2007年12月25日

イローナのクリスマス・ソング

ときめき☆アーモンドパフェ~アルバムときめき☆アーモンドパフェ」でフランスで大ブレークしたフランスのお子様アイドル、イローナ・ミトルシー(Ilona Mitrecey)はFRENCH BLOOM NETで何度か紹介しているが、今日はクリスマスということでイローナのクリスマス・ソング、「すてきなクリスマス」(Noël que du bonheur)を紹介したい。PVではイローナのアニメキャラがクリスマスの風景の中でパラパラ風ダンスを踊っている。フランスでこの曲がヒットしたのは一昨年の12月だが、去年の12月には日本でも「すてきなクリスマス」の着うたが配信されていた。

♪「すてきなクリスマス NOEL, QUE DU BONHEUR 」(from Youtube)

お子様向けのユーロビートって感じだが、歌っている本人よりもアニメキャラが断然かわいい。この曲が入ったイローナのアルバムはフランスでは2005年の10月に発売されているが、日本では今年の2月にこの曲が入ったフルアルバムCDがようやく発売になった(日本ではミニアルバムが先行発売されていた)。

他の曲もいろいろ聴いてみると、メロディーがなんだか懐かしいというか、どこかで聞いたようなものばかり。おそらく80年代ディスコの影響が色濃いのだろう。一昔前フランス人はボニーMやアラベスクなんかの、80年代ディスコがが大好きだった。90年代の後半だったかパーティーでなんちゃってDJをやったことがあるが、人がせっかく先端の音を選んでかけていたのに、フランス人の若いやつときたら、簡易ブース(笑)の前まで大勢で押しかけてきて、こんなのより80年代ディスコをかけろ、フランスではこれがいちばん盛り上がるんだ、と不平タラタラだった。彼らのあまりのセンスのなさに情けない思いをしたものだが、それがこういう洗練された形で結実したかと思うと実に感慨深い。

「すてきなクリスマス」は基本的には10代前半向けなので、詞は平易なフランス語で書かれているし、何よりもクリスマス用語や表現が覚えられる。例えば、Noël(クリスマス)、Père Noël(サンタクロース)、grand sapin(クリスマスツリー)、cadeau(x)(プレゼント)、Les clochers carillonnent(鐘が鳴る)、Les gens réveillonnent(人々はお祝いの夜食をとる)など。

歌詞は「続きを読む」に掲載。



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2007年05月08日

「夢見るシャンソン人形」 フランス・ギャル

グレイテスト・ヒッツ誰でもメロディーを知っている「夢見るシャンソン人形」という有名なフレンチポップがある。フランス・ギャルという60年代に活躍したアイドルが歌っている。原題のpopée de cire, poupée de son は「蝋人形、オガクズ人形(=オガクズを詰めて作った人形)」という意味で、文字通り「歌う人形」と解釈できる。一方で、son を音と訳して、「蝋人形、音人形」とも読める。その場合、レコード盤を人形に見立てていると解釈できる。また柔らかい塩化ビニールは蝋になぞらえられることもある。歌詞全体を見た場合、こちらの方が説得力がある。レコードを少女に見立て、彼女の思いを歌わせている、レコード盤への偏愛、レコード・フェチの歌だ。

言葉や詩に二重の意味(両義性、多義性)を持たせるのはフランスの詩や歌の得意技だが、この詞を書いているのはセルジュ・ゲーンズブール。91年にモンパルナス墓地での深い眠りにつくまで、数多くのアイドルや女優たちをプロデュースして世に送り出した曲者のオッサンだ(今のつんくとか小室哲哉とか小林武史なんかの走りと言えるだろう)。作詞においてはとりわけ性的なメタファーに長けていた。フランス・ギャルに提供した他の曲に「アニーとボンボン」というのがあるが、人前で何度も歌ったあとで裏の意味を知った彼女がショックで引きこもってしまったというエピソードがある。今じゃ悪趣味なオッサンのセクハラでしかないが。

レコードはフェチの対象になるが、CD はなりにくい。ネット配信なんて問題外だ(全く別のテクノロジー・フェチみたいなものがありそうだが)。レコードのサイズが手ごろなせいもあるが、レコードは聴くたびに磨り減り、紙製のジャケットも色あせていくということが大きい。フェチは劣化し、失われていくものに向かう。さらに、それがモノでしかないゆえに、その愛は満たされることがない。二重に不毛な愛なのだ。

「夢見るシャンソン人形」はそういうことを歌っている。

夢見るフランス・ギャル 〜アンソロジー '63 / '68私は大学生の頃、レコード盤からCDの移行期に居合わせた。両者の大きな違いは、レコード盤には身体の介在が大きいことだ。例えば、レコード盤は注意深く針を載せ、20分余りで裏返さなければならないし、聴き終わったらスプレーをかけ、丁寧に埃をふき取るという手入れも必要だ。だから再生装置の前でじっと聴いていなければならない。またレコード盤は一回聴くごとに磨耗し、音質が劣化する。レコード盤は音楽を再生するが、むしろ一回性の体験に近い。身体の介在と音質の劣化が、その都度、異なった体験をもたらすからだ。もちろん、レコード盤が磨り減るまで聴かないにせよ、再生できる時間が限られていることは、音楽体験を規定するだろう。アナログ盤は、空気を一瞬震わせては消えていく音楽のはかなさとパラレルな関係にある。

一方、ipod などは指先しか動かさない操作性のスムーズさと、半永久的な音質の保障が、音楽体験を均質にしてしまう。またそれはイヤホーンやヘッドホーンで聴かれ、他者と共有されない。直接脳に音楽が供給されるので、レコードのように媒介物として意識されにくい。ゆえに音楽を媒介とした物語が生まれにくい。音楽の趣味の細分化に加え、音楽は本人にしか聞えないものになってしまった。

音楽の共有ということに関して言えば、クラブとかならともかく、日常的に誰かと一緒に音楽を聴くという体験は確実に減っているだろう。かつてレコードは高価だった。大卒の初任給が3万円だったとき、レコードはすでに2000円していた。大卒の初任給が6倍になった今もレコードの値段はあまり変わっていない。高価だからジャズ喫茶やロック喫茶に行ってマスターに聴かせてもらっていた。そういう場で音楽は共有されていた。

