2008年03月25日

フランスのアニメ

先日、某大学でフランス人アニメーターの講演があり、その通訳を務めた。通訳といっても、ほとんどの時間は彼の自作と他のフランス人による短篇アニメの上映にあてられたので、実際には作品紹介と最後の質疑応答の手助けをしたにすぎない。あとは一緒に座って作品を見ていた。
 
ジェロームという名前の30代のアニメーターは、3Dのコンピューター・グラフィックの短篇アニメを3本制作してきた(ちなみにフランス語では3Dのことを synthèse d'images と言う)。現在はアルテ・フランスの出資で初の長篇を制作中とのことだ。講演があった大学は、CGによるアニメ制作科を設置しており、学生の興味を惹くように、彼はフランスのアニメーター養成過程についても解説し、講演の後半では学生による卒業制作を上映した。これが大変レベルが高く、驚いた。なかには、フランスにいるときに、どこかで見た覚えのある作品も混じっていた。
 
フランスは、日本、アメリカに次ぐアニメ大国である、とジェロームは言う。消費者としてもそうだが、制作者としても、数こそ少ないが、70年代の『ファンタスティック・プラネット』から、2002年の大ヒット作『ベルヴィル・ランデブー』まで、個性的な作品を世に送り続けている。それを支えているのが、規模は小さいが良質な専門学校の存在である。
 
ベルヴィル・ランデブー ヤン・シュヴァンクマイエル ファウスト  ヤン・シュヴァンクマイエル アリス

たとえば、南仏の片田舎にあるシュパンフォコム Supinfocom という学校では、最後の2年で短篇を一つ制作する。最初にシナリオのコンペがあり、教授に選ばれた学生を中心に34人のチームを作り、コンピューターを用いて、作品を練り上げていく。卒業生は、特殊効果のエンジニアや広告を手がけるなど、すぐに商業的な現場で活躍するのが普通らしい。これに対して、パリにある国立高等装飾芸術学校のアニメ科では、手描きアニメが中心で、画家や彫刻家を志す人が、一種の修行としてアニメに挑戦する傾向があるという。内容も個人的なものが多く、詩的な味わいのある作品が生み出されている。また別の学校では、すでにアニメーターとしての経験を積んだ人を集めて、資金集めやスタッフ管理などの実務も含めて、監督として独り立ちするのに必要なノウハウを教える。このように、フランスも、韓国ほどではないかもしれないが、アニメ制作者の養成に力を入れている。 

僕は日本のセル画アニメよりも、チェコでよく作られるような人形アニメが好きで、一時はイジィ・トルンカやイジィ・ヴァルダ、『パット&マット』などをよく見に通った。もちろん、ヤン・シュヴァンクマイエルも忘れてはならない。『アリス』に出てくる剥製のウサギが自分の腹におがくずを詰め直す場面や、『ファウスト』で悪魔を呼び出しては追い返す場面など、今でもときどき思い出して笑ってしまう。
 
また、ロシアのユーリ・ノルシュテインの作品も忘れがたい。『話の話』は、何度見ても胸が痛んだ。こちらは手描きアニメの最高峰だ。芭蕉の連句集を、日本人を中心とする世界中のアニメーター36人で映像化した『冬の日』で、ノルシュテインは久しぶりに新作を披露してくれたが、蕪村の『奥の細道絵巻』からインスピレーションを受けた映像は、他の誰よりも俳味をもっていた。会場に来ていたある日本人アニメーターと講演後に雑談していたときも、彼は「シュヴァンクマイエルとノルシュテイン、この二人はとにかく別格なんです」と言っていた。
 
フランスのアニメは、短篇がほとんどなため、なかなか興行的な成功を得ることができない。また、セリフに重きを置く伝統があるため、外国で認められにくい、という指摘もある。日本のアニメは何よりもシナリオが良いので、長篇にしても鑑賞に堪えられるが、映像的な冒険と長篇とは両立しにくい。去年発表された全編白黒の3Dアニメ『ルネッサンス』は、その点で冒険作と言えるだろう。ただ、まさに日本アニメを見慣れた者の目からすれば、シナリオがまだ弱い印象を受けた。
 
アニメの表現は、一方でリアリティの追求であり、他方で実写には不可能なノン=リアリティの追求でもある。表現の可能性の二つの極の間で、アニメは模索する。しかし、考えてみれば、それは小説から映画に至るまで、人間が想像力を使って何かを生み出すときに、常につきまとってきた問題だ。アニメは、その探究の新参者であるにすぎない。3D映像の可能性については、ゲームがものすごい勢いで開拓し、それが映画の特殊効果にも還元されている。アニメは、今後映画とゲームを気にしつつ、どのような独自性を出すことができるのだろうか。通訳をしながら、そんなことも考えさせられた一日だった。




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2007年04月12日

箸とバゲット(Gaspard et Lisa au Japon)

lisaaujapon01.jpgリサ一家とガスパールが日本にやってきました。

ほのぼのと可愛らしい出来事に和みつつ、逆に軽いカルチャーショックを受けるという忙しい読書でした。

ぜんぜんわからない日本語の文字、靴を脱ぐ事、地べたで寝る事(ふとん)、お弁当…。かなり無意識な日常の習慣や物なので、リサとガスパールのフィルターを通してみて、それが当たり前のことではなかったんだ、と気づかされたり。

(リサの)ママが「触っちゃダメよ 」と言ったのに、リサとガスパールは、ウォシュレットの操作ボタンをいたずらしてしまったり、箸をうまく使えなかったり(でも、楽しそう)、大きすぎるスリッパをはいて歩きにくかったり、と、「彼らは6歳の子どもだったんだよな」と再認識しつつ、フランス語に苦戦しながらも可愛らしいエピソードに頬が緩んでしまいました。ウォシュレットは自分も使った事がないので先を越されました(笑)

お弁当を食べるシーンで、「箸」にあたるフランス語が、「baguette(s)」。後で辞書をひいたら、棒(英語のstick)や杖の意がある言葉ってことはすぐにわかるんですが、「baguette」って、パンのことじゃないの?という先入観で読んでしまったために、弁当でパン?でも絵にはパンなんて描かれてないし…。と混乱してしまいました。「棒状で日本でフランスパンとして売られているもの」がバゲット、と辞書に書いてありました。

そして、リサたちを案内してくれる日本人「M.Fukushima」。最初、「M.」は名前かと思ったけれど、「Monsieur」の事だと気づくのに時間がかかった(遅すぎ!)。直訳して、「フクシマさん」。

彼はお寺を観光中に、大きすぎるスリッパをはいて歩きにくく、パパとママのように速く歩けないリサとガスパールが、迷子にならにように待っててくれます。境内の小道を移動中、その大きすぎるスリッパのせいで、ガズパールが足を取られ、リサとガスパール二人で彼を巻き込みながら転んでしまい、彼は怪我をしてしまいます。

お寺の観光の翌日、フクシマさんは足にギプスをはめてみんなの前に表れるのですが、彼はその怪我がリサとガスパールのせいだとパパとママには言わず、二人には目配せしながら「大丈夫だよ」と気遣います。

さらに、二人はフクシマさんのギプスに絵を描いてあげるのですが、彼は「とってもすてきな絵だから、ギプスを取るのがさびしいな」と言います。

(訳は正確ではないと思いますが、だいたいこんな意味だろうと思います。)

気配り上手でとってもやさしい人です。

なんていい人だ!と思いながら、ギプスをはめてみんなの前に表れたシーンで、はたと、こんな状態で仕事に出てくるのって万国共通なのか、日本人だけなのか、すこし首を傾げてしまいました。

ついでに、フクシマさんの風貌は、眼鏡をかけてカメラを携えているのですが、日本人のイメージとしての「眼鏡」と「カメラ」は万国共通なんだろうか…?

