2016年06月13日

ジャック・リヴェット追悼

ヌーヴェル・ヴァーグの映画作家ジャック・リヴェットが87歳で亡くなったというニュースは、ごくわずかのフランス映画マニアしか驚かせない類の話かもしれない。リヴェットの映画には、確かにゴダールのような強烈なインパクトもなければ、トリュフォーのような親しみ易さもない。ロメールのような分かり易さもなければ、シャブロルにおける「サスペンス」のように特定のジャンルに括られることもない。しかし、彼が失われたことはフランス映画の「最良の部分」が消え去ったことを意味する。その点では、リヴェットの死は「ひとつの時代の終焉」と言っても良いほどの出来事であろう。

とかく、リヴェット作品は「難解」との烙印を押されることが多かった。『カイエ・デュ・シネマ』誌の元編集長。鋭利な批評家として名を馳せていた彼自身が熱狂的映画ファンであり、「毎日のように映画を観続けていた」という伝説から察するに、「普通の映画」などは何があっても撮ることは出来なかったのであろう。トリュフォー、ゴダール、シャブロル、ロメールが映画作家として快調な滑り出しを見せ、やがて映画界の巨匠への道を進む中、リヴェットだけは12時間以上も上映時間がかかる難解な映画(『アウトワン』)を平然と撮る「呪われた作家」として、孤高の獅子のように映画界に屹立し続けていた。自分の作品が普通に読まれるまで「100年以上かかるだろう」と言ったニーチェと同様に、受け入れられるまでに一体どれくらいの歳月がかかるのかとリヴェット本人も思っていたに違いない。

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リヴェットはそのキャリアの最初から「演劇」と「陰謀」というテーマに憑りつかれた作家だった。長編デビュー作『パリはわれらのもの』では劇団員の活動とその背後に蠢く陰謀がテーマとなるが、1970年代から80年代の作品群―『アウトワン』(1971)、『セリーヌとジュリーは船で行く』(1974)、『北の橋』(1981)、『地に堕ちた愛』(1984)―においても、そのテーマが陰に陽に現れては繰り返され、その中で、ビュル・オジエ、ジェーン・バーキン、ジェラルディン・チャップリンといったお気に入りの女優たちが不可思議な冒険を展開する。それが最も洗練された形で結実するのは『彼女たちの舞台』(1989)であり、日本においてもこれ以降、彼の作品がコンスタントに公開されるようになっていく。

1990年代以降のリヴェットは、1970年代の「カルト作家」扱いがまるで嘘であったかのように、次々に話題作を撮る映画作家へと変貌する。エマニュエル・ベアールを主演に据えた『美しき諍い女』(1991)ではカンヌ映画祭審査員特別グランプリを受賞。続く『ジャンヌ・ダルク』二部作(1994)では、ドライヤーやブレッソンによる映画史上の名作に挑みかかるように独自の救世主像を提示。さらに『パリでかくれんぼ』(1995)ではミュージカルに挑戦、ゴダールの妻だったアンナ・カリーナまでスクリーンに呼び戻し、自由で溌剌とした作品を産み出す。その勢いは2000年代になっても止まらず、『恋ごころ』(2001)や『ランジェ公爵夫人』(2007)でも多くの観客を唸らせた。

このように、時代によってその扱いがガラリと変わったリヴェットだったが、彼自身は基本的には何も変わっていなかったように思われる。フランスのドキュメンタリー番組『現代の映画作家』シリーズのリヴェット編(クレール・ド二監督)では、夭折した批評家セルジュ・ダネイを相手に滔々と語るリヴェットの姿が鮮やかに映し出されているが、自分の人生や撮影技法、創造の秘密について語る彼の様子はひたすら陽気で驚かされるほどだ。それは、韜晦なことを語って相手を煙に巻くタイプの芸術家とは対極的な姿勢であり、笑みを絶やさない彼の顔からは純朴な人柄が窺われ、多くの役者を惹きつける魅力が彼に間違いなく備わっていたことがはっきりと分かる。

リヴェットの死に際し、女優アンナ・カリーナは「フランス映画はもっとも自由で創造的な映画作家の一人を失った」と追悼の言葉を述べたが、まさにその通りであろう――カリーナ主演で撮影されたディドロ原作の『修道女』(1966)はカトリックを批判した作品であるが、リヴェットは宗教界から敵視され、この作品は上映禁止処分を受けたことがある――。実際、リヴェットはいかなるイデオロギーにも党派にも思想にも縛られることはなく、只々、自分自身にだけ忠実な映画作家だったと言えよう。ここまでやりたいことをやり切った映画作家というのは、映画史を見渡してもそうはいないのではないだろうか。しかし、いまそのような映画作家が世界に何人いるだろう。その意味で、彼の死は作家の自由な想像力=創造力がどこまでも許された「ひとつの時代の終焉」なのであろう。


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2015年04月02日

トリュフォー没後30年特集A―J=P・レオー、あるいは引き裂かれた人生―

トリュフォー映画と言えば、俳優ジャン=ピエール・レオーのことがすぐに思い出される。自伝的シリーズでトリュフォーの分身ともいえる主人公アントワーヌ・ドワネルを演じたこの俳優を見たことがないフランス映画ファンはいないはずだ。しかし、彼に対する反応は様々であろう。強烈にドワネルの人生に肩入れしてレオーを愛する人もいれば、ドワネルの優柔不断さをレオーのそれと同一視して、どうしても好きになれないという感想を抱く人もいる。確かにレオー自身の生の在り方も複雑で、苦労の連続であったことが様々な証言から明らかになりつつある。

大人は判ってくれない/あこがれ Blu-rayしかし、さまざまな考えがあっても、「ドワネルもの」がトリュフォー映画の中心部であったことに異論を唱える者はいないであろう。両親の愛に恵まれず、少年鑑別所に入れられるもののそこを脱走する、という話はトリュフォー自身が経験したものであり、デビュー作『大人は判ってくれない』(1959)で鮮やかに再現されている。それ以降、『逃げ去る恋』(1979)までの5作品で、実に20年間にわたり、トリュフォーは自己の少年時代・青年自身をこのドワネルという人物に仮託しながら、もう一度、自分自身の生を「フィルムの中で生き直そう」としたのである。そこには、彼自身の「在り得たかもしれないもう一つの生」が描き出されていたといっても過言ではない。

レオーはドワネルを演じることで映画界にその名を刻んだが、しかし、多くの点で困ることがあった。実際の彼がドワネルのような問題児ではないかと思い、映画会社が彼を別の作品に使うのを拒んだというのだ。だが、現実はむしろその逆で、レオーはドワネル以上にエキセントリックな性格であった為、様々な場面で問題を起こしたらしい。保護者同然であったトリュフォーはしばしばレオーの私生活上の問題の後始末をしなければならなかったようである。とはいえ、彼にとってレオーはまさに息子も同然であり、かつて恩師アンドレ・バザンが自分に与えてくれた愛情をレオーに返す、というような気持ちもトリュフォーにはあったのではないだろうか。

しかし、レオーの人生が複雑になるのは、ゴダールとの関係があったからである。レオーはトリュフォーの作品のみならず、当時はトリュフォーの「盟友」であったゴダールの作品にも出演していた。『男性・女性』(1966)、『メイド・イン・USA』(1967)、『中国女』(1967)などの作品で、ゴダール作品の常連でもあったレオーだが、1968年の「5月革命」を契機にその運命は大きく変わる。映画の在り方をめぐって、トリュフォーとゴダールが決裂したのである。あくまで過激路線を突き進もうとするゴダールに対し、自分が信じる精度の高い映画を撮ろうとするトリュフォーとの間に、もはや妥協点が見いだせなくなっていた。

映画製作の内幕を見事の描き、世界的に高く評価されたトリュフォーの作品『アメリカの夜』(1973)にこんなシーンがあった。恋人に捨てられて落ち込む中途半端な役者アルフォンス(レオー)に対して、フェラン監督(トリュフォー)は以下のように語りかける。「君や私のような者は映画のなかにしか生きられない。私達は映画という夜行列車に乗っているようなものだ。」『アメリカの夜』の中では終盤を飾る感動的な会話のひとつなのだが、このシーンにゴダールは激怒する。彼にはこんな甘ったるい台詞は許せないし、こんな映画は何一つ映画の真実を捉えていないというのだ。以下、ゴダールの手紙。

「昨日、きみの新作『アメリカの夜』を見たよ。きみは嘘つきだ。しかし、誰もそうは言わないだろうから。わたしははっきり、きみは嘘つきだと言ってやろう。これは「ファシスト」よばわりするような単なる悪口ではない。批評だ。批評精神の欠如への批評だ。(…)「映画は夜行列車に乗っているようなものだ」って?いったい誰がどんな列車の何等室に乗っているというんだ。運転しているのは誰なんだ。」(山田宏一『トリュフォーの手紙』、平凡社、2012年、324頁)

この部分はまだましな方で、この後、延々と罵詈雑言の数々が続く。挙句の果てに、自分の映画に金を出せと言って手紙を締めくくるのである。このゴダールの悪意丸出しの手紙に対して、トリュフォーは真摯に、しかしゴダール以上に長大で過激な批判の手紙をゴダールに対して送りつける。その手紙は、いかにかつてのトリュフォーが鋭利な批評家であったのかを彷彿とさせるほど見事に書かれており、有無を言わせぬ内容である。しかし、これを契機に二人は完全に決裂する。それと同時に、レオーもまた二人のあいだで引き裂かれるような形になってしまう。実際、レオーは二人のあいだを右往左往する立場を強いられたようである(実は上記の絶交書簡はレオーの手を通して行きかったのだという!)。

この引き裂かれたレオーの在り方がハイライトになっているドキュメンタリー映画が、『二人のヌーヴェルヴァーグ―ゴダールとトリュフォー―』(2010)という作品である。浩瀚なトリュフォーの伝記(邦訳『フランソワ・トリュフォー』、原書房、2006)をセルジュ・トゥヴィアナと共同執筆した映画学者アントワーヌ・ド・ベックによる実証的な脚本であり、フランス映画史に関心がある者は見逃してはならない一本である。その映画のなかでも印象的に捉えられているトリュフォーとゴダールの冷却関係は、結局、1984年のトリュフォーの急逝の為、解決せぬまま突然終止符を打たれることになる。ゴダールは葬儀にも姿を見せることはなく、そこにはやつれはてたレオーの姿があるばかりだった…。

しかしながら、レオーの人生はそれだけでは済まない。彼はまた『出発』(J・スコリモフスキー、1967)、『ラストタンゴ・イン・パリ』(B・ベルトルッチ、1972)、『ママと娼婦』(J・ユスターシュ、1973)、『コントラクト・キラー』(A・カウリスマキ、1990)、『イルマ・ヴェップ』(O・アサイヤス、1996)など、映画史を彩る名だたる巨匠たちの数々の作品に出演し続けて来た俳優なのだ。これらの作品に触れることなく、ヨーロッパ映画の歴史を語ることは不可能だろう。人生を引き裂かれながらも、あるいはそれ故に、他の人間には表現できないほど強烈な姿をレオーはフィルムに刻み続けて来たのではないだろうか。そして、レオーは70歳になる今もまた(1944年生まれ)、映画に出続けているのだ。


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2015年03月27日

トリュフォー没後30年特集@―トリュフォー映画の女優たち―

1984年10月21日。ヌーヴェル・ヴァーグを牽引した映画監督フランソワ・トリュフォーが急逝した。享年52歳。そして、あれから30年の月日が流れた。その間、フランス映画の地勢図は大きく変わった。L・ベッソン、L・カラックス、J=P・ジュネ、A・デプレシャン、F・オゾンら気鋭の新人監督が次々に頭角を現す一方、ドゥミ(1990)、ルイ・マル(1995)、ブレッソン(1999)、ロメール(2010)、シャブロル(2010)、ミレール(2012)、シェロー(2013)、そしてレネなど(2014)、「作家」たちが相次いでこの世を去った。いまや「ヌーヴェル・ヴァーグなど知らない」という世代まで現れている。それでは、トリュフォーは私たちに何を残してくれたのだろう。今回は、彼の映画を彩った女優たちを振り返ってみよう。

終電車 Blu-rayトリュフォー映画の女優たちは、恐らく自分たちのキャリアの中で最高の演技をしたのではないだろうか。例えばカトリーヌ・ドヌーヴ(1943-)。『シェルブールの雨傘』(1964)で彗星のごとく現れたこの女優が、本当にフランス映画を代表する女優の地位を掴むことができたのは紛れもなくトリュフォーの映画に出たからではないか。もちろん、『暗くなるまでこの恋を』(1969)は「ご愛嬌」としか言えない。しかし、『終電車』(1980)はトリュフォーにとっても最大のヒット作であると同時に、ドヌーブにとっても最高の一作ではないだろうか。占領下のパリで劇団を運営しながら、地下に隠れたユダヤ人の夫と共に戦火を乗り切る気丈な女優マリオン。彼女の他のすべての映画が忘れ去られたとしても、『終電車』が忘れられることはあるまい。この映画は、元恋人のドヌーブにトリュフォーが渡した最後のプレゼントだったのだ。

続いて、イザベル・アジャーニ(1955-)。彼女も当初はコメディ・フランセーズ所属の新人舞台女優に過ぎず、才能の萌芽が見られるとはいえ、演劇の世界でのみその名が知られる程度の存在だった。そんな彼女を映画の世界に導き入れ、そして最高の役を与えて、類まれなる演技をさせて産み出された作品が『アデルの恋の物語』(1975)である。演じるのはヴィクトル・ユーゴーの娘アデル。それも狂気の果てに死ぬという難役。しかし、彼女は見事に演じ切る。実際、この作品がなかったらアジャーニは映画女優を続けることが出来なかったであろう。この作品と共に、彼女は女優として開眼した。トリュフォーは間違いなく、アジャーニを映画女優へと作り変えた張本人なのである。

アメリカの夜 特別版 [DVD]そして、いまやフランス映画界の重鎮ともいえるナタリー・バイ(1948-)。『アメリカの夜』(1973)でスクリプターを演じていた頃は、映画の世界に足を踏み入れたばかりのほんの駆け出しの女優に過ぎなかった。しかし、トリュフォーは彼女の持つ魅力を決して見逃すことはなかった。ヘンリー・ジェイムスの小説『死者の祭壇』に霊感を受けて作られた異色の作品『緑色の部屋』(1978)でトリュフォーと共に主演を務めたバイは、本格的な女優としての道を歩み始める。私にとって、『緑色の部屋』はトリュフォーの最高傑作である。亡き妻を忘れることが出来ず、部屋のなかに閉じ籠るジュリアン(トリュフォー)と同じような境遇のセシリア(バイ)の物語。これは何度でも見たくなるような作品ではない。しかし、見たことを決して忘れたくない、そういう類の作品である。蝋燭に火を点すナタリー・バイの仕草と最後の台詞(「ジュリアン・ダヴェンヌ…」)は至上の場面だろう。

鬼籍に入った女優も忘れてはいけないだろう。トリュフォーが映画監督として初めて本格的に取り組んだ短編映画『あこがれ』(1958)のヒロイン、ベルナデット・ラフォン(1938-2013)は少年たちの羨望の対象を見事に演じ切り、トリュフォーに長編デビュー作(『大人は判ってくれない』)への道をひらく。彼が『私のように美しい娘』(1972)で再度彼女を主演に起用するのは『あこがれ』へのお返しだろう。『二十歳の恋(フランス篇)』(1962)でアントワーヌの初恋の相手コレットを演じたマリ=フランス・ピジエ(1944-2011)は『夜霧の恋人たち』(1968)にも出演。トリュフォーの絶大なる信頼を得て、続く『逃げ去る恋』(1979)では脚本にも加わるなど、トリュフォー組の常連だった。『夜霧〜』と『逃げ去る〜』で愛くるしい笑顔を見せたクロード・ジャド(1948-2006)も、残念ながらもはやこの世にはいない。

突然炎のごとく Blu-rayもちろん、「フランス映画の顔」とも言うべきジャンヌ・モロー(1928-)(『突然炎のごとく』(1962)、『黒衣の花嫁』(1968)に出演)や、トリュフォー最後のパートナーで彼の死後に娘を生んだファニー・アルダン(1949-)(『隣の女』(1981)、『日曜日が待ち遠しい!』(1983)に出演)も決してその名を逸することが出来ない女優たちである。しかし、私は特に『夜霧〜』に出演したデルフィーヌ・セイリグ(1932-1990)の名を最後に挙げたい。アントワーヌを夢中にさせる蠱惑的なマダムを演じられるのは、他の誰とも異なる得も言われぬ魅力を放つ彼女以外には考えられないだろう。セイリグはもちろんレネ(『去年マリエンバートで』)やブニュエル(『ブルジョワジーの密かな愉しみ』)の女優という印象が強いが、トリュフォー作品でも大きな足跡を残していることを忘れてはなるまい。

