2006年04月30日

新作DVD情報「5×2 ふたりの5つの分かれ路」

フランソワ・オゾン François Ozon は、おそらく現在フランスで最も意欲的に活動している映画監督のひとりといえるでしょう。1990年前後から映画制作にたずさわってきた彼は、これまでに数々の話題作・問題作を発表し、時として過激すぎるその内容は物議をかもす事もたびたび。そのオゾン監督が2003年に撮影し、その年のカンヌ映画祭にも出品されたこの「5×2」 は、たしかに衝撃的なところもありますが、全体的に淡々と落ち着いていて、大人っぽい映画に仕上がっています。

ジルとマリオンという男女の出会い、結婚、出産、破綻の予兆、離婚を描いた物語というと、あまりにもありふれたテーマですが、この作品ではその出来事が逆戻りに配置されて展開していきます。その手法すらも今では珍しくないとはいえ、余計なものが極力そぎ落とされたシンプルな映像で冷めた視線で語られると、そこにはオゾン監督独特の空気が漂います。

5つのエピソードは、それぞれの出来事の全体ではなく断片が語られ、それも謎めいた部分を残しながら次へと続いていくので、何が起こったのか、あるいは起ころうとしているのかは明確にされません。けれどもふたりの関係の微妙な変化がさまざまな形で暗示されていて、各挿話の合間に何があったのか、「映画では語られていないこと」について私たちにいろいろ考えさせる作りになっています。ふたりが出会ってこれから恋が始まりそうな瞬間に映画が終了することで、ハッピーエンドを迎えたような錯覚に陥る構成にも、観る側への意図的な揺さぶりを感じます。この点で「5×2」は、映像をただ与えられるばかりで受け身になりがちな観客を、積極的に作品に関わらせようとする映画であるともいえるでしょう。

ふたりを演じる俳優もすばらしく、とりわけマリオン役のヴァレリア・ブルーニ・テデスキは微妙な心理の変化を自然かつ繊細に表現しています。2番目のエピソードで、ジルが兄たちを前にショッキングな告白をする場面で、最初は平気な顔をしていたマリオンが次第に変化して行く様子は絶妙です。

ふたりの5つの分かれ路
メディアファクトリー (2006/02/24)



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2006年04月21日

「太陽がいっぱい」とアラン・ドロン

アラン・ドロン、といえば、元祖イケメン。

pleinsoleil01.jpg当時、小学生だった私には、アラン・ドロン(Alain Delon)が、どうしても人間の名前に思えなかった。ドロンだの、エマニュエルだの、フランスから届いてくる名前は、いかがわしい香りがプンプンしていた。アラン・ドロンは二枚目の代名詞だった(二枚目って、いまや死語?)。アラン・ドロンの顔をはっきり思い出せなくても、それに誰も疑念を差し挟むことはできなかった。当時の日本のイケメンと言えば、御三家と呼ばれた、郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎。日本レベルでは、この3人から選ぶことが許されたが、世界レベルでは選択の余地はなく、アラン・ドロンは遥か彼方に神のように君臨していたのだった。

エール・フランスが日本に就航したのが、1958年。南回りで50時間もかかった。その6年後の1964年に海外旅行がようやく自由化された。私がアラン・ドロンの名前を耳にしたのは、70年代に入ってからだと思う。フランスはまだまだ遠い国で、情報が少ない上に、私が住んでいたのは、市内に映画館がひとつしかないド田舎ときていた。一介の小学生がアラン・ドロンのことを知ろうとしても全く手がかりがなかった。ただ、母親が映画音楽好きで、家ではフランス映画のサントラ集が流れていた。こう書くと、私の家が非常にオシャレであったように聞こえるが、全くそうではない。再生装置はちゃぶ台の上のポータブル・プレイヤーだ。ニノ・ロータによる「太陽がいっぱい」の甘美なメロディーは未だにミニマル・ミュージックのように記憶に焼きついている。

アラン・ドロンの出世作「太陽がいっぱい」(1960年、ルネ・クレマン監督)を実際に見たのは中学生になってからだ。アラン・ドロンの容姿には取り立てて感慨はなかったが、「勝ち組」青年をうらやむ「負け組」青年の、悪魔的な瞳が印象的だった。