フクシマさんのギプスに、リサがサイン(?)を残していますが、なんと、カタカナで「リサ」。エピソードの中に、プレゼントで名前(日本語)入りのスカーフをもらうところがあり、リサはきっとそこで覚えたのでしょうが、子どもの柔軟性や、もしかしたら、フクシマさんが読めるようにという気遣いだったのかも、なんて想像をしてみるのでした。

以前、「ポネット」のワンシーンでもあったのですが、フランスではギプスに落書きをするのはお約束なのでしょうか???


GASPARD ET LISA AU JAPON(「リサとガスパールにほんへいく」(日本語訳は先月発売されたばかり)

☆関連エントリー
「ガスパール こいぬをかう」
「リサとガスパール-La jalousie de Gaspard 」


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2007年04月11日

リサとガスパール(2)-「ガスパール こいぬをかう」

ガスパール こいぬをかう私が初めて「リサとガスパール」に出会ったのはおよそ2年前。地元のとある雑貨店で、ウサギか犬だかはっきりしないモコっとした生き物のグッズを発見し、その癒しっぷりに卒倒。あの焦点の定まらないぐるぐる黒目に吸い寄せられ、すぐさま虜になってしまった事をつい昨日のように思い出す。

それから少し後、友達に「リサとガスパール」の絵本原画展に誘われ、絵本としてのリサガスに出会った。何と愛らしいベタ塗り仕様か。これぞまさに夢の絵だと、新鮮な感銘を受けた。可愛いものは、やはり可愛い。五味太郎氏の「きんぎょが にげた」を私の絵本における第1次ブームとすると、リサガスこそ第二次ブームの座に輝くことうけあいだ。

私の大好きなシーンは「ガスパール こいぬをかう」のラストで、寝転んだガスパールが沢山の子犬にかこまれているところだ。自分も犬みたいなくせに子犬を飼うなんてあんた!しかもじゃれあっている!とツボを突かれた。それに何とも綺麗な青を使ってくる。こういったキャラクターの可愛らしさとストーリーのほのぼのさ、それに陽気で自由な色使いの組み合わせという、ベタながらもきちんとストライクゾーンに入れてくる仕事が、大ヒットへの道を切り開いたのだろう。

リサとガスパール、二人のかもし出す温かさによって、一体何人の人がほんわかとした気持ちになっただろうか。私も実際、受験でピリピリしたときは何度も助けられた。神経質になっている私は、絵本コーナーで簡単に感涙したあと、いささか爽やかな気持ちで空気のよどんだ参考書コーナーへと進むのだ。当然のごとく現実という天敵にわき腹を突かれ、すぐに私はげんなりとなってしまうが、それでも今は淡い思い出だ。何はともあれ、今でも時々応援隊として駆けつけてもらっている、私の本棚に住む二匹の可愛い生き物に、心から感謝している。

■ちょっと解説:リサとガスパールは、鮮やかな色彩の絵の具を使ったのびのびと温かいタッチと、ユニークな物語が組み合わさって描かれた絵本シリーズ。児童書のデザイナーだったアン・グッドマンと画家ゲオルグ・ハンスレーベンが出会い、1999年に「リサ ひこうきにのる」がフランスで出版された。現在までに21冊以上のシリーズを手掛け、日本では19冊が翻訳されている。赤いマフラーをしている白いリサは女の子で、青いマフラーをしている黒いガスパールは男の子。二人は一見ウサギか犬のように見えるが、実は空想上の生き物で、悩み事があると相談しあう仲良し。彼らも彼らの家族も普通に人間と生活している。


★関連エントリー「リサとガスパール-La Jalousie de Gaspard


Y・T(K大D学部)
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2007年01月09日

リサとガスパール-La jalousie de Gaspard

lisagaspard01.jpgリサがお誕生日にローラーブレードをもらったことが悔しくて、ガスパールはこっそりリサのローラーブレードを隠してしまいます。そしてガスパールの誕生日(リサ誕生日の一週間後(la semaine juste après)。彼はプレゼントに同じローラーブレードをもらって、一人で思う存分遊ぶのですが、やっぱり一人じゃつまんなくて、リサにローラーブレードをこっそり返します。そして二人で一緒に遊びました、というお話。(かなりざっくりですし、正確でないかも)

「ガスパールのやきもち」と普通に訳していたら、日本語版タイトルは、「リサとガスパールのローラーブレード」でした。知らなかったのですが、電動式なんですね。
子どもって自分の気持ちや欲求にこんなにストレートだったっけ?と、半ば観察しながら読みました。

最初にリサとガスパールを見たとき、これは犬?うさぎ?とか、口が描かれていないようだけど、どうやって会話してんの?とか考えましたが、楽しくないので、やめました(笑)
こってり厚塗りな感じの絵も、最初はとっつきにくかったのですが、見ているうちに絵の中の背景や小道具、構図、陰影、色彩のバランスなど、実は隅々まで芸が細かいことに気づき、今は大好きです。
そして、このお話の中では「サクレ・クール寺院」が出てきます。他のお話でも、パリの町並みや名所が出てきます。

リサは好奇心旺盛で活発な女の子、ガスパールはおっちょこちょいでちょっぴりナイーブな男の子。彼らは人間の年齢で言うと6歳くらい。読み書きができて、いたずらのできる年齢だからということです。

6歳の頃なんて遥か彼方なので、思い出せることなんてほとんどないですが、自分より大きな物がたくさんあったように思います。
本棚も、ドアノブも、ひまわりも、お母さんも、目一杯見上げていたような気がします。大人になると成長どころか、年齢と体重しか増えません(泣)

絵本って、言葉がわからなくても引き込まれる魅力と、あることないこと考えたりする楽しみがあると思います。
そして対象年齢が子どもなので、子どもの時の感覚ってどうだったっけ?と軽い記憶喪失状態を味わいつつ、原文でストーリーをイメージしながら読むのはけっこうエネルギー使いますね。 

リサとガスパールのローラーブレード
グットマン&ハレンスレーベン
ブロンズ新社 (2001/01)
売り上げランキング: 34,635

■ちょっと解説:作者のアン・グットマン&ゲオルグ・ハレンスレーベン夫妻の、アン・グットマンさんはフランス・パリ生まれのフランス人。ゲオルグさんとはパリで知り合って結婚したそうです。夫妻はフランス在住。お話はアンさん、絵はゲオルグさんという分担です。

