方に見放されたり撃たれたりして命を落とす兵士たちもいて、これでもか、というくらい見せつけられるこの戦闘シーンにむなしさ、やるせなさをいやというほど感じさせられます。


生き残った3人を演じたのは、いわゆるビッグ・ネームの俳優ではありませんが、それぞれ感じのよい演技をしていました。中心人物となるドクを演じたライアン・フィリップはヒーロー扱いされてとまどっている普通の人、という役柄にぴったりだったと思います。また写真に写っていたなかで戦死した一人のマイク役のバリー・ペッパー(「25時」などに出演)も皆に慕われるリーダーを好演していました。なかでも胸を打つのはネイティヴ・アメリカンの血を引くアイラを演ずるアダム・ビーチで、彼の流す涙にもらい泣きした人も少なくないでしょう。来年のアカデミー賞候補になるのでは、と思っています。


戦闘時、帰国後、終戦後、そして現在、と4つの時間が交錯するために、特に最初のほうは物語を追うのに混乱するのと、終盤が少々長引かせすぎかな、というのが難ですが、終始ニュートラルな視点で戦争を見つめるイーストウッド監督の姿勢には感服します。このような内容の映画がいまのご時世でアメリカ資本で作られたことにも驚きですが、逆にこのようなスケールの作品はアメリカでしかできなかったでしょう。


硫黄島からの手紙 (特製BOX付 初回限定版)第2部の「硫黄島からの手紙」は、早くもLA批評家協会最優秀作品賞を受賞しました。渡辺謙、二宮和也、中村獅童ら日本人俳優が出演するこの作品は、「父親〜」とは逆の日本軍の立場から作られたものです。「父親〜」では、日本軍はほとんど具体的に登場せず、「匿名」と化した存在だっただけに、こちらの映画ではどのように扱われているか興味深いです。この作品も近々鑑賞予定ですので、感想をまたお伝えできれば、と思っています。


*「父親たちの星条旗 (特別版)」(5月3日発売)

*「硫黄島からの手紙 (特製BOX付 初回限定版)」(4月20日発売)



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2007年03月11日

フランス映画好きに捧げる非・フランス映画(3)ー「青の稲妻」

plasirs1.jpg昨今の映画界においても最も勢いがあるのは、おそらく中国でしょう。北京五輪に向けて急速に発展しつつある国の内情を反映するがごとく、新しいタイプの作品が次々と生み出され、世界各国の映画祭でノミネートされる数も少なくありません。日本でもおなじみのチャン・イーモウ(代表作:「初恋のきた道」「HERO」「LOVERS」など)や、チェン・カイコー(代表作:「さらば、わが愛-覇王別姫」「北京ヴァイオリン」「PROMISE」など)監督らは、「第五世代」と呼ばれ、すでに巨匠の風格が感じられますが、今回ご紹介する「青の稲妻」(2002)を制作したジャ・ジャンクー(賈樟柯)は、その後の「第六世代」に属する監督です。1970年生まれ、という若さでこれまでに撮影した長編作品はまだ5本であるにもかかわらず、ヨーロッパで非常に高く評価されており、今年のヴェネツィア映画祭では、最新作「三峡好人」が最高賞である金獅子賞を獲得しました。「青の稲妻」は3作目の長編にあたり、2002年のカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞しています。


Plaisirs2.jpgジャ・ジャンクー作品では、激変する中国社会に生きる若者たちがたびたび取り上げられていて、この作品の主人公シャオジイとビンビンもそうです。大同という地方都市に暮らし、北京へのあこがれを抱きつつもやはりこの土地を離れられない二人の顔にはなんと生気がないのでしょうか。職にもつかず行き当たりばったりにその日を暮らす彼らには、未来への期待も希望もあまり感じられません。都市が活気づき豊かになるなかで、「今」をただ生きるしかない若者たちの姿を象徴しているのが、この二人のうつろな眼差しなのです。二人を演ずるのは素人の役者なのですが、彼らを選んだ決め手となったのは、強い印象を与える彼らの目だったと監督はあるインタビューで語っています。