比較的最近の話題作と言えば、パトリス・ルコント監督の「ハーフ・ア・チャンス」(1988年)。「勝手にしやがれ」のジャン=ポール・ベルモンド、元祖フランス系コギャル、ヴァネッサ・パラディと共演している。変わりネタとしては、阪急交通社が1986年から91年まで「アラン・ドロンとツアーを一緒に」というツアーを企画し、往年のファンのオバ様たちがこぞって参加した。アラン・ドロンはセッティングされたディナーにちゃんとやってきて、参加者たちと食事しながら歓談したという。

FILM INFO
■Plein Soleil-太陽がいっぱい
■Une Chance Sur Deux-ハーフ・ア・チャンス

※アラン・ドロンツアーについてはerinさんから情報をいただきました…当時アラン・ドロンは16区のセーヌ河沿いのアパルトマンに住んでいたそうで、時間になるとその窓から手を振るのをホテルニッコー(現在はNOVOTEL,15区側河沿い)から覗くという(眺める?)趣向があったそうです。その数分でいったいいくら貰っていたのでしょうね?(by erin)

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2006年04月01日

音楽で観る映画(5)−「ヴァージン・スーサイズ」

virgin1 (2).jpg今回ご紹介するのは1999年に公開されたソフィア・コッポラ監督の「ヴァージン・スーサイズ」です。

舞台は1970年代のアメリカ、ミシガン州。厳格な両親に育てられたリズボン家の5人姉妹(注1)の日常を、当時彼女たちに憧れていた少年が回想する、というものです。末の妹セシリアの謎の自殺未遂というショッキングな出来事を体験した姉妹たちは、学校生活を再開しますが、どことなく退廃的な雰囲気が漂うようになります。セシリアのために開かれたパーティーもむなしく、彼女は理由を明らかにしないまま再度自らの命を絶ちます。その後親の監視がますます厳しくなり、ほとんど軟禁状態になった4人の姉妹は、ある日次々とセシリアの後を追うことになります。

virgin2 (2).jpgと、ストーリーをかいつまんでお話しするとものすごく暗い映画のように思えますが、実際はそれほど重苦しい感じはありません。20年くらい前の写真アルバムを覗いているような、少し色褪せたノスタルジックな映像のなかで、彼女たちにまつわるエピソードは、のんびりと、場合によってはユーモラスに語られていて、内容とのアンバランスさに観る側は不思議な感覚に包まれます。それは女性監督ならではの発想なのでしょうか・・セシリアがなぜ自殺を図ったのか精神分析医に問われたとき、「先生は13歳の少女だったことがないでしょう」と言い返す場面がありますが、「13歳の少女」だったことがない男性の方々は、この映画を観てどんな感想を持たれるのか、聞いてみたいなあ。

この映画を監督したソフィア・コッポラはアメリカの巨匠フランシス・フォード・コッポラの娘で、X-Girl や Milk Fed というファッションブランドを立ち上げたり、写真家として活動したり、多方面で活躍してきました。この作品は彼女の初監督作品ですが、映画の分野においてもその才能は発揮され、次作の「ロスト・イン・トランスレーション」(2003)(注2)ではアカデミー賞脚本賞を受賞しました。

virgin3 (2).jpgさて、ここからがフランス関連の話。「ヴァージン・スーサイズ」でサントラを担当しているのは、ソフィア・コッポラが自ら依頼したという、Air(エール)というフランスの2人組(注3)。エレクトロニックなサウンドをベースに、アコースティックギターやピアノ、時にホーンセクションがからみ、物憂い、でもどこか懐かしく思える音となって映像に実にマッチしています。サントラアルバムでは、彼らの気怠いヴォーカルも聴かれ、単独で聴いてもじゅうぶん楽しめる完成度の高い作品になっています。

