2007年03月04日

「幻想水族館」

和田ゆりえさんの『幻想水族館』を読みました。

suizokukan01.jpgエッセイ・短編など27の作品が収められた素敵な本です。それぞれの作品には魚の名前がタイトルとして付けられていて、それがアルファベット順に並んでいます。「イワシの軍隊」「ウツボ」とはじまり、「ギギ ― 歌う魚」「人面魚」「人魚」などを眺め、「マンタ」「マンボウ」まで、時の経つのも忘れて楽しく鑑賞することができます。ページを繰るぼくらの手を、しばしば、彼らの愛嬌のある、しかしときにありふれた写真(ぼくたちが水族館でまさに目にする彼らの姿)がしばし止めさせ、まなざしをひきつけ、たとえば「ああ、ニシキテグリってのはこんな魚なんだな」とか、「ゴマフアザラシはやっぱりかわいいな」などとずいぶん現実的な、たわいもない感慨に心地よく浸って、水族館のあの独特な光の具合に思いをはせたりもしてしまいます。

けれども、きわめて整然と分類され、提示されているかのような外観、現実の彼らの写真にもかかわらず、和田さんの紡ぐ言葉、そしてイメージが、ぼくらをさまざまな「幻想」へと、それこそ知らぬ間に連れ去ってしまっているのです。ふと気づくと、きちんと並んでいたはずのアルファベットは順番を変え、夢と現の境はじわっと交じり合い、周りの乗客はみななんらかの魚のよう。『幻想水族館』は幻想の水族館の物語ではありません。摩訶不思議な、この世のものともわからない水族たちの姿を描き出すのではなく、幻想へと滑り込むちょっとしたきっかけ、水族館の大小さまざまな水槽を覗き込むぼくたちのまなざしがふいっと夢へと逃れてしまう入り口としてあるのでしょう。もちろんそこに潜む魚たち、「キメラ化」し、ぼくたちの分類法など軽々ととしなやかに超えていく彼らが重要な導き手となっていることはいうまでもありません。彼らの存在こそが「夢の結節点」として、さまざまな幻想を結びつけることができ、その美しき身体においてのみ現から夢への、夢から現への跳躍・往還を可能にしているのです。

彼らの夢のような存在、現実にありながら夢へと開かれた身体。

『幻想水族館』を脇に抱えて、水族館に出かけよう。淡い光が反射するあの青い空間で、ぼくたちを待っている彼らを、その幻想をぼくたちはぼくたち自身のうちに持ち帰ることになるかもしれません。

■和田ゆりえ 『幻想水族館』 1400円 萌(きざす)書房


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2006年09月19日

「タエコワーズのヨーロッパ・ヴァカンス便り」

タエコワーズのヨーロッパ・ヴァカンス便り
内生蔵 妙子
二見書房 (2004/11)
売り上げランキング: 274,246
おすすめ度の平均: 5
5 夢は見るものでなく、叶えるもの。
5 空想旅行から抜け出して。

ヨーロッパ9カ国50都市を巡った日本人女性の旅日記が一昨年11月に東京の二見書房から「タエコワーズのヨーロッパ・ヴァカンス便り」というタイトルで出版されている。これはもともと彼女のHP「タエコワーズ・ドットコム」(タエコワーズのマドモワゼル手帖)を書籍化したもので、美大出身ならではのセンスが生きたオシャレなHPは、多くのフレンチマニアを魅了した。ブログもあって、なかなかここまで作りこめない洗練されたHPだ。

美大を卒業したあと、デザイン事務所で働くかたわら、フレンチポップのクラブでDJをこなし、ミニコミ誌を自費出版した。そして2003年の1月に会社を辞め、ワーキングホリデービザでヨーロッパを回った。その精力的な行動の記録がHPに掲載され、「タエコワーズのヨーロッパ・ヴァカンス便り」として結実。フレンチ・ブロガーの先駆けのような人だ。しかし、それが最後の置き土産になってしまった。彼女は帰国後体調を崩し、一時は回復したが、今年の3月に帰らぬ人となってしまった。

Taecoise タエコワーズ。本名、内生蔵妙子さん。偉大なフレンチマニアのひとりとして名前を刻まれるだろう。愛用の白いノートPCには今も世界中の友人たちからメールが届き、HPも生き続けている。同郷出身の人でもあり(現在帰省中で地元の新聞で訃報に接した)、ブログを通して交流してみたかった。心からご冥福をお祈りします。