髪型や服装を気にしながら、煙草をひっきりなしに吹かし、ディスコに通ったりバイクを乗り回しては女の子を追っかける・・二人は最新の若者の姿であるといえるでしょうが、彼らの目は外の世界へは全く開かれていません。中国がWTOへ加盟したり、北京がオリンピック開催地に選ばれるというニュースにも無関心、おまけに1ドルの価値すら知らないのです。そのような国と個人のあり方のギャップをこの作品は暗に批判しているようにも見えます。そのためもあってか、ジャ・ジャンクー作品は長い間自国では上映禁止でした。


plaisirs3.jpg実はこの作品は北野武監督の映画プロダクションであるオフィス北野がサポートしています。かつてジャ・ジャンクーは「あの夏、いちばん静かな海。」に感動したそうで、彼の作品にも北野作品に通じるクールさが感じられます。一方で、映画終盤にはゴダールの「気狂いピエロ」のラストシーンを思わせる場面があるのですが、その後の展開はあまりにもお粗末で、二人はジャン=ポール・ベルモンド演ずるフェルディナンのようにカッコよく自分の生活にケリをつけることもできません。そのようにクールなまま映画を終わらせないこの若い監督のセンスに、これからも大いに期待したいです。


青の稲妻
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2007年03月02日

フランス映画好きに捧げる非・フランス映画(2)−「乙女の祈り」

ニュージーランド、というと皆さんはどんな印象をお持ちですか? 自然が豊かで、食べ物やワインがおいしくて、人々が大らかで・・と我々が勝手に健康的なイメージを抱いてしまうこの国で作られた、ちょっと風変わりな映画「乙女の祈り」(1994)をご紹介しましょう。


heavenly_creatures-1.jpg女子高生のポウリーンは、転校してきた魅力的な少女ジュリエットに好意を抱き、二人はすぐに意気投合します。空想好きな彼女たちは、共同で壮大な物語を考えだし、登場人物になりきるほど、深くのめりこんでいきます。二人のあまりにも親密な関係を心配したジュリエットの両親は二人の交際を禁じますが、それに憤った彼女たちは、憎むべき母親を亡きものにしようと計画を立てます・・


heavenly2.jpg1954年に起こった実話をもとにしたこの映画は、内容だけ聞くと陰惨に思えますが、実際の映像はとてもあっけらかんとしていて、ちょっと感じやすい女の子たちがキャーキャー騒いで冒険している青春映画と錯覚しそうなくらいです。けれども画面にあふれる鮮やかな色彩と明るさは、どこかクレイジーな一面を潜めていて、それが彼女たちの妄想シーンで一挙に炸裂するところが奇妙にも面白く、この映画の魅力となっています。


heavenly3.jpgこの作品を監督したのはピーター・ジャクソン。「ロード・オブ・ザ・リング」3部作や「キング・コング」で、今ではファンタジー系映画の大家となっていますが、ハリウッドに進出する前に母国のニュージーランドで作った映画にはこんなユニークなものがあるのです。またジュリエットを演ずるのは「タイタニック」(1997)でブレイクする前のケイト・ウィンスレット。すでにこの時点で大輪の花のような輝きを全身から放っています。


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2007年02月13日

フランス映画好きに捧げる非・フランス映画(1)ー「エレファント」

ガス・ヴァン・サント監督が2003年に発表した「エレファント」(注1)は、ここ数年観たなかで、最も印象深い映画です。


Alex.jpgアメリカの高校を舞台に、少年少女たち数名の1日がドキュメンタリー風に描かれます。登場する高校生たちは、部活に情熱を燃やしたり、恋愛とダイエットのことばかり考えていたり、家のことで悩んだり、授業中にいじめられたり様々(注2)ですが、ひどく変わった子が出てくるわけではなく、高校生活でよくある風景が静かに映し出されているように見えます。