私は最初に、「トリュフォー映画の女優たちは、恐らく自分たちのキャリアの中で最高の演技をしたのではないだろうか」と書いた。しかし、こうして振り返って見てみれば、これらトリュフォー作品において、フランス映画のまさに最良の瞬間がフィルムの中で形作られたことに気づかざるを得ない。「映画は現実を生々しく映し出す」というのはトリュフォーの師であるネオ・レアリズモの巨匠ロッセリーニと批評家アンドレ・バザンの揺るぎのない考えだった。まさにトリュフォーは師の教えに忠実に、女優たちの「現実」を最高の形でフィルムに刻み付けたのである。月並みな言い方だが、それらは決して色褪せることがないのだ。

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2013年11月20日

I went to Paris ― 80’sアメリカン・スウィートハートの回想

モリー・リングウォルド。その名を聞くと胸がきゅんとなる中年が少なからず、います。80年代に幾つものアメリカ製ティーン・ムービー・クラシックでヒロインを演じた彼女。わかりやすいカワイこちゃんキャラではないけれど、人をひきつけるユニークでニュアンスある演技で当時の少年少女の心をわしづかみにしたのでした。あの頃、誰もが漠然と感じていました―「大人の役を演じるモリーはまたどんなに素敵だろう」と。しかし、レディとなったモリーをスクリーンで見ることはできませんでした。なぜって、モリーはハリウッドを去り、パリにいたのです。US版ヴォーグ誌で、彼女自らがその時の体験を綴っています(2013年6月号、”An Education”)。

プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角 [DVD]2歳から子役として芸能界入りし走り続けてきた彼女にとって、20代を過ぎた頃から、演じるということががさほど魅力的でなくなっていました。オファーされる役にも興味が持てないし、手にした名声も楽しめない。成功の証であるLAのマルホランド・ドライブの自宅も、おしゃれなホテルの部屋みたいでしっくりこない。ブルーなモリーに追い打ちをかけるように、悪い事がおこります。泥棒にあったのです(留守中の出来事であったのがせめてもの救いでした)。怖さのあまりその日から防弾扉(!)がはめ込まれた特注のクローゼットの中で、服と一緒に眠るはめに・・・。芸能界を離れ大学へ行く事を決断するのに、さほど時間はかかりませんでした。同級生はちょうど大学を卒業した頃。一周遅れだけれど、今の私には新しい生き方が必要だと。ただキャンパスへ直行することはできませんでした。大学は新年度が始まる前の夏休み中で、彼女自身も映画の撮影でフランスに行かなければならかったのです。最後の映画出演を終えたら、帰国して秋にはカリフォルニアで大学生になる―新しい生活への期待を胸に、モリーは家を売り払い、6つのスーツケースとともにパリへ旅立ちます。

夏のがらんとしたパリ。ホテルではなく1区のアパルトマンに落ち着いて、最後となるはずの映画撮影に入ったモリーを、予想外の展開が待っていました。まず、スタッフの一人として撮影に参加していたフランス人、作家志望のアンリと恋に落ちてしまったのです。個性的な顔立ちに深いグリーンの瞳、集団から離れエルムの木陰でフランスの古典文学に読みふけっている彼を見かけて、モリーの方から近づきました。そして―パリの街そのもの、にも恋してしまったのです。撮影が終了しアメリカへ戻る日が迫った夜、アンリと一緒に乗ったテュイルリー公園の大観覧車からみた夜景−パリ中の灯りという灯りが「モリー、行かないで!」とばかりにキラキラとまたたく光景を見て、彼女は心に決めます。アメリカには戻らない。パリに居よう、と。

小さい頃からいつも冷静に、無責任なふるまいをしないように生きてきた彼女にとって、それは大きな決断でした。でも、私はまだ20そこそこ。仕事にも家庭にもしばられていない自由な今でしかできないことじゃない?

マレー地区のシルク・ディヴェールの小屋の向かいにあるアパルトマンを借り、大学には入学延期を伝え、アメリカにいる家族やエージェントに電話をかけました。「帰国しない。」と。冗談ばっかり、と誰もが笑って受け流したけれど、ママは大泣きしました。家でも撮影現場でいつも彼女を見守ってきた彼女にはわかったのです。あの子は本気なのだと。

ただパリで無為に過ごすだけではつまらない。モリーは取りあえず「目標」を決めることにします。演じることが嫌いになった訳ではないから、フランスで、フランス語で演じる役をオファーされるようになるまで、フランス語をマスターしよう。期限は2年間。高校はフランス系の学校だったし、フランス語の素養がないわけではない。がんばればきっとできるはず!週3日フランス語のクラスに通い、猛勉強する日々が始まりました。

オフの日は、究極のツアーガイドであるアンリがパリのあちこちに連れていってくれます。観光客が行かないようなパリの穴場を巡り、発音できそうにない名前の美味しい料理を頂く。ロマンチック美術館の庭でのティータイム、アラブ人街の喧噪・・何もかもが物珍しく、楽しい。何でも知っているアンリは、モリーの目を開かせようと、文学、歴史、政治から食とありとあらゆることを教えてくれました。

教わる内容もさることながら、モリーにとって新鮮だったのは、受け身でいることの開放感でした。子供みたいに全てアンリにおまかせしていればいい。小さい頃から現場の大人達に迷惑をかけないよう自分の判断で動いてきたモリーにとって、それはぞくぞくするほどエキゾチックな体験だったのです。フランス語で話す時も、アンリが側にいてくれれば安心でした。まだフランス語での会話に自信がもてず、ハイトーンで子供っぽい自分の声も嫌いだったモリーにとって、アンリは頼れる通訳でした。インテリばかりのアンリの友達(「とっても知的」なアンリの元カノは、モリーのことを影で「デブのヤンキー」呼んでいました)とも、スムーズに付き合えます。だまってニコニコしていい「生徒」でいればいい、アンリが支えてくれる。そして、アンリなしには回らないライフスタイルにモリーは落ち込んでいったのです。

一緒に過ごすうちに、アンリが難しいパートナーであることに、モリーは気付かされてゆきます。気分屋さんで、嫉妬深くて、頑固で、気に入らないことは頑としてうけつけない。「通訳」をするときも、モリーの言いたい事が意に添わないとだまってしまう。特に困ったのが、モリーの過去の栄光に対する激しい嫉妬でした。モリーにも変えようがない事実を前にいらだつアンリに戸惑いつつも、仕方がないことなのかとあまり考えないようにして、パリでの日々が過ぎてゆきます。

フランス語会話のレベルが「流暢」と呼んでもいいぐらいになり、デリダを読みふけるアンリの側で『プチ・ニコラ』をめくる生活に退屈しはじめたころ、モリーのもとについにフランス映画への出演オファーが舞い込みます。目標達成まであと一歩のところにきたのです。初日はのっけから、疎遠となった父と向き合いエモーショナルに演じる難しいシーン。フランス語のセリフ回しは完璧で、カットの声がかかった途端、スタッフ全員が思わず拍手するほどの出来映えでした。久しぶりの現場ではりきるモリーに、思わぬ難題が降りかかります。

シャワーに入っているモリーをシャワーブースの外から撮影するシーンで、着用するはずだったスキンカラーのボディースーツが役に立たない事が判明したのです。ボディスーツの色のせいで、ブースの曇りガラス越しでもフェイクを着ているのが丸ばれなのでした。シーンを成立させるには、脱ぐしかない。曇りガラス越しだとヌードであることはほとんどわからないと説得されたものの、撮影で裸にあることはこれまで一度もなかったのです。ママは、どんなにいい映画でも裸のシーンがあればオファーを断ってきました。モリーを守ろうと努力してきたママの顔がちらつき、頭の中が真っ白になります。

混乱を前にまず動いたのが、監督でした。50代半ばの彼女は、男ばかりのクルーに、「ほらみんな後ろむいて!」と叫ぶと、服を脱ぎ捨て自らシャワーブースに入ったのです。「どう、モリー、問題ないでしょ?」その瞬間、モリーの役者魂にスイッチが入ります。モリーは笑顔で服を脱ぎ捨て、シャワーシーンの撮影が始まりました。

控え室に戻ると、怒り狂ったアンリが待っていました。「お前の裸見たさに人はよろこんで金を払うのに、お前ときたらただでそれをやった!」ありとあらゆるののしり言葉(しかも意味がわからなかったら困るので、ご丁寧に後で英語で言い直して)をノンストップで浴び、バスローブ姿で震えながら、モリーは、ひとつの終わりを噛み締めます。女優として、一人の女性として、私らしくいるために、アンリと別れよう。子供のようにアンリに依存しコントロールされて生きることはもうできない、と。それは、パリでの自由時間の終わりを決めた瞬間でした。

その晩、アンリに、いつもよりずっと低い声で申し渡しました。「撮影現場には二度と足を踏み入れないで」。そして撮影終了後、マレー地区のアパルトマンを引き払い、ニューヨークへ去りました。パリへ来たときと同じ、6つのスーツケースと一緒に…。

あれから十数年。アメリカで結婚し母となり、俳優業以外にジャズシンガーとしても歩み始めたモリーにとって、今でもパリは特別な場所。食事の作法から、物の見方から、パリで吸収した事の一つ一つがが彼女を形作るものになっています。サラダ一つとってもそう。メインディッシュの前に頂く食べものにすることができなくなってしまいました。学位のようなわかりやすい成果はないけれど、今輝くモリーは、パリでの日々なしにはないのです。10数年を経て、家族旅行で訪れたマレー地区で、モリーは娘にこう言ったそうです。「ママはここで大人になったのよ」と。

ハリウッド時代のモリーを見てみたい方はこちらでどうぞ。
http:/youtu.be/fvhTCUDHbvs

言わずと知れた映画『勝手にしやがれ』のワンシーン。フランスのインテリは、アメリカの女の子にこのジーン・セバーグのセリフをしゃべらせる誘惑にかられるようで、モリーも散々言わされたそうです。正確なニュアンスを知りようのない女の子が、外国のアクセントであの汚い言葉を口にすると、たまらんそうで。趣味悪いですね…。
http://youtu.be/Bfr-qUXjl80


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2013年06月28日

映画評論家、梅本洋一は風のように逝った

「人生なんて瞬きするぐらいの長さしかない」と呟いたことのある映画評論家が、その言葉どおり、突然、この世を去った。彼の名は梅本洋一。享年60歳。横浜国立大学教授。元『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』編集長。現在、NHKラジオ番組『まいにちフランス語』の応用編で渋い声を聴かせてくれているあの人だ。情報によると番組の打ち上げの席で突然倒れ、そのまま病院に搬送されて帰らぬ人になったのだという。

映画が生まれる瞬間―シネマをめぐる12人へのインタヴュー映画旅日記 パリ‐東京nobody 25

1980年代から90年代にかけ、フランス映画を中心とする批評活動の中心にいた人物である。私は大学時代に彼の講義を3年ほど続けて受け、映画を観るということの基本的な姿勢を学んだような気がする。「この映画を観なかったら一体何のために生まれてきたのか」などという挑発的な言辞を吐くのが常であった彼の講義は、映画に対する果てしない情熱に溢れていたように思える。80年代後半にドゥルーズの『シネマ』を精緻に読むなどという高度な講義をやることが出来たのは彼ぐらいではなかっただろうか。それ自体が映画の一場面であるかのような講義を休むことなく彼は続けていた。

それにしても、彼の世代の映画評論家はみなレベルが高かった。蓮実重彦の薫陶を少なからず受けた松浦寿輝、四方田犬彦、兼子正勝、千葉文夫、丹生谷貴士そして梅本さんら新進気鋭の映画評論家たちが競うようにして映画批評を書き、我々はそれに導かれるようにして映画館に駆けつけたものである。その中でも最も学生を相手にした講義に情熱を燃やしていたのが梅本さんだったのではあるまいか。所属する横浜国大は言うまでもなく、学習院、早稲田などの近隣の大学に加え、東京日仏学院で繰り広げられた映画ゼミナールは15年以上も続いていたようだ。ゴダール、リヴェット、イーストウッド、カサヴェテス、北野武…彼らの映画は梅本さんの言葉と共にそこに在った。

彼はまた批評を書くのみならず、多くの映画人との交流を実現した稀有な社交家でもあった。初期のヴィム・ヴェンダースを日本に紹介し、長大なインタビュー本(『天使のまなざし―ヴィム・ヴェンダース、映画を語る』、共編、フィルムアート社、1988年)を刊行したのも彼であったし、トリュフォーのインタビューで言及されるだけで日本では全く知られていなかった映画監督ジャック・ドワイヨンを日本に招き、アテネ・フランセで特集上映を実現したのも彼である(恐らく1989年ごろ)。90年代後半にパスカル・フェランを招いたのも彼だ。そればかりではない。『カイエ・デュ・シネマ』などというフランスを代表する映画批評誌と契約を結び、その日本版を10年近くに亘って刊行し(出版社はフィルムアート社、途中から勁草書房)、執筆者の中から青山真治や篠崎誠など、世界の映画祭を席巻する映画監督を輩出するということまで成し遂げたのも彼だ。

あまりにも才能に溢れた彼は奇抜なことを思いつく人でもあった。彼自身も演劇研究者であった梅本さん(パリ第8大学ではフランス演劇の研究で博士号を取得)は、同僚であった美学者の室井尚と「共謀」し、横浜国大に唐十郎を教授として招へいするという当時としては大胆な人事を実現する。結果として、「唐ゼミ」はアマチュア演劇の枠を超えた劇団へと成長し、いまも活動を続けている(この辺りは室井尚『教室を路地に!横浜国大vs唐十郎2739日』、岩波書店、2005年を参照されたい)。そればかりではない。無類のラグビー好きというのはともかく、料理を作らせてはプロ級の腕前を持つ梅本さんは料理本を出版したほか、最近では建築関係にも本格的に足を踏み入れ、著書を上梓している(『建築を読む―アーバン・ランドスケープTokyo‐Yokohama』、青土社、2006年)。大学院では「都市イノベーション研究院」なる新しい学科の学科長を務めている最中での急逝であった。

彼の本は数多いが、もしも一冊挙げるとしたら私は『映画=日誌―ロードムーヴィーのように』(青土社、2000年)を迷わず選ぶ。現在出ているのは再版されたものだが、原著は1980年代の後半に刊行され、私はその頃にこれを読んでいる。この批評的エッセイでは、まさに都市から都市を旅するように映画を観続ける彼の足跡をたどることが出来る。アラン・タネール論や成瀬巳喜男論、ヴェネチア映画祭のリポートなどは彼でなければ書けない類のものであろう。「感傷的すぎる」という批判も一部にはあったが、深い知識に裏付けられているからこそ書ける一流のエッセイと言えるのではないか。

2012年の10月、NHKラジオの『まいにちフランス語』の応用編(木、金曜日)を彼が担当すると知った時は驚いた。彼が語学の教育にそれほど興味があるとは思わなかったからだ。しかし、ためしに聴いてみたら彼の映画狂ぶりがまるだしの番組で、「映画批評家梅本洋一は健在なり」ということを改めて印象付けた。30年前のトリュフォーへのインタビューをはじめ、映画批評家や女優など、様々なフランスの映画人との対話録音を通してフランス語の会話表現を学ぶという構成で、彼の面目躍如となる内容である。恐らくあと3週間分は録音されていると思うので、是非彼の流暢なフランス語を聴いていただきたい(NHKの番組サイトでは前の週の内容を聴くことが出来る)。

『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』の休刊後、梅本さんは今度は『nobody』というネット販売が主体の映画批評誌を起ち上げ(2001年創刊、既に37号まで刊行)、同時に同じ名前のサイトで映画、ラグビー、建築を自由に論じるようになった。これを覗くと、梅本さんの最後の記事は2月6日に掲載されたものになる。アラン・レネの新作を論じたものと、大島渚の追悼文の二つだ。最後の記事が日仏のヌーヴェルヴァーグの作家であったというのも偶然とはいえ、梅本さんらしいとしか言いようがない。今はただ冥福を祈るのみだ。