タエコワーズ・ドットコム


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2006年09月04日

「聖人事典」


聖人事典
聖人事典
posted with amazlet on 06.09.04
ドナルド・アットウォーター
キャサリン・レイチェル・ジョン
三交社(1998/06)
売り上げランキング: 314,588

オウェンザセインー♪、ゴーマチイン♪、オウェンザセインー、ゴッ、マッチ、インー♪
(When the saints go marchin'in)

なんの予見前触れ虫の知らせもなく聖者が街にやってきたのは訳があるわけではそんなにないですが、これ書きはじめてんのは6月25日でちょうどクリスマスの半年前、ちゅうことはイエス様の先輩格にあたる洗礼者ヨハネはん(サロメお嬢さんがその首ほしいてしゃあなかったな、ヨカナーン)のお誕生日やったんちゃうかな?どやったっけ?他のライターさんがこのこと書いてた気がするんやけど、記憶がひどく朦朧体、真実は薮の中に置き去りしとこっていうくらいの訳やからわけないに等しい。

キリスト教は神様ひとりぽっきり。やおよろずの倭国と勝手が違う。そん代わり天使はそこそこ、聖者はどっさりてんこもり。ちなみに1300人以上の聖者がオックスフォード版の事典に載ってる。フランスの守護聖者はトゥールのサン・マルタンが有名で、4000を超える教会関係施設と500を超える村がこの偉人さんの名を拝んでるちゅうくらいやから、そらあんた、どえらいことですよ。大阪の通天閣付近は恵比須町や大黒町、ちょっと離れて弁天町と七福神にあやかっているあたり、気持は似たりよったりかもしれません。

聖者になるんは殉教と奇跡が必要という。さてはともかく、フランス語で聖者の名前を冠した有名な魚貝が2つほどある。この子らが奇跡を起こしたかわからんけど、人様のお口のために殉死はしてる。

まんず、coquille Saint-Jacques。ホタテ貝ね。その昔、スペインのサンティアーゴ・デ・コンポステーラという聖堂へお参りする巡礼者がホタテの殻を食器代わりにしてたから、この名があるねんて。使徒ヤコブのスペイン名がサンティアーゴ、フランスに変換するとサン・ジャックというわけ。この聖堂にヤコブの遺骸がある。ひと目見ようと貝殻持ってみんなピレネー山脈越えてたんやな。

ヤコブの次はペテロ、Saint Pierreです。ペテロってもと漁師さんで、いろいろあって皇帝ネロにゆうたら殺された。ほやからカトリックの初代司教に祀られた。そのペテロさんが触った魚がマトウダイ。漢字で書けば「的鯛」、体のちょうど真ん中あたりにマトのような黒マルがあるんが目を引きますが、あっちはマトをペテロさんが付けた指の跡とも触った時に出てきた銀貨ともゆわはって、ようは和仏問わず目出「鯛」わけですわ。学名がZeus faberでこれまたギリシャの主神ゼウスやから、恐れ入りやの鬼子母神、その手は桑名の焼ハマグリ。

鯛といっても鯛と無縁のマトウダイ、それでもフランス料理では高級魚とされるから「腐ってもタイ」やね。


木魚


BOOK INFO:「聖人事典」ドナルド・アットウォーター& キャサリン・レイチェル・ジョン(三交社)

★聖書とならぶキリスト教文化のもう一つの顔、聖人崇拝。生活と信仰のなかに今も息づく聖人たち950余名の生涯と死を可能なかぎり歴史・客観的な態度で紹介する本格的な聖人事典。聖母マリア、使徒、天使、教父、神学者、宣教師、教皇、修道院長から、世俗にあって真摯な信仰の生活を送った様々な階層の老若男女まで、950余名の宗教的人間の栄光と受難の伝記集成。守護聖人一覧、聖人の表象一覧;聖人の祝祭日一覧付き。 (Amazon.co.jpより)

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2006年08月29日

新刊「夢見た日本」小山ブリジット


夢見た日本
夢見た日本
posted with amazlet on 06.09.05
小山 ブリジット
平凡社 (2006/07/25)

そもさん。せっぱ。これなあに?