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2006年12月07日

CAHIERS DU CINEMA 宮崎吾朗インタビュー(2)

cahirs616.gif―スタジオ・ジブリの偉大な戦略家、鈴木プロデューサーとのやりとりや対話はどんな感じだったのですか。
宮崎吾朗:私にとって映画を撮ることは初めてで、私は鈴木さんの誘いに応えました。私には具体的な経験がなかったので、具体的な問題があるといつも彼に聞きました。彼は各段階をどのように踏んでいくかを説明してくれました。彼がいなかったら映画を撮れなかったでしょう。彼がいなかったら、映画を撮るという具体的なイメージすら持つことができなかったでしょう。しかしながら、撮影のプランに関しては、私と父の作品には重要な違いがあります。父の映画では、主観的なカメラ(=視線)が物語の構成において重要な役割を果たしていますが、「ゲド戦記」では、私は決して登場人物たちの視点には立たずに、2、3メートル離れた位置にいました。しばしば後ろから、ときには前からといったふうに。

―押井守さんはあなたの映画を擁護しています。あなたとあなたのお父さんとの対立について「創造は対立から生まれる」と強調しています。
宮崎吾朗:押井さんの映画は私の人生の一時期、重要なものでした。私は大きな影響を受けました。今は全くそうではありませんが。宮崎駿と高畑勲は日本の現代アニメのパイオニアですが、押井さんはその次の世代の代表者です。スタジオ・ジブリと競合し、ライバルになりました。「ゲド戦記」は私の世代の他の監督たちへのメッセージです。アニメをコントロールし、シンプルにし、ジブリの最初の価値観に立ち戻ろうというメッセージです。このメッセージを私の同業者たち全員が喜んでくれるかどうかはわかりませんが。

―映画の最初の方に、親殺しのシーンを置くことを決めたのはあなたですか。
宮崎吾朗:はい。それは人々の好奇心をそそるでしょう。私はアレンではありません。私と父との関係は、父を殺したいと思うほど深いものではないし、私は復讐なんてしません。ただし、架空の物語の枠組みの中では、親殺しという行為によって主人公は自分の土地を離れ、冒険に出ることができるのです。一方で、それは日本の若い人たちにとって、より現実的なモチベーションだと思います。過ちを犯して逃亡するというモチベーション。プリンセスを救うとか、ポジティブなことから始まるよりも、こちらの方がモチベーションが高いと思います。

―最後に若い主人公は自分の国に帰ることを決意します。観客はそこにあなたとあなたのお父さんとの和解の試みをみるにちがいないでしょう。
宮崎吾朗:唯一の和解があるとすれば、それは自分の責任と向き合う、アレンとアレン自身との和解です。それには次の長編が必要でしょう。

―スタジオ・ジブリとは別の場所で映画を撮ることを想像できますか。
宮崎吾朗:私は2つの理由でこの映画を作りました。ひとつはそれが「ゲド戦記」だったからです。それは父の愛読書でした。もうひとつはそれがスタジオ・ジブリから来た話だったからです。スタジオ・ジブリの将来がどうなるかはわかりませんが、私は将来性を感じています。私は宮崎駿や高畑勲の後継者を探すより、鈴木プロデューサーの後継者を探すほうが難しいと思います。

(2006年8月 武蔵小金井のスタジオジブリにて)

□インタビュアーの関心はやはり宮崎親子の関係に向かっている。おそらく父子の対立を強調し、話題にしたかったのだろうが、拍子抜けって感じだったのだろうか。ポーズだけでも自分と親は違うと主張する2世が多い中で、この葛藤のなさは何だろう。「父は全く家にいなかった」とか「私と父の関係は殺したいと思うほど深いものではない」というのがすべてを物語っているのだろうか。鈴木プロデューサーに全面的に頼りましたとか、ジブリという枠から出るつもりもないと言ってはばからないし。親の遺産とノウハウをそのまま引き継ぐと臆面もなく宣言する、葛藤のない新しい2世の登場なのだろうか。
□「ゲド戦記」の原作者、ル・グィンは、宮崎駿のことを現代のクロサワとかフェリーニとか言って褒め称えている。宮崎駿が撮るというから「ゲド戦記」の映画化を許可したのに、息子が撮るなんて聞いてない、とかいったすれ違いもあったらしいし。とりわけ宮崎吾朗の「ゲド戦記」解釈には不満を漏らしていたようだ。


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2006年12月02日

CAHIERS DU CINEMA 宮崎吾朗インタビュー(1)

ゲド戦記CAHIERS DU CINEMA の今月号(訳しているあいだに新しいのが出てしまった)に「日本アニメの復活」という特集記事があり、そこに「ゲド戦記」の宮崎吾朗のインタビューが掲載されている。

宮崎アニメ好きのフランス人は、2世のデビュー作「ゲド戦記」も心待ちにしていたはずだ。これについて少し調べてみようと思っていたが、ほったらかしになっていたところに、タイミングよくフランスの老舗映画雑誌が特集を組んでくれた。少し前なら、CAHIERS DU CINEMA が日本のアニメ映画の特集を組むなんてありえなかっただろう。これも時代の流れか。

実は以前、もうひとつの映画雑誌 POSITIF に掲載されたお父さんのインタビューを掲載すると予告したのだが(06年7月29日)、これもまたほったらかしになっていた。そのエントリーでは、フランス人が宮崎アニメをどうみているのか、どこに興味を持ち、共感を覚えているのか、「Miyazaki en(in) France」を検証しておく機会があってもいいだろう、と書いた。日本のアニメにやたら詳しいフランス人からの質問の視点も面白いし、日本のメディアに言えないことも洩らしてくれるかもしれない。特に最大の関心事である親子関係について。お父さんのインタビューもそのうち訳出することにして、先に宮崎吾朗氏のインタビューを紹介したい。

― 子供のとき、あなたのお父さんの宮崎駿の作品は別にして、どんなアニメを見ていましたか。他に参照するアニメはあったのですか。
宮崎吾朗:私が若いころ、日本ではいくつかのアニメ映画、アニメシリーズが作られていました。私と同世代のクリエーターたちの多くは、その時代の影響を受けています。つまりロボット・アニメの時代ですが、宮崎駿はそれらが嫌いでした。父は私にそんなものを見るなと言っていましたが、父は家にいたためしがないので、私はそれらを全部見ることができました。私が高校生のころ、押井守の「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」(1984)が出ました。私は大好きでした。「風の谷のナウシカ」の直前に出ましたが、同じ年に出ています。私は周囲の人間に「うる星やつら」の話をしましたが、父は困ったものだと、鈴木さんに洩らしていたようです。

― あなたのお父さんの作品は日本の古典的な映画の影響を受けていますが、ゲド戦記はむしろ「ロード・オブ・ザ・リング」のような同時代の国際的な作品を思わせます。
宮崎吾朗:私は「ロード・オブ・ザ・リング」を見ていません。私のチームの何人かは知っているでしょうが。私は映画好きではありません。今はほとんど見ません。テレビでときどき見るくらいです。私の作品は映画文化よりも、私の読書体験や旅行や人々との出会いが反映されています。

― 「ゲド戦記」は明らかに「ナウシカ」や「ラピュタ」などのジブリの初期作品を参照してますね。また「ナウシカ」から「千尋」に至る絵のスタイルの混合が見られます。それはあなたのアイデアだったのですか、それともアニメーション・ディレクターの稲村さんや山下さんの提案ですか。
宮崎吾朗:それは私のアイデアでした。今、アニメ映画はあまりに細かく描かれていて、絵は情報量や本物らしさに固執しすぎています。これらの映画は技術において進歩していますが、私の意見としては、ドラマティックさを部分的に失っています。年を追うにつれ、ジブリの絵のスタイルは進化しましたが、つねに物語や登場人物への配慮を保つことができていた。私は、若いころに見たジブリ作品の時代から汲み取り、あの雰囲気を取り戻したかったのです。