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2013年06月13日

『その後のふたり』 辻仁成監督

先日、大阪・十三のシアターセブンで辻仁成監督の「その後のふたり」を見た。その日は監督ご自身が舞台挨拶に来られ、そのあと控室で直接お話をうかがった。

その後のふたり「その後のふたり」はフランスで日本映画を紹介するパリ・キノタヨ映画祭で、観客の投票によって選ばれる最優秀映像賞を受賞した。つまりフランス人の観客から好評を得たということだ。この作品にはフランス側からの入り口もちゃんと用意されている。フランス人が好む「悟り」とか「禅」という日本語が最初から出てくるが、それらは今や全くのオリエンタリズムではなく、フランス人の中でもそれなりに消化され、理解されている言葉だ。純哉の肌の上に書き込まれるフランス語の詩も「書」のようだ。フランス人の芸術への関心、日本的な美への関心は驚くほど高い。

芸術の制作上の葛藤とか、母親くらいの年齢の女性を好きになるという展開に少々戸惑いながら先に進んでいくが、次第に映画のテンポにのせられていく。七海役の坂井真紀さんは歳を重ね、味のある女優さんになった(個人的には望月峯太郎原作のTVドラマ『お茶の間』のプー役を真っ先に想起する)。昔から表情の豊かな女優さんだなと思っていたが、この映画での「切れキャラ」も凄味があって、素敵である。感覚的に先に突っ走る七海に対して、周囲への配慮と協調性を求める純哉。撮影の現場でブチ切れる七海に対し、純哉が「だから嫌われるんだよ」と吐き捨てるシーンに、自分自身同じような現実の場面に何度か遭遇した覚えがある。男女の普遍的な衝突である。

恋愛をテーマにすることは突飛なバリエーションを描くことではない。むしろわかりやすい同じテーマを反復して、人間の真実を思い出させることなのだ。辻さんは単線的な物語に収斂させるのではなく、感情の襞を多面的に見せ、イメージを積み重ねていく。見る者の内側にも様々な感覚や感情を喚起しながら。それがある瞬間に弾けるようにカタルシスをもたらす。そのひとつが、私の場合、七海が振り返って「どうする?」(純哉がフランス語で言う ‘A quoi joues-tu?に対応する’ )と問いかけるシーンで、ふいに涙腺が刺激された。関係が不安定なときには絶望的に響く言葉であるが、お互いにその問いを投げ返しながらふたりの未来をさぐる言葉でもある。

一方、純哉はフランス人の母娘のあいだに入り込むことで一種の触媒になる。滞っていた彼女たちの関係に動きと流れを作る。そこに失踪したシャンタルの夫、つまりアンナの父親が偶然現れる。そして息を吹き返しつつある家族から押し出され、自分の役目を終えたように、純哉は東京に帰っていく。フランス人はそこに東洋的、日本的な関係性を見出すかもしれない。

「緊張と弛緩。それが舞踏のすべて。人生と同じように」と映画にも小竹役で出演している伊藤キムさんが言っているが、舞踏は淀んでいた関係が動き出すことを暗示しているようだ。小竹が七海にダンスを教えるシーンがある。それは実際に伊藤さんが坂井さんに舞踏を教えているのをそのままドキュメンタリーのように撮ったものだという。砂のような何かを受け取る動き。束縛からすり抜ける動き。それらの動きが、彼女の心の動きや純哉との関係と重なり合う。そうやって自分を客観的に見つめる。イニシエーションのように変わっていく自分をとらえ直す。そして映画の楽しみ、映画と小説の大きな違いを舞踏のシーンが的確に教えてくれる。

「その後のふたり」のフランス語タイトルは ” Paris Tokyo Paysage” である。これは「東京とパリを撮った映画で、主役は街なんだ」と辻さんが強調していた。街は変わらないが、人は移ろいゆく。確固とした変わらないまなざしを持つのは街の方だ。特にパリは19世紀半ばのパリ改造以来変わらない、歴史の重力の中に深く沈み込む石造りの街だ。それに比べれば人の営みなんてもろく、危うい。そしてアートと呼ばれるかりそめの約束事。母親くらいの歳のアーティストの手で純哉の肌の上に書かれた詩は、タトゥーのように皮膚に刻み込まれたものではない。その文字も意味も、息を吹きかけただけで剥がれて散って行きそうだ。

またこの映画には、映画の撮影とは別に収集されたパリと東京の風景が織り込まれている。パリの風景は辻さんが、東京の風景は中村夏葉さんというカメラマンが時間をかけて拾い集めたものだ。どれもが心を洗うように美しく、感覚的に、構図的に心地よい。また純哉と七海のビデオレターが東京とパリを行き来する。時間のズレが、感情のズレを生み、他の誰かの視線にさらされるという偶然をともないながら。

大資本による映画が大手をふるう中で、小さな手作りの映画が排除されていく。一方で技術の進歩、特に小型のデジタルカメラによって映画を撮るコストが格段に下がったと辻さんは言う。高性能デジタルカメラの革新性について熱く語る姿が印象的だったが、「その後のふたり」を撮った目的のひとつは、低予算で映画を作る技術的なシステムを確立することだった。それは同時に共感と人間力をベースにした実験でもある。ボランティアのスタッフの自発性に賭けるしかないからだ。ボランティアによるスタッフの撮影現場の話は、映画の中の撮影シーンと否応なしに重なる。ボランティアだから束縛できない。実際理由も告げず来なくなるスタッフがときどきいて、それが2、3日後にひょっこり戻ってきたり、そういうエピソードを聞くのも楽しかった。

これまでは、権威主義的なマネージメント、つまり報酬によって人を拘束し、人をアメとムチで駆り立てて動かすやり方が主流だった。しかし一方で人間にとって仕事は遊びと同じように自然な行為で、人は仕事を通して何かを実現しようとする。新しいマネージメントはその意志を束ねるのだ。共同で何かを成し遂げようとする場合は、組織をよりよく動かすための知恵や工夫も発揮される。もちろんそのためにはそれが夢中になれる対象であることは当然だが、プロジェクトの全体を牽引し、みんなのモチベーションを支えるのは、揺るがない情熱だ。生の辻さんを前にして感じたのはカリスマティックな存在感と、何よりも溢れ出る情熱なのだった。311後、先を見通す人たちは口々に「行動しながら考える」と言うが、辻さんもそのひとりだ。現在の日本の閉塞状況において(円が安くなり株は上がっているが本質的には何も変わってはいない)、突破口の在り処を身をもって示してくれている。

自主製作映画は大きな広告やキャンペーンが打てないので、口コミやSNSの力にも大きく頼ることになる。辻さん自身精力的に舞台挨拶で各地を飛び回り、ファンとの交流も惜しまない。ツィッターの媒介力も大きいようで、上映を待つために並んでいたとき、隣にいた女性たちはツィッターで声を掛け合い、映画館で初めて互いに会ったようだった。そして辻さんからの最新情報によれば(6月11日)、パリ五区にある映画館リュセルネール Cinéma Lucernaire で今年10月、「その後のふたり」短期公開が決まったそうだ。

トップの写真は小説版『その後のふたり』である。小説はその後ふたりが3年ぶりに再会したところから始まる。そこには映画の中では描かれていないもうひとつの世界が展開する。「映画を先に観た人が小説を読むと驚く仕掛けが施されており、小説を先に読んだ人が映画を観ると、角度の違いでこれほどまでに異なる世界が生じる不思議を体験する」と解説されている。


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2013年04月16日

『フランス、幸せのメソッド』 セドリック・クラピッシュ監督

この映画には『フランス、幸せのメソッド』という邦題がつけられ、『プリティ・ウーマン』的なオシャレな玉の輿映画をイメージさせたいようだが、そういう類の映画では全くない。原題は的確に映画の内容を表している。”Ma part du gâteau” (私のパイの分け前)である。

フランス、幸せのメソッド [DVD]リスク社会論のウリッヒ・ベックが「ブーメラン効果」について論じている。自分には関係がないと思っていたところから思わぬ危害がはねかえってくることだ。経営者は、労働者が不満を言い、騒ぎを起こしたら解雇すればいいと安易に考えてはいけない。格差を放置すると治安の悪化が起り、若者は子供を作らなくなり、税収が落ちる。分厚い中間層が存在しないと経営者たちが生産するものを消費してもらえない。経済学者のスティグリッツも「独占的な私利の追求によって経済全体が傷つく」と警鐘を鳴らす。第三世界の貧困など他人事と思っていたら、テロリストが飛行機をハイジャックして高層ビルに突っ込んでくる。地方のことは関係がないと思っていたら、原発が爆発し、放射能がまき散らされる。それでも見たくないものを強引に遮断し、高い塀を巡らせた「ゲーテッド・コミュニティ」に住むという選択もある。実際、そういう場所が世界には存在する。それでも誰かしら身の回りの世話をしてくれる人間を雇う必要があり、外の世界と接触せざるをえない。介護士や家政婦や運転手が刺客として家に入りこむかもしれないのだ。

『フランス、幸せのメソッド』のテーマのひとつは、このブーメラン効果と言えるかもしれない。まさに外界とは別世界の豪奢なマンションに住む敏腕トレーダーのステファンは、ロンドンの金融街シティとパリ郊外のデファンス地区を行き来しながら仕事をしている。シティは金融立国イギリスの顔であり、イギリスの富裕層の上位1%の3分の2が金融関係者だという。ステファンは何人目かの家政婦を雇うことになるが、それが主人公のフランス(国名ではなく女性の名前)だった。フランスは長年勤務していたダンケルク(仏北部)の工場の倒産で仕事を失い、自殺を試みるというショッキングな出来事で物語は始まる。そして彼女の家政婦としての新しい仕事先がステファンのマンションだった。彼女が工場労働者のままだったらステファンには会うことはなかっただろう。

先進国では製造業が凋落し、情報産業やIT技術をもとにグローバルに投資する金融業が盛んになった。金融機関のトレーダーのような中核エリートの生活を支えるのに、単純事務作業員やビル清掃員、コンビニや外食産業の店員などの周辺労働者が必要になる。介護士や家政婦や運転手もこれに加わるだろう。このような対面的なサービス業はアウトソーシング出来ない。先進国の都市でも多数派は周辺労働者となり、格差の拡大が職種として顕在化する。したがって「ウォール街を占拠せよ」のスローガンにもなった「1%と99%」が接触するとすればこの関係である。今年、日本でも大ヒットした『最強のふたり』では介護士が全身麻痺の金持ちと出会い、『フランス、幸せのメソッド』では家政婦が金融エリートと出会うのである。

株や債券の指数はめまぐるしく動き、トレーダーはその一瞬のチャンスを狙う。ターゲットにする企業の弱みを調べ上げ、カラ売りを仕掛ける。金を生む動きや弱みがあればそこに食いつく。それが原因で会社が潰れようが、多くの労働者が仕事を失おうが関係がない。要は儲かれば良いのだ。グローバルな相場は24時間動いているので、いつもそのことが気にかかる。女性と過ごすプライベートな時間でさえ上の空で落ち着きがなく、人間関係をきちんと結べない。ステファンは自分のことを「悪い人間」と自虐的に言うが、金融資本主義の世界はそういうバカバカしい、常識と日常感覚と全くかけ離れた原理で動いている。彼はその虚構に振り回され、人格にまで深く影響を受けざるを得ない。

実際、ステファンが仕掛けた相場によって、フランスが働いていた工場が中国に移転を余儀なくされ、労働者1200人が解雇される。ステファンはそれを笑いながら冗談のようにフランスにうちあける。彼にとってそれはひとつのゲームの結果に過ぎないが、トレーダーのクリックひとつで遂行される投機のゲームは、何千人もの労働者が虫けらのように踏みつぶされる状況を引き起こす。人は組織の専門的に細分化された場所で仕事をしていると、自分の行為の結果が他者にどう及ぶとか想像力が働かなくなる。そのように行動する客観的な自分の姿も見えなくなる。

それゆえ、仕事によって得ている破格な報酬も「当然の取り分=’ma part du gateau’」(ステファンが実際そういう台詞を吐く)と思い込めるし、他者に対して非情にもなれる。監督のクラピッシュはインタビューで、「今、人類は大きな分岐点に立っていると感じて、それを表現すべきだと思った」。「この作品の脚本を書いている時、金持ちと貧乏の対比ではなく、むしろバーチャルとリアルの対比を描こうとしたんだ」と語っている。格差の恐ろしさは所得の差と言うより、思考がバーチャル化してリアルな他者に対する想像力が働かなくなることなのだろうか。それは他者に不幸をもたらすだけでなく、自分の幸福感をも奪っているのである。一方でフランスも中国の経済成長とフランスの片田舎にいる自分の悲惨な現実が結びつかない。今や個人は国境を越えたグローバルな力に巻き込まれざるをえないが、それは個人の日常のサイズを超え、リアルな相手が見えないだけに、国境が取り払われたグローバルな競争と言われても実感が湧かない。これも一種のバーチャルなのだろうか。

クラピッシュはラストシーンですべてをひっくり返す。フランスは咄嗟にステファンの子供を連れだし、それに対する彼の「人間的な行動」に期待する。ステファンにダンケルクまで来て、ステファンのトレードの結果起こったことを実際に見てもらおう、彼女の仲間たちに誠意を持って謝罪してもらおうと思ったのだ。ステファンはさすがに自分の子供に激しい執着を見せるが、それは全くエゴイスティックなものだ。子供を「かすがい」にした「金持ちも貧乏人も同じ子を持つ親」という図式は成り立たない。それが唯一の希望だったのに、結局彼らのあいだに共有されるものは何もないことを絶望的に思い知る。ステファンは警察を呼ぶという最悪の選択をする。そしてフランスは単なる誘拐犯に貶められるのだ。

その騒動の中でステファンと妻のメロディは和解する。彼らの和解が最後の重要なシーンになると思われたが、見ている者は二人の関係修復に感情移入できなくなり、警察を呼んだ彼らを「所詮はこういうやつらだ」と思うしかない。さらにステファンは思わぬ形で自分が危機に陥れた労働者たちと対峙することになる。「俺一人でやったわけじゃない」とステファンは叫ぶ。自分はシステムの一部にすぎない、自分もシステムの被害者だとでも言いたいのだろうか。ステファンには、2008年1月に起きたソシエテ・ジェネラルの不正トレード事件で、7600億円の損失を出し、逮捕されたジェローム・ケルヴィエルが重ね合わせられているのだろう。

『フランス、幸せのメソッド』 セドリック・クラピッシュ監督 インタビュー(excite.women)

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2012年11月09日

クロード・ミレールを再発見しよう

2010年はフランス映画界の重鎮エリック・ロメール、クロード・シャブロルの二人が鬼籍に入り、1984年に早逝したフランソワ・トリュフォーを含めて、ヌーヴェルヴァーグの主力メンバーのうち3人がこの世を去ってしまった。ヌーヴェルヴァーグが世に認知されてから50年以上の歳月が過ぎ、御年82歳のゴダールだけが奇蹟的に映画を撮り続けているものの、これらの映画作家たちが起こした運動は歴史の一部と化していることはもはや誰の目にも明らかであろう。

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そのような中、2012年はクロード・ミレール Claude Miller という優れた映画作家が世を去った。1942年生まれのミレールは、ブレッソンやゴダールの助監督を務めた後、長くトリュフォーの作品の制作主任を務め、ほとんど彼の後継者のような形で作品を撮り始めたといっても過言ではない。1976年、長編第一作『いちばんうまい歩き方』で監督としては遅いスタートを切ったミレールではあったが、デビューしたばかりのシャルロット・ゲンズブールを主演に据えた『なまいきシャルロット』(1985)、そして、まさにトリュフォーの遺稿を基に、再びシャルロットを使い、第二次世界大戦下のフランス社会をたくましく生きる少女を描いた『小さな泥棒』(1988)などを立て続けに撮ることによって、一躍人気監督の仲間入りを果たす。これらの作品を観れば、ミレールの瑞々しいばかりの映像感覚が堪能できるだろう。

だが、これらの作品を観ただけではミレールという映画作家の半分しか理解していないことになる。ミレールの映画世界は、実は人間の心の奥底に潜む暗闇に焦点を当てようとしていたように感じられる。例えば、次々と殺人を犯す謎の美女(イザベル・アジャーニ)を追跡しながら、彼女の犯罪を覆い隠そうとする男をミシェル・セローが演じる『死への逃避行』(1983)。そして、偶然出会った若い謎の美女(エマニュエル・セニエ)との情交を夢見続ける初老の男性(ジャン=ピエール・マリエル)の姿を描く『オディールの夏』(1994)。いずれも人間の裏面に迫ろうとする作品だが、この類のミレール作品の頂点に位置すると思われるのが、『厳重監視』(1981)という彼の長編第三作であろう(日本では劇場未公開)。