エールの音楽に興味を持たれた方には、まずは彼らが1998年に発表したデビューアルバム "Moon Safari" をおすすめします。アンビエント・テクノ、クラブ・ミュージックといったジャンルにとどまらない、「エール・サウンド」というべき独自の作風は、聴いていると宇宙のどこかを浮遊しているような、脳内トリップ感覚を味わえます。


注1:四女を演じているキルスティン・ダンストは、今では「スパイダーマン」のMJ役など、ハリウッドのトップ・スター街道を歩んでいます。

注2:今をときめくマシュー南も出演しているこの作品で、音楽を担当しているのはケヴィン・シールズ。90年代UKロックシーンに詳しい方には、元マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのケヴィンといったらピンと来るでしょうか。エールの2人もこの映画に1曲提供しています。日本の往年の名バンド、はっぴいえんどの「風をあつめて」も聴くことができます。

注3:1985年結成。彼らの活動はフランスにとどまらず、ベック、バッファロー・ドーター、コーネリアスなど海外のアーティストたちとも積極的にコラボレートしています。

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5 10代特有の感情
5 おそろしくきれいな破滅
2 十代の自殺は綺麗か





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2006年03月27日

音楽で観る映画(4)−「汚れた血」

mauvais-sang5.jpgヌーヴェル・ヴァーグ以降、しばらく停滞気味だったフランス映画界に、80年代に入るとフレッシュな感覚をもつ若い監督たちが次々と現れます。とりわけ「ディーバ」 (1981) のジャン=ジャック・ベネックス、「サブウェイ」 (1984) のリュック・ベッソン、そして「汚れた血」 (1986) のレオス・カラックスら(注1)は、日本でも話題になり、学生だった私も彼らの作品を見ようと映画館に足を運んだものです。3人のなかではリュック・ベッソンがこの後ヒット作を次々飛ばし(注2)、世界的に知名度が高くなっていますね。でもこの当時観た彼らの作品のなかでいちばん鮮烈だったのは、文句なしにカラックスの「汚れた血」です。

愛の無い性行為によって感染する病気STBO(注3)が蔓延したうえ、ハレー彗星の接近で異常気象に見舞われるパリ。主人公のアレックス(ドニ・ラヴァン)は「生活を変える」ための金を手に入れようと、恋人リーズ(ジュリー・デルピー)の前から姿を消し、死んだ父親の仲間、マルク(ミッシェル・ピコリ)の誘いに乗ってSTBOのワクチンを盗む計画に加わるべく彼の家へ身を寄せますが、そこでマルクの恋人アンナ(ジュリエット・ビノシュ)(注4)に心を奪われてしまいます‥‥

mauvais sang7.jpgスクリーン上で観た映像の美しかったこと! アンナの肌の透けるような白さや彼女が着ていたカーディガンの鮮烈な赤い色が今でも目に焼き付いています。私はどちらかというと捨てられた恋人リーズのほうが好きなんですが、カラックスが当時のパートナーだったビノシュをこれでもか、というくらいきれいに撮ろうとする熱意が映画全体から伝わってきて、この映画はやはり彼女の代表作であることは否めません。

そして作品の随所にみられる「スピード」の感覚。ベネックスやベッソンの作品にも「速さ」の表現が見られますが、カラックスのそれは独特のものです。アレックスはリーズに「スピードの恍惚」を感じるよう、自分のオートバイを残していきますが、彼女がそれに乗って疾走するとき、私たちも同じくその恍惚を味わうのです。

mauvais-sang3.jpgその映像美に加え、この作品では音楽、特にプロコフィエフやブリテンといったクラシック音楽が効果的に用いられています。アレックスの留守電に使われたプロコフィエフの「ロミオとジュリエット」の一節は、その後に残されるメッセージともども非常に劇的ですし、アレックスがアンナを初めて目にしたときに流れるストリングスの旋律は、彼の心の動きをまるで音に変えたかのようです。

クラシックだけでなく、シャンソンやロックも多用され、なかでも中盤のクライマックスになっているのが、デヴィッド・ボウイの「モダン・ラヴ」に合わせてアレックスががむしゃらに通りを駆け抜ける場面。この部分はとても長いこともあって賛否両論なんですが、いろんな意味で記憶に残る場面です。