― 最初のドラゴンの戦いのシーンは全く宮崎駿のスタイルの中にはありませんが、あなたはより現代的なものを撮らせてもらえたということでしょうか。あなたはあるシーンを強引に挿入するために喧嘩したりしましたか。
宮崎吾朗:私は初めドラゴンも魔法使いも望んでいませんでした。私はとても控えめなものを望んでいました(笑)。映画にはそれが不可欠だと強調したのはプロデューサーの鈴木さんです。私は実際、映画の中のあちこちで違った試みをしました。それには満足しています。私が控えめなものを望み、それを正当化すれば、やらせてもらえたでしょう。しかし、私はプロデューサーと喧嘩しませんでした。反対に彼を大変頼りにしました。

(続く)


cyberbloom

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2006年11月01日

『のだめカンタビーレ』

のだめカンタービレ #16 (16)音楽関係の方たちには大人気。クラシック音楽漫画『のだめカンタービレ』。講談社『Kiss』で連載中、単行本はすでに16巻まで出ています。

実はかれこれ1年前、K大の授業で、ある学生さんに教えてもらったのでした。彼女、デュマの『岩窟王』とか読んでて「ほー、今時の学生さんにしては」(しかも文学部ではないので)とか思っていたのですが、実はそのとき、アニメ版『巌窟王』が放映されたところだったのです。

その後彼女に『のだめカンタービレ』12巻まで借りて読んで、あとは買って読んでいます。一緒にDVD版『岩窟王』を借りたんだけど、これもまたすごくって、オリジナルストーリーはもはやどうでもよく、もうマニエリスムの世界!なんで音楽がジャン=ジャック・バーネル!?って、ストラングラーズのべース&ボーカルなんだけど…最初ジャン=ジャック・ブリュネルって読んじゃって一瞬「誰これ?」とか思った。

Nodame Cantabile 1で、なんで『のだめカンタービレ』がフランスと関係があるかというと、第10巻で主人公「のだめ」こと、野田恵がパリのコンセルヴァトワールへ留学し、以降パリ編になるからなのです。彼女のユニークな語学習得法(音楽関係の方は耳が良いのでこういうのもアリ?)や彼女のユニークな性格については漫画を読んでいただくとして(私的には「伊賀のカバ丸」+「動物のお医者さん」のテイストかなと)、パリの描写がとてもしっかりしててストーリーとは別にまた楽しめるのです。
 
パリにいたとき時々行ってたカネット通りのイタリアンレストラン「サンタ・ルチア」が『のだめ』に出てきたのには、思わず「ギャボー」。ビンボ学生だったのでそんなにしょっちゅう行ってたわけではありませんが(結構高いと思う!)、カマドで焼いたピザはパリで一番と言われており、パスタも前菜もとてもおいしい。去年の夏に久し振りに行きました(おいしいけどやっぱり高かった!)。

実際パリには音楽関係で留学している人はとても多いです。特にピアノの方。シテ・ユニベルシテール(パリ国際大学都市)に住んでいたのでお知り合いになる機会は多かったのですが、やはりお金持ちのお嬢さんが多いデス。まあ、いろいろと厳しい世界ですが。もちろん向こうに残って実力でやってく方もいらっしゃいます。音楽に理解のない日本に帰るよりはチャンスが多いようです。かつてパリで仲良くしていただいていた声楽のN子さんは、ラジオ・フランス(フランス国営ラジオ)のコーラス部にご就職され、男声パートのフランス人の方とご結婚なさり、今もご活躍です。またこちらには日本人の方が他にも何人かいらっしゃいます。自分の芸に自信があって、どんな環境にも適応力があり、チャレンジ精神がある人、そして依存心がない人、かつコミュニケーション能力の高い人はどこでも成功するってことですか。
 
それはさておき、12巻だったかで、オーボエの黒木君が、フランス人の時間に対するアバウトさや、あまりにストレートな(自己中心的な?)感情表現に耐えられなくて落ち込んだり泣いちゃったりしたとこ、リアリティありますよね〜。セントラル・ヒーティングが壊れて大家さんに言っても全然来てくれなかったり、約束をキャンセルしても「ごめん」の一言もなかったり(ホントは人によるんだけどね!)、特に留学したばっかりの頃は人間(フランス人?)不信になるような出来事が続くようです。

★「のだめ」は英語版 Nodame Cantabile が出ていますが、パリも舞台になるのでフランス語版が出てないかなと思って調べてみたけど、さすがに出てない。Amazon.frでは英語版が売ってました。こちらはもうすぐ9巻が出ます。ドラマも始まり、「のだめ」の注目度は増すばかりですね。(06年10月31日追記)


noisette

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2006年08月04日

BARBAPAPA バーバパパ

バーバパパ クラシックDVD~バーバパパたびにでる~子供のために「バーバパパ」のDVDを借りた。フランス発のアニメだが、一緒に見てみるとけっこう面白い。どこかの銀行のキャラクターにも採用されていた気がする(調べてみたら114銀行だった)。子供は最初気味悪がっていたが、今はお気に入り。主題歌も楽しく覚えている。

Voici venir les Barbapapas♪
Ils se transforment à volonté courts longs carrés♪

バーバーパパはbarbe à papaというフランス語がもとになっているのだが、スライムみたいに自分の形を自在に変える謎の生き物。それが伴侶を見つけ、子供を儲け、家族を作る。バルビビュール(Barbibule)だの、バルビデュール(Barbidur)だの、バルビドゥ(Barbidou)だの、バルブーユ(Barbouille)だの、7人の子供たちの名前が紛らわしい(フランス語の綴りを読む勉強にはなる)。今列挙したのはオリジナルな名前。日本語訳の名前は違っている。

話としては、自分のやりたいことがうまくできなくて、困ったり、悲しんだりしているが、そのうち自分の身体の形を変えればいいことに気がつく。そんなこと最初から気づけよ、とつっこみを入れたくなる展開のストーリー。なりたいものになんにでもなれる。自分の姿を変えるときの掛け声はBarbatruc!吹き替えでは、バーバ変身と訳されている。ウルトラマンや仮面ライダーではないが、「変身」は70年代のキーワードなのかも。最近はさすがにこういう展開の話は大手を振るって歩いていない。どうみても70年代のサイケ文化の影響が色濃い。「私が世界で、世界は私」というアシッドな世界観だ。

作者は、アネット・チゾンとタラス・テイラー。ふたりは偶然パリのカフェで隣の席になり、紙製のテーブルクロスで落書きを交換した。そのやりとりの中で生まれたキャラクターらしい。タラスの方がアメリカからの旅行者で、フランス語があまり話せなかったので、絵でコミュニケーションを取ることになったという。旅行者だったということだが、世界を巡礼するヒッピーだったのでは。