少なくとも中盤までは。


girls.jpg静けさを保ちつつも映像が行き着く最後のシーンを、のどかそうな空が映し出される冒頭の時点ではよもや想像することはできないでしょう。それまで私たちが好感をもったり、反感を感じたりした高校生たちが、すべてひとつの事件に、いわば「対等に」巻き込まれ、それぞれの行く末をたどっていく図を見せつけられると、やるせない気分にさせられ、どうしても「不条理」という言葉が頭をよぎります。


観終わったあとでは、この映画がアメリカの高校で実際に起こったある悲惨な事件を題材にしていることがわかるでしょう。けれども作品自体はあくまでも「フィクション」という立場で、特定の高校を名指ししているわけではなく、高校生たちのほとんどはファーストネームのみ、ナレーションも解説も何もありません。一方で、ありふれた日常の場は、ある時突然に、非日常的な空間へと変わってしまい、平々凡々と暮らす私たち誰にでもその体験の可能性がいくらでもあるのだ、という事実を、この極端に寡黙な映像は強く語りかけてくるのです。


john.jpg同じテーマを扱った映画にマイケル・ムーア監督(注3)の「ボウリング・フォー・コロンバイン」があります。こちらは真正面からこの事件に取り組み、現場や関係者を自ら取材したドキュメンタリーです。しかし、彼独自の考え方に貫かれたその編集方法は、この映画を「ドキュメンタリー」という枠からはみださせるほどで、「エレファント」の対極にある「饒舌な」作品といえるでしょう。


注1:2003年度のカンヌ映画祭に出品されたこの作品は、パルム・ドールとグランプリを同時に受賞しました。監督のガス・ヴァン・サントの作品には、ほかに「ドラッグストア・カウボーイ」(1989)、「マイ・プライベート・アイダホ」(1991)、「グッドウィル・ハンティング」(1997)などがあります。

注2:高校生役で出演した若者たちは、ほとんどが演技経験の少ない素人で、それだけに作品中で彼らが交わしている何気ない会話には、非常にリアルなものが感じられます。

注3:ムーア監督の「華氏911」は、「エレファント」がパルム・ドールに輝いたカンヌで、翌年同賞を受賞しました。


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2007年01月31日

音楽で観る映画 − 番外編

cyclo.jpg映画に使われていた音楽が、その映画と同じくらい、あるいはそれ以上に強い印象を与えた、というご経験はないでしょうか。


ある時。ベトナムに暮らす貧しい姉弟の悲劇を描いたある映画を観ていると、これから身を売ろうとする姉が客を待っているディスコで、英語の曲がかかっていました。切ないメロディーとヴォーカル、そしてその甘さを切り裂くような激しいギターのカッティングがときおり響くその曲は、その映画が当時まだよく知らなかったトラン・アン・ユン監督の「シクロ」という作品であることがわかっても、誰の何の曲なのかわからぬままでした。


またある時。キャメロン・クロウ監督の「バニラ・スカイ」の冒頭で主演のトム・クルーズが目覚める場面で、"Open your eyes" というフレーズとともに不思議な曲が流れてきました。その直後に続く誰もいないニューヨークの街を映した非現実的な場面とともに、(映画自体はそれほど面白いとは思わなかったけれども)この音楽は記憶に強く残りました。しかしこの曲はオリジナルサントラだと思っていたので、あえて深く作曲者だとかを追求することはありませんでした。


そしてまたある時。村上春樹の『海辺のカフカ』を読んだ後で、カフカ少年が闇の中で聴いていた音楽が知りたくなり、この実在するロック・グループのアルバムを探しだしてプレーヤーにかけたとき、スピーカーから流れてきた最初の音は、「バニラ・スカイ」のあの曲でした。そしてどんどんこのバンドの曲を聴いていくうちに、「シクロ」で気になっていた曲が、彼らの大ヒット曲 "Creep" であることもわかったのです。