ところで、フランス・ギャルのベスト盤は「夢見るフランス・ギャル 〜アンソロジー '63 / '68」や「グレイテスト・ヒッツ」などいくつか出ているが、「アンソロジー」には「夢見るシャンソン人形」の日本語バージョンが入っている。私としては「娘たちにかまわないで Laisse tomber les filles 」が収められている「グレイテスト・ヒッツ」に軍配を上げたい。どちらもツボを押えているが、微妙な選曲の違いがあって、私は両方持っている。ぜひ両方買いましょう。

下に時代を感じさせる「夢見るシャンソン人形」の PV にリンクを張った。いきなり最初の音を外している。

フランス・ギャルの中では「娘たちにかまわないで」がいちばん好きな曲。思わず両手を振り上げてモンキーダンスを踊りたくなる。独特のベースラインが印象的。いわゆるズンドコ節だ。80年代にはハネムーン・キラーズというベルギーのバンドがカバーし、最近はエイプリル・マーチがカバー。さらに今年、マレーバ・ギャランテール(Mareva Galanter)がカバー。特にマレーバのカバーのPV(下にリンクあり)には目を見張った。


Popée De Cire, Poupée De Son / France Gall(PV)
Laisse Tomber Les Filles / France Gall(PV)
Laisse Tomber Les Filles / Mareva Galanter(PV)

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2007年04月24日

イザベル・アンテナ「南の海の魚」

夏に向けてボサノバ。

愛にエスポワールボサノバはカフェで流れるオシャレ音楽の代名詞のようになっているが、サンバをベースにして生まれたブラジルの音楽。ジョアン・ジルベルトアントニオ・カルロス・ジョビンといった巨匠がまず思い浮かぶが、本来ポルトガル語で歌われ、その独特の柔らかい発音がボサノバの魅力になっている。

ポルトガル語を少しかじってわかったのが、ポルトガル語にはフランス語と同じく、鼻母音(鼻にかかった柔らかい母音)があること。本場のボサノバからは、アゥン[綴り表記はão]というポルトガル語の二重鼻母音がよく聞こえてくるがが、ボサノバは鼻母音の特性を生かした歌。だからボサノバはフランス語とも相性がいいはずだ。

今日授業で聴いたのは、イザベル・アンテナの「南の海の魚」。

poivre(胡椒)、vanille(ヴァニラ)、jasmin(ジャスミン)、safran(サフラン) など、歌詞にはトロピカルなイメージがちりばめられ、バックの演奏も心地よくもミニマムな音作り。ボーカルにバックの音が被らないので、ヒアリングの教材にも最適な数少ない歌モノだ。フランス語の発音もクリアに聴き取れ、単語の響きをひとつひとつ堪能できる。この曲はアルバム「愛にエスポワール」に収録。原題は Hoping For Love で、英語でわかりやすいのに、フレンチな感じを出したいためか、邦題ではわざわざ「エスポーワール espoir (=hope 英)」という語を使っている。

アンテナのボサノバは、もちろんでフェイクであり、ボサノバのニューウェーブ的解釈なわけだが、それゆえにボサノバ以上にポップで洗練されている。アンテナ自身はパリ生まれのようだが、彼女はベルギーのレーベル、「クレプスキュール」(クレピュスキュールが正しい表記)の代表的なアーティストだった。80年代当時はこのレーベル名のエキゾチックな響きにすでにやられてしまったが、坂本龍一もイギリスの「チェリーレッド」とともに大推奨していたっけ。Crépuscule は黄昏と訳されるが、昼と夜の境界を意味する。ヨーロッパでは一種の「魔の時間帯」とみなされ、とりわけ昼の長い(北ほど長くなる)夏のたそがれ時は独特の雰囲気がある(関連エントリー「ヨーロッパの長い一日」参照)。

1980年代の始めにイザベルは、仲間と「アンテナ」というバンドを組み(最初はバンドの名前だったようだ)、クラフトワーク(ドイツの元祖テクノ・ポップ)に触発された曲をやっていたというから、いろんな方向性の試行錯誤があったのだろう。いくつかデモテープを作り、「クレプスキュール」と契約。1982年、アントニオ・カルロス・ジョビンの名作をカバーした「The Boy from Ipanema」(原曲は「Garota de Ipanema(イパネマの娘)」)を含んだ最初のアルバム「Camino del sol」を発表。ボサノバ&ジャズ・ポップ路線が確立された。


イザベル・アンテナ公式サイト

■ALBUM INFO:
愛にエスポワール
ABC…〜アンテナ・ベスト」(お薦めベスト盤)
Toujours du Soleil」(今も現役、去年出たクラブ系サウンド)
*実はアンテナのCDは FRENCH BLOOM NET での売り上げベスト1(とはいっても合計10枚にも満たないが)。

■本場ブラジルの巨匠の2枚
ジョアン・ジルベルト & スタン・ゲッツ
WAVE / アントニオ・カルロス・ジョビン

■ボサノバ入門に
アット・ジャズ・カフェ・ボサ・エディション

Wave アット・ジャズ・カフェ・ボサ・エディション


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2007年04月17日

AUTOUR DE LUCIE

フランス語とロックの相性はイマイチ良くない。フレンチ・パンクのコンピレーションを一枚持っているが、本人たちがマジメにシャウトすればするほど、失笑を誘ってしまう。フランスの若者に人気のある Téléphone というロックバンドがいて、パリのディスコなんかでかかると、みんなが一緒に歌い始めるんだけど、そのノリが恥ずかしくなるほどダサくて、いつもその場から逃げ出したくなったものだ。

音楽と言語の関係はいつも重大なテーマだ。日本でも、ロックは英語で歌うべきか、日本語で歌うべきかという論争がかつてあった。強いアクセントを持つ英語をベースに生まれたロックは果たして日本語に合うのか。英語派は内田裕也(本木雅弘の義父)、日本語派は「はっぴいえんど」(細野晴臣、大滝詠一らが在籍)。その折り合いをつけたのがサザン・オールスターズだと言われている。つまり英語のように日本語で歌うというやり方だ。

フレンチ・ウィスパーと言われるように、怒鳴ったり、叫んだりするよりも、フランス語は淡々と囁くように歌うのがいいようだ。AUTOUR DE LUCIE はフランス語で歌っていることにあまり違和感がない。それは歌い方のせいなのだろう。