バーバパパたびにでるまずは1970年に絵本が出版され、74年にテレビシリーズが放映される。日本でも77年にすでに放映されてたというが、当時は全然知らなかった。特に「バーバパパたびにでる」というエピソードが素晴らしい。バーバパパが仲間を求めて旅に出るのだが、フランスから、ロンドン、そしてインド経由でニューヨークへ。最後は宇宙に飛ぶ。サイケでヒッピーな旅だ。バックに流れる音楽も、エレピをフィーチャーした70年代風のジャズ・ロック。これに個人的にハマっている。

セリフもナレーションも簡潔なフランス語で、フランス語を始めたばかりの人にも聴き取りやすい。音声も字幕も、日本語、英語、フランス語がそろっていて、組み合わせは6通り。お子さんのトリリンガル化計画にもいかがでしょう。

公式サイト


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2006年07月26日

セレブと戯れるマンガの話

貴婦人は頷かないこの文を綴っている者(木魚と申します)はコッテコテの庶民ですけど、そのじつ心だけは貴族でありたいともあんまり思っていない。かといって「陋巷に在り」を気取るのもしんどいからあっためてないレトルトカレーのようにぬるく生きている。梅雨ってじめじめするね、洗濯乾かんし。

お上のやることはようわからへんっていうのは庶民のクリシェ。日々のてづら口銭稼がな落ち着くところもままならない我らにとって、生きるとはあくせくすることかも知んない。ほんでご褒美に時たま遊ぶ。ささやかささやか。

殿上人はなーんもせんでもごっそ食べれる境遇とすれば、こん方たちの生きるはあくせくするを引き算すればいいわけで、残りは遊ぶになる。「生きる? そんなん召使にやらしとったらええやん」とはリラダンっちゅうフランス人のお言葉やけど、殿上人の遊びは地下人の「おもろかったらええやん、われ」の逃避まじりの鬱屈感とは別の時空にある気がする。

というのも、ぶっとびが優雅でスケールがちゃうんで、はたからは伊達や酔狂と映り、お上のやることはようわからへんでーと、止まり木で安酒あおるおいちゃんの言葉が繰られるのだろう。そして、一合頼んだのにこの徳利8勺しか入れへんがな、どないなってんねんガメやがってアホんだらぁとクダ巻き巻きが展開されていく。やめときおいちゃん、酒が過ぎるで。

ダンゴ理屈をこねれば、「究極の貴族」(って実は存在しないけど)にとって、よいわるいは善悪とちゃいま。善はしていいことで人から褒められる、悪はしたらあかんことで人からどやされる。そのモノサシは誰が決めたんか知らんけど、煎じ詰めればどうも庶民感覚がにおうな。善悪のモノサシがないと庶民は生きていかれへんのでね、おまんまのためにはルールが必要。それを否定する気はさらさらない。

対して、ルールに脅迫されることない「究極の貴族」(って現存しないけどね)のよいは気持いいこと、わるいは気色わるいことで、唯一のカタキは退屈、してええんかなとか、褒めてくれはるやろかとか、どやされるんちゃうかとかに引きずられることはない。要はわがまま、天然なんやね。庶民がこれやるとドえらい目にあってきたけど、最近はそうでもなくきな臭い世の中かもしんない。

現実には存在しない(と思う)そんな貴族。でもマンガなら描くこともでき、おまけに大笑いさせてくれるから、ささやかに遊ばしてくれはる。フランスが舞台ですよ!cyberbloomはん、フランスが舞台ですよ! 木魚は頑張ってますよ! フランスが舞台ですよ! みなさん! フランスが…といえば、『ベルサイユのばら』『ラ・セーヌの星』『岩窟王』と二次元もので名作がありますけど、どれも設定は昔で大時代。

秘密はバラしてもいいけど、名香智子がさばくこの「シャルトル公爵シリーズ」は、70年代の名作『花の美女姫』のキャラのひとり、アンリ・ド・シャルトルを中心に現代の貴族・セレブたちの企みや恋のはっちゃかめっちゃかがいっそすがすがしくとことん行く。フランスねたのため再読したけどやっぱ強力で、ことに木魚の愛するキャラ、アンリの御母堂ヴィスタリアやハプスブルク家のレオポルディーネの「究極の貴族」ぶりにくらくら振りまわされちゃいました。

木魚の手持ちは小学館プチフラワーコミックスで各巻気の効いたタイトル。でもそこがネックで「シャルトル公爵」で検索かけても引っ掛かりません。老婆心ながら読む順で紹介しておくと、

純愛はジゴロの愉しみ』『アポローンは嫉妬する』『貴婦人は頷かない』『向日葵が恋したのは誰?』『黒の皇太子』『少年は贔屓される』『悪趣味な美学』『籠の中のお姫様』『秘密はバラしてもいい』『エメラルドは気取り屋』『縦横無尽の風』『薄情が薄氷を踏む』

の計12冊。文庫落ちは『シャルトル公爵の愉しみ』の統一タイトルでわかりやすい。

最近は追っかけてないけど、名香智子作品はハマった時期があったな。SHALL WE DANCEの数年先行く社交ダンスもの『パートナー』、えがったな。今日は『グリーン・ボーイ』(あすかコミックス)でも手にしよか、はたまた釣りに行くべきか…、うーん、釣りやね、ささやかささやか。

木魚@無縁仏

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2006年07月07日

フランスのオタク文化(1)−子供の発見

ぞうのババール 1 ~いざ出発! 冒険の旅へ~黒猫亭主人さんが「さらばシベリア鉄道」で書いていた『リベラシオン』紙の記事にはびっくり!フランスの2人の少女が日本を目指して家出だって?マンガがあふれ、雅(Miyavi)が歌い、人々が素敵な暮らしをしている日本に憧れて。それも、陸路をシベリア鉄道経由で!

ここ数日、GoogleやYahooの検索エンジンに「フランス/オタク」と入れて、「オタク文化、フランスで大人気」(6月19日)というエントリーにたどり着く方々が急増している。エントリーでは、明日からパリ郊外で始まる「ジャパンエキスポ」について触れたのだが、そこでは、名古屋市で8月に開かれる「世界コスプレサミット2006」のフランス予選が行われるらしい。アクセスの急増は、これに向けて、その筋の方々が盛り上がり始めているせいなのか。ちなみに、去年、フランス選考会には4万5千人のファンが集まった。「世界コスプレサミット2006」は外務省や国土交通省も後押ししている。今や日本の重要な輸出品ですから。

なぜ、日本のサブカルチャーが16歳のフランスの少女の心を完全に虜にしてしまったのだろうか。日本のマンガやアニメの何が特別なんだろうか。

フランスに「テレラマ」(Télérama)という中堅のテレビ週刊誌がある。この雑誌は、フランスを侵食し始めた日本のアニメを執拗に批判してきた。とりわけ、日本のアニメを流していた番組「クリュブ・ドロテ」の司会者、ドロテ姉さんに対するバッシングは凄まじく、ほとんど個人的な中傷に近いものだった。それは番組が終わるまでの10年間続くことになる。彼らの日本アニメ批判は、エリート主義が基調になっているのだが、彼らの主張には注目すべき点がいくつかある。

まず彼らは、子供というカテゴリーを12歳という線でふたつに分けている。これはフランスではコレージュ(中学校)にあがる年齢だ。この年齢から子供たちは、つまり青年期 adolescent と呼ばれる時期に移行し、子供 enfant から区別される。ロベール仏語辞典では少女に関しては12~18歳、少年に関しては14~20歳と細かく定義されている。そして、アニメは12歳以下の子供のためのものであり、その場合は何よりも教育的でなければならず、表現も一定の節度を越えてはならない。一方で、12歳以上の子供は十分成長しているのだから、アニメなど幼稚なものを見る必要はないと、彼らは主張している。