注1:当時彼らは「ヌーヴェル・ヌーヴェル・ヴァーグ」だとか、「ネオ・ヌーヴェル・ヴァーグ」だとかいう呼称でひとまとめにされていましたが、方向性は三者三様でした。

注2:「グラン・ブルー」、「ニキータ」、「レオン」の監督として、また「TAXI」や「WASABI」のプロデューサーとしても、おなじみですね。

注3:当時深刻化していたエイズの問題が暗示されています。ちなみにフランス語では エイズは SIDA と表されます。

注4:「汚れた血」にはヌーヴェル・ヴァーグ、とりわけジャン=リュック・ゴダールへのオマージュがあちこちに見られます。ジュリエット・ビノシュ演ずるアンナは、「女と男のいる舗道」や「女は女である」など60年代のゴダールの作品に多く主演し、パートナーでもあったアンナ・カリーナのイメージが色濃く反映されています。髪型なんかそのまんまだし、役名も「アンナ」だし。


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5 研ぎ澄まされたストイックな「愛の寓話」
3 飛べない白鳥たち
5 強烈な残像が心に刻まれる映像、疾走感。
5 美しい映像





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2006年03月22日

音楽で観る映画(3)−「夏至」

ete2.jpg毎回独断と偏見で選ばれた映画をご紹介するこのコーナー、今回の作品はトラン・アン・ユン監督が2000年に発表した「夏至」です。監督の名前がフランス人らしからぬ、と思われる方もいるでしょう。そのとおり、この監督はベトナム出身です。しかし彼は少年時に家族と共にフランスへ移住し、フランスで映画について学びました。彼がこれまでに撮った「青いパパイヤの香り」「シクロ」そして「夏至」はすべて自分のルーツであるベトナムを題材にしていますが、その作風にはやはりフランスで培われたものが感じられます(注1)。

3作品のいずれも、その映像の美しさにはっとさせられます。濡れたような深みのあるその色彩は、官能的とも言えるほど。「夏至」では、ホウ・シャオシェン監督の作品やウォン・カーウァイ監督の「花様年華」を撮影したリー・ピンビンを迎え、さらにその繊細さに磨きをかけています。

ete3.jpg「夏至」はハノイに暮らす3姉妹の物語で、長女の経営するカフェをよりどころにして、彼女たちの日常がゆったりと描かれています。しかし何事もなく日々を過ごしているように見える3人には、実は人知れぬ秘密がそれぞれあるのです。不倫、未婚の妊娠、パートナーへの不信、など扱われている問題は穏やかならぬものばかりですが、それらはたいへん静かに語られていて、観ている私たちはかえって落ち着いた心もちにさせられます。

この雰囲気に一枚かんでいるのは、映画に用いられた音楽です。トラン・アン・ユンの作品すべてのオリジナルサントラを担当するのは、これもパリ在住のベトナム人作曲家、トン・タ・ティエ。ドビュッシーにオリエンタルな味つけをほどこしたようなこまやかで神秘的なその旋律は、映像のすばらしい引き立て役となっています。

ete4.jpgオリジナル以外の音楽は、監督の思い入れがあるものばかりだそうで、それを知ると、一つ一つ噛みしめて聴きたくなってきますね。「夏至」では三女リエンの部屋のシーンで流れる、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドなどの、ちょっと気怠い感じの曲が印象的です。私はラストシーンの "Good bye, everyone..." というフレーズで始まる曲が耳に残り、調べてみたらこれはベルギーの Married Monk というバンドの "Tell her, tell her" という曲で、今では先日の Musical Baton にも入るくらい好きな曲になりました。

このほかトラン・アン・ユンの作品にはベトナムの音楽も多く用いられています。とりわけしっとりと歌われたベトナム歌謡(注2)は、歌詞の内容ともども静かに私たちの心を打ちます。

注1:たとえば「シクロ」で主人公が青いペンキを体じゅうに塗りたくるシーンは、ヌーヴェル・ヴァーグの監督、ジャン=リュック・ゴダールの「気狂いピエロ」を思い出させます。またフランス映画だけでなく、小津安二郎など日本映画への嗜好なども感じられます。

