数年前のクリスマスにストラスブールとコルマールを回ったが、アルザス地方はクリスマスの発祥の地とも言われる。もみの木の飾り付けを最初に始めたとか。この地方は歴史的にドイツとも結びつきが強いが、19世紀のドイツには青や緑の服を着たサンタクロースがいた。今のサンタの衣装が赤いのはコカコーラのせいだ。コカコーラのトレードカラーの赤い服を着たサンタが1930年代にコカコーラのポスターに登場したのが始まり(「コカコーラレッスン」を参照)。何か歴史的に意味のある色かと思えば、実はあからさまなコマーシャリズムの産物だったのだ。ストラスブール Strasbourg ではひたすらシュークルート choucroute (写真中)を食べるしかない。ベーコンの塊に、ジャガイモ、酢漬けのキャベツ…。アルザスの白ワインも美味しいが、どう見てもビールに合わないわけはない。しかし、季節柄ビールをガンガン飲むにはちょっと寒い。
食事のあとはクリスマス市へ。屋台が何軒も軒を連ね、クリスマスに色を添える品々が所狭しと並んでいる。オレンジを浮かべたホットワイン、GROG(もとはラム酒がベース)を飲みながらブラブラ見て回る。木組みの家が建ち並ぶ町自体が箱庭のようにかわいらしい。確かにクリスマスの町って感じがする。この木組みの家は16世紀から17世紀のアルザス地方の典型的な建築。
夜中の12時を目指してストラスブールの大聖堂へ。クリスマスのミサの見学。このゴシック建築の大聖堂の尖塔は142メートルもある。からくり時計が動く天文時計も有名。雪もうっすらと積もり、雰囲気満点だったが、夜中の大聖堂の寒さときたら尋常ではなかった。ストラスブールから電車で数十分でコルマール Colmar (写真上)に着く。旧市街の中心には「プチット・ヴニーズ」(Petite Venise 小さなベニス)と呼ばれる地区がある。かつて農産物の運搬に利用された狭い運河沿いや、粉雪の舞う中世の石畳の通りは、暖かい光に包まれて、まるで御伽噺の世界。コルマールでは Hôtel Les Têtes という割と由緒あるホテルに泊まってみた。
ところでストラスブールから国境を越えドイツに入ると、バーデンバーデン Baden Baden (温泉×2)という温泉保養地がある。コルマールからバスに乗って行けた。ちょっと敷居の高いブルジョワジーな街。夏競馬(バーデンバーデン大賞)でも有名だ。
町のはずれに石造りの風格漂う温泉施設がある。水温の違う温泉やサウナの部屋を順々に巡るシステム。途中には大理石のプールみたいなのもある。最後は大きな毛布に包んでもらってベッドで仮眠。至福のひと時。とにかく寒かったので温泉の温もりが身にしみた。屋外プールのような温泉もあった。いちおう露天風呂だ。月の昇るゴシックな風景を眺めながらの温泉もまた格別。バーデンバーデンの中心街の老舗カフェ(「クーニッヒ=王様」という名前だったような)で食べた「シュヴァルツ・ヴァルト」(黒い森)は絶品で、あれを超えるものはまだない。ちょうど国境を越えたあたりで、その年ヨーロッパを襲った大暴風雨に遭遇。風速100メートルとか言ってたかもしれない。直径数メートルある巨木がなぎ倒されていた。そのときは何が起こったのか全くわからず、途中の駅で数時間足止めを食らった。帰りのストラスブール駅は戦後の引き上げのシーンを思わせるような混乱の極み。お土産に買っておいた「黒い森」で飢えをしのぎ、何とかパリにたどり着いた。
★コルマールのクリスマス市(画像)
http://www.noel-colmar.com/
http://www.alsace-nature.net/marche-noel-photos.php
★ストラスブール、ノエルの都(画像) Strasbourg la capitale de Noel
http://rpeyre.free.fr/capitaledenoel/
★バーデンバーデンのサイト
http://www.baden-baden.de/en/index.html
cyberbloom
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何かいいパリの写真がないかと、ネットを巡っていたときに、この写真に遭遇した。


4月某日。
フランスにも雨は降る。
同日午後5時。
「昨日は夏だった、今は秋!」
おなじみの光景も昼と夜とでは全然違って見える。夜の方がパリそのものも雑なところが見えなくなって美しい気がする。
もう一枚はノートルダムのオシリ―というか裏側。こちらから眺める観光客はあまりいないけれど、可愛らしい公園では子供づれのお母さんたちがくつろいでいた。
パリでベジタリアンというのもなんか面白いかと…味は、うーん、普通。けして悪くはない。店のオーナーがごつい容貌にかかわらず物腰柔らかで、感じがいいのが良い。店の内装も鳥かごを感じさせるような小さいけれどアーティスティックな感じ。
名前にはカフェ、とあったけど本格的ランチを食べられた店で。
ボルドーまで来たからにはサンテ・ミリオン行きたいよーと騒いだのにも関わらず、学校からの遠足は八月末の人数不足であえなくキャンセルに。仕方ないので観光局からのツアーに参加。英語・フランス語両方での解説とデギュスタションあり。かなり強い赤で、香りは素晴らしいが通好みな大人味。