KidA.jpgイギリスのロックに詳しい方なら、彼らとは現在イギリスで最も実力あるバンドのひとつ、 Radiohead のことだとすぐおわかりでしょう。私は10代の頃からUK音楽に親しんできましたが、このバンドがメジャーになりはじめた1992〜3年頃は、ちょうど新しい音楽をほとんど聴かなかった時期にあたり、(名前ぐらいは聞いたことがあったけれど)彼らのこと、つまり "Creep" で一挙にブレイクし、逆にそのための重圧に押しつぶされそうになりながら、"OK Computer"、"Kid A"(注1)といった90年代のロック史に不可欠なアルバムを苦しみつつ発表しつづけてきたということ、など全く知りませんでした。


その後彼らの曲やこれまでの歩みを知るにつれて、レディオヘッドは自分にとってとても重要な存在となりました。聴くたびに胸を打たれる美しく重みのある旋律と歌詞、常に実験精神を忘れない姿勢、ヴォーカルのトム・ヨークをはじめメンバーの人となり、など彼らの魅力を語れば切りがないですが、音楽的な情報源とは別なところから知ったこともあり、ほかの好きな人々とは違う特異な位置を占めるようになりました。彼らの曲を聴くときは、しばしばその曲が引用された映画(注2)や小説、また彼らがコラボレートしたアーティストたちの作品が浮かんできます。つまり、私にとってレディオヘッドの音楽は、分野を問わず他の作品やアーティストへとつながる中継地のような存在でもあるのです。


sixdays.jpgさて先日、今年のサマーソニック出演者の紹介番組を見ていたら、気怠くてどこか懐かしい感じのする音が、おそらく中国人と思われるカップルを扱った退廃的な映像とともに流れてきました。それは DJ Shadow の "Six Days" という曲で、もう4年も前のものでした。そのプロモーション・ヴィデオ(PV)が何だかウォン・カーウァイみたい、と思って調べてみたら本当に彼が監督したものでした(注3)。DJ Shadow は、U.N.C.L.E. という別のユニットでも活動していることもわかったのですが、その U.N.C.L.E. の PV をすでに1年ほど前にジョナサン・グレイザーという映像作家の作品集で観たことがあり、それは実はトム・ヨークと共作した曲のものだったのです。そしてその PV に登場する、車にはねとばされながらも歩き続ける強烈な人物を演じていたのは、「汚れた血」のドニ・ラヴァン。うーん、レディオヘッドはいろんな所へつながっている・・



注1:写真中。村上春樹さんはカフカ少年が聴いていたのはおそらくこのアルバムだと述べています。


注2:最近のフランス映画では、cyberbloom さんのエントリーでも扱われていたセドリック・クラピッシュ監督の「スパニッシュ・アパートメント」で "No Surprises" が聴けます。


注3:カップルの男性を演じているのは、「ブエノスアイレス」の旅する美青年役が印象深いチャン・チェン。



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「小説バトン-キャベツ頭の男・番外編」(01/30)
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2006年12月29日

2006年の3点(映画編)

早いもので、今回が今年最後のエントリーです。そこでこの年末年始の投稿数回では2006年のベスト3を考えてみたいと思います。といっても、今年は時間的な余裕にあまり恵まれず、映画も本も思うように楽しむことができませんでした(Pstさんには及ばないけれど、ワインだけは結構飲みました)。でも少ないなりに心に残るものはやっぱりいくつか出てきますね。このエントリーでは今年何らかの形で発表・発売されたものに絞って選んでみます。


broken-flowers-0.jpg1 ブロークン・フラワーズ(ジム・ジャームッシュ、アメリカ)
 
FBNでもご紹介した久々のジャームッシュの新作は、クールで、チャーミングで、そしてどこかヌケたところがホッとさせてくれる映画でした。殺伐とした内容の映画が多かった中、こういう作品が観られたことが嬉しい。もう一度観たいなあ。


iwojima3.jpg2 硫黄島からの手紙(クリント・イーストウッド、アメリカ)