(1)「魚の小さいパイのようなもの」
(2)「あぶった海藻の葉のなかに米飯を小さく巻いたもの、なんというか黒い腸の皮の中に白い腸詰を入れたような具合の代物」

じっちゃんの名にかけておわかりになりましたでしょうか?(1)は天ぷら。(2)は巻寿司でした。産湯につかってからこっち、天ぷらや寿司を見たことないお人がおるとして、さてそのかたがこいつらを描写すれば、なるほど合点承知の助といった言葉つかい。さもありなん、これはフランス人エドモン・ド・ゴンクールの日記(1878年11月6日付、斉藤一郎訳を拝借)のひとこまっすわ。

「なんというか黒い腸の皮の中に白い腸詰を入れたような具合の代物」…巻寿司をソーセージにたとえてる…奥ゆかしいポエジーがあるね。こうもり傘とミシンの結婚とまではいかんけど、巻寿司のネタに魚肉ソーセージっちゅうのは韓国では定番やし、それを見越したご意見としたらそら恐ろしくてワクワク膝が震えるぞ。あと「魚の白や緑の煮こごり」なるものが日記に登場してるけど、白は白身として、緑はなんぞや、バカな、にがだま(胆のう)か? なんやろ、気になる、ちゅーねん。

ま、それはとんかく、これら日本料理はエドモンさんのお口に合わんくて贔屓筋とはいかんかった。エドモンさん(1822-96)は弟ジュールくん(1830-70)と一緒にゴンクール賞をこさえた人。ゆうても二人とも彼岸に旅立ってからできたんやけどね、今年フランスでごっつう良かった小説にあげちゃうで賞がゴンクール賞、小説のアカデミー賞みたいなんかな、結構なお歴々が受賞してる。

死んで名を成すのとちょい違う。当時の文壇でもそうとうの大御所で、フロベール、ユゴー、ゾラ、ドーデ、マラルメ、ユイスマンス、ドガ、ツルゲーネフ、ロダンなどなど、そらもう、きら、星のごとき交友関係が日記にうかがえる。それよりなにより、だいの日本好き。ムシューとニッポンはエイドリアーン、ロッキー、エイドリアーン、ロッキーなのだ(日本に来たことなく、日本語ちんぷんかんぷんやけどそれが逆にプラトニックな憧憬をかき立てたんやろね)。

日本を愛した異人さんといえば、KWAIDAN好きのヘルンさんこと小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)などおるけど、エドモンさんは怪談やなくて浮世絵や工芸品に目がなくせっせせっせと「屋根裏部屋」にためこんだ。浮世絵を目にして印象派は、こっちもやったれと奮起し、工芸品にかぶれてアール・ヌーヴォーがごそごそうごめき出す。ジャポニカ学習帳、もといジャポネズリー、ジャポニスム(日本趣味)のはじまりはじまりの立て役者の一人。

「ある芸術家の生涯を研究し論じた書物のことをモノグラフィーという」らしい、大層やな。「その意味で美術史上はじめて「存在する」ことになった日本の画家は喜多川歌磨である」とはゴンクールの『歌磨』の訳者の弁、へー、歌磨か。大枚はたいた日本美術コレクションが元手となって、ゴンクール賞関係がうまれたというのは複雑なとこあるけど、不満はここ(↓)。

「魚の好きな民族は、すべて繊細な好みを持っている」と言いながら(ゆうてるらしい、未確認)、天ぷらに寿司をけっちんしてるとこ。エドモンさん、そらないで。今じゃ、それなりに皆はんよろしくしてるのに。そや、高野(こごり豆腐)の天ぷらをご馳走したろ。ここらではその名もオランダ揚げ。やっぱダメかな。

□BOOK INFO:「夢見た日本」小山ブリジット(平凡社、新刊)
★19世紀末フランス、ジャポニスムの最重要人物のひとり、文豪ゴンクールと、彼の日本美術研究に大いに協力した、明治日本最初の国際美術商、林忠正。二人の相互交渉をフランス人研究者が捉え直し、ジャポニスムの生きた姿かたちを評伝スタイルで鮮やかに描き出す。第23回ジャポニスム学会賞受賞作の邦訳。(Amazon.co.jpより)


木魚

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2006年06月03日

『ジャンヌ・ダルク−歴史を生き続ける「聖女」』 高山一彦

ジャンヌ・ダルク処刑裁判フランス救国の聖女ジャンヌ・ダルクの遺骨が真贋「鑑定」されることになりました。炭化した長さ約15センチの「遺骨」とそのとき集められたという「衣類の生地や燃え残った木々」も用いて、総合的な鑑定を行うそうです。

僕は彼女に特別な思い入れがあります...

570年以上昔のその日、イギリス軍に包囲されていたオルレアンを解放したジャンヌは、その後イギリス軍に捕らえられ、魔女として裁判を受け、1431年5月30日にルーアンで火あぶりになったわけですが、時間的にも空間的にも遥かな日本の地であっても彼女の名前が記憶にとどまるのも、そして毎年のように学生さんの口の端にこの名が挙がってくるのも、ジャンヌ・ダルクという歴史上の人物に僕たちの心を揺さぶる何かがあるからなのでしょう。

ジャンヌ・ダルク復権裁判イギリス軍側の捕虜となったジャンヌは、575年前の2月21日、ルーアン城内の国王礼拝堂に出廷。魔女か? 聖女か? 裁判が始まります。「異端者」としてルーアンのヴィユ・マルシュ広場で火刑に処せられるまで、4ヶ月にわたる審理が続きました。イギリス軍側はジャンヌの遺骸が「聖遺物」となるのを怖れ、その灰を残らずセーヌ河に投げ棄てさせたといわれています。ジャンヌ・ダルクが「3回」も焼かれたことを今回の新聞記事で初めて知りましたが、結局「心臓だけは焼き尽くせなかった」という死刑執行人の話も残っています。鑑定される「遺骨」はどういう来歴のものなのでしょうね。20世紀には、ジャンヌ処刑のわずか5年後に現れた「偽ジャンヌ」ジャンヌ・デ・ザルモワーズが眠るピュリニー教会の石棺発掘がワイドショー的になされ、ジャンヌ・ダルク生存説を盛り上げていました。21世紀の真贋鑑定は「ジャンヌは火刑を逃れて生き延びた」というロマンの炎をふたたびかき立てることになるかもしれません。偽物か? 本物か? 鑑定は6ヶ月ほどかかる模様。

昔から多くの人間、とくに絵画、映画、小説、漫画など大きな括りで芸術に携わる者にインスピレーションを与え続けてきたジャンヌ・ダルク。その悲劇的な死の直後から神話化は始まっていて、卑近なところでは描かれるジャンヌはすべて美人になっています。15世紀の人物ですし、短い人生を戦場で燃やしてしまった乙女ですので、もちろん肖像画などなく、後世の人々はみな自分のイメージを描き出していったわけです。

無数にあるジャンヌ像、パリのルーブル近くには黄金の騎馬像までありますが、パリの名もない一市民が殴り書きしたこのジャンヌがなんとなく一番彼女の姿を彷彿とさせてくれるように感じるのは僕だけでしょうか。ジャンヌの噂を聞きながら、日記の片隅に、その姿を想像しながら描きとめたこの絵が500年以上にわたって描き表現され続ける「乙女」の最初の姿なのです。

フランスという国が危機に直面するたびに、ひきあいにだされる救国の英雄ジャンヌ、彼女はこれからもさまざまな神話を身にまとい、姿を変えながらも、人々の記憶に生きつづけることでしょう。

日本でもジャンヌ・ダルクに関する多くの本が出版されています。名前を挙げていくときりがありません。学術的なものとしては、イギリス軍に捕らわれたジャンヌを魔女として裁いた記録(『ジャンヌ・ダルク処刑裁判』)、そして彼女の死後、聖女として復権させた裁判 (『ジャンヌ・ダルク復権裁判』) のふたつが高山一彦氏の翻訳で読めます (ともに白水社)。この高山氏の書いたすばらしい『ジャンヌ・ダルクの神話』(講談社新書) は絶版になっていて、復刊されないかしらと祈り続けていたら、高山氏ご自身が岩波新書から『ジャンヌ・ダルク−歴史を生き続ける「聖女」』という新たな本を届けてくださいました。この春、フランスに行かれる方はぜひ旅行鞄のなかに入れて、出発してください。楽しい旅のお供を勤めてくれることと思います。

ジャンヌ・ダルク―歴史を生き続ける「聖女」
高山 一彦
岩波書店 (2005/09)
売り上げランキング: 9,352
おすすめ度の平均: 5
5 永遠の「聖女」
5 ジャンヌの歴史

Pst

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2006年05月17日

稲葉宏爾『路上観察で歩くパリ』

路上観察で歩くパリ 角川oneテーマ21 (C-101)ずいぶん暖かくなってきて、散歩も楽しい季節です。

歩くのが苦にならない Pst にパリを案内された、というかひっぱり廻された友人たちは決まって「ああ疲れた (怒)」とボヤクのでした。パリ市20区は東京山手線の内側ぐらいの大きさというのがよく持ち出される比較の基準ですが、パリ南端のシテ・ユニヴェルシテールからモンマルトルまで行ってさらにあちこちうろうろしながら帰ってくるってのをよくやってました。金がなかったというのもありますが、ぶらぶら歩いているときに出会う「なにか」が楽しみで、わくわくしながら街を歩き廻っていたのです。そして、いまでもずんずん歩いてます。

先日、稲葉宏爾『路上観察で歩くパリ』(角川oneテーマ21)を購入しました。パリで発行されている日本語新聞『オヴニ』で連載されていたコラムを纏めた『パリ 街角のデザイン』(日本エディタースクール出版部) をもとに、手を入れた新書版です。パリやフランス旅行した人なら一度は目にしたことのある、あるいは知っているものたちですが、写真とともにあらためて見・読み直してみると、なんとも不思議なものたちがあるものです。かつて歩いた街の風景を思い出しながら、これから行くパリの姿を想像しながら楽しく読んで欲しい本。

たとえば、歩道に縁のあたりにポンっと置かれているボロ布。よく目にするこのボロ布、その名も「雑巾堤防」chiffon de barrage とは何?

カフェの砂糖」の話なんかも「そうそう」、いろんなデザインがあって、愛らしいのでつい持ち帰ってしまうなあと相槌。

街の壁を彩る (?)「落書き」Tags なんかもあちこち見て廻ると面白くかつ素晴らしいものに出会えたりします。最近、日本でも似たような落書きをちらほら見かけますが、パリの落書きは気合はいってます。あんなところにも書いたぜっていう自己顕示の側面があるでしょうけど、「落書き」と片付けるには惜しい。パリの Tags を撮った写真集もあったはずです。ずっと気にはしているのですが、まだ手にいれてないな。

『路上観察で歩くパリ』は「フンガイ対策」にもきちんと対処されていて、なんと毎日16トン近くの犬の crottes が落とされているパリで「運」がつかない奴はいない!とあらためて思います。『路上観察で歩くパリ』では触れられていませんでしたが、街をあるくときは下ばかりではなく、たまには上も見て欲しいです。真っ青な空、あるいはパリの曇天、そしてときに建物の壁面に書かれたはっとする「壁画」に出くわすことがありますから。

自分だけのパリやフランスを見つけたい。


Pst@ワインと読書の日々

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French Bloom Net 最新記事「Musique pour le cafe -木魚編」(05/17)
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2006年05月06日

『うるさい日本の私』中島義道

日本はとにかくうるさい。

大きな声は暴力的で、権力的である。私たちは自分で交渉し、調停する能力が乏しいので、代わりに権力に怒鳴ってもらっているのである。電車に乗ると、ケイタイでしゃべるな、電源を切れ、お年寄りに席を譲れ、駆け込み乗車はするな、頭上のスピーカーががなりたてる。特にJRがうるさい。元国鉄だから、権力意識が強いのか。

常識のある大人ならば、そんなことは自分で判断すればいい。ケータイでしゃべっているやつがいれば、注意すればいい。個人の責任で閉まりかけたドアに突進すればいい。アナウンスや周囲の視線の強制ではなく、席を譲りたいと思えば譲ればいい。あんなに駅の名前を連呼する必要はない。乗り過ごすのも本人の責任だ。

うるさい声と無責任社会は共犯関係にある。中島先生は鋭く指摘する。

ヨーロッパの電車の中は静かだ。たまにアナウンスはあるが、聴き取れないほど音量が小さい。ケータイで話しているやつがいても、気軽に注意する。他人と言葉で交渉する回路ができている。日本人は黙って、我慢して、我慢して、最後にブチ切れる。これが日本人のコミュニケーションだ。というより、これはコミュニケーションの失敗である。言葉がちゃんと機能していない。「対話のない社会」だ。他人に話しかけることに、こんなに抵抗を感じる国はない。率直に意見を言えないし、議論もできない。

横の人間関係が希薄で、対話力や交渉力が貧弱で、絶えず上から「あーしろ、こーしろ」と怒鳴られている光景は、まるで全体主義国家ではないか。

これまで日本人は同じだと信じられてきた。同じだから、言葉がなくても分かり合える。以心伝心が理想とされた。しかし、そんなことはもはやありえない。それは逆に気持ち悪いことだ。価値観がバラバラで、個人がそれぞれ、普遍化できない個別的な条件に置かれている現在、言葉を尽くしてコミュニケーションをとる以外、道はない。中島先生もそう固く信じ、今日も「言葉の戦い」を挑むのだ。それがドンキホーテのようにしか見えないとしても。

パリの地下鉄では、駆け込み乗車をしてドアに挟まれた人を、みんなでドアをこじあけて助けている光景をよく目にする。もちろん「駆け込み乗車はするな」というアナウンスはない。みな個人の責任において駆け込む。私も1度挟まれて助けてもらったことがある。そのときの周囲の人々の咄嗟のチームプレイはいつも見事だ。

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うるさい日本の私
うるさい日本の私
posted with amazlet on 06.02.02
中島 義道
新潮社 (1999/11)
売り上げランキング: 49,051

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2006年04月27日

祐天寺りえ『フランスだったら産めると思った』

umerutoomotta01.jpgEU加盟国の中で、フランスがアイルランドについで高い出生率をマークしたことが去年報じられていた。女性1人あたり1・9人。政府の手厚い育児支援と、子育てをしながら働ける環境作りが、出生率を押し上げる結果になったようだ。

フランスでは子供2人目から「家族手当 allocation familiale」が支給される(収入制限なし)。2005年1月からの規定では、2人目の子供が生まれると月1万6000円(2005年〜)、3人目で月3万6千円が家族に支給され、1人増えると2万円ずつ加算さる。また、11歳を超えると、1人あたり月4500円、さらに16歳を超えると8000円UP。その他、乳幼児手当、新学期手当、片親手当、家事代行格安派遣など、ここまでやるか、というほどの充実ぶり。そう言えば、子供が5人いるフランス人の知り合いのおじさんは、「多産割引」証を持ってて、運賃や展覧会の入場料が割引になるって言ってたなあ。

女性1人あたり子供1・3人の日本は真剣に見習いたいところ。うちには子供がひとりいて、月5000円支給されていますが、あまりもらってる気にならない。今年に入って、政府が育児手当制度を新設する方向で検討に入ったようだ。手当は1万5000円。しかし、何と3歳まで。うちの子は関係ないじゃないかよ!やることが中途半端なんだよ!(マジギレ)

ここでお薦めしたいのが、祐天寺りえ著『フランスだったら産めると思った』(原書房 2002年)。フランスに住むことになった日本人の女性の視点からフランスの子育て事情について書いている。これからはどんな家族のあり方が望ましいのか、具体的にイメージできる本だ。

総務省の社会生活基本調査によると、働きに対して賃金が支払われる有償労働と、家事、育児、介護といった家族のための無償労働の割合は、日本の男性は12対1。先進国の男性は、オランダが1対1、ドイツ、アメリカ、フランスは3対2。マッチョな国といわれるイタリアでも4対1だ。いかに日本の男性が仕事に明け暮れ、家庭を顧みない、いびつな生活をしてきたか、よくわかる数字だ。そうやって日本の男性はホモソーシャルな世界(会社の人間関係のような男だけの付き合い)を最優先して、自らを家庭から疎外してきたわけだ。雇用の流動化が進行している現在、「仕事人間」というアイデンティティーが根底から揺らぐわ、リストラされたら帰る場所がないわ、定年まで勤め上げたと思ったら「熟年離婚」されるわで、自殺するしかないような状況に追い込まれている。少子化の問題は、日本の男性の生き方そのものを問い直すきっかけにもなるだろう。


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2006年04月11日

『年収300万円時代を生き抜く経済学』

日本は去年、3万4千人という、小さな地方都市の人口が消失したくらいの自殺者を輩出した。警察庁によると、リストラによる失業が原因で自らの命を絶つ中高年サラリーマンは年々増えているそうだ。

仕事があるうちは血反吐を吐きながら働き、運悪くそれを失ったら死ぬしかない…と言うのが、終身雇用制度が崩壊した時代のサラリーマン像。仕事人間は家族との信頼関係を築いてこなかったから、自殺を思いとどまらせる絆もない。

さらに酷い時代が来ようとしている。1億総中流社会はすでにアメリカ型の階級社会に移行しつつあり、最終的には大半を占める負け組みサラリーマンと少数のお金持ちの勝ち組という形で階層が固定してしまう。小泉首相の構造改革ってまさにこれ。その証拠に長者番付が廃止される。個人情報の保護とか言っているけど、あんなの発表し続けたら、暴動が起こるだろう。長者番付は「誰でも頑張れば、ああいうふうになれますよ」というメッセージでもあったんだから。

そしてサラリーマンの平均年収は、現在の半分くらいの300万円まで落ちてしまい、さらにはフリーターやニートというさらに低い所得者層ができてしまう。国際競争に勝つにはリストラ(人件費削減)して、雇用を流動化(正社員を減らして、派遣やバイトを増やす)させなくてはというのが、企業の言い分。

じゃあ、どうすれば?

心配はいらない。そういう価値観から降りちゃって、もっとラテン的に生きればいいのだ。つまりは仕事以外のすべてを犠牲にしたあくせくした人生から降りてしまえということだ。ヨーロッパのラテン系といえば、フランス、イタリア、スペインなど、生活をエンジョイしている人たちというイメージがある。まさに彼らの年収の平均は300万円くらい。フランスでは5週間のヴァカンスが保証されているが、みんなが別荘を持っているわけではなく、お金のない人はないなりに楽しんでいる。お金持ちなんてつまらない見栄のために、どうでもいいお金を使っているわけだから。

ところで森永氏は県民別ラテン度という興味深いデータを出している(ちょっと眉唾)。失業者の数に比べ自殺者が少ない県を上位から並べているのだが、断トツの1位が沖縄。関西では奈良が2位、大阪4位、兵庫9位。なるほど関西人はラテン系なのか。

最近の森永氏は「負け組みになるのがいやなら知恵を絞って金を稼げ」(『庶民株!』)と方向転換とも取れる発言をしている。それもいいけど、拝金主義から降りて、ラテン的に生きる術を考え抜いて欲しかった。ともあれ、売れっ子経済評論家のベーシックな考えが示された一冊。
 
新版 年収300万円時代を生き抜く経済学
森永 卓郎
光文社 (2005/05/10)
売り上げランキング: 4,694

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2006年04月05日

『森永卓郎の庶民株!』

今回のライブドア・ショックで大きな損失を出した若いデイトレーダーたちが批判の的になっている。「ライブドア株でもうすぐ1億円」というブログが、あの日を境に「ライブドア株で損失1億円」に変わっていた。ネタかもしれないが、ありえる話だ。恥ずかしながら私も最後の10分割をやった直前にライブドア株を買い、分割を機に株が急騰し、急落するのを傍観していた覚えがある(フジテレビ騒動のときに見切りをつけてとっとと売り払い、ことなきを得たが)。あの天井で自社株を売り抜けてたわけね。

評論家のオッサンたちは、それ見たことかという顔で「株はギャンブルではなく、長期的な展望で会社に投資し、資産形成を目指すものだ」と説教を垂れる。しかし、負け組みはそんな悠長なことを言ってられない。資産と言うよりは、なけなしの資金を突っ込むしかない。とりわけ上昇相場は早く乗った者勝ちなのだ。ギャンブル的な一発逆転を狙うしかない社会を、「ギャンブル社会」と呼ぶらしい。つまりギャンブル社会は、スタート地点から大きな差があるアンフェアな格差社会のことだ。だから負け組みのリベンジは一か八かの勝負しかない。負け組みというのは「挑戦して失敗した人」ではなく、「挑戦する前から負けている人」のことですよ、小泉さん。最近は、森永卓郎氏まで『庶民株』の中で「株式投資は庶民の最終手段」と言っている。もちろん森永氏はデイトレード(短期売買)を勧めているわけではないが、「最終手段を使うしかない」というのが若い世代の根底にある気分なのだろう。

現状ではとりわけ世代間格差が顕著だ。上の世代がガッチリと利権を握って離さない現状がある。毎日のように政・官・財の癒着にまつわるニュースが伝えられ、「逃げ切り世代」が最後まで甘い汁を吸おうとする姿を目の当たりにする。一方で、若い世代はちゃんと年金がもらえるかどうかも怪しく、決定権を握っている上の世代といえば、自分の取り分が減るからか、あまり手をつけたくないようにしか見えない。

無気力な若者、マッタリとした若者がいる一方で、やたらと焦っている若者がいる。若いうちに早く会社を大きくしなきゃ、世界一にしなきゃ。ホリエモンは「焦る若者」の代表だった。

日本は相変わらず「株はギャンブル」と言う考えが根強く、経済活動全体を視野に入れた金融リテラシーをはぐくむ教育はほとんど行われていない。かなり無茶な投資をやっている若いやつらは多いのだろう。負け組みとレッテルを貼られても、自分だけは違うとやはり思いたいものだ。自分だけはホリエモンになれる、自分だけは株でうまくいく。だからホリエモンに都合よく同一化できる。確かに若さにはどうにでも転びうる可能性だけはある。しかし、その可能性も万馬券的に確率が低いのだ。

ホリエモンは若い世代のフラストレーションの受け皿になっていたのは確かだろう。それを利用して、個人投資家を食い物にしていたホリエモンは余計に罪深い。そして先の衆議院選挙で自民党はホリエモンを餌に、その若い世代の欲望を手繰り寄せようとした。ホリエモンは、もうひとつの格差を体現する地方の希望、つまりは広島6区の期待を背負っていたことも忘れてはいけない。

先ほど触れた森永さんの『庶民株』だが、「何故、株なのか」という問いに対するひとつの説得力のある答えだと思う。「ますます貧者に落ちていくか」それとも「知恵を絞ってお金を稼ぐか」の二者択一しかないと言っているが、もちろん、勝ち組、負け組みという、選択から降りるという選択もある。負け組だの、ニートだの、希望格差だの、若い世代は上の世代から言いたい放題言われてるが、それに反論し、オルタナティブな価値観を発信する場は、まさにブログのネットワークが提供してくれるはずだ。「知恵を絞る」とは何も株をやることだけではない。


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2006年04月03日

チープ・シックなフランス人女性

フランス人の贅沢な節約生活フランス人の贅沢な恋愛生活フランス人がお金を使わなくてもエレガントな理由

フランス人の贅沢な節約生活」佐藤 絵子 (著)
お金をかけずに贅沢なフランス人の美容生活」佐藤 絵子 (著)
フランス人の贅沢な恋愛生活」佐藤 絵子 (著)

フランス人がお金を使わなくてもエレガントな理由」吉村 葉子 (著)
お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人」吉村 葉子 (著)
結婚しても愛を楽しむフランスの女たち結婚したら愛を忘れる日本の女たち」吉村 葉子 (著)

本のタイトルを見るだけで、筆者の基本的な論点が読み取れる。日本人には金があるけど、愛がない。日本人は金があるけど、生活を楽しめない。それにひきかえ、フランス人はそんなにお金がなくても、生活や恋愛の楽しみ方を知っている。それこそが本当の贅沢ってことだ。

なぜ「チープシック」という価値観が今評価されているのか?それは、小泉首相の構造改革に象徴される、ネオリベラリズム時代を生き残るための価値観だからだ。経済評論家、森永卓郎さんの「年収300万円時代の経済学」の書評でも書いたが、これから年収がどんどん下がっていく時代をいかに生きるかということを考える場合、ヨーロッパのモデルを考えざるを得ない。女性はフランス女性のライフスタイルを見習う必要が出てくるというわけだ。本の内容は実用的な話も多く、実はチープな生き方はクリエイティブで楽しい生き方だとわかる。お金がなかったらその分は自分でやったり、作ったりすればいい。シンプルな原理。人間の楽しみは本来そこにあったのではないのか。

とにかく日本人には金だけはあった。しかし、「下流社会」が本格化して、金さえなくなったら、どうすんのよ。日本人には、金も、愛も、楽しみもないってわけ?だから、チープな今こそ「愛と生活」を考え直すチャンスなのよ。男の育児参加とか、スローフードとか、田舎で暮らすとか、実際そういう生き方がいろんな分野で提唱されている。「チープシック」は「そこそこ収入があれば、負け組みでもいいや」という開き直りの生き方でもある。

佐藤さんと吉村さんはフランス女性的な生き方を提唱して、注目されている。しかし、「フランス女性」って一体誰のことだろう?彼女たちが描き出すフランス人女性というと、そんなに裕福でもないけど、それなりに良きブルジョワの伝統を受け継いだ家に生まれた、小奇麗な白人女性といった感じだろうか。しかし、そんな条件に当てはまるフランス人女性はなかなか見つからない気がする。世代間格差や移民問題など、様々な格差や対立がせめぎあい、なだれこんでいる、現在進行中のフランスのデモの混沌を見て、「フランス人は…」なんて十把一からげに言えないよなあ。

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2006年02月16日

宮下志朗『パリ歴史探偵術』

事件が起こる。いつ? どんな? 僕たちには皆目わからない。しかし、確かに事件は起きた。場所はパリ。

ひとりの魅力的な女性の身に降りかかる、複雑で、歴史的な因果を持つ事件。『ダヴィンチ・コード』を遥かに凌ぐ謎がいくつも浮かびあがってくる。フィリップ・オーギュスト、ノストラダムスに始まり、アンリ・ルソー、モネ、ルノワールランボーにプルーストなどなど、多くの人物の名が挙げられていく。

この難事件を解決すべく呼びだされたのが、ホームズ=宮下である。「ワトソン君」の群れにすぎない僕たちには、ただの階段、ただの壁、臭いトイレや廃線の跡でしかないちょっとした手がかりから、ときには一冊の古いガイドブックから、ホームズ=宮下は事件の全貌を鮮やかに解きほぐしていく。そう、パリの街をあちこち歩きまわるこの名 (迷) 探偵は < 歴史 > という謎を僕たちに、明快に、そして楽しげに示してくれる。< パリ > とは幾世紀ものあいださまざまな事件に巻き込まれてきたひとりの麗しき女性の名であるとともに、記憶を喚起させるひとつのトポスに与えられた呼び名でもあったのだ。

ホームズ=宮下のみごとな「推理」をぜひ堪能してください。

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