この作品ではミシェル・セローが町の名士を演じる。何の変哲もない平和なこの町で少女が暴行され殺されるという事件が発生する。セローに嫌疑がかかるが、誰がどう見ても彼が犯人とは思えない。しかしながら、リノ・ヴァンチェラ扮する刑事だけはセローの有罪を信じて疑わず、彼に対する尋問が延々と続けられる。次第に他の誰もが知ることのなかった、名士のもう一つの顔が明らかになる…。物語だけをなぞれば、これは単なるミステリーである。しかし、ここには人間の持つ不可思議さ、不可解さ、二重性に可能な限り迫ろうとするミレールという映画作家の真骨頂がある。たった一人の人間の尋問という主題だけで、これだけ緊張感のある作品を撮ることが出来るのは並大抵の才能とは思えない。

そのようなミレールであったが、残念ながら『オディールの夏』が商業的に惨敗したために、1990年代後半以降はかつてのような勢いがなくなってしまったように思われる。その後の作品は余り大きな話題になることもなかったが、2007年にセシル・ド・フランスを主演にした『秘密』ではモントリオール映画祭でグランプリを受賞し、久々の存在感を示した。再びミレールの時代が来るかと思われたが、それが最後の輝きとなってしまったのが実に残念である。ミレールの真価を見出すことが出来なかったのは批評家の責任でもあろう。彼はロマン・ポランスキーと同じぐらいの才能は間違いなく持っていたはずなのだが、批評がそれを支え切ることが出来なかった点が惜しまれる。

ミレールの最後の作品は今年のカンヌ映画祭のクロージングとして上映された『テレーズ・デスケルー』ということになる(フランス公開は2012年11月の予定)。フランソワ・モーリアックの有名な小説が原作だが、これもまた人間の不可解な内面に迫る作品であった(テレーズを演じるのがオドレイ・トトゥなので、日本でも公開されるかもしれない)。果たして、ミレールはそれをどのように映像化しているのだろうか。この作品も含めて、もういちどミレールの作品を見直してみよう。我々が見逃していたものがきっと何か発見されるに違いない。



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2012年08月29日

Jaw-dropping! − “The Artist” 以前のジャン・デュジャルダン−

2012年のオスカーレースは、蓋を開けてみればフランス映画 “The Artist” の独り勝ち。戦前の黄金期のハリウッドを舞台にしながらヒーロー、ヒロインを演じたのはフランスの俳優、しかも映画の作りは基本的にサイレント映画。“音”として英語のダイアローグが聞かれるのは最後のワンシーンだけ、という異色作なだけに、正直ここまで賞を取るとは思いませんでした。特に驚かされたのは、主演男優賞に輝いたのが、この映画で主役を演じたジャン・デュジャルダンであったこと。まだオスカー像を手にしていない今のハリウッドを代表する男優達が、いい仕事をしてノミネートされていたのに、です。

公開された映画を見て、票を投じたアカデミー会員の気持がよくわかりました。ジャン・デュジャルダンなしにはこの映画はなりたたなかったし、映画が放つ何とも言えない多幸感−あの頃のハリウッドスターがみなぎらせていた、その姿を見るだけで心躍るような軽やかな雰囲気−をデュジャルダンが見事に体現していたからです。また、感心させられたのは、主人公の心模様がよく伝わることです。今の映画では観客の読み取り方でいかようにも取れる「自然な」演技が当たり前ですが、デュジャルダンの演技には、ふた昔前の映画の演技がそうだったように、曖昧さがありません。サイレンスという特殊な条件のもとでとはいえ、今のハリウッドを探しても、そんな雰囲気と芸を兼ね備えた俳優はいないのではないでしょうか。

ジャン・デュジャルダンがどうしてそんな「奇跡」をやってのけたのか?これは彼が、身ぶりや立ち姿、表情を意識的に使うことが出来る人であるからだと思います。この映画は俳優から、演じる際の大事なツールである「声」を取り上げてしまいました。カメラが捉えるのはあくまでビジュアルのみ。俳優の個性や魅力が封じられかねない状況です。しかし、デュジャルダンは「見た目」を繊細に操って、難しい状況をなんなくクリアしています。

アザナヴィシウス監督は、デュジャルダンの演技についてこう語っています。「彼の表情やボディランゲージは、クローズアップだけでなく、ワイドショットにもぴったりはまるんだ。」役になりきる一歩手前で、自分の動きや表情に意識を飛ばしごく自然にみせられる。それは彼の“本来”のキャリアの賜物なのかもしれません。

そもそも、フランス本国でのデュジャルダンの肩書きは、かなりロウブロウな笑いもこなす「お笑い畑の人」。近年ではセザール賞を受賞するなどシリアスな俳優としての仕事も増えてきつつありますが、根っから笑いが好きな人なのです。人を笑わせ楽しませたい…そんなシンプルな望みが、彼のキャリアを作ってきました。

パリ郊外のミドルクラスの家に4人兄弟の末っ子として誕生したデュジャルダンは、子供の頃からおちゃらけをするのが大好き。手の込んだ悪ふざけをしかけては家族をはじめ回りの人を笑わせていたそうです。20代半ばから鍵屋さんで働きながら、バーやキャバレーで自作のコントやパロディを演じ始めます。

彼がフランス国内で広く知られるようになったのは、7分ほどの短いコメディ番組、”Un Gars, Une Fille” で主役を演じてから。平均的な若いカップルのありふれた日常生活に起こるおもろい瞬間を切り取った、各回完結のシットコムです。後に実生活でも奥方となるアレクサンドラ・ラミーとのセキララな丁々発止が笑いを誘いますが、おかしなシチュエーションを更におかしくしているのはデュジャルダンの変化に富んだ表情と身ぶり手振り。元気なパートナーに押され気味の「彼」の無言のニュアンスを雄弁に伝えて、笑いをとっています。

常識破りのおバカキャラを演じる時には、この表現のスタイルがさらに顕著となります。例えば、「超」のつくアメリカ西海岸かぶれで、乗る波がないのにサーファーをきどる世間知らずのあほボンキャラ、Brice。フランス国内で大評判となり、彼を主人公にした映画は400万人を動員する大ヒット作となった、デュジャルダンの当たり役です。レッチリのアンソニー風の金髪をなびかせて(!)薄ら笑いを浮かべつつサーフボードを持って街をうろつく Brice は、やることなすことむちゃくちゃ。それだけでも十分おかしいのですが、愛すべきおバカさんとでも言いたくなるようなものも持ち合わせています。

このイノセントなおバカさを表すのに一役買っているのは、デュジャルダンの表情と身振り、手振りです。例えば、映画版での、勤め先の高級レストランでグルメを気取った客をついからかってしまう場面。繊細に変化する顔の表情だけで食通気取りのアホらしさを皮肉って笑いにつなげるだけでなく、そういうことをしてしまう Brice のあっけらかんとした無邪気さを伝えてくれます。

デュジャルダンが創り出したこの Brice というキャラクターが持つ、カリフォルニアの青い空的な軽薄な明るさは、“The Artist” のジョージ・ヴァレンタインの、この上ない軽さにどこかつながっているように感じます。喜劇俳優の仕事は、笑いを生み出す状況を明快に演じること。心理内面うんぬんは忘れて、あるシチュエーションにおかれたキャラクターを明確な輪郭線で演じる技が求められるわけですが、喜劇俳優として人物の表層を重くならずに的確に演じ分ける訓練を積んできたことは、生活感のない、マンガチックでもある軽い人物を演じるのに、少なからず役立っているのではないでしょうか。

既にフランスでは “The Artist” 後の作品が公開されているデュジャルダン。「トーキー」映画でも本格俳優として世界を唸らせるのでしょうか。見守りたいと思います。

お笑い集団 Nous C Nous の一員として活躍していた時のデュジャルダン。
ボーイズグループの大げさなプロモクリップのパロディ。
http://youtu.be/1_qDDK6wOVE

“Un Gars, Une Fille” はこんな番組です。
http://youtu.be/XlMOdKwRtKg

映画 Brice de Nice より。強盗に入ったはずの銀行で、ディスコの名曲にのって踊り狂ってます。デュジャルダンの身のこなしが楽しい。
http://youtu.be/kxlChd6ri0Y

レストランでの一場面。客をからかう Brice
http://youtu.be/vv7FKARqNcA

テレビで Brice を演じるデュジャルダン。いかれポンチです。
http://youtu.be/z6-6mVfIZMo



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2012年06月17日

「ノルウェイの森」 トラン・アン・ユン監督映画版

「ノルウェイの森」 トラン・アン・ユン監督映画版「ノルウェイの森」をやっと見た。2009年の夏、映画のロケを見学する機会があって、その時点で妄想を膨らませて記事も書いた。しかし、実際の作品は想像したものとは全くかけ離れていた。私が見たのは、ある大学寮で行われたロケで、「スモークが焚かれている中でサイケバンドが大音量で演奏し、そばで学生たちがバスケットボールに興じる」というシーンだった。なかなかカッコよいシーンだったが、残念なことにほとんどカットされていた。

ノルウェイの森 [DVD]猪瀬副都知事がある雑誌の対談で、映画「ノルウェイの森」のテンポが遅すぎて何度も時計を見てしまうほど退屈だったと言っていた。確かに「ノルウェイの森」は、移り変わりが速い時代のテンポに合わないし、効率性が優先される社会の中では切り捨てられがちなテーマを扱っている。登場人物は60年代末の暇な学生と精神を病んだ療養者である。

ついつい後回しになり、「ノルウェイの森」を見たのがちょうど大震災から1年目にあたる時期に重なった。日本が大きな喪の中にある一方で、「がんばろう」をうたい文句に復興が進められている。身近な人の死に対して心の整理のつかない人も多いだろう。死者と対話しながら、踏ん切りをつける喪の作業には時間がかかる。生き残った人々が不条理な感情にとらわれつつ、十分に納得することが重要だから。しかも必ずしもそれはうまくいくとはかぎらないし、今の時代は喪のための十分な時間の余裕を与えてくれない。

ストーリーの展開が映画のテンポを作るとすれば、「ノルウェイの森」の展開は唐突で、ストーリーよりもひとつのシーンの共時的な広がりや深化によって構成されているように見える。ストーリーの展開とは直接関係のない、何をしているわけでもない、ただ登場人物たちの実存的なものを浮かび上がらせるだけのシーンに強く印象付けられる。

「思春期と大人との狭間にいて、どこか不完全な状態のままでいるっていう印象が強いから。だから、音もやっぱりそういうところを形にしたかったんだよね。ためらいとか、不確実な気分を表しつつも、決して惨めだったり、悲しいものではないんだ。むしろ明るさがあるし、すごくロマンティックなもので、たくさんロマンスもあるっていう。ただ、なにひとつとして決して解決されることはないし、終わりもしなければ、確定もしないという」

これは映画のサウンドトラックを担当したレディオヘッドのジョニー・グリーンウッドの発言だが、さすがに映画の情動的な部分を担う音楽担当者だけあって、この映画の気分を的確に言い当てている。全盛期にあった学生運動や、サイケな音楽( Can の曲も使用!)やファションなど、この映画は時代性や特定の文化を色濃く反映しているようでありながら、一方で生物としての人間の普遍的な条件を際立たせている。キーワードはジョニーの発言の中にある、「ためらい、不確実、未決定、終わりがない、確定しない」である。「思春期と大人との狭間に」いるからそうなのではなく、人間の生物としての特質なのだ。

社会的、文化的な存在である前に、人間は未分化で、方向の定まらない、衝動に突き動かされる、ドロドロした肉の厚みである。自分の欲望をコントロールし、日常という反復的なプログラミングの中に馴化できることの方がむしろ奇跡なのだ。そのことを確認するだけでも十分だろう。考えてみれば、死は「キスギの死」のように理由もなく唐突に訪れる(まるで津波のように)。死とは本質的にそういうものだ。また、「愛して欲しい相手に愛されない」という不条理もありふれてはいるが、人間にとっての本質的な絶望だ。その理由を問い続けても永遠にわからないし、努力してどうにかなるものではない。ハツミのように、そういう自分を不幸にするだけの相手に激しく執着することもしばしばある。タイミングが悪いと、命取りになる。直子は自分の性衝動と身体に起こる生理的な現象が理解できない。わからないまま振り回される。そのような混乱の中で、表に出てくる感情に必死に名前をつけ、行動として現れるものを辛うじて線で結びながら、指の隙間からボロボロこぼれていくような自分を掬い上げるしかない。

村上春樹独特のスノッブな言葉使いは映画の中でも生きていて、その空疎な響きは沈み込んだ重苦しい空気に弾かれるように上滑りしていく。「あまりに事情が込み入っていて説明できない」とワタナベはそういう言葉では後者を説明できないと思っている。「ノルウェイの森」の仏語訳のタイトルは「不可能なもののバラード」だ。このバラードには言葉がなく、真ん中にぽっかり穴が開いている。トラン監督は登場人物がとらわれる感情を言葉ではなく、全く別のものの「質感」によって表現しようとする。シーンのあちこちでカットインされる「植物の映像」もそうだが、トラン監督が官能的と評した、高原の美しさは、美しさと同じだけ不安をかきたてる。それを美しいと感じること自体が不安の根源なのだから。美しいと感じるのは人間が自然の外に放り出され、自然の中に一体化するような居場所がないからだ。強い本能によって自然のプログラムの中に組み込まれている動物や植物は、そういう美的な経験とは完全に無縁だ。過酷な状況に置かれたとき、人間が自然に向かうのは、現実逃避ではなく、過酷な状況を過酷だと思わないプログラミングへの憧れなのかもしれない。

だから人間には特別に、死に対する恐怖や喪失感を癒すための「喪の作業」が必要になる。ワタナベは緑に「待って」としか言えないし、緑は待つしなかない。喪はいつ明けるのかわからない。芯から引き裂かれた身体を抱えて、じっと息を潜めて待つしかない。一方で緑は日常への戻るための指標となる嵐の中の灯台だ。そのあいだ、死者はいつもすぐそばにいて、私たちをじっと見ていて、向こう側はそんなに遠い場所には思えない。ワタナベは海岸でよだれと鼻を垂らしながら、なりふりかまわず、深手を負った獣のように、肉体が裏返るほどに大声で泣き叫び、すべてを吐き出すことで、ようやく踏ん切りがつく。

たまたま一緒にDVDを借りた「ハリー・ポッター―死の秘宝 Part 2 」もまた喪をテーマにしていた。ボルデモート(仏語の vol de mort )のとの戦いにおいて、ハリーの多くの仲間たちが死んでいく。ハリーもまた自分の運命的な死と向き合わなければならない。死者とどう折り合いをつけるかについて語る、魔法学校の元校長であるダンブルドアの最後の台詞が絶妙にシンクロした。

「死者を哀れんではいけない。哀れむべきは生きている人間だ。何よりも、愛なしに生きている人間だ」


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2012年04月09日

フランス製サスペンス・スリラーの秀作 ”Tell No One” 4月4日DVD発売

「主人公が動き回る映画」を好むものにとって、その手のジャンルという触れこみで封切られた今のフランス映画にはどうも関心しませんでした(ベッソンとその傘下の映画が肌に合わないこともありますが)。キビキビとしてスカッと腑に落ちて、フランスでしかお目にかかれない渋い男とイイ女が絡み合う映画がみたいのに、どうも巡り会わない。60年代、70年代に作られたフランス製フィルム・ノワールは、ハリウッドでは決して作れない粋な映画として今なお新鮮なのに―もはや無いものねだりなのだろうか?そんな嘆きを解消してくれたのが、”Tell No One”(邦題は『唇を閉ざせ』。ちょっと違うのでは…)。海外で偶然見る機会があったのですが、これはとても面白かった。

唇を閉ざせ [DVD]暑い夏の夜、思い出の湖で泳ぎ戯れる夫婦。まどろむ夫を目覚めさせたのは、対岸で暴漢に教われている妻の悲鳴。助けようと立ち上がったところ頭を強打され、 意識を失う。目覚めた彼を待っていたのは妻の死という非情な現実だった。それから8年。愛する妻を救えなかったことにとらわれ、医師として仕事だけに打ち込んできた彼のもとに、謎のメールが届く。それは死んだはずの妻の生存をほのめかすものだった…さわりの部分をまとめるとこんな感じ。

謎が謎を呼び思いがけないところへ連れていかれるストーリーのおもしろさに加え、サスペンスとしても一級の出来映え。なで肩で、“フランス流に洗練されたダスティン・ホフマン”をといった感じの主演俳優、フランソワ・クリューゼが体を張って、ここまでさせるの!というぐらいの運動量をこなしています。大柄でないことを逆手に取って街を走り回るシーンは、見ている方も横っ腹が痛くなりそうなほど。悪役も、ハリウッド映画ではお目にかからないタイプが登場。相手を制圧する方法も意表をついていて、実にコワい(どうコワいかはぜひご自身の目で見て頂きたい。ああいう目には合いたくないもの)。

謎が解けてゆくにつれて浮かび上がるのが、登場する人々の様々な「愛」の姿。奪われた妻を求めて嵐の中に身を投じる男の「愛」。妻の親の、娘に対する「愛」。そして闇に潜むもう一つの「愛」。複雑に絡み合った色合いの異なる「愛」が、映画をより深く、官能的なものにしています。この野心的な試みが成功したのは、フランス映画だからこそ実現できた個性あるキャストのおかげかもしれません。とりわけ女達の魅力的なこと!主人公の妻を演じるマリー=ジョセ・クローズのみずみずしいサマードレス姿も印象的ですが、クリスティン・スコット・トーマスが最近の傾向とは違う、ちょっとハジけた女性を演じているのもおもしろい。  

音楽の使い方にもご注目を。上質のヨーロッパ映画に共通して言えることですが、アメリカのポップスの取り込み方は、ハリウッド映画より数段すぐれているのではないでしょうか。歌詞や演奏するアーティストのイメージに捕われすぎないで、音そのもののもつセンシュアルな面も計算に入れて使っているように思います。この作品の通奏低音となっているロマンティックな感情を支えているのは、アメリカ製の音楽なのです。 

また、雑誌やセレクトショップのディスプレイで見慣れた「お洒落フランス」の枠外にある、リアルなフランスが垣間見れるのも興味深い。フランス人もU2が好きだし、インターネットカフェに行くし、みんながみんなこじゃれた格好をしているわけではないんです。(このへんの「普通」さが、日本でまともな劇場公開が見送られた理由のひとつかも。)

レコ屋の店主の殺し文句「あるうち買うときヤ!」ではありませんが、「見れるうちに見ときヤ!」と今回ばかりは声を大にしていいたい。これはフランス映画として作られたからこそ上手くいった、大人のための映画です。くれぐれもお見逃しなく。

トレイラーはこちらで。海外向けの方を選んでみました。その気になったら、こちらをチェックせずにおくことをオススメします。

http://youtu.be/ryMVzQsTmZY



GOYAAKOD

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2012年03月23日

フランス映画の現在の傾向

第2次大戦後、ヨーロッパの多くの国々は、ハリウッド映画の猛威を受けて自国の映画産業に壊滅的打撃を被りました。そんな中、早くから国産映画の保護に力を入れたフランスだけは、アメリカ映画に対抗して生き残り続けることができたのです。2000年代に入ってもフランスで制作される映画数は増加傾向にあり、観客数も好調を維持。「映画大国」の名を今も保っていると言えるのですが、果たしてその実情はどうなのでしょう?

