エリー・フォールの文章に初めて触れたのは、ゴダールの映画『気狂いピエロ』の冒頭においてである。処女作『勝手にしやがれ』以来、再びゴダール映画のヒーローとなったベルモンドが、『美術史第4巻・近代美術(1)』に収録されたヴェラスケス論を読み上げる。その間、画面では、原色のアルファベットが黒地にゆっくりと浮かび上がるタイトル・バックが完成し、初夏の眩い光に照らされたコートの上でテニスに興じる娘の動き、書店の前で本を物色するベルモンドの姿、さらに夕闇に包まれたセーヌ河の情景が映し出される。バスタブの中に座り込み、くわえ煙草でヴェラスケス論を読み上げるベルモンドの姿が画面に現れるのは、これから展開する物語と特に関係があるとも思えない、こうした一連のショットの後である。
当時、エリー・フォールという批評家のことは全く知らなかったが、その後、ゴダールの映画についていろいろと読んでいるうちに、その名前に行き当たった。そして、このゴダールの代表作ともいえる作品の冒頭を飾る著作を読んでみようと、大学の図書館へ足を運んでみたが、その名前が検索に引っかかることはなかった。翻訳がなかったのだ。
ゴダールは或るインタヴューで次のように語る。
「私の感じでいうと、芸術批評という点で最初にくるのがディドロでしょう。それにボードレールが続く。芸術をめぐって深い知識を持った研究者や学者はたくさんいるでしょう。だが、ある作品をめぐってそれを誉め、その悪口を言う技術というものは、ごくわずかな人によって担われていたにすぎません。ボードレールのあとに来るのがエリー・フォール。(…)フォールのあとにいささか創造性には欠けるが、アンドレ・マルローが来ます。そして、アンドレ・バザンとフランソワ・トリュフォーがそうした芸術批評の最後に位置することになります。」
ディドロ、ボードレールに続く批評家。そしてマルローより、上に置かれる批評家。その著作が、発刊後、数十年を経た後も未訳であったことに、正直、驚いた。(原著は、1909-1927の出版)
その著作が、2003年、ようやく国書刊行会より出版が開始され、現在、全7巻のうち、残すところ上記のヴェラスケス論を含む『近代美術(1)』とそれに続く『近代美術(2)』の2冊のみとなった。
このフォールの『美術史』は、英米圏では早くから受容されていたようで、あのチャップリンも、インタヴュアーの教養度を測るために「エリー・フォールは読んだかね」と聞くのが慣例であったらしい。
また、ヘンリー・ミラーが、フォールの『美術史』の大ファンであったことも有名で、邦訳の『古代美術』にはミラーの緒言が付けられている。それについては、安原のこちらの書評を参照していただきたい。
「ぼくはこの作品を偉大な音楽を聴くように読んだ……」
ミラーが言うように、この『美術史』の魅力は、その比類なき文体にある。
以下、映画『気狂いピエロ』でベルモンドが読み上げる箇所を少し前から訳してみた。
「これらの画家には、荒々しさと細やかさがあった。作品は陰鬱かつ露骨であり、顔の醜さ、身体の奇形、魂の歪み、全てが臆面なく曝け出される。画家が選択をすることはない。死、恐怖、不都合なものは何もなく、すべてが彼等の仕事に寄与した。だが、我々がひとたび形体と形体との間に目を向けると、悪夢は消え、何か予期していなかった未知のものが姿を現す。大気中の原子の流れ、つつましやかに包みこまれ、透明で微かに色づけられた陰が形体の周りを浮遊し、その形体を変貌させる。50歳を過ぎ、ヴェラスケスはもはや形ある事物を描こうとはしなかった。彼は空気と黄昏と共に事物の周りを彷徨い、奥底の透明と陰のなかに色めく震動を捉え、沈黙の交響曲の見えざる中心とした。彼は、この世界における神秘的な交換、形体と色調が互いに浸透する交換のみを捉えた。それは目に見えることなく持続して進む。いかなる衝突、いかなる飛躍もこの歩みを暴き、止めることはない。空間が支配する。」
残る2冊の翻訳の完成が待ち望まれる。
古代美術―美術史〈1〉
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