Autour De Lucie Immobile

AUTOUR DE LUCIEは、女性ボーカルのヴァレリー・ルリヨが唯一の固定メンバー。彼女は曲も書いている。AUTOURは意外にもアメリカで受けが良く、1994年に出たファースト・アルバム L’ECHAPEE BELLE はフランスのグループとしては例外的に1年間で15000枚を売った。このアルバムは1995年に日本でも発売され、フランスよりむしろ外国で支持された。アメリカでのツアーは最初のうちフランス語のボーカルが障害になったようだが、コンサートをこなすうちにそれが評価へと変わっていた。アメリカでの成功に気を良くして、彼らはしばらくアメリカに留まって活動するようになる。2枚目 Immobile が出たのは1997年。1枚目以上にポップでメロディアスな作品。これも40000枚のヒット。3枚目のアルバム、Faux Mouvement は2000年の春に発表。これまでのアコースティック路線から大きく変化し、初めてエレクトロニクスを使い、ループやサンプリングによって新たな世界を切り開いた。

いつも授業でかけているのは、ファースト・アルバム(L’ECHAPPEE BELLE)から、L'ACCORD PARFAIT。「完全な調和」という意味だが、男女の関係を音楽になぞらえている。初めの頃、AUTOUR をフランスのカーディガンズと紹介してたのだが、カーディガンズがパッとしなくなったので、「フランスのブリリアント・グリーン」に変更。でも、そちらも最近音沙汰なし。トミー・フェブラリー(最近はヘンブンリーというロック・プロジェクトもあるようだ)の80年代ピコピコサウンドにはやられてしまったが、「ブリリアント・グリーン」とは、女性ボーカル、ギター、ベースという構成も同じだし、ギターの感じがよく似ている。90年代の前半によく聴いていた、ブリティッシュ系のギターバンドの音。系統としては80年代のネオアコにまでさかのぼる。

この手の音を出すフランスのバンドが他にいないわけではないのだが、何せみんな英語で歌っている。国境を越えて成功しているフランスのバンドの多くはやはり英語志向が強い。AUTOUR DE LUCIE のようにフランス語で歌い、かつ質の良いロックというのはなかなか見つからないのだ。

アルバム全体として完成度が高く、しかも聴きやすいのは2枚目の「Immobile」(写真右)かな。個人的にもアルバムを通して聴いていたのはこの作品だ。3枚目はダーク&ダビーで一般受けはしないかもしれない。

ネットが使えるクラスでは「Personne n'est comme toi」(=あなたのような人は誰もいない)のビデオクリップを見ている。4枚目のアルバムからの曲。抑制の効いたギターとタイトなドラム、そしてハモンドオルガンの響きがカッコいい!


Personne n’est comme toi(Video Clip from Youtube)
■AUTOUR DE LUCIE 公式サイト


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2007年04月14日

APRIL MARCH

Paris,the girlsエイプリル・マーチは、フランスのバンドのように思われていますが、実はバンド編成でもなく、女性のソロで、しかもアメリカのカリフォルニア出身…。で、「フレンチかぶれ」なことをしているみたいです。アメリカにもこんな人がいるんですね。普段から出しているアルバムにも、フランス語のものや、仏語と英語の両バージョンがある曲が多いです。でもパッと聞きは本当にフランスのアーティストかと思いますけどね…。日本の「渋谷系」連中の、海外版みたいな感じでしょうか(笑)。ものすごく良く出来たフェイクだと思います。

エイプリル・マーチはゲーンズブール・フリークで、彼がプロデュースしていた時代のフランス・ギャルのカバーをしています。例えば、ギャルの名曲、「娘たちにかまわないで Laisse tomber les filles」。原曲と大まかな部分は変わりませんが、少しテンポが違う感じがします。あと、キーも変わっていたような…。印象としては、フランス・ギャルよりもオテンバな印象ですね。何か、「変に若い」です(笑)。投げやりっぽいというか、何と言うか…。ギャルの方が声こそ舌たらずな感じですが、大人っぽく、音も歌も落ちついている感じがします。エイプリルの方はとにかく「元気」な印象ですね。キャンキャン言ってるような感じ…(笑)。色で例えると、ギャルは渋いピンク色、エイプリルはビビッドなオレンジ、みたいな。聴き比べてみると、私としてはエイプリルの方が「とっつきやすい」とは思います。

あと、日本でもSuitcase Rhodesが「娘たちにかまわないで」(carrefour)のカバーをしています。この人たちは見事「渋谷系」なわけですが、彼ら(男女2人組)の「娘たち〜」は、テクノポップ的でテンポも速い、甘めのアレンジになっています。唯一、あの特徴的なベースラインのメロディーが残っていて、あとは全てリミックス、といった感じです。声も、ギャルから離れて、いっそう「ロリータ」に徹しています。「作られた感」はものすごいです。ただし、フランス人の友人のジョアン君によると「おもしろい試みだとは思うけど、何言ってるかほとんどさっぱりわかんない」らしいので、サウンドはともかく、あくまで「歌」は日本人向けなんじゃないかと思います(笑)。


ALBUM INFO:
Paris in April(Laisse tomber les filles 収録)
Chick Habit(Laisse tomber les filles 収録)
Paris,the girls(同系グループの compilation)

VIDEO CLIPS FROM YOUTUBE:
MIGNONETTE / APRIL MARCH
CET AIR-LA / APRIL MARCH


Kaz

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2007年04月06日

MAREVA GALANTER マレーヴァ・ギャランテール

UkuyeyeYoutubeでフランス・ギャルの「娘たちにかまわないで Laisse tomber les filles」のビデオを探していたら、カバー曲らしいビデオがリストにあった。Mareva Galanter なんて名前聞いたことないなあと思いながら再生ボタンをクリックしてみた。最初はマジで自分の知らないフレンチ・アイドルが存在していたのかと思った。ビデオの60年代風のチープな作りにまんまと騙されてしまったのだった。ガレージのような独特なアレンジと、お下げ髪のマレーバのコケティッシュな仕草に一発でやられてしまった。誰が何と言おうと、これはフランス・ギャルのベスト・カバーだ。

マレーヴァ・ギャランテール(Mareva Galanter)。1979年2月4日、タヒチ生まれ。彼女の名前は「流れ星」を意味するらしい。1m78の長身とエキゾチックな美貌で、14歳からモデルとして仕事を始める。1998年のミス・タヒチに次いで、1999年にはミス・フランスに選ばれる。その後、テレビのバラエティー番組の司会者も努めるが、中でもM6 AWARDSのプレゼンテーターとしての仕事が代表的。女優としても、映画やテレビドラマに出演。パリ在住で、デザイナーのジャン・カステル・ド・カステルバジャックJean-Charles de Castelbajac(Max Maraの仕事で有名)と生活を共にしている。カステルバジャックはマレーヴァにアルバムで曲を提供し、マレーヴァは彼のイメージモデルの仕事もしている。