前回ご紹介した「父親たちの星条旗」と二部作を成す作品で、ほとんどが日本人キャストなのですが、「父親〜」よりもイーストウッドらしさを感じました。戦争という重く深いテーマを、情に流されることなく、常にニュートラルな視線でドライに描ききる監督の力量が今回も遺憾なく発揮されています。渡辺謙をはじめ、俳優たちの演技にも誠実さが感じられます。


historyof.jpg3 ヒストリー・オブ・バイオレンス(デヴィッド・クローネンバーグ、アメリカ/カナダ)

昨年のカンヌ映画祭に出品されて高く評価されていた作品で、文字通り「暴力」がひとつの幸福な家庭を崩壊させる物語。「ロード・オブ・ザ・リング」のアラゴルン役だったヴィゴ・モーテンセンの新たな一面が見られます。悲惨な話なのに、どこか笑える要素も含まれている、不思議な味わいの映画です。


来年は、もう少し落ち着いて映画を観られたらなあと思っています。それにフランス映画ももっとご紹介できるようにならねば! それでは、皆様どうぞよいお年を。


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2006年11月23日

天空の草原のナンサ

lechienjaune.jpg今回はモンゴルに暮らす子供を主人公にした映画「天空の草原のナンサ」(ビャンバスレン・ダバー監督作品)をご紹介します。


町に住んで小学校に通っていた6歳の少女ナンサが、家族が暮らす草原に帰ってくるところから物語は始まります。ある日ナンサは、ほら穴で一匹の子犬を見つけて連れて帰り、「ツォーホル」と名付けてかわいがります。しかしお父さんは飼うことを強く反対して、彼女に捨ててくるように命じます・・


ストーリーはたいへん素朴ですが、これがモンゴルの広大な自然をバックにゆったりと語られるところにこの映画のよさがあります。さまざまな色合いの、自然の緑や空の青と、ナンサ一家が身にまとう衣装や彼らが生活するゲル(移動式住居)の内部にあふれる鮮やかな色彩が画面のなかで絶妙に調和し、日本や欧米の映画には見られない情緒を生み出しています。


Nansa2.jpg子供と犬を扱った映画はこれまでにも数々作られてきました。そういった作品のなかには、妙にセンチな路線に走りすぎて嫌みな感じになっているものがありますが、この映画でナンサとツォーホルへ向けられる視線は、常に優しく静かであり、演出も非常に抑制されたものです。実はナンサ家族を演ずるのは、素人の遊牧民一家で、「演技している」ということを忘れてしまいそうになるくらい、彼らのたたずまいは自然です。


終始穏やかに話は進みますが、一方で捨て犬が増えてオオカミ化し、遊牧生活をおびやかしていること、お父さんも町で働こうかと考えていることなど、遊牧民が抱える現実の問題も端々に語られています。実際にモンゴルでは遊牧民がだんだん町に移り住むようになり、ゲルで暮らす人々は少なくなってきているそうです。町の生活も知っているナンサが、儀式や迷信や伝説(この映画の原題になっている『黄色い犬の洞穴』の話もそのひとつです)に取り巻かれた草原での生活に、疑問を感じる日はやがて来るのかもしれません・・


Nansa3.jpgところで、この映画は第58回カンヌ映画祭でパルム・ドールならぬ「パルム・ドッグ」賞を受賞しました。この賞はその名の通り、印象的な犬が登場した映画に贈られるものです(ちなみに今年の「パルム・ドッグ」は「マリー・アントワネット」のパグ犬 Mops に与えられました)。ツォーホル君のかわいいブチ模様や人なつこい仕草は実に微笑ましく、雑種犬好きにはたまらない映画です。


■DVD「天空の草原のナンサ」(デラックス版)


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2006年08月01日

Brokeback Mountain(ブロークバック・マウンテン)