あちこちに花やちいさな水をはった池などがある可愛らしい町。かなり観光化されてるが、冬に行けば普段の顔が見られるかも。でもブドウ畑の美しさは今が盛り。
学校で仲良くなった娘がスペイン人だった。バルセロナ出身というところを強調する。マドリッドの人々は逆にマドリッド出身だと繰り返す。どうやら我々にはわからないその辺りの事情があるらしい。この子の彼氏Jが週末になると車で七時間かけて会いに来ていた。往復14時間。金曜の晩に来て、日曜の昼には帰るのである。しかも十代や二十代ではなく三十代の男が。やはりラテン系だけにアツい。日本の三、四十代男性にも奮起してもらいたいアツさである(嘘です)。そしてあくまでも女性に優しい。彼女の友達というのでこちらまでステイ先まで送ってくれ、パリに発つ朝には駅のホームの端の端までお見送りというお姫様扱いである。駅では彼女の好物 PAUL のキッシュ(写真)を買いに走っていた。マメである。やはり彼氏にするならラテン系ですかね。夫となると当たり外れがハッキリ分かれるらしいんで。
今回1ユーロが151円と高かったので、物価については日本とほぼ変わらず。お得感は皆無。日用品なんぞはこちらの方が高いしーということも多々あり。
一番美味しかったのはメレンゲのキャラメルソースがけ。イチゴも捨てがたいが…
なんといってもジャルダン・ピュブリックでしょう。その名もずはり「民衆公園」だし。
よく学校の後、近くの惣菜屋(タルト類も充実)でサラダを買い(でかい。3.5ユーロ、バゲットを切って付けてくれる)ここのベンチに座ってお昼を食べた。ツタの見事な壁(写真下)の向こうは小さな植物園。
なぜかボルドーに一人旅。遊びを兼ねてフランス語研修に行こうと不意に思い立って決めたはいいが、フランスのどこーうーん、じゃあボルドーかなあって感じだ。
そのままグランド・テアトルまで行ってしまえば一番の眺めが楽しめる(写真下)。
言うまでもなくヨーロッパの夏は1日が長い。日本よりも緯度が高いうえに、夏時間を採用していることから日没時間 はぐっと遅くなる。
写真はパリではなくオランダのハーグへ足をのばしたときのもの。午後10時とは思えない空の青さ。ベルギーのマグリットには青空の下に明かりを灯した家を描いた「
以前、ドーヴィルに競馬を見にいったあと、オンフルール経由でパリに戻った。その際に、セーヌ川河口にかかる「ノルマンディー橋」を渡った。これもまた空に向かって羽ばたくような美しいデザインの橋だった。ノルマンディー橋は、無中継の支間長が856mあり、斜張橋の世界記録を更新した。その後、1998年に日本のしまなみ海道「多々羅大橋」(全長1480m)が完成し、2位に転落してしまったが、多田羅大橋とノルマンディー橋は世界第一、第二の斜張橋ということで、姉妹橋となった。めでたし、めでたし。
この橋が架かる周辺は「印象派発祥の地」と言われ、18世紀以来多くの芸術家たちが、オンフルールやノルマンディー地方に集った。「空の巨匠」と呼ばれたブーダンをはじめ、モネ、コローらが、光の効果と、刻々と変化する自然をカンヴァスに捕らえようとした。「印象派」の名を世に知らしめることになったモネの「
2004年12月、フランス南部のタルン渓谷に、世界で一番高い橋「ミヨー高架橋」が完成した。高さはパリのエッフェル塔をはるかに凌ぐ343メートル。デザインや施工方法も周囲の環境に十分配慮され、地域住民も納得。全長は2460m。資金は民間から調達され、総事業費は3億1000万ユーロ(418億5000万円)。38カ月という短い工期で建設された。コンペで選ばれた英国の建築家、ノーマン・フォスター卿によるデザイン。
早朝に雲海が発生したときは橋脚部が隠れ、まるで雲の上をドライブしているよう。この光景と浮遊感にはデジャヴュを覚える。雲の上の建築−おそらく小さいころに読んだ御伽噺(あるいはサイケ文化)が頻繁に取り上げたモチーフだ。この現実化のインパクトは大きい。
ところで、「ダ・ヴィンチ・コード」の中で、サン・シュルピス教会−Eglise St-Sulpice−も忘れられない舞台のひとつだ。キーストーンを求めて、修道僧シラスが訪れる場所のひとつになっている。サン・シュルピス教会はブリュージュの大司教、聖シュルピスに捧げるために建てられた教会で、17世紀から断続的に建設が進められてきた。幅58m、奥行き115mと、パリのノートルダムにも匹敵する大きさだが、地味な印象はぬぐえず、私の頭の中では、南
あれは2005年3月15日(火)のこと。モンペリエ郊外リュネルに着いて4日目。ず〜っといい天気(どのくらい雨が降っていなかったのだろう…)。
これは初代「通天閣」の写真ですが、凱旋門とエッフェル塔をくっつけたものだそうです。展望台にまでロープウエイが伸びていたそうです。1911年に建造され、43年に下に入っていた映画館が焼け、解体。今の通天閣は56年に再建されたもの。日仏交流ネタとして最高だと思うのですが、
夏競馬、といえば日本では小倉や札幌だが、フランスでは、ドーヴィル。ドーヴィルはノルマンディー地方の高級リゾート地で、バカンス・シーズンには、パリの社交界のセレブな人々がドーヴィルに集まってくる。「ダバダバダ」の音楽が印象的なクロード・ルルーシュ監督の「男と女」の舞台としても知られている。