しかし、日本のアニメはそのような区分を侵犯する。アニメがそれまでフランス人に想起させたものと言えば、「象のババール」のような、小さな子供向けのヨーロッパ産のおとぎ話だった。だから、アニメが暴力やセックスを扱うなど思いもよらなかった。「テレラマ」がとりわけ憂慮したのは、やはり青年期の子供たち adolescent に対する影響である。その時期は、あくまで大人になる準備段階であり、大人になるための教化、良識ある市民の育成が最優先される。娯楽に関しては、子供は大人が与えるもので満足すべきであり、彼ら固有の文化など必要ないのだ。だから彼らは早く大人になろうとした。自立心が旺盛なのもそのせいだった。

フランスの文化は成熟した大人の文化と言われるが、その背後には、子供は入れない大人の堅固な公共性が存在していた。テレビもあくまでそれを支えるサービスであり、子供向けの番組は一定の枠と節度の中に押し込められていた。そのような条件下では、子供固有の文化が育まれる余地はない。しかし、テレビの民営化がもたらした大量の日本アニメはその構造を撹乱することになった。フランス社会はアニメのような文化のあり方が理解できなかった。いわば意表をつかれた形で、オタク文化の流入を許してしまった。大人は暴力やセックスなど、アニメの内容について激しくバッシングをしたが、最も重要なことは、大人と子供の関係を組み変えてしまったことだ。

オタク・ジャポニカ―仮想現実人間の誕生「オタク文化の魅力は、若者を子供扱いしないことや、とりわけ説教臭くないことにあるのだろう。そのうえで十代の夢をふくらませることのできる若者文化は珍しいのだ」

「オタク・ジャポニカ」の著者、エチエンヌ・バラールはこんな言い方をしている。社会から文化的に疎外されてきた子供たちは、自分たちの文化が世の中に存在しうることを知る由もなかった。彼らは日本のアニメを通して、「子供」という固有の時間が存在しうることを知ったのである。大人でも子供でもない、大人になるための過渡期的な存在にすぎなかった子供が、その多感な時期にふさわしい自分たちの文化を発見した。それは、大人と完全に切り離され、大人を目指して急き立てられる必要のない、彼らだけの居場所、立ち止まることが許された時間なのだ。それゆえに、モラトリアムを限りなく引き伸ばしたいという危険な欲望にもかられるのだ。

アニメのさらなる問題は、子供が固有の文化を享受し、関連商品を買うことで大人と同じように消費活動に参入したことにある。今や子供はマーケティングの重要なターゲットだ。それまで子供は消費なんてしなかった。アニメは何よりも成熟した消費社会の産物ともいえる。この話は、次の機会に。



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2006年06月19日

オタク文化、フランスで大人気!

オタク文化、仏で人気 イベントに6万人予想」との記事が、今日のヤフーのニュースのトップで流れていた。

□「オタク文化」と呼ばれることもある日本の漫画やアニメ、コスプレなどの人気がフランスで拡大中だ。日本のサブカルチャーを集める「ジャパンエキスポ」がパリ郊外で7年前からほぼ年に1度のペースで開催され、今年は7月7日から3日間の日程で過去最高の6万人の入場を見込む。
□フランスは世界で最も早く日本のアニメが紹介された国の一つとされ、世界有数の漫画市場。エキスポ関係者によると、コスプレ人口も増加中で、パリ近郊だけで約2500人を数える。
□エキスポの入場者は第1回の3200人から年々増加。今年は、名古屋市で8月に開かれる「世界コスプレサミット2006」のフランス予選を行うほか、日本のプロレスも紹介する。
(共同通信、6月19日)


barral01.jpgここで日本のアニメとマンガがフランスの子供たちの心をわしづかみにし、明治以来日本が仰ぎ見た文化大国にそれらが根付いた経緯を紹介してみたい。

1987年にクリュブ・ドロテ(Club Dorothée)という記念すべき番組がTF1(テレビ局)で始まった。クリュブ・ドロテは、ドロテという女性司会者を起用したバラエティー番組。その番組で日本のアニメが何本も放映されることになった。1978年にA2(テレビ局)がすでに Goldorak (原題は「UFOロボ・グレンダイザー」)によって日本のアニメ放映の口火を切り、人気のある定番作品がいくつか存在していたが、クリュブ・ドロテでは、まだ知られていなかったアニメ作品が次々と発掘された。

この年、フランス最初のテレビ局であったTF1はフランス社会を自由競争によって再建するというミッテラン政権の政策の一環として民営化されたばかりだった。民営化によって突然出現した放送時間の空白を埋めるために、すぐに使える作品が緊急に要請されたのであった。このようにソフト不足状態にあったフランスのテレビ局にとって、日本のアニメは安上がりかつ品揃え豊富な番組用のソフトの宝庫だった。ほとんど手当たり次第に買い付け、にわか作りの番組編成だったのが、またたく間にフランスの子供たちの心を捉えてしまった。日本のアニメは1981年の時点で3つのテレビ局で年間237時間放映されていたが、1989年には5局で2611時間と80年代に10倍以上に増加した。

1990年代に入ると「北斗の拳」がその暴力性ゆえに放映中止に追い込まれ、これをきっかけに日本のアニメがメディアに叩かれ始める。「ドラゴンボール」も同じ理由で批判の対象になり、ピーク時にはフランスで放映されるアニメの半分を占めていた日本のアニメは一割にまで減少した。また検閲によってアニメ作品の修正箇所が増えて、シリーズの一貫性やストーリーの面白さを損なうほどになり、それがテレビのアニメ離れに追い討ちをかけた。

このような事態に平行して、フランスのアニメ愛好者たちはテレビで放映された作品を、その原作であるマンガという形式で楽しむことを始める。企業もアニメの市場としての潜在力を認識し、テレビの原作マンガが次々と翻訳され、同時にビデオの需要も拡大した。1988年に公開された大友克洋の「アキラ」映画版の成功を受けて、翌年にマンガ版が翻訳される。しかし、その支持はまだ熱狂的なものではなく、隣国のイタリアやスペインに比べると遅れてさえいた。

ところが、「ドラゴンボール」の第二部「ドラゴンボールZ」の放映が始まってから、それと平行して「ドラゴンボール」のマンガシリーズが飛ぶように売れ、アニメに遅れて本格的なマンガ・ブームがフランスに到来するのである。フランスは今や日本に次ぐ第二のマンガ消費国になっている。

オタク・ジャポニカ―仮想現実人間の誕生数年前にエチエンヌ・バラール Etienne Barralによるルポルタージュ、『ヴァーチャル世界の子供たち』(上の写真が原書の表紙、右は翻訳版、タイトルは「オタク・ジャポニカ―仮想現実人間の誕生」)がフランスで発行され、OTAKUの存在を知らしめた。バラールは日本通のジャーナリスト。この著作はオタクと呼ばれる若者たちの綿密な取材に基づいているが、その基本的な論調は、常軌を逸したサブカルチャー集団であるオタクが、日本社会の特殊性や病理性に起因しているというもの。つまり、オタクは受験戦争や集団主義によるストレスによって生み出された、いびつな日本社会の産物というわけ。