注2:「夏至」ではベトナムの作曲家チン・コン・ソンのヒット曲が使われています。この人はベトナムでは国民的音楽家で、その代表曲「美しい昔」を、3年前の紅白歌合戦で天童よしみ(!)が日本語版で歌っていて感涙モノでした。そのとき審査員だった三谷幸喜さんも「この人の歌で泣くとは思わなかった」のだそうです。

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5 ヴェトナミーズ・フレンチ監督の素敵な感覚器官
5 秘密がありますか?
5 アジア的癒しの溢れた映画





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2006年03月17日

「コーヒー&シガレッツ」

coffee-n-cigarettes.jpgカンヌ映画祭の常連、ジム・ジャームッシュ監督が実に18年、という長い年月の間に撮り続けた短編映画のオムニバス作品、「コーヒー&シガレッツ」をご紹介しましょう。タイトル通り、コーヒーとタバコをめぐって、取るに足りない、かもしれないけれど、私たちをクスリと笑わせ、しみじみさせてくれる11のエピソードが繰り広げられています。

すべてのエピソードはモノクロ映像で撮影されていますが、モノクロはジャームッシュの原点。彼の初期作品「ストレンジャー・ザン・パラダイス」 (1984) や、その後に発表された「ダウン・バイ・ロー」(1986) 、「デッドマン」(1995) などもモノクロ映画なのですが、単なる「白黒」の域にとどまらない、ある意味非常に「カラフル」な映像なのです。

個人ブログでも取りあげているこの作品をここでもご紹介したのは、エピソード中にフランス語が聞かれる1編があるからなのです。それは「問題なし (No problem) 」というタイトルで、アレックス・デスカスとイザック・デ・バンコレ(注1)という2人の黒人俳優がやりとりするエピソード。"Ça va?"(元気か?)、"Ne fais pas peur"(驚かすなよ)、"Il n'y a pas de problème"(問題ない)といったフレーズが所々で聞かれます。会話でも大いに使えそうな表現ばかりなので、ぜひ聞き取ってみてください。ちょっとモゾモゾした声だけれど。個人的にはいちばん好きなエピソードでもあります。

注1:アレックス・デスカスはフランスでクレール・ドゥニやオリヴィエ・アサイヤスといった個性的な監督の作品に出演している俳優。イザック・デ・バンコレは過去のジャームッシュ作品などアメリカで活動していますが、もともとコートジボワール出身の俳優です。


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5 となりのテーブルにいるくらいの感じ
4 これのどこが面白いか説明してみろ
5 コーヒーとタバコ
5 「なんか・・イイ!」を産み出せる天才
5 じわじわくる心地よさ




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2006年03月16日

ウォン・カーウァイとフランス

一昨年のカンヌ映画祭でキムタクが赤い絨毯の上を歩いていて、「何で?」と思ったら、カーウァイの「2046」に出演してたのだった。この映画は下馬評が高かったが、結局2004年のカンヌでは何の賞も取れず。キムタクに関して、カーウァイはだいぶ前から目をつけていたようだ。彼の演技は、賛否両論だったが、中国の俳優・女優たちの圧倒的な存在感(「SAYURI」にも出てるチャン・ツィイーの壮絶な表情ときたら!)に対して、キムタクの薄っぺらな、存在感のなさが対象的だった。これは別に悪い意味ではなく、中国から見た日本人像みたいなものが反映されているのだろう。先端技術が普及した未来国家の、自我の希薄な若い男というわけ。一応、これ近未来映画だしね。

恋する惑星花様年華「2046」はフランスもかんでいる多国籍合作映画だが、カーウァイにとってフランスは重要な国なはずだ。カーウァイ人気はフランスでまず火がついたと言われている。それまで香港映画と言えば、ブルース・リーやジャッキー・チェンのようなカンフー映画しか連想されなかった。カーウァイはアジアの若者の生態やライフスタイルをヨーロッパに知らしめたと言える。ヨーロッパの観客は新しいエキゾチズムを見ているのかもしれないが、一方では西洋も東洋もさほど違いがなくなり、グローバルな日常の共有から生まれる共感も多々存在するのだろう。