フランス映画どこへ行く―ヌーヴェル・ヴァーグから遠く離れて30年代の「詩的リアリズム」、60年代の「ヌーヴェル・ヴァーグ」、80年代にはBBC(ベッソン、ベネックス、カラックス)に代表される新世代の活躍と、華々しい過去を持つフランス映画ですが、90年代からこちら、最近の動向についてはどうもよく分からない。フランスに、あるいは映画に関心のある方の中にはそんな印象を持たれている方もおられるのではないでしょうか。「ひょっとして今のフランス映画は駄目なのかも」という印象を、薄々と、あるいははっきりと感じておられる方も、実は少なくないかもしれません。

林瑞絵、『フランス映画どこへ行く ヌーヴェル・ヴァーグから遠く離れて』、花伝社、2011年は、「古く寂れた豪華客船」にも喩えるべき、このフランス映画の現在の(見かけとは裏腹の)凋落ぶりを憂い、その理由を分析して示すものです。著者によれば、現在のフランス映画の抱える課題は次の5点に集約されます。
1 テレビと映画のお見合い結婚の破綻
2 シネコンが後押しする数の論理
3 自己チュ〜な作家主義の蔓延
4 真のプロデューサーの不在
5 批評性の消滅

「ムッシュ・シネマ」と「マドモアゼル・テレビ」との力関係の推移など、語り口も親しみや浮く、論旨は明快ながら、話を単純化しすぎることはなく、映画制作の現場の苦労が具体的・多面的に理解できる構成になっています。

あえて一言で要約してしまえば「商業主義の蔓延」が、テレビ受けのする「プチ・ハリウッド映画」の量産を生む一方、作家性の強い作品は資金難に喘いでいる、ということになるでしょうか。それに加えてヌーヴェル・ヴァーグ時代の悪しき影響として、「自己表現」こそが映画だといわんばかりのナルシズムの肯定が若い監督の間に見られ、結果として、作品の描く世界の小ささや社会との乖離を生んでいるのではないか、という著者の指摘には、個人的に強く納得させられるものがありました。

もっとも、著者はフランス映画の現状を厳しく批判するだけではありません。近年、映画人自身が改革の声を上げるに至っている事情を取り上げ、フランス映画の復活に期待を寄せています。

著者はフランス在住12年。プロデューサーや映画監督といった関係者へのインタビューを交えた、大変丁寧で良心的な仕事である点も高く評価したい好著です。「今のフランス映画」に少しでも興味のある方なら、「なるほど、こういうことになっていたのか」と納得されることが多いでしょう。

今の日本では「フランス映画は儲からない」と映画館からも敬遠される状況のようですが、今一度、フランス映画が栄光を取り戻すことを願いつつ、この本を多くの方にお勧めしたいと思います。



えとるた

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2011年09月24日

『パリ、恋人たちの2日間』(2) フランス的誠実さとは

SEX:EL [DVD]ジャックはパリに来て街のいたるところでマリオンの元カレに出会い、マリオンが今も彼らと友人関係にあることが信じられない。元カレと親しげに振る舞う彼女の姿を見て嫉妬心と猜疑心にさいなまれ、ふたりの関係がギクシャクし始める。奔放なのは彼女だけではない。マリオンの母親もドアーズのジム・モリソンと関係を持った過去があり、343人のあばずれ(343 salopes)のひとりだったと告白する(中絶を経験した343人の女性たちが1971年4月5日付の『ヌヴェル・オプセルヴァトゥール』に中絶の自由を訴える嘆願書を掲載)。彼女たちは本当に「あばずれ」なのだろうか。

宮台真司がジャン=マルク・バール監督の『SEX:EL』でアメリカ的性愛とフランス的性愛を対比させているが、この図式が『パリ、恋人たちの2日間』にもそっくり当てはまる。

浅野素女『フランス家族事情』が描くように、フランス的性愛の外見的な緩さは、非倫理性を表さない。流動的な関係の中で、にもかかわらず揺らぐことのない「代替不可能なもの」「取替え不可能なもの」を倫理的に模索していると見られるからである。自堕落どころかむしろ求道的に見えるブシェーズの佇まいは、こうしたモチーフを具現しよう。対照的に、映画に描かれた「米国人たち」は、米国人たちがフランス人たちに馬鹿にされがちな点なのだが、関係の流動性という外形を、短絡的に非倫理性の兆候と見なそうとする。

フランス父親事情ジャックは百戦錬磨のフランス人からはあまりにナイーブに見え、常にからかわれる。いたって真面目なジャックは混乱する分だけ見る者の笑いを誘う。マリオンの小さな嘘はすべて裏目に出て、嘘の上塗りになり、さらなるドツボにはまる。マリオンは相手を傷つけないための小さな嘘は許されると思っている。その嘘は見かけであって、真実や本当の気持ちはその奥にあるとわかって欲しいのだ。

しかし外見的な形にこだわるアメリカ人にとって、それはとんでもないことで、付き合っている以上は「外見的に誠実」であることを要求する。彼らにとって男女が別れたら、それで終わりだ。昔の彼女とは会わないし、もう一度ゼロからやり直すのが基本だ。しかし形や外見にこだわるのは、相手に浮気され、捨てられるのではないか、という不安がつねに心の奥底にあるからだ。

二人がすれ違っていくのはそれぞれの倫理が宿る場所が決定的に違うからだということがわかる。フランス人は「恋愛の中身をもとめる誠実さ」ゆえに、よりよい相手に巡り会うために多くの相手と付き合って経験を積むのだ。先ほど引用した宮台氏は「別の異性と比較してくれ。それで揺らがぬ愛でなくして何が愛か、と悠然と構える、内発性&信頼ベースのフランス流。どちらが良いか」と別の文章で問いかけている。

中絶の問題に結び付けて言えば、1971年当時のフランスでは中絶は非合法で、当事者と幇助者は堕胎罪で罰せられた。中絶は男女の乱れた関係の結果であり、「あばすれ」という偏見的なイメージで見られた。しかし中絶や避妊の問題は宗教的倫理や社会的偏見から切り離されて、関係を築こうとする当事者の側から捉え直されなければならなかった。343人の彼女たちの訴えは、社会的な合意形成に至り、男女についての意識を根本的に変えたのだった。

今のフランスでは中絶どころか、「複合家族 famille recomposée 」が当たり前になってきている。結婚にせよ、PACS にせよ、くっついたり、別れたりしているうちに、子供もできて、家族関係が複雑になっていくが、それをありのままに受け入れる。子供のために別れた相手と苦々しい思いで一緒にバカンスを過ごすこともあるようだ。日本では相手の連れ子を虐待するニュースが頻繁に流れるが、精神的なタフさがないとこんな状況に耐えられないだろう。見た目には乱れた関係のように見えるが、その時点でのベターな関係を彼らなりに模索しているのだ。

ジャックはまたフランス人の食文化があまりに「むき出し」なことに耐えられない。ウサギを頭まで食べることが信じられないし、市場で生きたままの姿の豚や子羊がさばかれているのを見て気分が悪くなる。アメリカ人は本当にそういうのが嫌いなのかもしれない。「ザ・コーブ」の血に染まった海のシーンが日本バッシングを誘発したのもむべなるかな。結局は同じ残酷なことをやっていても、ハンバーガーのように本来の姿や製造過程を隠し、「見た目」を整えろってことなのだろう。それでもジャックは「ブッシュ・キャンペーン」のTシャツを着て、キリスト原理主義的な関心によって「ダビンチ・コード」ツアーをしているロボットみたいなアメリカ人観光客たちに対して、「あいつらは愚鈍な政治や文化の象徴だ」と吐き捨てる。

「街は臭くて、人々はいいかげんで、男は女を口説くことしか考えていない」とマリオンは言う。ある意味、見た目を気にしない、なりふりかまわない健全な世界だ。生身の人間どうしがぶつかりあい、とりとめなく紡ぎだされる言葉。それはとことん甘いか、激しい口論かのいずれかだ。フランス映画はこの古典的なパターンを永遠に反復すればいい。クールジャパンなんか気にもとめない、愛の国を地で行くようなフランスが温存されていい気がする。

『恋人たちの二日間』には「何でこれがアートなわけ?」というアイロニーも感じられる。フランスはアートに理解があるというより、アートを補助金で底上げして、アートの物語を回している国だ。それは重要な観光資源でもある。マリオンの父親の書く絵は下品だし、友人のアーティストにとってアートは女性を口説く口実に過ぎないように見えるが、すべてアートの名のもとに許されてしまうのだ。

また言葉がわからなくて状況を把握できていないのはジャックだけではない。映画に登場するタクシー運転手はこぞって差別主義者だ。昔はパリでは英語が通じないとうのが定説だったが、今はむしろ英語がまかり通る状況だ。外国人を頻繁に相手にするタクシー運転手が英語を話せないとすれば、反動的になっていくのもわかる。


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2011年09月16日

『パリ、恋人たちの2日間』(1) ボボとは誰か

パリ、恋人たちの2日間 特別版 [DVD]ジュリー・デルピー監督&主演の『パリ、恋人たちの2日間』を見た。ゴダールに見出され、レオス・カラックスの『汚れた血』で夜のパリを軽やかにかけていた少女も、いい感じで歳を重ねるマダムになった。デルピーは1990年からアメリカに移り住み、ニューヨーク大学で映画作りを学んでいる。この主演&監督作品は、アメリカ人とフランス人が戯画化されて描かれるラブコメディ。男女の信頼関係といった古典的なテーマの反復だが、68年とかグローバル化とか独特の味付けがある。

デルピーによると主人公のふたりは典型的なボボ(ブルジョワ・ボヘミアン)」だという。ところでボボとはどのような人々なのか。デイヴィド・ブルックスの『アメリカ新上流階級 ボボズ―ニューリッチたちの優雅な生き方』が参考になるだろう。

ブルックスによれば、アメリカのボボたちのライフスタイルは「脂肪分ゼロのトールサイズのラテをすすりながら、携帯電話でおしゃべりをする。きちんと整備されたSUVに乗って、ポッタリー・バーン(インテリア・雑貨店 http://www.potterybarn.com/ )へ48ドルのチタン製フライ返しを買いに行く。彼らはブランド店が並ぶ豪華な通りを、最高品質のハイキングブーツで闊歩し、オリーブとウィートグラスのマフィンのために5ドルも払うことをいとわない」ことに象徴されている。これまでのブルジョワはSUVなんて乗らないし、チタン製のフライ返しなどに興味を持たない。ブランド街にハイキングブーツは本来馴染まないはずだ。しかし彼らは成金趣味やブルジョワ的な退屈さやベタさの代わりに、洗練されたモノやスタイルへのこだわり、ダイエット志向やエコロジーをライフスタイルに組み込むのだ。つまり彼らは本来相容れないはずの文化の同居とせめぎあいの中に生きている。

ベースとなるのは1960年代以前のブルジョワ文化と60年代の対抗文化である。これがブルジョワ+ボヘミアン、ボボ ( Bourgeois+Bohemian = Bobo )という言葉の由来である。ボヘミアンは19世紀フランスのロマン主義に端を発しているのだが、60年代の対抗文化を生きた急進派学生は「セックス、ドラッグ、ロックンロール」に象徴されるボヘミアンな自己表現を好んだ。やがて彼らの運動や文化は国家によって抑圧されたように見えたが、その中でも1969年に行われ、多くの若者を動員したロックフェスティバル、ウッドストックの両義性に注目する必要がある。両義性とは反資本主義や反商業主義の主張や身振りが巨大産業になりうることを証明したことである。相反するふたつの力が折り合い、互いを取り込んだのである。ブルックスはボボの典型としてオリバー・ストーンやルー・リードの名前を挙げている。

ボボたちの本質はつまるところ世俗的な成功と内なる美学の両立にある。彼らは成功を求めるが、野心によって魂を枯渇させてはいけないし、物質の奴隷になってはいけないと思っている。彼らは資産を蓄積するが、それはやりたいことに使うためであって、資産に縛られ、意味のない習慣に陥るためではない。経済的な成功を楽しみながらも自由な精神を持った反逆者でありたいし、クリエイティブな自己表現と一緒に大金が入ってくるのが最も理想的な仕事なのだ。新製品のプレゼンの際にはスーツを着ずに、自由な雰囲気でユーザーたちに語りかけるアップルのスティーブ・ジョブズもこのジャンルに入るタイプである。彼は実際60年代にインドを放浪したヒッピーだった。

ジョブズだけでなく、シリコンバレーの新しい技術者たちもボボたちの二面性を共有している。認知科学者、エンジニア、コンピュータ科学者、ビデオゲーム開発者など、彼らの多くはコンピュータやインターネットにかかわる高いスキルを持ち、新しくて独特な「ヴァーチャル階級」を形成している。社長たちは期限付きの契約でこれらのテクノ・インテリゲンチアを雇い、組織する。彼らは良い給料をもらうだけでなく、仕事のペースと仕事の場所に対してかなりの自立性を持っている。この新しい働き方が、ヒッピーと組織人の文化的な区別を曖昧にし、労働のイメージを一変させた。また彼らの仕事のアイデアは遊びの中にこそあり、彼らの生み出す製品やサービスを利用する者たちと同じ目線からのフィードバックが必要なのだ。これもグーグルの社内を思い出してみるといい。

『パリ、恋人たちの2日間』のカップルはインテリアデザイナーとカメラマン。コンピュータとは直接関係ないが、情報化時代の自由な職業であり、イメージや高付加価値を売り物にしていることには変わりはない。マリオンが過去に付き合った男たちも小説家やアーティストで、仕事をしているのか遊んでいるのかわからない、ある意味胡散臭い連中だ。この映画は2007年に公開で、ユーロバブルの絶頂期に撮られていることになるが、芸術という物語の中で戯れ、理想のパートナー探し=自分探しにうつつを抜かせるのも経済的余裕があってこそである。

「パリ、恋人たちの二日間」(2)フランス的誠実さとは



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2010年11月21日

ヒッチコックの正統なる継承者―シャブロルを追悼する―

ヌーヴェル・ヴァーグを代表する映画監督クロード・シャブロルが亡くなった。享年80歳。今年は春にエリック・ロメールも亡くなっており、ヌーヴェル・ヴァーグの「5人の騎士たち」(ゴダール、トリュフォー、ロメール、シャブロル、リヴェット)のうち、1984年に夭折したトリュフォーを含め、これで3人が鬼籍に入ったことになる。

ボヴァリー夫人 [DVD]シャブロル逝去の記事を日本の複数の新聞で読んでみると、代表作はデビュー当時の作品と『主婦マリーがしたこと』(Une affaire de femmes, 1989)、『ボヴァリー夫人』(Madame Bovary, 1991)の2作品であるかのように書かれている。しかし、これではシャブロルについて何も説明したことにならない。日本の大手新聞がフランス文化について関心を払わなくなったことの証しが、これらの記事には如実に表れている。そこで、ここでは日本の新聞記事を訂正し、シャブロルを正しく追悼したい。

「今夜はシャブロルだ」という一言は、フランスの家庭では「今夜はミステリー映画だ」と同じ意味を持つ。それほど、シャブロルは「ミステリーの巨匠」としてフランスでは絶大なる信頼と尊敬を集める存在だったのだ。実際、シャブロルのフィルモグラフィーは膨大なミステリー・犯罪もので埋め尽くされている。

ヌーヴェル・ヴァーグの根幹にあるのは「ホークス=ヒッチコック主義」と言われる理論であった。彼らはハワード・ホークスの「明晰さ」とアルフレッド・ヒッチコックの「サスペンス」という映画技法を自らの作品の根幹に据えたのである。実際、映画批評家時代の彼らはホークスやヒッチコックに直接インタビューを敢行し、彼らとの対話によってその技術を習得しようとやっきになったものである。この点に関しては、トリュフォーが行った50時間に亘るインタビュー『ヒッチコック=トリュフォー 映画術』(山田宏一・蓮実重彦訳、晶文社)、ゴダールらによるインタビュー集成『作家主義―映画の父たちに聞く―』(奥村昭夫訳、リブロポート)を紐解けば詳しい。

定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォーその中でヒッチコックを最も敬愛してやまなかったのがシャブロルであった。他の多くの映画監督がそれぞれの作風を確立して行く中、犯罪、探偵、ミステリーだけを一途に撮り続け、その分野の頂点を極めたのがシャブロルである。その彼の最高傑作が『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』(La Cérémonie, 1995)であった。荒んだブルジョワ家庭とその使用人、そしてそこに絡んでくる郵便局員の心理が巧みに描かれる。女主人はジャクリーヌ・ビセット、使用人はサンドリーヌ・ボネール、郵便局員はイザベル・ユペールである。抑圧されていた使用人の心が、最後になって爆発し、殺人事件へとなだれ込んでいく過程の描写は凄まじい。

実際、ミステリーというジャンルはフランス文化の中でも中枢に位置するほどのものであるが、そこに君臨するシャブロルは単なる映画監督でなく、現代フランス文化の精髄を牽引した存在なのだと言っても過言ではないのだ。そうした面が日本の報道では全く無視されてしまうのは残念という他ない。

『ジャガーの眼』(Marie-Chantal contre le docteur Kha, 1965)を始めとする映画を撮っていた時期、シャブロルは商業主義に傾斜したのではないか、と批判されたこともある。実際、ヌーヴェル・ヴァーグの監督たちの多くはその実験精神に翳りが見えた時期を経験したが、シャブロルの「ヒッチコック主義」は停滞するということを知らなかった。批判に対して、「それでも私は映画を撮る」Et pourtant je tourne (1976)という著書まで出したシャブロルに迷いは全くなかったようだ。

石の微笑 [DVD]『愛の地獄』(L’enfer, 1995)、『嘘の心』(Au coeur du mensonge, 1999)、『石の微笑』(La demoiselle d’honneur, 2004)など、90年代から晩年に至る彼の作品群は、その「ヒッチコック主義」がもっとも洗練された形で開花したものと言っても間違いないであろう。彼はヒッチコックの精神を受け継ぎながら、紛れもなく彼でなければ撮ることのできないミステリー映画の世界を完成させたのである。

映画監督を離れた実際のシャブロルは、しかし陽気な人間であったようだ。フランスのテレビ番組に出て来て滑稽なパフォーマンスを披露し聴衆の爆笑を誘う姿は、日本の映画監督でいうと鈴木清順のあり方に近い。そういえば、清順も日本よりも国外での評価の方が圧倒的に高い存在であった。その作風からも、シャブロルと清順には似た部分があるかもしれない。

シャブロルの本当の評価はこれから始まるだろう。ヌーヴァル・ヴァーグの貴重な一員としての評価もさることながら、「ミステリーの巨匠」として彼が映画史に残したものは決して侮ることの出来ないほど重要なものなのである。





不知火検校

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2010年08月19日

ジャン=リュック・ゴダール、Film Socialisme インタビュー

挑発的で親密なインタビューのためにゴダールは私たちをスイスの自宅に招いてくれた。ロール Rolle にようこそ。ロールは世界の中心という場所ではない。ジュネーブから40キロ離れ、レマン湖に面した少々陰鬱な街に過ぎない。しかし税金逃れをしたい億万長者にとっての楽園でもある。私たちをジュネーブ駅で拾ってくれた愛想のいいタクシー運転手は、ほとんど税金を払っていない人々の地理を知り尽くしている。「あの丘のふもとの家はミヒャエル・シュマッハー(レーサー)の家です。そこにはピーター・ユスティノフ(作家)が住んでいて、向こうにはフィル・コリンズ(ミュージシャン)…」

「じゃ、ゴダールは?」と尋ねると運転手は答えた。「あるとき一人の日本人が私の車に乗り込んできました。そしてわたしにゴダールさんはどこに住んでいるのかと尋ねました。私は知っていると言い、彼をそこへ連れていきました。彼はちょっと待っていてくださいと言って、ゴダールの家の写真を3枚撮りました。そして駅に戻りました。ゴダールさんは日本にまで知れ渡っているんですよ」。

フランスに住民票があるので、ゴダールはそこで税金を払っている。彼はスイスで生活しているが、彼はそこで生まれたからだ。そこにあるいくつかの風景なしではいられないと言っている。いつも彼とのインタビューではそうなのだが、背景がパノラミックなのだ。4時間のあいだ、6つのスクリーンと彼が引用するVHSやDVDが詰まった棚のある仕事場のすぐ隣の、ちょっと雑然としているが、とても機能的なオフィスでインタビューは行われた。そこで私たちは歴史や、政治や、ギリシャや、知的所有権や、もちろん映画について話した。さらにはもっとプライベートな事柄、例えば健康とか死について。



インタビュア:なぜ、’Film Socialisme’ というタイトルなんですか。
ゴダール:私は前もってタイトルを決めます。タイトルが私が撮る映画の指標になります。映画のどんなアイデアにも先んじてまずタイトルがあります。それは音楽のラ(A)のようなものです。わたしはタイトル(titre)のリストをまるごと持っています。ちょうど貴族の称号(titres de noblesse)や有価証券(titres de banque)のように。今はむしろ有価証券ですね。私は「Socialisme」というタイトルで撮り始めました。撮影が進むに連れてそれは満足できるものではないように思えてきました。映画はコミュニスムやキャピタリスムと呼ばれてよいものでした。ところがある面白い偶然が起こりました。私がプレゼン用の小冊子を哲学者のジャン=ポール・キュルニエに送り、彼がそれを読んだときのことでした。それには制作会社の Vega Film の名前がついていて(※つまり Vega Film Socialisme と書かれてた) 、彼は映画のタイトルを Film Socialisme と勘違いしたのでした。彼は10枚以上もある長い手紙で、それがどれだけ彼の気に入ったかを書いてよこしました。私は彼が正しいに違いないと思い、映画のタイトルをそれに決めました。

インタビュア:地中海やホメロスのクルージングのアイデアはどこから来たのですか?
ゴダール:最初私はセルビアで起こるような別の歴史のことを考えていました。しかしうまくいきませんでした。そのとき私にガレージの中の家族というアイデアが浮かびました。マルタン一家です。しかしそれはロングショットでは持ちませんでした。ロングショットで撮れていたら、人々は登場人物になっていただろうし、そこで起こっていることも物語になったことでしょうから。対話や心理によって作られるフランス映画のような、ひとりの母親と彼女の子供たちの物語です。

インタビュア:その家族のメンバーは、普通のフィクションの人物たちとほとんど同じで、あなたの映画らしくありませんでした。
ゴダール:おそらくそうでしょう。しかしながら全くそうというわけではありません。彼らは登場人物になる前にシーンが中断します。彼らはむしろ彫像です。話す彫像です。人が彫像について話すときに、それは昔のものだと言います。そして人が昔というとき、旅に出かけ、地中海に船で乗り出します。クルージングのアイデアはそこから来ています。私は今世紀始めの論客レオン・ドーデの、『シェークスピアの旅』という本を読みました。彼はその本の中で若いシェークスピアの地中海の船旅の行程を追っています。シェークスピア自身はそれについて何も書いていませんが。

インタビュア:例えばアドピ法(La loi Hadopi)、つまりは違法ダウンロードの問題、イメージの所有権についてはどうですか。
ゴダール:私はもちろんアドピ法に反対です。知的所有権など存在しません。私は相続にも反対です。つまりアーティストの子供が彼らの親の作品の著作権の恩恵をうけることです。子供が成人するまではいいと思いますが、ラヴェルの子供たちが「ボレロ」の権利にタッチするのは当然のことではないと思います。

インタビュア:あなたの映画からイメージを拝借するアーティストに見返りを要求しないのですか。
ゴダール:もちろんしません。さらにそうしたあげくにネット上で公開する人々もいるでしょうが、一般的には良くないことです。しかし私は彼らが私から何かを取っているという感情は持ちません。私はインターネットを使っていませんが、連れのアンヌ=マリーは使っています。しかし二匹の猫のイメージ(※予告編にも一瞬出てくる)のように、私の映画にもインターネットから取ったものがあります。

インタビュア:あなたの映画は FilmoTV を介してネット上で見れます。映画館での上映と同時に。
ゴダール:それは私のアイデアではありません。予告編を作ったとき、私はそれを Youtube に流すことを提案しました。ネット配信は配給会社のアイデアです。彼らは映画にお金を出しているので、わたしは彼らの要求どおりにしました。もしそれが私の決定だったら、そんな形で劇場公開しなかったでしょう。映画を撮るのに4年かかりました。製作に関しては異例です。私はそれを Battaggia、Arragno、Grivas と一緒に4人で撮りました。それぞれが独自に始めてイメージを集めました。グリヴァスはひとりでエジプトに出かけ、何時間分ものフィルムを持ち帰りました。私たちは多くの時間を費やしました。私は映画の配給に関しては映画を作るのにかかった時間と同じ分だけ収益を得たいと思っています。

インタビュア:映画の最後から2番目の引用に、「法が不当なものであれば、正義は法に先立つ」というのがありました。
ゴダール:これは著作権に関することです。すべてのDVDは違法コピーを禁じるFBIの警告から始まります。しかしそのフレーズから別のことを知ることもできます。例えばローマン・ポランスキー Roman Polanski の逮捕を思い出すでしょう。

インタビュア:ポランスキーの逮捕があなたの国スイスで起こったという事実があなたには重要なのですか。
ゴダール:私はスイス人でも通るし、フランスに住民登録していて、税金も払っています。スイスには私が好きな、私にはなくてはならないいくつかの風景があります。私のルーツもここにあります。しかし政治的には多くのことにショックを受けています。ポランスキーに関して言えば、スイスはアメリカに従う必要はありませんでした。もっと議論すべきで、受け入れるべきではありませんでした。カンヌに行くすべての映画関係者はポランスキーのために動くべきす。スイスの裁判所は間違っていると主張して欲しかった。ジャファール・パナヒ Jafar Panahi を支持するためにそうしたように。イラン政府は悪い政府と言うようにスイスの政府もよくないと。

インタビュア:ギリシャの危機もあなたの映画に強く反響してますね。
ゴダール:私たちはギリシャに感謝しなければならないでしょう。ギリシャに対して借りがあるのは西洋です。哲学、民主制、悲劇。私たちは悲劇と民主制の関係を忘れがちです。ソフォクレスがなければ、ペリクレスもありません。私たちが生きているテクノロジーの世界はすべてをギリシャに負っています。論理学を考えたのは誰でしょう。アリストテレスです。これがこうで、それがそうなら、こうだ。これが論理というものです。これは強国がとりわけ矛盾を生じないように、ひとつの論理の中にとどまれるように、一日中使っている手です。ハンナ・アーレントがまさに言ったようにロジックが全体主義を生むのです。ギリシャのおかげで今みんながお金を稼げているのですから、ギリシャは巨額の著作権料を現代の世界に要求することができるでしょう。ギリシャにお金を払うことはロジックになかうでしょう。すぐに払うことです。

インタビュア:ギリシャは嘘つきと非難されています。
ゴダール:小学校で習った古い3段論法を思い出します。エパミノンダスは嘘つきだ。ところでギリシャ人はすべて嘘つきだ。したがってエパミノンダスはギリシャ人だ。人はあまり進歩していないですね。

☆Les InRocks.com に掲載されたジャン=リュック・ゴダールのインタビュー "Le droit d’auteur ? Un auteur n’a que des devoirs"(著作権だって?作家には義務しかない)を部分的に訳出してみました。ロメールに言及した箇所もあったのですが、残りは時間があったら。

"Le droit d’auteur ? Un auteur n’a que des devoirs"
Un entretien avec Jean-Luc Godard
Les InRocks.com
18 mai 2010



☆”Film socialisme”は今年のカンヌ映画祭の「ある視点 Un Certain Regard」部門に出品されたが、5月17日と18日の2日間、映画館での封切りに先駆けて、そしてカンヌ映画祭と同じ日にVOD(=Video On Demand)で配信された。
http://www.filmotv.fr/



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2010年06月30日

ずっとあなたを愛してる Il y a longtemps que je t'aime

本来一刻も早く全国の飲食店が全面禁煙になるのを待ち望んでいる身なのだが、カフェでタバコをくゆらすクリスティン・スコット=トーマスを見ると、うわ、カッコいいーと思ってしまうのも事実だ。煙が出ないタバコをJTが開発したらしいけど、それでは紫煙をくゆらせるーという表現は使えない。人生に疲れた大人の女の格好良さはやはりタバコの吸い方一つにも現れるものだ。

longtemps-aime02.jpgイギリス人女優クリスティン・スコット=トーマスが全編フランス語で通すのだが、やや英語っぽいフランス語が聞き取りやすい。フランス語専攻のみなさんにはどう聞こえるのかわからないが。
 
あまり日本人には受けない骨美人と思っていたが、のっけからしわの目立つ疲れたすっぴんにたるんだ腹回り。サイズの合わない服。イングリッシュ・ペイシェントから過ぎた年月の重さをリアルに感じさせる気合の入った演技だ。

重い罪を犯して釈放されたばかり、人待ち顔で空港に座る彼女ジュリエットをやや若い女性―妹レアが迎えに現れる。二人の間に漂う緊張感。
 
話の展開は単純だ。無表情で人を寄せ付けないジュリエットがレアの家族―夫と夫の父(口がきけないというがミソ)、二人のベトナム人の養女たち―やその友人達と過ごすうちに次第に人間らしさを取り戻し、かつては医師だった彼女がなぜ息子を殺すという大罪を犯したのかーが最後にわかるようになっている。
 
しかし別に彼女の罪云々はどうでもよい。ジュリエットが再生していく過程が丁寧に、繊細に描かれている上質な映画造りと演技とを堪能すればいいのだ。

カフェで声をかけてきた知らない男と寝てーしかも「全然ダメ」なんて相手に言ってしまったり、妹の養女に本を読み聞かせてやったり、次第に女の部分と母親の部分―彼女が長年凍りつかせてきたものが溶け始める。

化粧をし、似合う色合いの服を身につけ、自分を長年待っていてくれた人に重い秘密を打ち明けた時、一人暮らしを始める彼女のアパートに差し込む光が印象的だ。

別に映画に3Dなんていらないよね。いい脚本と演出と確かな演技があればいい。そう思わせる静かな佳作。
 

□公式サイト http://www.zutto-movie.jp/


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2010年06月23日

『未来の食卓』または未来に食卓はあるのかという話

僕は日本で献血ができない。それは「1980年から2004年までの間に通算6ヶ月以上フランスに滞在歴がある」(日本赤十字社による定義)からだ。つまり、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(狂牛病との関連が疑われる病気)の原因物質を血液が含んでいるかもしれない危険人物ということである。

未来の食卓 [DVD]このような予防措置は当然必要だし、僕の血液が危険ではないと、僕自身も言い切れない。しかし、僕はそのような危険を賭して、フランスに留学したのではなかった。そこに問題がある。いつの間にか、巻き込まれてしまった。だからといって、僕が無辜の被害者だというわけでもない。というのは、狂牛病の場合で言えば、肉骨粉を飼料にして安くあげようとする社会のシステムの恩恵を十分に蒙って、貧乏学生の身分でもたまには肉を買って食べていたからである。

環境汚染もまた同様である。映画『未来の食卓』を観て、その思いを強くした。このドキュメンタリー映画の原題は”Nos enfants nous accuseront”、直訳すれば「私たちの子供たちはいずれ私たちを告発するだろう」。南フランスの農村地帯では、小児がん患者が増加の一方をたどっている。それは明らかに農薬と化学肥料の直接・間接摂取の影響だ、とモンペリエ大学の医学博士は証言する。除草剤と殺虫剤を散布すれば、少人数で大規模な農地の管理が可能になり、それだけ収穫と収入を増やすことができる。だが、土壌は汚染され、やがては不毛の地となるだろう。

http://www.uplink.co.jp/shokutaku/
http://www.nosenfantsnousaccuseront-lefilm.com/

恐ろしい映像を見た。30年間、有機栽培(フランス語では有機栽培の農作物や製品をひっくるめてビオbioと呼ぶ)を続けてきた葡萄畑と、農薬散布を続けてきた葡萄畑が、ちょうど隣り合わせている。春先、ビオの畑は畝の間に雑草がびっしり生えているが、農薬散布の畑は、まるで墓標のように葡萄の苗木が並んでいるだけで、草一本生えていない。土を掘り返すと、ビオの畑の方は、土塊は湿気をたっぷり含みながらもばらけず、中にはミミズが数匹這い回っている。農薬散布の方は、煉瓦を重ねたように粘土質の階層状に分離してしまう。もちろん生物は皆無だ。どちらがまともか、一目瞭然である。だが、僕たちが口にするフランスワインの大半は、この煉瓦状の土から育った葡萄で作られていると思ってよい(ちなみに、「AB (agriculture bio)」というビオの認定マークを受けるには最低3年間の無農薬栽培が必要)。

こうした現状に危機感を抱き、南仏のバルジャック村では、村長のイニシアティブで学校給食の完全ビオ化を実行した。農薬を使い続ける家庭もあるなか、その意義をめぐって村では議論が巻き起こる。健康が大事なのは分かるが、ビオは作るのに手間がかかり、買う側としても値段が高い。しかし、村の映画館で開催された討論会で、村長は言い放つ。「すぐに金の心配をするな、まずは自分の良心に問いかけろ」。実際、ビオ給食は赤字予算なのだ。それでも、これは必要なことなのだから、他の予算を削ってでもやらなければならない、と村長は確信している。

良心の問題は、労働現場にも影響する。給食をビオにしてから、調理人の意識が変わった。かつては殺虫剤まみれの缶詰を使っていたが、今では自分が責任をもてる食材を子供たちに提供している。そのことが、調理人にとっても誇りとなる。学校の片隅には畑が作られ、子供たちはビオを食べるだけでなく、野菜の栽培と収穫を通して、ビオのサイクルに自ら関わることを教えられる。教師も、子供たちの前で、消費社会の矛盾をはっきりと口にすることができる。

僕はと言えば、まさに殺虫剤まみれの缶詰を3年間もフランスの大学の学生食堂で食べた人間であり、今さらながらぞっとした。しかも、それが自分の子供に間接汚染を惹き起こすかもしれないということになれば、まさに僕は次世代への犯罪に加担したことになる。知らなかった、では済まされない。と言うよりも、まさにそんなことも知らずに、生産と消費のからくりも知ろうとせずに、汚染された食品を摂取し続けたことが罪状となるのだ。それは逃れようのない罪と言うべきだろう。僕は子供たちに告発されるのを待つしかない。

映画の冒頭、ユネスコの会議でアメリカの科学者が警告する。「近代が始まって以来、子供の健康が初めて親のそれに劣るであろう」と。医療技術の発達が乳幼児の死亡率や疾病率を下げてきたとすれば、環境汚染が今度は子供たちをゆっくりと殺していくことになる。「そんなことがあってはならない(That should not be.)」と科学者は付け加えた。本当にそうだ。野菜が虫に食われる方が、人間が薬品に蝕まれるより、どれだけ平和な光景かわからない。『未来の食卓』とは、一見希望に満ちた邦題だが、この映画の原題が伝えているのは、むしろ「未来に食卓と呼べるものがあるのか」という危機感である。これからどんなものが食べられるのか、というよりも、安全に食べられるものが何かあるのか、という問いに、僕たちは直面しているのである。




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2010年05月25日

ロシアン・ドールズ Les Poupées russes

ロシアン・ドールズ スパニッシュ・アパートメント2 [DVD]「スパニッシュアパートメント」の続編「ロシアンドールズ」をようやく見た。「スパニッシュアパートメント」は授業で教材に使い、何度も繰り返し見ているので、登場人物たちと何だか顔見知りのような気がしてしまう。実際、この作品は前作の同窓会的なノリだ。

タイトルになっているロシアン・ドールズはいわゆるマトリョーシカってやつで、入れ子になっている人形のこと。ロシアン・ドールズは、これが最後の相手と思っても、その向こうに理想の相手が待っているのでは、と疑ってしまうことの象徴になっている。ひとりの相手を決めることができない。あらゆる可能性を試さずにはいられない。カバは一生、ひとり(一頭?)の相手と添い遂げるというのに(笑)。

モード雑誌の表紙を飾るスーパーモデルとも関係ができたりして、グザビエ君、ありえない。「スパアパ」でも美しい人妻と不倫していたし。とはいえ、グザビエだけでなく、マルティーヌもウェンディも恋愛に関して至って真剣なのだが、傍から見ていてもあまり同情する気になれない。欲望にはきりがない。きりがないのが欲望だ。それって何だが覚えのあるバブリーなテーマだ。日本では80年代後半くらいに「トレンディードラマ」(笑)でよく見かけたパターンだ。バブルになると自分の可能性まで広がったと勘違いする。可能性のバブルと際限のない差異の戯れの中で溺れてしまうのだ。

この映画の公開は2005年。時期的にもリーマンショック以前の映画なのだが、さらにはユーロ・バブルの産物と言えるかもしれない。ユーロはリーマンショックの直前に1ユーロ=170円(=1・6ドル)をつけるが、2005年はそれに向けてまっしぐらな時期だった。セシルはグザビエと同じ経済学部出身だが、テレビのメロドラマを書いたり、モデルのゴーストライターをやったり、不本意な作家生活を送っているグザビエとは対照的に、金融資本主義の波にうまく乗り、レズビアンの友だちを集めて羽振りの良い生活をしている。とどめには金融情報メディア、ブルームバーグ Bloomberg にも出演している姿が映し出される。ウェンディは父親がロンドンに買っておいてくれたフラットに住んでいて、「今じゃ高くて買えないわ」と、不動産バブルをほのめかしている。当時パリでも不動産価格の高騰や家賃の上昇がよくニュースになっていた。ユーロはリーマンショック後110円台にまで下落し、現在、ギリシャ危機の影響で120円台で低迷している。

経済的な余裕があるから恋愛にこだわっていられる。理想の相手を求め続けることは普遍的な問題ではあるものの、今は恋愛すら難しい状況にある。実際、リーマンショックの予感の中で撮られたクラピッシュの最新作「PARIS」の登場人物たちはパリのすさんだ空気の中で萎縮し、臆病になり、人を愛することさえためらっている。

「スパニッシュアパートメント」で混沌としているが可能性に満ちたEUの未来を信じ、「ロシアン・ドールズ」でユーロ・バブルなメンタリティーを描き出したクラピッシュは「PARIS」で明らかに方向転換し、堅実なメッセージを発している。

「みんな不満だらけで、文句ばかり言っている。これがパリだ。」グザビエと同じくロマン・デュリスが演じるピエールのセリフが毎日続くデモの話題と重ね合わせて発せられる。「みんな自分が幸せだということをわかっていない」。パリあるいはフランスという枠の中で不満を言い、分け前をよこせと言っているわけだが、「PARIS」の中で、密航によってパリを目指すアフリカの若者が平行して描かれているように、パリもフランスもすでにグローバリゼーションの波の中にある。そういう自分たちの狭い特権的な枠の中で考えられなくなっている、とクラピッシュは言いたいのだろう。もはや分け前をとるだけとって、逃げ切る場所なんてどこにもない。身も蓋もない言い方をすれば、幸せになるためには幸せのレベルを下げろ、幸せの質を変えろということなのだ。

関連エントリー「PARIS」
関連エントリー「スパニッシュ・アパートメント」




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タグ:ユーロ
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2010年05月13日

新旧フランス女優列伝(3)ヴァレリア・ブルー二=テデスキの巻

嘘の心 [DVD]ヴァレリア・ブルー二=テデスキという女優が気になりだしたのは、クロード・シャブロル監督の『嘘の心』(1999)という作品を観た辺りからだ。物語は例によってフランスの片田舎で起きた殺人事件。犯人は一体誰なのか。たまたま通りかかっただけの女性に疑いがかけられるのだが、真相は分らない。この映画でヴァレリアは冷静沈着な刑事を演じており、次第に真犯人を追い詰めていく。

ポーカーフェイスの表情と洗練された立ち居振る舞い。そして、抑制が効いた低いハスキーな声。無機質なようで鋭いまなざし。一目見ただけでは悪玉なのか善玉なのか、全く見当がつかない。しかし、圧倒的な存在感でそこに佇む女…。そんな役をやらせたらこの人の右に出る者はいないだろう。彼女の出現は、確かにフランス映画に新しい風をもたらしたといっても過言ではない。いま、彼女のような実力派女優を抜きにしてはまともなフランス映画を作るのは難しいのではないだろうか。

彼女はある意味で、フランスで最も有名な女性の姉でもある。妹はサルコジ大統領夫人のカーラ・ブルー二だが、彼女の演技力に魅せられてしまった者はそんなことを気にすることはまずないだろう。妹が大統領夫人であろうがスーパーモデルであろうが、そんなこととは無関係に、ヴァレリアは間違いなく映画史に名を残す名女優であるからだ。

ぼくを葬る [DVD]そんな彼女の才能を世界の映画作家が放っておくはずがなく、誰もが好んで自分の映画に彼女を使おうとする。『愛する者よ、列車に乗れ』(1998)のパトリス・シェロー(もっとも、彼女はシェローの演劇学校で学んだ経緯があり、この起用は当然なのだが)。『二人の五つの分かれ道』(2004)、『僕を葬る』(2005)のフランソワ・オゾン。『ミュンヘン』(2005)のスティーヴン・スピルバーグなどがそれだ。『プロヴァンスの贈り物』(2006)のリドリー・スコットの名を加えても良いかもしれない。日本人では諏訪敦彦が『不完全なふたり』(2005)で彼女を主演に据えたことが記憶に新しい。この映画はロカルノ映画祭で高い評価を受けたことで知られている。

余りにもフランス映画で活躍しているので、彼女がイアリア人とフランス人の混血であるということを忘れてしまいそうになるが、ある映画がそのことを思い出させてくれた。日本で『明日へのチケット』(2005)という題で公開されたその映画は、ケン・ローチ、アッバス・キアロスタミ、エルマンノ・オルミという三人の名匠が撮った短編によって構成されるオムニバス映画である。三本の短編はどれも、ある特急列車に乗った人物を主人公にしている。

明日へのチケット [DVD]エルマンノ・オルミが監督した作品の中で、ローマに帰る大学教授を駅まで見送る企業秘書の役をヴァレリアは演じている。教授は列車の中でも秘書の面影が忘れられず、回想に浸る…。この映画でヴァレリアは当然ながら終止イタリア語を話すのだが、これまでフランス語を話す彼女ばかりを見ていた観客に、これはいささかの驚きをもたらしたと思う。フランス語を話すときは冷徹な雰囲気を醸し出すヴァレリアの声が、イタリア語では何とも艶めかしい響きになるのである。彼女は間違いなくイタリア女優―ステファニア・サンドレッリやモニカ・ヴィッティのような―の官能的な血を受け継いでいるだということを改めて思い知らされた。と同時に、この作品は短編ながら、彼女の演技の幅の広さを強く印象付ける作品ともなっている。

最近、彼女はActrice『女優』(2007)という映画で、監督・主演を果たしている。映画監督としては二本目であり、女優としてはコメディエンヌとしての側面もこの映画ではクローズアップされている。いまではソフィー・マルソーまで監督をやるような時代だから、誰でも監督をやれると言えばその通りなのだが、ヴァレリアにかかる期待はソフィーにかかるそれとは同じものではないだろう。ヴァレリアの次の作品を期待しているのは私だけではないはずだ。







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2010年04月01日

TAXi 2

TAXi2 スペシャル・エディション [DVD]先日、授業中に映画鑑賞をしていたときのこと。ちょっと古い映画であるものの毎年学生さんの評判がいいので『TAXi 2』をよくとりあげているのですが、観劇中ふとあることに気がついてカルチャーショックじみたものを感じました。この映画では案外エゲツない描写がちりばめられてるんだなぁ、と。

まずその一つ目ですが、冒頭付近で主人公のダニエルが恋人のリリーの実家を初訪問する場面からはじまります。リリーの父親というのがフランス軍の幹部で、公私混同もはなはだしく普段から話す口調がやたらと軍人っぽくて、とっつきにくいところがある。ところが、飄々とした&物怖じしない性格のダニエルはエスプリの利いたやりとりで対応し、この父親と意気投合することに成功します。

そして、ぼくが気になったのはその直後で、リリーの父親がアルジェリア戦争での武勲を誇らしげに語る場面。この自慢話をリリーと母親はさんざっぱら聞かされているらしく、気もそぞろに聞き流している一方で、恋人の父親に配慮をしているのか、ダニエルはふんふんとそれなりに真剣に聞いている。ここで、「あ」と気がついたことがありました。

というのも、ダニエルはフランス旧植民地国の移民という設定であり、で、この(アルジェリアからの?)移民であるダニエルに対し、フランス軍の幹部がアルジェリア戦争の武勲を語るというのは、ある種のブラックジョークになるなぁ、と…。

このことに気がついてみると、さらにほかのところでもおなじようなブラックジョークではないかと思われるエピソードがみつかります。それは物語終盤で、ダニエルたちが日本のテロリストヤクザ集団を追いかけてマルセイユからパリに移動するときのエピソード。時間に余裕のないダニエルたちは、リリーの父親の操縦する軍用機をつかい、愛車もろともパラシュートをつかってパリに到着します。これって、アルジェリア戦争時、アルジェリア独立に反対する現地の進駐軍がクーデターを起こしてパリにパラシュート部隊をぶちこもうとし、フランス国民を恐怖のどん底に陥れたことを踏まえているんじゃないのかなぁ…。

このように外国映画ってのは、その国のことを知識としてある程度知っていたとしても、やはりその国民でないとすぐには気がつかないエピソードがかなりあると思います。みなさんのなかにも、ぼくとおなじように、外国映画で何気ないエピソードだと思っていたのが、あとになってそれになんらかの意味やメッセイジが含まれていると気がついたケースはありますか?



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2010年03月30日

エリック・ロメールを偲んで

ヌーヴェルヴァーグの巨匠でフランスを代表する映画監督エリック・ロメールがこのほど亡くなった。享年89歳。大往生である。フランス映画を観ることに多くの歳月を費やした者ならば、ロメールを偲ばない訳にはいかないであろう。

エリック・ロメール コレクション 海辺のポーリーヌ [DVD]あれは2002年の5月頃だっただろうか。私はパリ第8大学哲学科の事務所の前に立っていた。隣には、背の低い、品のよさそうな老人がいた。私は尋ねた。「ルネ・シェレール教授をご存知ですか?」老人は微笑して答える。「もちろん、知っていますよ。私がルネ・シェレールです」私はいささか驚き、つまらないことを口走ってしまった。「あなたが、あのエリック・ロメールの弟なのですか?」しかし、シェレール教授は少しも嫌な顔をせず、満足そうな笑みを浮かべ、頷いてくれたのである。彼にとってもロメールは自慢の兄なのだ。私はシェレール教授のゼミ生になったが、その後、ロメールの話はしなかったように思う。

ルネ・シェレールは故ジル・ドゥルーズやジャック・ランシエールらと並ぶパリ第8大学哲学科の名物教授であり、その著書も何冊か翻訳されている哲学者だ。だが、彼がロメールと兄弟であり、なぜ、苗字が違うのかということは余り知られていないかもしれない。映画監督ロメールの本名はモーリス・シェレールであり、エリック・ロメールというのは全くの芸名(偽名?)なのである。何故、彼が名前を隠したのかといえば、映画を作り始めた学生時代、両親には「自分は医学を学んでいる」と告げていたためだ。その後も、親には医者になったと偽り続けたのだが、エリック・ロメールという名前はどんどん有名になっていく。その有名な映画監督が自分の息子と同一人物であるとは親はいつまで経っても気がつかなかったのだという。

実際、ロメールは医者にはならなかったが、高校(リセ)の教師になり、定年まで働き続けた(途中からは大学教授として)。その点では親を安心させたのかもしれない。世界的に知られるようになっても兼業を続けていたのは親に対する配慮からか。その職業ゆえ、在職中の彼の作品は当然ながら学校がヴァカンスになる夏休みと春休みにしか撮影されなかった。しかし、そのおかげでフランスの最も美しい季節がフィルムに収められることになったのであり、そしてそれらが1970年以降のフランス映画を代表する傑作の数々となっていったのである。われわれはロメールの「兼業」に感謝しなければいけないだろう。

レネットとミラベルの四つの冒険/コーヒーを飲んで (エリック・ロメール コレクション) [DVD]ロメール映画は日本にはかなり遅めに入ってきた。あくまで前衛を突き進むゴダールや、フランス映画の「伝統」に回帰し、良質の映画を提供するトリュフォーと比べて、ロメールの映画は長いあいだ分類するのが難しい類いの映画だったのだろう。彼の新作がリアルタイムで日本に輸入されたのは、『海辺のポーリーヌ』(1983)辺りからではないだろうか。このような瑞々しい感性の映画を撮る人間がフランスにはまだいたのか、ということで、俄かにロメール・ブームが日本のシネフィル達の間で巻き起こった。実際、この頃のロメールは最良の作品を生み出していたように思う。『満月の夜』(1984)、『緑の光線』(1986)、『友達の恋人』(1987)、『レネットとミラベル/四つの冒険』(1987)…。いずれもテーマなどはあってなきがごとしであり、男と女、女同士のたわいのない日常が描かれるばかりだ。しかし、その何も起きない中でのささいな出来事が、信じられないほどの驚きと悲しみと喜びを生み出すことがあるという展開。そういう映画をロメールは撮り続けたのだった。

二年ほど前、大阪の女子大学でのフランス語の授業で、久しぶりにロメールを観た。それは、『レネットとミラベル〜』の中の1エピソード「青い時間」だったのだが、久々に体験するロメール的世界に授業であるということを忘れ、酔い痴れてしまった。田舎で偶然出会った二人の女子学生が、「冒険」とはとても言えないような他愛もないことを経験するだけの物語なのだが、途中から虚構と現実の境界がなくなってくるところが面白い。例えば、散歩の途中に偶然出会った農家のおじさんが農業の話を延々と始めるのを、二人は黙って聞いている場面。あれは、現実にその場にいた農家の人をそのまま登場させたとしか思えない。そうでなければ信じがたい名演である。そして、ふいに吹き始める風、降り始める雨。自然のあらゆる偶然的要素がロメール映画には奇跡的に入り込んでくるのだ。

モード家の一夜/パスカルについての対談 (エリック・ロメール・コレクション) [DVD]ロメールが最も成熟した作品を撮っていたのは80年代後半から90年代後半までの10年間、「四季」をテーマにした作品群を撮っていた時期であろう。実際、『春のソナタ』(1989)にはロメール映画のすべての要素が凝縮されているように感じる。いまでも人気が高い『パリのランデブー』(1995)もこの頃に制作された作品だ。しかし、私がもしも一本だけロメールの作品を挙げるとしたら、『モード家の一夜』(1969)ということになろう。初期の作品ではあるが(と言ってもこの時すでにロメールは49歳なのだが)、およそ映画的緊張感というものをここまで漂わせる「恋愛映画」は滅多にない。ある謎の女との「近付きがたく、また離れがたい関係」をジャン=ルイ・トランティニャンが見事に演じている。この映画はアメリカでも高く評価されたようだ。

それにしても、2000年台になってもロメールが三本も映画を撮ったということは奇跡的なことではないだろうか。『グレースと公爵』(2001)、『三重スパイ』(2004)、『至上の愛』(2006)。それも、旧態依然たるやり方ではなく、一作ごとに新しい作風によって。この衰えを知らぬ創造のパワーには恐れ入るしかない。ロメールの両親も、ここまでやれば、医者にならなかった息子を咎める気にはならないであろう。ロメールは失われても、彼の映画は失われない。「ロメール映画を観る」という喜びは常にそこにあるのだ。





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2010年03月25日

クラピッシュの「PARIS」

PARIS-パリ- (通常版) [DVD]街ですれ違う他人の人生に感情移入する。それは19世紀の詩人、シャルル・ボードレール以来のテーマだが、このセドリック・クラピッシュの新作にはそのボードレールがしばしば引用される。ボードレールは何よりも都市の遊歩者であり、群集の中の詩人だった。彼は散文詩「群集」の中で次のように書いている。

「孤独で沈思する散歩者は、この万人との合体から特異な陶酔を味わう。群集とたやすく結婚する者は、箱のように心を閉ざしたエゴイストや軟体動物のように監禁された怠け者には永遠に与えられないであろう、熱狂的な快楽を知っている。彼はその時々の状況が提供するあらゆる職業、あらゆる喜び、あらゆる悲惨をわがものにする」

「万人との合体」とはこの散文詩の前半に書かれているように、「思うままに自分自身であり、また他者でありうる」こと、「好きなときに個々の人格に入り込む」ことである。重い心臓病を抱え、家から出られないピエール(ロマン・デュリス)は窓の外を眺めながら、同じことを試みている。私たちもこの映画の中で同時進行する複数の物語に対して、感情移入したり、距離をとって批判的に見たりする。

ファブリス・ルッキーニが扮する歴史学の教授が、お金のために一般向けのテレビ番組でパリの歴史案内を務めることになる。その第1回目もボードレールの引用から始まる。自分に目をかけてくれている老教授に対して、「歴史の細部にこだわり、どうでもいいことをクドクドいいやがって」と悪態をつく。「マニアックで、偏執的で、哀れなやつだ、ああいうケチな野郎にはなりたくない」と批判するが、自分のスタンスにも自信がなくて鬱状態になっている。もちろん時代の変化に目と耳を閉ざす大学人よりも、危機感の中でもがき続ける彼の方がはるかに好感が持てる。いつも軽妙洒脱って感じのルッキーニだが(以前、ホテル・リッツのバーで映画の中と同じ身振りで女性を口説いているのを目撃したことがある)、この映画ではひたすら弱気である。自分から相談に行きながら、精神科医に食ってかかるも、その前で泣き出す始末だ。

melanielaurent01.bmpおまけに美しい女子学生レティシアに一目惚れして、ケータイでストーカーのようにボードレールの詩を引用したメールを送りつけ、ドン引きされる。フランスでも詩はすでに世代間ディスコミュニケーションの媒体にすぎなくなったようだ。レティシア役は「イングロリアス・バスターズ」でタランティーノに見出されたメラニー・ロラン。確かに魅力的だ。

時代遅れの詩を引用する一方で、こういうメールも送る。

suis a la fac avec toi t es bel j te kif tro grav

つまり、Je suis à la fac avec toi. Tu es belle. Je te kiffe trop gravement ということなのだが(kiffer=aimerの若者言葉)、オジさんが若作りして痛いメール(=texto)を書いているわけだ。このように若い女性にウケようと涙ぐましい努力を重ねるが、若くてカッコいい恋人を見せつけられたり、サディスティックにふりまわされる姿が悲しい。レティシアにしても、私のことが好きなら、ちゃんと私の置かれている立場(フランスの若い世代が置かれている状況)も理解してよ、という思いもあるのだろう。やはり地位とお金に恵まれたオジさんと普通の女子学生のあいだには越えがたい溝があるのだ。

男と女のあいだがうまくいかない。女性に対する偏見が壁になり、過去に受けた傷がトラウマになっている。恋愛の街、パリにも時代の変化が大きく影を落としている。このパリはすでにボードレールのパリでも、「アメリ」のパリでもない。まさにリーマンショックに見舞われたグローバル経済の時代のパリなのだ。映画の中で雇用状況にも言及される。「若者がつねに犠牲になり、社会運動は死んでしまい、パリは金持ちのための街になりつつある」と。みんな萎縮して、臆病になっている。その中でかすかな希望の光を手探りで探している。

ボードレールは19世紀のパリの貧しい人々を描きはしたが、それは特権者の一方的な表象にすぎなかった。私たちもまたボードレールの高踏的な態度に共感していたにすぎない。彼によって描かれた者たちはうめき声のような言葉を発するだけで、決して表現者となることはなかった。しかしクラピッシュが描く「パリ」を這いつくばるようにして生きる登場人物たちは、手ごたえのある確かな言葉で語り、日本にいる私たちですらそれに共感し、同じ感情を共有できるのだ。

エリック・サティの「グノシェンヌ」がメランコリックな「パリ」を演出しているが、Wax Trailer の'Seize the day'も映画の印象を決定付ける忘れられない曲である。メランコリックな女性ボーカルをフィーチャーしたエレクトロ・ヒップホップで、ラストシーンにも流れる。Wax Tailor こと Jean-Christophe Le Saoût はフランスのみならずヨーロッパ各国で絶大な人気とカリスマ性を誇るヒップホップ・DJ&プロデューサー。

Seize the day
I don't mind whatever happens
I don't care whatever happens

Wax Tailor feat. Charlotte Savary - Seize the day
Paris by Cedric Klapisch - trailer


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4 心に残る映画だった
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posted by cyberbloom at 20:47 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | フランス映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2010年02月03日

「皇帝ペンギン」

皇帝ペンギン -La Marche de l'empereur-今年の正月の目玉映画のひとつとしてジャック・ペランの「オーシャンズ」が公開されている。「WATARIDORI」で様々な渡り鳥の生態を記録したペラン監督が、世界中の海とそこに暮らす生命体を革新的な映像美で描いた海洋ドキュメンタリーだ。ハンドウイルカの大群、ザドウクジラの捕食、5万匹に及ぶクモガニの交尾、ウミガメの孵化など、自然界で起きる奇跡的なシーンの数々。日本版ナレーションを宮沢りえが担当したことも話題になっている。

フランスは自然界を舞台にしたドキュメンタリーの秀作を多く生み出しているが、リュック・ジャケ監督の「皇帝ペンギン La Marche de l'empereur 」もそのひとつに数えられるだろう。こちらは南極に住む皇帝ペンギンの産卵と育児を追った作品であるが、それは自然界で最も過酷な子育てとも言われる。

しかしそういう過酷な自然の中にあってもペンギンは何をすべきか知っている。やるべきことがプログラミングされているからだ。ペンギンたちは気の遠くなるような距離を歩き続け、極寒の吹雪の中で何日も立ち尽くし、その営みを何代にもわたって続けるのである。

分化し、専門化した本能は、それぞれの状況において何をすべきか、絶対的な確かさをもって指令を下す。分化した動物は生存目的と関係のない対象を知ることはない。人間のように対象を対象として捉えずに、行動系列の一部として把握する。動物にとって生態的に限定された環境で生きることは当然のことで、それに完全に対応した器質と本能を持っているので、不確実さや迷いが生じることもない。知覚は何らかの行動に結びつき、根拠のない行動、つまり知覚からの指令のない行動は存在しない。知覚と行動が完全に調和した円環の中を生きている。

ペンギンの生の営みに驚異と畏怖を感じるのは、ペンギンが自然の中に完全に組み込まれているからだ。またそのように人間が自然=ペンギンを対象化し、さらに表象しようとするのは、人間が自然と乖離し、自然から疎外されているからでもある。私たちの弱さの本質はそこにあるのだ。宇宙の果てについて思い巡らすのも、将来のことを考えて不安になるのも、人間だけなのだ。

ペンギンにはひとつの決まった仕事が待っている。しかし私たちは何をすべきか知らないし、自分の任務は何ひとつ決まっていない。これから仕事を探そうとしている若い人には羨ましいことだろう。ペンギンの姿を見ていると意外にも人間の労働について考えさせられる。人間は良くも悪くも可能性の生き物なのだ。動物はすべてがプログラムされているから可能性がない。

近代以前、生まれてから死ぬまで自分の生まれた村から出ることなく一生を終えた時代の人間は、ペンギンに近い存在だったのかもしれない。近代化とは人間をそういう反復と習慣に塗りこめられた動物的な環境から解放することだったが、人間を絡めとっていた(一方では安心と安定を与えていた)あらゆる文化的な網の目は次々とほどけ、よりどころのない世界に放り出されてしまった。私たちの周囲で渦巻く知覚=情報は、私たちの人生をますます不確実で、迷いに満ちたものにしている。

それでも歩くペンギンのコケティッシュな姿を見ると頬がゆるむし、柔かい毛に覆われたペンギンの赤ちゃんの愛らしさには癒される思いがする。不況の時代には動物や赤ちゃんのCMがうけるという話を聞いたことがある。過酷な状況に置かれたとき、人間は盲目的で絶対的な、本能のような感情に身を任せたくなるのだろう。それは現実逃避ではなく、過酷な状況を過酷だと思わないプログラミングへの志向性なのだ。個人的には、両足の上に卵を載せて温めていたお父さんペンギンが、卵を落として割ってしまったときの表情に言いようのない切なさを感じてしまったが、これも人間の勝手な感情移入に過ぎないのだろう。

LA MARCHE DE L'EMPEREUR - trailer
□フランスのエレクトロな歌姫、エミリー・シモンがサントラを担当



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posted by cyberbloom at 16:29 | パリ ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | フランス映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2010年02月02日

オリヴィエ・アサイヤス、話題の3本

NOISE [DVD]去年の夏、全国で上映されたオリヴィエ・アサイヤス Olivier Assayas の『NOISE』がDVD化される。この作品は、2005年6月にフランスのサン=ブリュー Saint-Brieucで開催されたアート・ロック・フェスティバルのライブドキュメント映像である。とりわけ、アメリカのソニック・ユース Sonic Youth のメンバー4人が、MIRROR/DASH(サーストン・ムーア&キム・ゴードン)、TEXT OF LIGHT(リー・ラナルド&スティーヴ・シェリー)という、2人ずつ2組のユニットに分かれて参加したことが話題になった。その2組のユニットは、ソニック・ユース以上にアヴァンギャルドでフリーキーなプレイを披露。また、新作を発表したばかりのジム・オルークがエンディングで音楽と映像を提供した。アサイヤス監督は実験的なモンタージュによって、不均質だが、ロック感にあふれる映像を演出している。

アサイヤスといえば、離婚したばかりのマギー・チャンと『クリーン』(2003年)を撮ったが、それが日本で去年公開されたばかりである。ドラッグに溺れていた女性シンガーが、失ったものの大切さに気付き、母としての自覚を取りもどしてゆく。主人公エミリーを熱演したマギー・チャンは、この作品で第57回カンヌ映画祭主演女優賞を受賞している。アサイヤスはタイトルに「ドラッグから足を洗ってクリーンになる」という意味だけでなく、「現代社会の混沌の中に自分を見失ってしまった状態から抜け出す」という意味も込めたという。

http://www.clean-movie.net/

夏時間の庭 [DVD]一方、印象派の画家たちが魅せられたイル・ド・フランスの美しい庭を舞台にした『夏時間の庭』では『ノイズ』とは対極的な美を描いている。年末企画「2009年のベスト映画」で不知火検校さんがこの作品をベスト映画に挙げていた。「久しぶりにフランスの田舎の緩やかな時間を感じさせてくれたことと、安易な解決を放棄した映画作りの姿勢に敬意を表しました。この映画ではジュリエット・ビノシュの恋人役をイーストウッドの息子カイルが演じています。『センチメンタル・アドベンチャー』(1982年)の少年もすっかり渋い男に成長しましたので、ご覧ください」とのことだ。

http://natsujikan.net/

個人的には5分×18本のオムニバス映画『パリ、ジュテーム』の中の "Quartier Des Enfants Rouges" のスタイリッシュな映像に魅せられた。アメリカから撮影のためにパリにやってきた女優を演じるマギー・ギレンホールが素敵すぎる。

http://www.youtube.com/watch?v=00jJ6IHRflg

『NOISE』のように、アサイヤスは通常の映画の枠にとどまらない活躍をしている。2008年にはモダン・ダンスの振付師、アンジェリン・プレリョチャイ Angelin Preljocaj のバレエ「エルドラドEldorado 」を撮影したが、この作品は2007年に亡くなった現代音楽家、シュトックハウゼンとの出会いによって生まれた。




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