最近は、フランス発のアーチストたちが日本アニメに対する憧れを告白しいてる。松本零士とコラボレーションしたDaft Punkのメンバーは、「日本は第二の故郷だ」とまで言い切っている。彼らは5歳から10歳にかけて、「宇宙海賊キャプテンはーロック」(フランスでのタイトルはAlbator)に夢中になり、放映時間には家族とテレビの前に集まり、学校ではクラスの仲間とハーロックや宇宙船を描いていたという。私の小さいころと何ら変わりのない光景だ。つまり、80年代に日本アニメの洗礼を受けたフランスの世代が表現を始め、私たちがフランス経由で自分たちの文化に再会するという事態が生じたのである。ブログでも紹介したPLEYMOなんて、来日ライブで、ハードな音を求めてやってきたイカツイお兄ちゃんたちに、「ナウシカ歌おうぜ!」と強引に「風の谷のナウシカ」の主題曲を合唱させるという暴挙に出ている(笑)。

■関連記事「フランスのオタク文化(1)−子供の発見」(07/07)

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2006年06月05日

『SHOE MAKER』 鳩山郁子

モノを作るってのは、どういうことなんやろ。

最近、家作りの一行程である下地や天井貼りを手伝ったり、知り合いの職人から和菓子作りの手ほどきを受けたりと、理屈より実践という現場に立ち会った。こういう世界では、技ってのはよぅ、頭じゃなくってよぅ、体で覚えるもんでぇ、べらぼうめ、てやんでぃめ、ヘクションてなことをよう聞くんやけど、ご説ごもっともかもしれまへん。

別にハンドメイドをもちあげてるんじゃないんよ。機械による量産品でもいいんやけど、ふと目の前にあるタバコやライターにビアグラス、ちりし、ボールペンなんか見て、いったいこいつら、誰がどこで何をどうした結果、木魚の目の前におるんやろうってね。

小枝2本拾ってお箸にするだけじゃ、野趣溢れるとはいえ手を加えてないから不思議感はそんなにない。文字どおりハダカ一貫でなにからなにまでやってみんしゃいといわれたら、とりあえずイチジクの葉っぱで秘部を隠して、それから呆然とする。万歳しちゃうとモロだしになり行司の木村庄之助が相手に軍配を挙げ木魚に土がつくからだ。そうなると一生こころの傷が残るから困る。

ツタかなんかでヒモ代わりにすればいいのだが、葉っぱとツタを結びつけた段階で、葉っぱとツタでなくなりパンツイッチョコ前というモノができあがるのだろうか。それとも葉っぱをパンツと思った時点で、モノになってしまうのかもしれない。

shoemaker.gif

こんな孤島でひとりでサバイバルな想像はさておき、モノへこだわりだすとモノへのフェチ度が増す。ここでお披露目させてもらうマンガは、釣り話ばっかやとフランスがそっぽ向くんで気がひけること幾星霜、どうしたもんかとうんうんしてたら思いだした一品、鳩山郁子の『SHOE MAKER』(青林工藝舎)であります。

青林工藝舎は一般向けとはピリッとちゃうアングラ風雑誌『ガロ』を出してた青林堂の衣鉢を継ぐ出版社。彼女の作品はこの2つから出ててどの作品も独特の耽美な世界、いろんなモノを鉱物的にこだわっています。新装版を除いていちおう全部楽しませてもらってます。オフィシャルサイトで表紙だけでも出歯亀しちゃってみてくらさい。

その『SHOE MAKER』の「PASSAGE II・薔薇色の本」というお話の舞台がパリ。フレンチにかこつけるにはちぃーと短かすぎる物語で、まいどのことながら強引すぎて気随い(わがまま)者な木魚やけどこらえてくらはい。ある古い本の装幀をめぐって鳩山郁子ならではの詩想が結びつくんがミソやろか。そや難波、じゃなく、そやさかい、木魚の筆では筋をうまく語れませんねん、亀は万年。これもこらえてくんさい。

ほでもね、これ読んでると、昔の本って仮綴じしてるだけで、しかも袋とじでね、読むにはペーパーナイフでいちいちページを切らなあかんし、正味、むき出しのページを束ねただけ、おにぎりやと飯だけのまんま、「ママー、ハダカじゃ嫌」って感じで売ってることがわかるんやわ。そやから海苔まいたらなあかん。仮綴じ本買ったお客さんは本におべべ着せたらんと風邪ひくから、自分好みでやれモロッコ皮にしようか、やれ箔押ししちゃろか、やれへチマやとうんうんする。フェチ度がアップする仕組やね。

papiermarble01.jpg皮や箔押しのお召し物はやっぱ値がはる。そこでリーゾナブルな大理石紙(パピエ・マーブル)を登場人物は選ぶんやけど、ジャストちょっと待ってモーメントプリーズ、それなら木魚も持ってるやん。ゴソゴソゴソ、あったあった。

シリーズものの一冊、色調はおんなじでも一冊ごと柄が微妙に異なってる。サイケやな、ウルトラQちゃんやな。どやって作るんやろ。この手の本はもう買うことないな、財布とのツロクが合わんから。中身だけ読ませてもうたらいいし。でも手ぶらで眺めるだけなら楽しそう。

もし木魚が装幀職人やったらどうするやろ?
そらもちろんイチジクの葉っぱでキメッ。


木魚@無縁仏

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2006年05月05日

まんがバトン exquise編

「心に残る5冊、ではなく7冊」
ここに紹介する7冊の前に、まず別格本として『サザエさん』(長谷川町子)と『ピーナツ』(チャールズ・M・シュルツ)を挙げておきます。両者とも物心ついたころから慣れ親しんできた漫画で、すでに体の一部となっている感じ。

トーマの心臓Banana fish (1)棒がいっぽん

☆『トーマの心臓』(萩尾望都)
小学校のとき、もともと姉の持ち物だったのをこっそり読んでいたら見つかって、「あなたにはまだ内容がわからない」と言われ、悔しい思いをした。まあそれは正論だったのだけれども。

☆『いつもポケットにショパン』(くらもちふさこ)
クラシック音楽をテーマにした漫画といえば、今では「のだめカンタービレ」でしょうが、私にとってはコレ。高橋源一郎も言及していた「麻子はシチューが得意です」をはじめ、じんとくる名場面がいっぱい。

☆『F式蘭丸』(大島弓子)
乙女チックな絵柄と内容のシビアさのギャップがいつも面白い大島作品。好きなものがたくさんあるので迷った末、フロイト理論をモチーフにしたこの作品を。

☆『おいしい関係』(岩館真理子)
オリーブ少女御用達の岩館さんの漫画のなかでも、つかみどころのない主人公と内容のこの作品が、続編の『週末のメニュー』とあわせていちばん好き。

☆『日出処の天子』(山岸涼子)
謎の多い聖徳太子をここまで大胆に扱った漫画はないだろう。超人的な力をもちながら、かなわぬ恋に苦しむ厩戸皇子が不憫だ。でも私は調子麻呂ファン。