フランスは自国の映画だけでなく、他国の映画の紹介にも熱心で、フランスに行くといろんな種類のアジア映画を見ることができる。カーウァイは明らかにヨーロッパの観客を意識した映画作りをしており、自国よりもまずヨーロッパで「発見」されたという意味で、これまたヨーロッパで絶大な人気を誇る北野武(あざといくらい意識してる)と共通点がある。

「In mood for love〜花様年華」(2000年)はフランスで70万人を動員。「天使の涙」(1995年)は公開時にパリで見たが、ブームと言えるほどの人気ぶりで、街中にポスターが貼られていた記憶がある。この作品と「恋する惑星」(1994年)には、日本のドラマでもお馴染みの金城武が出演しており、彼はカーウァイによって見出された俳優のひとりだ。「恋する惑星」にはモンチッチ頭のフェイ・ウオンも出ていて、ケチャップの瓶を振り回しながら60年代の名曲「カリフォルニア・ドリーミング」に合わせて踊るシーンが素敵だ。

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2006年03月15日

音楽で観る映画(2)「死刑台のエレベーター」

Demoiselles.jpg1950年代の終わりごろから、フランスでは若い映画作家たちが次々に新しい感覚の映画を撮り始めました。今までの映画文法や、既成概念や、倫理観にとらわれない彼らの作品は、世界の映画界に大きな影響を与えました。この動きは「ヌーヴェル・ヴァーグ Nouvelle Vague(新しい波)」と呼ばれ、今でも私たちを魅了してやみません。ヌーヴェル・ヴァーグの作品では、音楽も効果的に用いられていることが多く、すぐに色々な例が思い浮かんできますが、今回はぐっと大人っぽい路線で、「死刑台のエレベーター」(1957)を取り上げてみましょう。

ルイ・マルが弱冠25歳にして初監督したこの作品は、美しい社長夫人フロランス(ジャンヌ・モロー)が愛人ジュリアン(モーリス・ロネ)と共謀して、夫を殺そうと完全犯罪の計画を立てるが、一つのミスがもとで事態が急変し、愛人は会社のエレベーターに閉じ込められてしまう‥‥というサスペンス映画。殺人に対して全く罪悪感を覚えることもなく、ただ愛するジュリアンと幸せになることだけをひたすら待ち望むフロランスを、ジャンヌ・モローが印象的に演じています。

しかし何よりも記憶に残るのは、冒頭のシーン(注1)からパララパララ‥‥と気怠い感じで聴こえてくるトランペットの音。このトランペットが先導するクールなジャズが映画全体に流れ、たとえばフロランスが待ち合わせに現れないジュリアンを探して夜のパリをさまようシーンでは、憂鬱で暗いこの音楽がいっそう彼女の不安や孤独を浮き彫りにしていますし、放置してあったジュリアンの車を若いカップルが勝手に乗り回す場面でかかるアップテンポの曲も、緊迫感を盛り上げます。

Demoiselles.jpgその音楽を担当したのは、「帝王」マイルス・デイヴィス。監督から依頼を受けた彼は、画面を見ながら即興で音楽をつけたそうです。とはいえその完成度の高いこと! ヌーヴェル・ヴァーグの映画でジャズを取り入れたものは少なくありませんが、なかでも「死刑台のエレベーター」は傑作中の傑作であり、単なる映画のサントラの域を脱して、マイルス・デイヴィスの代表作のひとつになったといえるでしょう。

ルイ・マル監督の映画では、印象深いジャズの音がこのほかにも方々で聴かれます。特におすすめしたいのは、「ルシアンの青春」(1973)(注2)と「五月のミル」(1989)。「ルシアン」のタイトル場面で流れる曲は、「ジプシー・スウィング・ギタリスト」ジャンゴ・ラインハルト(注3)によるもので、主人公の青年が田舎の風景を背景に自転車で走る姿に重なって、非常に軽快な音楽が聴かれます。そしてこのときにヴァイオリンを担当していたステファン・グラッペリが、後に「ミル」において、作品の雰囲気とぴったりの、実に生き生きした楽しいメロディーを奏でたのでした。フランスのジャズを、映画を通して味わってみるのもまた面白いかもしれませんね。