そして問題のデビュー・アルバムは去年、2006年に発表された。タイトルは「ukuyéyé」ウクレレとイエイエをくっつけたもの。ウクレレはマレーヴァが小さいころタヒチでいつも耳にしてた楽器だ。イエイエはフランス・ギャル、フランソワーズ・アルディ、シェイラに代表されるフランス60年代のロックシンガーを指すが、要はイエイエのリバイバル・アルバムだ。思い出深いことには(といってリアルタイムで聴いたほど年じゃありません)、伝説のフレンチ・ロリータ、ジャクリーヌ・タイエブ Jacquerine TAIEBの曲、「7 heures du matin」「On roule à 160」もカバーしている。

日本盤出る予定ないのかな。そこそこ売れると思うけど。イエイエの入門にもいいのでは。


□ALBUM INFO:Ukuyeye / Mareva GALANTER

Laisse tomber les filles / Mareva Galanter
7 heures du matin / Mareva Galanter
On roule à 160 / Mareva Galanter

マレーヴァ写真集

□関連エントリー「夢見るシャンソン人形 / フランス・ギャル


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2007年01月18日

MC SOLAAR

Qui Seme le Vent Recolte le Tempoフランスで最も有名なラッパー。1969年、セネガルのダカール生まれ。70年代にはフランスのバンリュー(郊外)に住み着いていた。85年にフランスに帰化。

1991年に発表された MC SOLAAR の1枚目、QUI SEME LE VENT RECOLTE LA TEMPO は、かなりショックな体験だった。それまでヒップホップにはあまり馴染めなかったし、アメリカのパブリック・エナミーくらいしかしなかった。ヒップホップもフランスだとこんなにオシャレになるのかと感心した。他のフランスのハード系のラップを当時あまり知らなかったせいもあったのだが、Nique ta mère(=Fuck your mother )とか、パリを爆弾で破壊するとか、マルセイユは理想の都市だとか、自分は火星からの来訪者だとか歌っていたラップとは一線を画していた。

音もジャズっぽいし、ラップのスタイルがクール(文字通り暑苦しくない)だし、何よりも流れるような韻の踏み方がカッコよかったのだ。5曲目のL'Histoire de l’art のラップを真似ながら、フランス語の滑舌を良くする訓練をしたものだ。特にリフレインをよく口ずさんでいた。

Les salauds salissent Solaar cela me lasse mais laisse les salir Solaar, sur ce salut!

Armand est mort という、失業して、離婚されて、ホームレスになって、喧嘩に巻き込まれ拳銃で撃たれて死んでしまった男の曲があるが、あまりに洗練されていて、まるでマーヴィン・ゲイのように聞こえる(音ネタが使われているのかも)。名曲 Caloline は一時パリ中でかかっていて、あちこちのカフェやブティックで耳にした。ラップの中で女性をドラッグになぞらえているが、Caroline はドラッグそのものという説もある。

Elle était ma drogue, ma dope, ma coke, mon crack, mon amphétamine, Caloline

バンリューの現実を告発したり、警察や権力を攻撃するようなラップの内容よりも、ソラーはむしろ純粋に言葉による表現を志向している。ことわざやクリシェをパロディ化し、シラブルと韻を自在にあやつる高度な技巧は賞賛に値するだろう。それゆえ、ヒップホップの系譜よりも、レオ・フェレ、ジョルジュ・ブラッサンスなど詩人=ミュージシャンの系譜に数えられ、とりわけ「コーヒー色のゲーンズブール」と呼ばれている。このように文学的に洗練されたソラーのラップはインテリにも支持され、ル・モンド紙がアルバムや発言を取り上げたり、高校や大学でソラーのラップが授業の題材になったりしている。

そういうソラーを政治家も放っておかなかった。1994年に国民議会の演説で当時の文化大臣、ジャック・トゥーボンがフランス語の擁護者としてソラーの名を挙げたのは有名だ。移民系のミュージシャンによって、フランス語の顕揚とナショナリズムが担われるというのも皮肉な話だが。演説の一節を最後に引用しよう。

みなさん、MC Solaarをお聞きください。彼以前にはボビー・ラポワントやボリス・ヴィアンがやろうとしていたことを、今度は彼がフランス語でやるのを聴くことになるでしょう!

Qui Seme le Vent Recolte le Tempo
MC Solaar
Musicrama (1994/07/25)
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おすすめ度の平均: 5
5

フランス語がわからなくても気軽に楽しめます。

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2006年12月01日

シャルロット、久々のアルバム

charlotte.jpgセルジュ・ゲンズブールといえば、フレンチ・ポップスを語る上では避けられない大御所。みずから歌うのはもちろんのこと、ブリジット・バルドー、ジャンヌ・モロー、そしてジェーン・バーキンなど数々の女優たちを歌わせては、彼女たちの新たな魅力を世に知らしめました(ついでに浮き名を流しちゃったりもしてました)。ゲンズブール・プロデュースの名盤はいろいろあれど、私がいちばん好きなのはバーキンとの間の娘、シャルロットが15歳のときに出した「シャルロット・フォーエヴァー」。これはセルジュが自分と彼女を主演(おまけに親子という設定)にして監督した同タイトルの映画のサントラで、映画もアルバムも、父と娘というには濃厚すぎる関係を描いたかなりヤバーイ内容だったんですが、それをサラリと表現するシャルロットは、別段いやらしい感じもせず、不思議な雰囲気のある女の子だなあと思っていました。にしても、自分の父親とデュエットして、 "Amour de ma vie" と語りかけるなんて、日本人ではなかなかできませんな〜。


セルジュはその後もスキャンダラスな人生を歩みますが、シャルロットは父親に対して愛情と尊敬を失うことはありませんでした。「フォーエヴァー」以降、シャルロットがマイクの前に立つことはなく、91年にセルジュが亡くなったときは相当ショックだったようで、彼女の歌声は永遠に聞かれないかと思われました。


それから5年ののち、「ラブ etc.」(1996)という映画のなかで彼女が1曲だけ披露してくれたことは嬉しい驚きでした(いい曲でした)。それでも彼女が本格的に歌うことはないだろう、と思っていたら、なんとここへきて20年ぶりに新アルバムが出るというニュースが。それも映画とタイアップしたものではないオリジナルもので、バックにフランスの2人組エールが、さらにプロデュースにレディオヘッドも手がけるナイジェル・ゴドリッチがつくという、私のツボをおさえまくった人選!早速先日発売されたこのアルバム「5:55」を手に入れてまいりました。