☆『BANANA FISH』(吉田秋生)
『河よりも長くゆるやかに』も同じぐらい好きだが、ここではベトナム戦争、ドラッグ、マフィア間の抗争などハードな内容が次々と導入されたこの意欲作を挙げておきます。アッシュ役をリヴァー・フェニックスでぜひ映画化してもらいたかった。

☆『棒がいっぽん』(高野文子)
デビュー作『絶対安全剃刀』から23年の間に発表されたのは6作という寡作な作家だが、どの作品も愛おしい。この作品集のなかでは「美しき町」と「病気になったトモコさん」のレトロな情景が好きだ。


■つげ義春や花輪和一の漫画も挙げたかったのだけれど、結局少女モノばかりになってしまいました。最後に今気になっている漫画は、『バカ姉弟』(安達哲、2巻までしか読んでいないので続きが読みたい)と『天久聖一のこんな感じ』(ロッキング・オンで毎月連載:資料類やジャケットを何も見ずに、アルバムの音楽だけを頼りにその作品を表現する、というもの)です。



exquise

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2006年05月02日

まんがバトン cyberbloom編

「特に心に残る4冊」

☆『リバーズ・エッジ』(岡崎京子)
最近は「癒し」とか称して、ゆるくて、まったりしたマンガが多いが、この作品が喚起する嫌悪感や救いようのない殺伐とした感情はそれとは全く逆の方向性を持っている。こういうのをかっこいいと思う感性は今の若い人にはないのかな。それとも今はこのマンガ以上にシャレになっていない状況なのか。「この街は悪疫のときにあって僕らの短い永遠を知っていた…平坦な戦場で僕らが生き延びること」とタイムリーに引用されていたウイリアム・ギブソンの一節にも心打たれる。

リバーズ・エッジ東京座平坦な戦場でぼくらが生き延びること―岡崎京子論

☆『東京ガールズブラボー』(岡崎京子)
村上龍の『69(シクスティナイン)』に匹敵する80年代の青春まんが。私なんかは、まさにこの作品に登場する「のび太」君で、思い込みの激しい、観念先行の高校時代を思い出す。東京に憧れる情報過多の田舎者でもあった。『宝島』的トンガリ文化の必須アイテムのオンパレード。

☆『東京座』(やまだないと)
最近はいろんなところでイラストを見かける、やまだないと。フレンチロリータ路線。『フレンチドレッシング』なんかはそのマンマ。ゲーンズブールみたいなエロエロのオッサンがたくさん出てくる。『東京座』はサニーディ・サービスの『東京』へのオマージュなんでしょうか。ジャケが似ていて、曽我部恵一らしき人物も登場。このアルバムは今の季節にいいっすよ。

☆『ドラゴンヘッド』(望月峰太郎)
この作品の2巻か3巻が出たくらいで阪神淡路大震災に遭遇。数時間だが、瓦礫の下に埋もれていた身としてはリアリティありすぎ。あのときの体験に通じる、言いようのない極限の恐怖を見事に表現している。裂けて、剥き出しになった自然というか、宇宙の暗黒に飲み込まれたというか、そんなインパクト。自然の一部である自分の中の破壊衝動も呼び覚まされるというか。作品の構成はともかくとして、望月の想像力は凄い。

■次点をいくつか。exquiseさんは『日出処の天子』を挙げてましたが、山岸涼子といえば『わたしの人形は良い人形』。これはマジで怖い。怖いと言えば、望月峰太郎の『座敷女』も怖い。初めて親しんだマンガは鴨川つばめの『マカロニほうれん荘』だった。松本零士のアニメにはまった時期もあり、彼の『聖凡人伝』も味わいのあるマンガだった。岡崎京子を2冊取り上げたが、椹木野衣が岡崎論『平坦な戦場でぼくらが生き延びること』を書いている。



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2006年04月17日

『ルパン三世』

よりぬきパンチ・ザ・モンキー イン・ザ・ミックス人気アニメ「ルパン3世」がテレビで放映開始されたのは1971年のこと。モーリス・ルブランの有名な探偵小説シリーズの主人公、アルセーヌ・ルパンの孫という設定だった。ルパンはLupinと綴り、「リュパン」がより正確な読み方。

80年代以降、フランスでは日本のアニメが爆発的に流行している。元祖ルパンの国なら「ルパン3世」もさぞかし人気があるのだろうと思いきや、ヨーロッパではイタリアで人気が高いようだ(1)。イタリア人の友人によると、作者のモンキー・パンチ(現在、大手前大学メディア芸術学科教授)が古いイタリア映画好きで、「スタイリッシュでダンディな泥棒」というキャラはそこから来ている(2)。それがアニメを通して逆輸入された。本来はイタリア的なテーマなんだと彼は誇らしげに言っていた。

先日、ジャズが好きだという学生と話していて、「君の世代がジャズに興味を持つきっかけって何?」と聞いたら、彼は考え込んでしまって、ようやく出てきたのは「ルパン3世かな」という結論だった。確かに大野雄二のサントラは印象的だ。「ルパン3世」のトリビュートアルバム「パンチ・ザ・モンキー イン・ザ・ミックス」もすでに3枚出ていて、東京スカパラダイスオーケストラや元ピチカート・ファイブの小西康陽らのリミックス・ヴァージョンが話題になっていた。

ジャン=リュック・ゴダールの「勝手にしやがれ」というヌベル・ヴァーグ期の有名なフランス映画があるが、あれも犯罪に手を染めるスタイリッシュな若者とジャズの組み合わせだった。シーンにカッコよく色を添えると思えば、唐突にシーンを切り裂くジャズのフレーズ。主人公のミシェルは、犯罪の企みの合間に、ジーン・セバーグ扮するヤンキー娘、パトリシア(不二子ちゃんとは全然タイプが違うけど)をひたすら口説いている。ミシェルの服装もいちおう、「ダークカラーの細身のスーツに細いネクタイ」というジャズメン・スタイルの定番に沿っているのかな。考えてみれば、「勝手にしやがれ」もイタリア礼賛の映画で、あちこちでイタリアへの憧れが口にされている。

ジェノーバ、ミラーノ!チネチッタ!一緒にローマへ行こう、パトリシア!

□注記:exquiseさんとbird dogさんから補足をいただきました。
1)ルパン三世は、フランスでは著作権の問題でルパンの名前が Edgar に変えられ、ただの「有名な泥棒」という設定になってしまったらしいです。全然イメージが変わってしまいますね。カラーシャツに白や黄色のネクタイとか、確かにルパンの服の着こなし方はイタリアっぽいかも。乗ってる車もイタリア車(フィアット・チンクチェント)だし、今回のエントリーを読んでなるほどと思いました。お洒落なアニメだったのだと再認識です。(by exquise)

黄金の七人2)確認したことはありませんが、『ルパン3世』のモデルはイタリアの泥棒映画『黄金の七人』ではないのでしょうか。チームプレイで豪快な盗みを実現するところや、銀行の下にトンネルを掘ってベルトコンベアーで金塊を運ぶ話、『ルパン3世』にもあったような気がします。で、『黄金の七人』の音楽といえば、フリッパーズ・ギターが「恋とマシンガン」で引用したダバダ・スキャットですから、大野雄二の念頭にあったのは、アルマンド・トロバヨーリかもしれません。1960年代のイタリア映画は、B級でも音楽だけはやけに洗練されたものが多いですね。(by bird dog)

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