ブロークバック・マウンテンどうも日本男児は腰が引けているのではないか−映画館に入った瞬間にそう思ってしまった。

確かにそれはレディースディだった。確かにゲイのカウボーイ映画という評判が先行したからかもしれない。ついでに言うなら主演の二人も若いイケメンだった。それでも日本男児よ、そんなことでいいのか。見かけた男性観客と言えば初老の夫婦者らしきひとりだけ。あとは全員女、女、女。しかしゲイ、ヘテロそんなことに関係なく、久しぶりにラブ・ストーリーの佳作だったというのに。そう、愛とは痛いものなのだと認識させられる映画である。
 
筋はきわめてシンプルだ。20歳のイニスとジャックの二人はひと夏を山で家畜の番をする仕事につく。過酷だが美しい自然の中、邪魔するものは何もない山中に二人だけ。ごく自然に二人の距離は縮まりふとしたことから身体を求め合う。山の静けさに裸でじゃれあう二人を望遠鏡で見つめる雇い主。二人は予定より早く任を解かれ山を降りる。

それまでは単なる何の娯楽もない山の上での慰みと思っていた関係。それがポンコツ車でジャックが去った後、突然襲ってくる激しい痛みと吐き気にイニスは身体を二つ折りに苦しむ。

それから数年、イニスはいいなづけと結婚、二人の娘をもうけ苦しい家計ながらなんとか平安に暮らしているが、ジャックからの会いに行くという葉書が。待ちきれずにビールをたてつづけにあおるイニス。現れたジャックを引き寄せて交わした激しいキスを妻アルマに見られてしまう。

妻との不和、離婚を経て出会いから20年間、二人はつかの間の逢瀬を何度か重ねるが、牧場を買って一緒に暮らしたいと望むジャックにイニスはかつてひどいリンチを受け、殺されたゲイカップルの話を持ち出して拒否する。隠れて会う以外にないーと。喧嘩別れしてしばらくたったある日、思わぬ葉書がイニスのもとに・・・

生い立ちも相まって昔かたぎのイニスはジャックに惹かれる自分を受け入れられずに苦悩する。自分の性的嗜好を認めて拘らないジャックとは対照的だ。そのために家庭も男としての誇りも傷つけられ、「俺たちにはブロークバックマウンテンでの思い出しかない」と責めるジャックに「お前のせいで俺はこんな負け犬になってしまった」と叫ぶ。

ジャックを演じたジェイク・ギレンホールの青い目の演技には男も女もぞくぞくさせられる。この人はいつもひたむきな役が良く似合う。男に夫を奪われる妻の苦悩を、生活に疲れた顔ににじませたミシェル・ウィリアムズのアカデミー助演女優賞ノミネートというのもよくわかる。何より今まで息子役(パトリオットでメル・ギブソンの、チョコレートではビリー・ボブ・ソーントンの)を演じてきたヒース・レジャーの、初めての父親としての、大人の男としての身体の演技が素晴らしい。さびれたダイナーでパイをつつく丸めた肩のなんともいえないわびしさ。娘の忘れていった服を丁寧にたたんで残り香を嗅ぐしぐさからにじみ出る娘への愛情。ジャックと別れて思わず地面に崩れ落ちるその身体。屈強だからこそもろい、もろいから敢えてタフに振舞う。どうしても器用に生きられない不器用な男の悲劇。

ラストシーンが印象深い。ジャックが実家で彼のシャツに密かに重ねて隠していた自分のシャツを貰い受けたイニスが、今度は自分の衣装入れにブロークバックマウンテンの葉書を貼り、その下にかけた二枚のシャツにそっと呟く。