1曲目から、エールとすぐ分かる気怠い音に、シャルロットのはかなげなヴォーカルが重なり、「フォーエヴァー」のときとはまた違う彼女の一面を発見できます。大人っぽくなった彼女の声(当たり前か)は、ちょっとお母さんのジェーンを思い出させるときもあります。エールの2人も、彼女の声の魅力を損なわない、じつに「いい仕事」をしていて、両者のファンの期待を裏切らない好アルバムです。


“5:55”
“5:55”
posted with amazlet on 06.12.01
シャルロット・ゲンズブール
ワーナーミュージック・ジャパン (2006/11/08)
おすすめ度の平均: 5.0
5 いい感じです
5 歌姫と円卓の騎士


exquise@extra ordinary #2

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2006年10月19日

ミッシェル・ポルナレフ(2)

愛と青春のトルバドゥールポルナレフが発表した最初の曲は「ノンノン人形」。1966年のことだった。驚くべきことは、レッド・ツェッペリンを結成する前(さらにはヤードバーズに参加する前)、セッションギタリスト時代のジミー・ペイジが、このレコーディングに参加していることだ。

1970年のオランピア劇場でのライブのあたりで、ポルナレフ定番のスタイル、つまり白いフレームのサングラスに、金髪のカーリーヘアが確立されたという。デビュー当時は、右側のジャケットのように髪もストレートで、メガネもかけていない。メガネをかけたのは目が弱く、極度の近眼だったせいらしいが、彼に得体の知れないミステリアスな雰囲気をまとわせることになった。あのハイトーンの声といい、確かにあらゆる面でエキセントリックで、それこそ宇宙人的なイメージがある。それゆえに、彼の風貌と行動は常にメディアの攻撃の対象になり、とりわけゲイだと噂されたりした。

極めつけは「お尻丸出し事件」。1972年に「ポルナレフ革命 Polnarévolution」と題したライブコンサートが再びオランピア劇場を舞台に行われた。その際、パリ中にコンサートを知らせるポスターが貼られたが、それはポルナレフがお尻を丸出しにしているセンセーショナルなものだった。ポルナレフは裁判所に呼び出され、「強制ワイセツ罪attentat à la pudeur」としてポスター1枚につき10フランの罰金を科せられた。

私はこの事件をアルバムのライナーノーツで読んだ。そういうポスターが街中の至るところに貼られてしまうフランスって一体どんな国なんだろうと、考えただけで頭がくらくらしたものだった。日本の片田舎に住む中学1年生の想像力をはるかに超えた、難解すぎるキャラだった。ポルナレフのおかげで私のフランスのイメージは初っ端から思い切り偏ったものになってしまった。問題のポスターは雑誌か何かで見た記憶があるが、今やコレクターズ・アイテムとなっている。私の記憶が正しければ、それは女装をして、スカートの裾をめくりあげてお尻を出していたような…ともかく、フランス中の顰蹙をかいながらも、コンサートは行われ、翌月の11月には日本に飛んでいる。

ついにポルナレフの来日が実現する。まずは日本武道館で開催された「第3回世界歌謡祭」にゲスト出演し、そのあと、郵便貯金ホール、新宿厚生年金ホールにて初の来日コンサートを行った。以後、1979年まで計4回の来日コンサート・ツアーが行われた。何度目の来日のときか定かではないが、NHKの歌番組、「レッツゴーヤング」(今のポップジャムに当たるのかな。思えば恥ずかしい番組タイトル)に出て、「シェリーに口づけ」を歌っているのを見た覚えがある。また当時のNHKのテレビのフランス語講座ではいつもポルナレフのビデオが流れていた。

去年、ポルナレフは若い愛人と裸で抱き合っているところをスクープされ、その写真が「パリマッチ」の表紙になった。これもお尻丸出しだったが、それがポルナレフのものだったか、愛人のものだったか、記憶が曖昧だ(タイムリーにその号を入手できたが、うっかり捨ててしまった)。あんな写真を表紙にするセンスも疑うけど、久々のポルナレフとの、それもあんまりな再会だった。もう50歳を過ぎているはずだが、定番のメガネと髪は健在だった。

下は比較的最近出たベスト盤だが、「愛の願い」「愛の休日」(映像アリ)「愛のシンフォニー」「渚の思い出」「哀しみの終わるとき」など、名曲をほぼ網羅している。私も買い直そうかな。

ポルナレフ氏は未だ健在で、その容貌はさらに怪しさを増している。最新の話題と言えば、フレンチ・ディスコの先鋭、ボブ・サンクラール Bob Sinclar とコラボ。映像はコチラ

ポルナレフ・ベスト
ポルナレフ・ベスト
posted with amazlet on 06.07.23
ミッシェル・ポルナレフ
ユニバーサルインターナショナル (2006/01/25)

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2006年10月18日

ミッシェル・ポルナレフ(1)

polnareff01.jpg私が生まれて初めて買ったレコード、それはミッシェル・ポルナレフだった。一緒にフランス語を勉強していたキクチ君に教えてもらい、自分で買って聴いてみようと思った。当時、中学1年生だった私の周辺には、自称ソ連の共産党員でロシア語をやっている先輩や、中東情勢に詳しく、アラビア語が話せる先輩などがいたが、私が最もシンパシーを感じたのはフランス語をやっていた先輩だった。なぜらなら彼はやたらと女性にモテたのだ。私はフランス語をやるしかないと決めた。思えばこの不純な動機が今の不幸の始まりだった。

しかし、同学年にはライバルがいた。それがキクチ君(今や東大の先生だ)だった。フランス語をやろうと決めたはいいが、私はフランスのことなどまるで知らなかった。しかし、キクチ君はフランスでいちばん流行っているミッシェル・ポルナレフとかいう歌手のアルバムを持っていたのだ。

Je cherche un job, job, job, job, job, job
Pour aller lui acheter sa robe
Job, job, job, job, job, job
Pour un jour lui enlever sa robe

キクチ君は私に「Je cherche un job」という歌の歌詞カードを見せ、この意味わかるかと聞いてきた。挑発的な口調だった。こんなもの簡単さと、辞書をひきひき、直訳でなんとか意味はとれたが、ウブだった私には意味する状況がさっぱりわからなった−俺は仕事を探す。彼女に服を買ってやるために。俺は仕事を探す。いつか彼女の服を脱がせるために−何でせっかく彼女に買ってあげた服を脱がせるわけ?