試聴できるサイトを探してみました(それぞれWindows Media Player, Real Audioなどのソフトが必要です)。

「死刑台のエレベーター」
「ルシアンの青春」の音楽"Minor Swing"
ステファン・グラッペリの音楽(残念ながら「五月のミル」は見つからず)

注1:ジャンヌ・モローの顔のアップから始まるこのシーン。音楽とともに、何度も繰り返される "Je t'aime" というセリフを聞き取ってみてください。

注2:第二次大戦中、ドイツの支配下に置かれたフランスを舞台にした作品。後年の「さよなら子供たち」(1987)とともに、戦争映画としてもすばらしい作品です。この作品についてもいつか投稿したいなあと思っています。

注3:ジャンゴ・ラインハルト(1910-1953)は若いときに左手の2本の指を痛めて動かせなくなってしまう、というアクシデントに見舞われました。しかしそれを見事に克服して生まれた独自の奏法によるすばらしいギターは、フランスだけでなく海外のミュージシャンにも影響を与えました。

死刑台のエレベーター
紀伊國屋書店 (2006/06/24)




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2006年03月13日

音楽で観る映画(1)「ロシュフォールの恋人たち」

Demoiselles.jpg映画を楽しむ要素として、監督、俳優、脚本、映像などいろいろ挙げられますが、音楽もまたその一つ。印象深い音楽を聴かせてくれるフランス映画はいろいろありますが、今回はジャック・ドゥミ監督の「ロシュフォールの恋人たち」(1965)をご紹介しましょう。

この作品は、大西洋に面した港町ロシュフォールに暮らす美しい双子の姉妹の恋物語を中心に、この町にやってきたさまざまな人々のエピソードをロマンチックに織りまぜた映画です(注1)。双子を演じるのは、実の姉妹であるカトリーヌ・ドヌーヴとフランソワーズ・ドルレアック。また名女優ダニエル・ダリュウ、ジャック・ペラン(注2)、渋いおじさまミッシェル・ピコリといったフランス人俳優だけでなく、ジョージ・チャキリスとジーン・ケリーというアメリカの俳優も出演するという豪華な顔ぶれです。

映画に詳しい人にはチャキリスとケリーという名前でピンと来るかもしれませんが、彼らはそれぞれ「ウェストサイド物語」、「雨に唄えば」という有名なミュージカル映画の主演男優。そうです、この「ロシュフォール」もミュージカル作品で、ある意味音楽が主役の映画なのです。

66Demoiselles03.jpgその音楽を担当するのは、ミシェル・ルグラン。フランスの映画音楽を語るときには欠かせない人物です。彼は実にさまざまな映画音楽を手がけており、とりわけジャック・ドゥミ監督と組んだ「シェルブールの雨傘」と、この「ロシュフォール」は成功をおさめました。ルグランが紡ぎだすのは、ジャズ、ポップス、クラシックなどが融合された、華やかで、上品で、「粋」な音楽‥‥というと何だかとっつきにくい感じがするかもしれません。しかし「ロシュフォール」で聴こえてくるのは、つい鼻歌で出てきてしまいそうな、実に親しみやすい、そしてどこか懐かしさを感じるメロディーばかり。また最近まで車のCM音楽に使われていたので、冒頭に流れる旋律に聴き覚えのある人も多いのではないでしょうか(注3)。

ルグランの軽快な音楽に合わせ、俳優たちはロシュフォールの町じゅうを終始歌って踊りまくります。今では貫禄たっぷりの大女優ドヌーヴ様もこのときはまるでお人形さんのよう。姉のフランソワーズ(注4)と息の合ったコンビぶりで、2人が町のお祭りで演ずるショーは見ものです。また「大御所」ジーン・ケリーは出番はそれほど多くないですが、さすがに登場すると存在感があり、笑っちゃうくらい愉快なステップを披露してくれます。