「誓うよ、ジャック・・・」

そう。真実の愛とはひどく痛いものなのだ。突然奪われると頭よりも身体の方が先に反応するものなのだ。そしてその思い出があれば一生生きていけるものなのだ。別れただの、会えなくて寂しいだのと泣き言をいえるくらいなら、そんなものは愛じゃないのだーなんてそんなことを言ってしまうほど、二人の愛が切ない。そしてそれを認めず、抹殺しようとする社会の狭量さ。カウボーイというアメリカの男の代表にゲイというタブーを持ってきたアン・リー監督の挑戦と、二人の愛を永遠にした美しい山の自然に敬意を表したい。もしこれがもっと成熟した社会でなら、ことは違ってくるのだろうか・・・? 同性結婚もOKな国も出てきたことだし。

□アメリカ映画 アン・リー監督作品 「ブロークバック・マウンテン」(DVDは9・25発売、予約受付中) 2005年度アカデミー監督賞受賞作


BY 黒カナリア

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2006年07月31日

THE SWEET HEREAFTER

スウィート ヒアアフター デラックス版一筋縄ではいかない映画である。というか、わからない−当事者でない自分にはわからないということがわかればいい映画なのかもしれない。
 
舞台はカナダ。ブリティッシュ・コロンビア州の小さな田舎町。そこで起きたスクールバスの事故(バスの運転手も被害者も全て町の住人という共同体の中での悲劇)を巡って、訴訟弁護士と事故で生き残った少女の視点を借りて事故の前と後の町の人々を描いた作品だ。
 
わからないーというのはわざとわからないように作られているからということもある。大体オープニングミュージックが終わるといきなり洗車場の洗車マシーンのどアップなのが面喰う。有無を言わさずガシガシ回る機械の巨大なブラシと洗剤の泡。その中の小男は洗車中の車に閉じ込められていて携帯もまともに通じない。一方的に娘に責められて電話を切られる。見る側には一体なんの映画だかわからない。

次に切り替わったシーンでは野外ステージで歌う美少女とそれを見守る男性の姿があり、前のシーンとのつながりも一切説明されない。
 
しばらく見ているとやっと映画の中で三つの時間が流れていて、弁護士が娘に請われて機上にいる現在−97年。二つ目が弁護士が事故の責任の所在を問う訴訟を起こそうとしている事故の後−95年。最後が事故の前日から事故の瞬間までとなっていることがわかってくる。
 
この三つの時間の流れが交差し、事故で亡くなった子供たちの親の苦悩、怒り、悲しみ、罪の意識が淡々と描かれる。弁護士は自身も麻薬中毒の娘との関係に悩み、親たちの苦悩を理解しつつも一方で彼らのやり場のない怒りの矛先を、賠償金をとれる企業に向けさせるいやらしさを見せる。
 
この映画が奇麗事に終わらないのは町の人々が悲劇を強調しようと理想化されていない点だ。あるものは隣人と不倫中だし、あるものは借金漬け。田舎町特有のうっとおしいまでの濃密な、でも決して親密ではない共同体らしくゴシップは筒抜けだ。美しい歌声の少女は父親と近親相姦関係にある。

事故の後、どんな共同体にもあるこういった隠れた齟齬や傷、罪といったものが生々しくむき出しになる。ごく当たり前に出かけた子供たちが突然奪われた後、人はどんな風に感じ、どう生きていくのか。共同体は再生できるのか。この映画は答えを出さない。当事者にしかそれはわからないのだと繰り返す。生き残ったが足の自由を奪われた少女は、訴訟を望む父と急速に気持ちが乖離していく。奪われた命と夢の代わりに金? しかし自分は事故前から父に人生を壊されていたのではないのか?

双子を失った不倫中の男は訴訟に反対する。これ以上共同体を壊すつもりか−と。彼と少女が交わす一瞬の目の会話。ぼんやり見ていると気付かないようなシーンが後で効いてくる。

訴訟を起こすか起こさないかの重要な証人として彼女は最後に何を語るのか。父親を凝視しながらの証言は淡々としたこの作品の山場である。

死ぬまでにしたい10のこと」のサラ・ポーリーのブレイク前の、少女と女の間のなんともいえない透明感のある美しさを見るのもいい。英国俳優イアン・ホルムの弁護士が見せる人間の多面性も。

強いて感傷的にならないように距離をおいて作られた映画の中で、逝った子供たちをハーメルンの笛吹きになぞらえて、「なんとも不思議なすばらしいところ」に行ったと繰り返すのが、唯一せつなく、優しい。

アカデミーはそもそもアメリカ映画のための賞なのだからか、ノミネートに終わっているが、審査員グランプリを与えたところがカンヌ国際映画祭の懐の深さというべきか。エゴヤン、あなどれない。

■FILM INFO:「スウィート ヒアアフター」 カナダ映画 アトム・エゴヤン監督 97年カンヌ映画祭審査員グランプリ アカデミー賞監督賞・脚本賞ノミネート作品

スウィート ヒアアフター デラックス版
ジェネオン エンタテインメント (2004/04/23)
売り上げランキング: 25,572
おすすめ度の平均: 4.5
4 人間の複雑さ
5 町のことは町の人間が決めていく。それが掟。
4 人間にとって幸福とは?を考えさせられる悲劇。


by 黒カナリア

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posted by cyberbloom at 23:36| パリ ????| Comment(0) | TrackBack(1) | その他のお薦め映画

2006年07月24日

「ブロークン・フラワーズ」ジム・ジャームッシュ

brokenflowers01.jpg昨年のカンヌ映画祭で高く評価され、グランプリを獲得したジム・ジャームッシュ監督の「ブロークン・フラワーズ」を観ました。

若い頃、女性関係が絶えなかったドン(ビル・マーレイ)のもとに、ある日「あなたには19歳の息子がいる」という内容の無記名の手紙が届きます。半信半疑のドンは、世話好きな隣人ウィンストン(ジェフリー・ライト)の言葉に乗せられて、いやいやながら可能性のある4人の元恋人を訪ねます。久々に会う彼女たち ー ローラ(シャロン・ストーン)、ドーラ(フランセス・コンロイ)、カルメン(ジェシカ・ラング)、ペニー(ティルダ・スウィントン) ー は何も関係ないようにも見えるし、何かを隠しているようにも見える・・・結局何も明らかにならぬままドンの旅は続きます。

今回の作品でまず目に留まるのは「ピンク色」。ピンク色のレターセットにしたためられた冒頭の手紙を皮切りに、ドンが訪れる女性たちのまわりにはピンク色があふれ、この従来のジャームッシュらしからぬ色使いがミステリー仕立ての物語を盛り上げます。

けれどもこの映画でいちばん面白いのは「謎解き」よりも、ドンとさまざまな人々がかわすやりとりです。「言葉」と「言葉」の掛け合いだけでなく、その「言葉」が途切れたときに生まれる「間」のおかしみが楽しい! ジャームッシュ監督の沈黙の描写のうまさは、処女作「パーマネント・バケーション」から変わっていません。

そのジャームッシュ節に、俳優陣たちが味のある演技で見事に応えています。ビル・マーレイの飄々としたふるまいと、元恋人を演ずる女優たちのアクの強さの対比が何ともいえません。特に印象に残るのは最初に登場するシャロン・ストーン。セクシー路線の彼女とはちょっと違う、屈託のない、のびのびした姿が見ていて快いです。ジュリー・デルピー(ちょっと老けちゃいましたけど・・)やティルダ・スウィントン(かなりの変身っぷり)といった自分好みの女優さんも出ているのも嬉しい。そのほかクロエ・セヴィニー(怪しげなところがナイス)をはじめ、脇役の俳優さんたちもいい感じです。

さて、ネタバレはあまりしないでおこうと思うのですが、この映画には最後に気の利いたオチがあります。どんなオチなのかはお楽しみ。さらに、それにはもうひとつ隠れたオチがあるので、これからご覧になる方は、エンド・クレジットまでぜひお見逃しなく!

「ブロークン・フラワーズ」日本公式サイト


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posted by cyberbloom at 22:41| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | その他のお薦め映画