「ジョブ」はあまり有名ではないが(シングルのB面)、ポルナレフの最も有名な曲といえば「シェリーに口づけtout tout pour ma chérie」だろう。授業中にかけても、誰もが知っていると手を挙げる。今もときどきCMに使われ、最近ではホンダのゼストのCMに使われていた。98年のフランス開催のW杯では日本のナショナルチームの応援ソングがこの歌の替え歌だった。今の学生は「シェリーに口づけ」を聴くと、「ウォーターボーイズ」を思い出すらしい。

日本で「シェリーに口づけ」がリアルタイムにヒットしたのは、1971年のこと。フランスではすでに2年前に発表されていたが、日本では1971年8月にCBSソニーよりシングル盤「シェリーに口づけ」と、ファースト・アルバムに「シェリーに口づけ」を追加収録したアルバム「愛と青春のトルバドゥール」が発売された。今ではフランス語の曲が日本で売れることはありえないが、当時は日本各局のラジオチャートでトップに入り、40万枚を売り上げる大ヒットシングルとなった。(続く)

ポルナレフ・ベスト
ポルナレフ・ベスト
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ミッシェル・ポルナレフ
ユニバーサルインターナショナル (2006/01/25)

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2006年07月27日

CARLA BRUNI

Quelqu'Un M'a Ditカーラ・ブルーニ。1968年、イタリア生まれ。天は二物を与えずというけれど、三物も、四物も与えられた、世の中の才能と幸福を独り占めにしているような女性だ。父はイタリアの有名タイヤメーカーの創業者であり、劇場、テアトロ・レッジオの経営者。母親はピアニスト。ヴィスコンティの映画に出てくるようなお屋敷に住んでいたというというから、生まれがすでにセレブはセレブでも超のつくセレブ。

5歳のときにパリに移る。美術と建築を学んでいたが、19歳でモデルになるために学業を断念。モデルといっても、そんじょそこらのモデルではなく、ナオミ・キャンベルらとスーパーモデルの一角を占め、とりわけ、ディオール、ラバンヌ、リキエル、ヴェルサーチのショーを務めてきた。またリチャード・リーコックの「キャットウォーク」に出演し、女優デビューも果たしている。

そして2002年、本アルバム、Quelqu’un m’a dit で歌手デビュー。ヨーロッパで100万枚を売り上げるヒットとなった。このアルバムはアイドルやモデルによくあるように、プロデューサーにすべてをお膳立てされたわけではない。自分で詞を書き、曲を作り、ギターまで弾く。さらにはハスキーで落ち着いた魅惑的な声の持ち主ときている。

びっくりしたのは、Quelqu’un m’a dit のビデオクリップを撮っているのが、「汚れた血」「ポンヌフの恋人」で有名なレオス・カラックス監督。歌っているカーラの背後でろうそくを持った怪しげな男が徘徊している。確かにカラックスっぽいが、あの演出は余計な気がする。映画にもときどき見られるカラックス的なひとりよがりを感じるが、咳払いをひとつして歌い始めるところは、憎い演出だ。ソファに正座して、ギターをつまびきながらしっとりと歌い上げるカーラの姿には本当に魅入ってしまう。アルバム・バージョンとは違って、ストリングスは入ってなくて、ギター一本のシンプルなバージョン。Serait-ce possible alors? の部分のメロディーも少し変えている。

公式サイトでビデオクリップが見れる。2004年にすでに来日公演をしている。一目見たかった。

Quelqu'un m'a dit−風のうわさ−

Carla Bruni 公式サイト
ビデオクリップはDiscographie→Chapitre Videoをクリック!

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2006年03月28日

PLEYMO

Rockプレイモ。このバンド、名前は知ってたんだけど、最近ようやく聴いた。学生さんに「ぜひ聴いてみてください」と言われ、重い腰を上げた−K学院大の石田さん、ありがとう。フランスで最も売れているフランス産のバンドのようだが、ちゃんとフランス語で歌ってます。けっこうハードな音。アルバムはすでに3枚出ている(写真は3rd)。カネボウのCMに曲が起用されたり、日本のロックフェスティバル「サマーソニック」のメイン・ステージにもすで出てたんだね。

サウンド的には、リンキン・パークやリンプ・ビズキットを思い出させる、ロック+ヒップホップ。いわゆる、「ミクスチャー」(ごちゃ混ぜ)。この手の音を最近は「オルタナティヴ」とも呼ぶらしい。一昔前、「オルタナティヴ」と言えば、PILやスミスのことだった。そのあと、ニルヴァーナなんかのグランジ系がそう呼ばれた。その時代におけるオルタナティブ(=もうひとつの選択)の位置づけが変わっていくのは当然のことだけど。私のような頭の固い年寄りはロックとヒップホップは別ものという意識が強いので、いまひとつ馴染めない音だが、若い人たちは違和感がないのでしょう。しかし、このアルバムに関して言えば、かなりロック色が強く、ポップな曲もある。一皮剥けたのかも。カネボウのCMに使われた曲もなかなかよかった。

特筆すべきは、リーダーのマルクが大の日本びいきなこと。小さいころから「AKIRA」「攻殻機動隊」などのジャパニメーションに深く傾倒しており、フランスのディズニー・スタジオ等で働くイラストレーターでもある(アニメと関係ないけど、お父さんがソルボンヌ大学の先生)。「キャプテンハーロック」(フランスで最も知名度が高い日本アニメのひとつ)の影響を受けたと告白するダフトパンクのメンバーから見ると、世代がひとつ若いようだ。マルクは尊敬する人物として宮崎駿、押井守をあげる。1stアルバムでは映画「AKIRA」をベースにし、日本語もとりいれた曲"K-RA"を披露。2nd(写真下)では自らアートワークのイラストを手がけ、そのキャラクターは「人狼」に捧げられている。さらにステージではオープニングSEに「攻殻機動隊」の曲を起用するほどの徹底ぶり。そして3rdの初回限定版に付いているDVDのライブ映像(サマーソニックのもの。字幕がなくフランス語がわからない人には不親切かも)ではハードコアな音を求めてきた日本のいかついお兄ちゃんたちに「ナウシカ歌おうぜ!」と日本語で叫び、強引に合唱させている(笑)。日本ではアニメとハードコアが結びつくことってあまりないが、これはフランス特有の現象なのだろうか。彼らの世代が、特定の日本のアニメの流入とアメリカからのニューメタルの流入を同時に体験したとか考えられるが。

そう言えば、リンキン・パークの韓国系のメンバーが日本アニメのマニアだった。リンキンには、なぜか、チャイコフスキーの遠縁がいるのも、わけわかんない。アメリカのバンドに東洋系のメンバーがいることが当たり前になったけど(昔、WASPなんてバンドがいたっけ)、幼少期の日本アニメ体験もほとんど世界標準になっている。うちの3歳の息子の最近のお気に入りはPUFFY(AMIYUMI)が歌っている、アメリカン・アニメ「TEEN TITANS」の主題歌(アルバム「59」に収録)。GUITAR WOLFもゲスト参加していて、いまどきのガキの嗅覚に甚だしい世代ギャップを感じてしまうのだった。私が3歳のときといえば、テレビが家に来たばかりじゃないか。

■PLEYMOの公式サイトはこちら

エピソード2 メディシン・ケーキ
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2006年03月10日

ライRAI !(後編)

1, 2, 3 Soleils何はともあれ聞いていただきたいのは『アン、ドゥ、トロワ、ソレイユ』 1,2,3 Soleilsのライブ盤です。DVD も出ています。かのジダン(彼もアルジェリア移民二世であることはご存知の通り)を擁し多様な人種で構成されたフランス・チームがワールドカップを制した1998年、Black blanc beur というスローガンのもと、黒人白人アラブ人が力を合わせて新しいフランスを作る!という雰囲気が最高潮に盛り上がっていた頃、フランスにおけるライ界もその絶頂を迎えました。ハレドとラシード・タハ、フォーデル Faudelという三人のアルジェリア系アーチストがパリのベルシー・スタジアムを満員にした歴史的コンサート。こんなに大掛かりなコンサートでしたから、音的には非常に洗練されたものになっています。『アン、ドゥ、トロワ、ソレイユ』 で弾みが付いたら、次は「ライの王様」ハレドでしょうね。彼のものなら『クッシェ』Kutche(本当はクッチェという発音ですが、日本ではこの名で販売されています)、名前をそのままアルバム名にした Khaled、それから N'ssi n'ssi、Sahra、Kenza、ライブアルバムの Hafla などどれも聞きごたえ満点です。去年出た最新作の Ya rayi は首都アルジェの民衆歌謡シャアビを取り入れて傾向が大きく変わっていますが、これも必聴であることには違いありません。

シェブ=マミも Let me rai、Saida、Meli meliと傑作を連発しています。彼も最新作のDellali がライらしさをなくし過ぎた作品と批判されましたが。他にお勧め盤を言い出すとキリがありませんが思い付くままにあげてみると、シャバ=ザフアニアChaba Zahouania のアルバム、フォーデル FaudelのBaida、Cheb Abdou のHabibi、Cheb Bilal のSidi sidiなどなど…ライ界のキーパーソン、ヌレディン・ガファイティNourredine Gafaiti が今力を入れているラシダRachida も見逃せません。またCheb Houari Dauphin の Live とかCheikha Nedjma のものとか、アラブ・コミュニティーカセットでだけ流通している音にすばらしく面白いものがあるのですが、それは少なくともパリまで出てBarbes 他のアラブ人街のカセット屋まで買いにいくしかありません。世界にはインターネットで買えないものがたくさんあるわけですね。

ところで今ライで一番注目すべき傾向は、フランスにおけるライとr'n'b の融合です。去年Kore & Skalp というコンビが多くのアーチストを集めて製作したRai'n'b Fever というコンピレーション・アルバムは大セールスを記録しました。なかでも113, Mohamed Lamine, Magic System の歌った Gaou a Oranという曲が昨年一年間でフランスの「クラブで最も多く流された曲」に輝いています(Yacast発表)。「R'n'b」というのはもちろん「リズムアンドブルーズ」のことですが、フランスでこの名称で呼ばれる音楽はあんまり「リズムアンドブルーズ」ばかりとは聞こえません。このGaou a Oran の場合それも当然で、歌っているアーチストのうち113(サントレーズと読みます)は Tonton du Bled などのヒットのあるアラブ移民系ラップバンド(グループ名は彼等の育ったパリ郊外の団地の建物番号、「113号棟」というのからとったとのこと。いいネーミングですね)ですし、 マジックシステムはコートジヴォアールのバンド(彼等のUngaou a Paris という曲がUn gaou a Oranの下敷きなわけですね)ですから。彼等とライのモハメド・ラミンが作り上げたすごく楽しい音を是非一度お聞き下さい。あとこのアルバムではもちろんハレド、リミッティの声も聞くことができますが、都会っ子フォーデル(彼はフランス生まれで、アルジェリア系としてフランスのアイドル人気を得た存在です)やReggae Rai のヒットがあるシェブ=ターリクCheb Tarik などの活躍が目立っていますね。

こんなライの音から、今のフランス社会の現実を想像してみるのは楽しくて、意義のあることだと思いますよ。

raidaisuki

■raidaisuki さんのブログはこちら
□Raiの音源が豊富なEl Sur Records はこちら

Rai 'n' B Fever
Rai 'n' B Fever
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Various Artists
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2006年03月09日

ライRAI !(前編)

RAIはアルジェリア生まれのポップ音楽です。はじめて聞く人の中には「世の中にこんな音楽が存在するなんて思いもしなかった!」と驚いてたちまちファンになってしまう人(そしてCDがどこで手に入るか分からずイライラする人たち)も多いです。イスラム圏、アラブ圏の音楽の一種であって、これほどポップで世界中の支持を集めたジャンルは他にないでしょう。日本の人があまり知らないのは、音楽業界の閉鎖性ということもありますが、このジャンルに関する情報が事実上フランス語でしか入らない、ということも大きなネックになっているのです(こういうのよくあることです)。

さてそのライですが、どんなジャンルか定義するのはたいへん難しいです。現時点で「ライ」と呼ばれるものが共通にもつ性質というのは存在しないと言っても過言ではありません。アルジェリア西部オラン地方の民衆歌謡から発達したことは確かですし、典型的なポップ・ライはオラン方言のアラブ語で歌う歌物でシンセサイザーを主たる伴奏楽器とするもの、なのですが、今日その形に当てはまらなければライではないとは到底言えません。早い話が「ライの母」シェイハ=リミッティCheikha Rimittiも「ライの王」ハレドKhaledも年代ごとにどんどん変わっていってますし、フランスでアラブ移民二世たちがグループでやっているライや、ラシード・タハ Rachid Taha などフランスで一般に「ライ」と呼ばれているアーチストまで含めるとその多様性は驚くばかりです。それだけにライ・ウォッチングは非常に面白いのです。

またライはアルジェリア社会、フランス社会、はては世界情勢にまで奇妙に密接な関わりを持ちながら発展してきた、その様相を見るのがたいへん興味深いジャンルでもあります。両大戦間の頃フランスによる植民地化によってアルジェリア社会が激変、生活の場を失ったべドウィンたちが都市に定着しその歌謡を都市化させた時点をライの始まりとすると、やがて社会内で弱者の立場に置かれている女性の意識の解放、それも性心理の解放を志向して歌うシェイハと呼ばれる女性歌手たちの活躍がオラン地方で顕著になってきます。その代表的存在が80歳を超えた今もバリバリ現役で活躍しているシェイハ=リミッティで、文盲にも関わらず豊かな詩的創造力を駆使して性的欲望の肯定、イスラムではタブーであるアルコールへの言及、社会への異議申し立てなどをその歌に込めた彼女は、以後のライの精神的土台を全て作ったということができます(それでも彼女は神に祈りを捧げる歌や愛国歌も歌っています。これらは彼女の中で全然矛盾せず共存しているのです)。社会の最下層から生まれこのような性格を持った音楽をアルジェリアの政府も、宗教界もまともに扱おうとはしませんでした。奇声を上げながら挑発的に歌いまくるリミッティは今でもアルジェリアを代表するアーチストとしての扱いをなかなか受けにくいのです。

デザート・ローズ/サウザンド・イヤーズ80年代にシンセサイザーが導入されて「ポップ・ライ」が成立すると、アルジェリアの若者のライ支持は圧倒的なものになっていき、体制側もこれを無視することはできなくなりました。またライはイスラム圏から出てきた欲望肯定主義の異色の音楽ということで西洋のマスコミの注目も浴びてきたため、逆にこれを内外にアピールする政策をとりはじめたわけです。ただこのライ発展には思わぬ不吉な要素が加わりました。イスラム原理主義の台頭というものです。アルジェリアにイスラム原理主義テロが猛威を振るっていた1994年、カリスマ的スターだったシェブ=ハスニ Cheb Hasni が彼等の凶弾に倒れています。90年代の「アルジェリア危機」の時代に多くのライ歌手が国外に逃れることになりました。皮肉なことながらこれが同時にライの国際化を加速していったわけです。後に述べる『アン、ドゥ、トロワ、ソレイユ』 コンサートやシェブ=マミCheb Mamiがスティングとデュオで世界的にヒットさせた『デザート・ローズ』Desert Rose はライの国際展開の象徴と言えます。9・11事件の後、ハレドやマミたちは音楽を通じて西洋とアラブ世界の架け橋を作るため様々な活動を展開しているところです。
 
ここまで読んで興味を引かれて、試しに聞いてみようと思われた方は、輸入盤ショップやネットのCD販売をあたってみてください。東京在住の方は渋谷、宮益坂のEl Sur さんなどに行ってみて下さい。

raidaisuki

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1, 2, 3 Soleils
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2006年02月28日

DAFT PUNK-Human After All

Human After All~原点回帰HMVにぶらりと入ったら、ビデオが流れてて、ダブルネック・ギターが目に入った。一瞬、レッド・ツェッペリンの秘蔵ライブでも出たのかと思ったら、ダフト・パンクのRobot Rockだった。ヘビーなビートとギターのリフ。相変わらずカッコいいじゃないの。即、購入。

先週末、昼間からあちこち飲み歩いていたが、どこの店でもダフトの新作がかかっていた。みんなこれがフランス発だって知ってるのかなと思いつつ、ついついそう思ってしまうのはフランス語教師の悪い癖だと反省。フランス発と知らなくてもダフトがカッコいいことには変わりない。フランスが築き上げてきた伝統的なブランド・イメージをダフトは突き抜けている。

前作、Discovery(2001年)でダフトは日本の伝説的なアニメーター、松本零士とコラボレーションを果たした。小学生の一時期、彼のアニメに魅了された私にとって、松本零士がフランス経由で回帰して来たことは驚きでもあり、感慨深いものでもあった。今回は再び音で勝負って感じ。ダフト・パンクと言いつつ、パンクではなく、極めてファンクなダフトだが、さらに、Robot Rockなんて、デジタルな音ながら、まさに往年のツェッペリンのような骨太なロックを感じてしまう。ダブルネックを出してくるあたり、意識しているのかもね。一方で、私のような80年代世代をニヤリとさせてくれる音ネタも相変わらず要所に仕込まれている。

よく授業で「ディスカバリー」のビデオを学生と一緒に見た。ダフトのトーマとギー=マニュエルの二人は、日本アニメブームの中で、松本零士の「宇宙海賊キャプテンハーロック」を見て育ち、「日本は第2の故郷だ」と断言するまで彼らに大きな影響を与えたことも話した。それがきっかけで、かなりの学生がCDを買って聴いてくれたものだ。もうひとつ忘れていけないことは、彼らが耳の肥えたリスナーだったということ。フランスの若者は、決してメジャーシーンを形成できない自国の音楽シーンにコンプレックスを抱きながら、80年代、90年代と、英米の先端を行く音楽を必死に聴き続け、リスナーとして成熟していった。世界第2のレコード消費国である日本の若者にも同じことが言えるだろう。ダフトを聴いていると、そういう蓄積が花開いた音楽なんだなと改めて実感してしまう。

このジャンルはフレンチ・ハウスとかフレンチ・エレクトロと呼ばれている。いわば音楽の進化が止まり、すべてが音ネタとしてデータベース化=サンプル化した状況から生まれた音楽。つまり、どれだけ音楽に対して耳が肥え、どれだけの音ネタに精通しているか、また、それらをどのようにリミックスするかにかかっている音楽と言える。

Human After All~原点回帰
アルバム「ディスカバリー」における松本零士とのコラボレーションは映画インターステラ5555-The 5tory of the 5ecret 5tar 5ystem-」として結実。カンヌ映画祭でも上映された。

cyberbloom(2005年5月-CYBER FRENCH CAFEに掲載)
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