66Demoiselles04.jpgウキウキするようなメロディー、俳優たちの着こなすカラフルな60年代ファッション(これも必見!)、そして太陽の光にあふれた明るいロシュフォールの町‥‥この映画はすべてに生きるよろこびが物語られている、チャーミングな作品です。実は私はミュージカルは苦手なんですが、「ロシュフォール」だけは別。いきなり人々が歌って踊りだす状況に違和感を覚える人にも、おすすめしたい映画です。残念ながらDVDの生産は終了してしまったのですが、大きなレンタルビデオ店なら見つかると思いますよ。

注1:未解決の殺人事件、といった暗いエピソードも何気なくまじっています。

注2:「ニュー・シネマ・パラダイス」を観たことがある人なら、最後に映画館で泣いている人、といったらわかるかな? 最近では「WATARIDORI」という映画も監督しました。

注3:ルグランの音楽は、現在も某発泡酒のCMに使われています。

注4:この映画の公開後、フランソワーズは若くして世を去りました。それだけに、「ロシュフォール」の人生賛歌には感慨深いものがあります。


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2006年03月07日

WASABI

WASABI普段、死んだ魚の目で授業を受けている女子学生たちが、突然、目を輝かせて「フランス語、がんばる!」と言い出します。やはり彼女たちは、広末涼子がフランス語をしゃべっているのを見て勇気づけられるようです。それも彼女たちが見慣れた日本の風景の中で。ヒロスエはこの映画のためにフランスで、1ヶ月、フランス語の猛特訓したそうです(インタビュー参照)。フランスのサイトを見ると、彼女の演技とフランス語は賛否両論だったようですが、大俳優ジャン・レノを相手にあれだけしゃべれれば大したものですね。
 
『WASABI』は確かに、映画好きには物足りない、B級アクション映画なのですが、「テクノ・オリエンタリズム」という視点から見ると、とても興味深い作品です。つまりは、日本を先端のテクノロジーと古来の伝統文化が混在した国として見る視点なのですが、それには憧れと軽蔑というアンビヴァレントな感情がともなっています。

この映画は製作・脚本がリュック・ベッソン、監督は『TAXi2』も撮っているジェラール・クラヴジック。彼は『TAXi2』でも「ニンジャー!」など、日本ネタを随所にちりばめています。「WASABI」のDVD付録のインタビューでクラヴジックは、お約束のようにリドリー・スコット監督の「ブレードランナー」に言及しています。スコット監督の「ブラック・レイン」(これが遺作となった松田優作の鬼気迫る演技、サイバーシティー、大阪が舞台)も同じ系列の作品として挙げられるでしょう。

『WASABI』の舞台が東京に移るなり、フランス人の確信犯的な日本幻想が炸裂しています。細かく見ていくとけっこう芸も細かく、「先端と伝統」の対比も徹底されています。…アキハバラを通って浅草寺へ。携帯の着メロとお寺から流れるお経が重なる。遺体は天冠(幽霊が頭につけている三角の布)をつけ、一方でTVモニターを通して送棺する。フランス人もビックリなゴルフ練習場(接待ゴルフも暗示)と巨大なゲーセン(ジャン・レノがダンス・ダンス・レボリューションを踊らされる)。ヒロスエは銀行で電子サインをし、好んで聴くのは奇妙なオリエンタル・テクノなどなど…。もし、この映画がウソ臭く感じるとすれば、それはまさに「ポストモダン」日本のウソ臭さなんでしょうね。
 
こういう映画を見ると、日本の先端技術を誇りに思ったり、バカにされてんのかなあと感じたり、ナショナリズムの感情が揺れ動くのですが、そういう心の動きを見つめ直すのもいいかもしれません。
 
☆フランス語的見所
ヒロスエがジャン・レノにフランス語の発音を直されているシーンがあります。フランス語の音に関わる話なので、字幕だけ見ていると意味不明です。trou(穴)という音を正確に発音させるために、tigre(虎)とloup(狼)という単語を出してますが、発音するときの口の動きや表情がとても参考になります。

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posted by cyberbloom at 19:56 | パリ ☔ | Comment(0) | TrackBack(1) | フランス映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする