2008年05月31日

「ウエブ人間論」梅田望夫&平野啓一郎 (1)

ウェブ人間論 (新潮新書)若い世代の小説家と、「ウェブ進化論」で有名なIT企業コンサルタントの対決である。「ウェブ進化論」はジャーナリズムやアカデミズムのヒエラルキーが崩れ、これまで受動的な立場に置かれていた消費者が情報の発信者となり、総表現者社会が到来すると説き、注目を集めた本である。それに対して、グーグルを手放しで礼賛できるのかという疑念が表明され、あまりにアメリカ西海岸的で、牧歌的な理想主義にすぎないのではという批判が出た。ちょうど私がブログを始めたころに「ウェブ進化論」が出て、その内容が当時私がブログに抱いていた期待と重なる部分が多かったので、その楽観主義に同調する書評を書いたりもした。

小説家の平野啓一郎は、小説を書く際にもネットは非常に便利なものだと告白している。情報の内容に関しては大したものは出てこないが(これも表現者のクリシェに過ぎないが)、19世紀のフランスの画家、ドラクロワを主人公にした小説『葬送』の下調べに必要な本や資料を探すときに検索エンジンがとても役に立ったと。しかし、一方で自分が検索される側に立たされるときに、検索エンジンは自分の小説を確実に拾い、検索結果の上位に表示してくれるのか、平野氏は対談の中でその不安を絶えず表明している。小説家にとっては死活問題というわけだ。すでに検索エンジンは重要なツールになり、日常的に使えるカジュアルさを備えつつ、さらに進化を遂げている。検索してもたいした情報は出てこないと思っていても、「検索にかからなければ存在しないに等しい」という時代がすでに来ていると実感せざるをえない。一方で、自分の意志が関われないところで、ネットという新しいインフラが整備され、あらゆるものがそこへシフトしていく。自分の意志に反して、そのフィールドでサバイバルすることを強いられる理不尽さを感じる人も多いだろう。グーグルの検索エンジンが便利だとしても、それがどうやって情報を集め、検索順位を決めているのかわからない。それを決めているアルゴリズムの正体なんてなおさらだ。

小説家を文系人間という形で敷衍することは可能だろう。文系人間は相変わらずナイーブで、私と同世代の中には、コンピュータやネットの世界はウソの世界だと真顔で言う人間もいるくらいだ。「文系人間は心の複雑な問題を扱っている。機械なんかに評価できるわけがないし、心の問題は機械とは無縁だ」という、これまたクリシェとなった不信があるが、そもそも心の問題と機械がいつも二元論的に対立するわけではない。それは十分に折り合える問題なのだ。結局は、自分の知らないものに支配される不安、またそのシステムの中で自分が正当に評価されるのかという疑念にすぎない。

二人の対談が浮かび上がらせるコントラストは、ローレンス・レッシグ(かなり前に「 FREE CULTURE」を紹介した)の言うレイヤーのレベルの差によるものだ。レッシグは情報のアークテクチャーを、コンテンツレベル、アーキテクチャー・コード・レベル、電子工学レベルの3つの層に分けている。つまりコンテンツレベルでツールを使いこなし、表現の自由を享受しているとしても、コード・レベルで、アーキテクチャーがどのような可能性や制約をコンテンツに与えているのかわからない。いくらパソコンのヘビーユーザーであっても、その中身で起こっていることを知ることは別の問題で、それには専門的な知識が要求される。

梅田氏はウェブの世界の技術的な側面にある程度通じていて、その地点から開ける地平を見渡し、その実感からウェブの世界の将来像を語っているのだろう。コード・レベルに精通した人間には、あるアーキテクチャーがどのようなコンテンツを排除し、逆にどのようなコンテンツに有利に働くのか、またそのアーキテクチャーがどんな動機に基づき、どんな目的で作られたのか理解できる。さらに最下層にはコードを規定する電子工学レベルのアークテクチャーが存在する。そこまで見渡せるのはわずかな人間だろう。

もちろん、大半の人間にはコード・レベルへのアクセスすら難しく、実質的な情報格差や機会の不平等が生じてしまう。ゆえにその間をコーディネートする解説者が要請されることになる。梅田氏はその重要なひとりなのだが、私たちは彼の発言と、彼を批判する側の発言からその妥当性を判断するしかない。そこに文系的なリテラシーを傾注するしかない。

最近、梅田氏は新著「ウェブ時代をゆく」を発表したが、それに対して池田信夫氏がブログで「新しいものは何もない」とか「シリコンバレーの内輪話にすぎない」と酷評(池田氏に関しては、「ウェブは資本主義を超える-池田信夫ブログ集成」を読んだが、ネットの世界を経済学や哲学の議論に結び付けている刺激的な本だった)。しかし、初心者と専門に通じている人とでは、あるいはネットのどのような側面に関心を持っているかで、梅田氏の著作に見出す意味や価値が違うのは当然である。(続く)


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梅田 望夫 平野 啓一郎
新潮社
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おすすめ度の平均: 4.0
2 はじめにから
4 両者の衝突が、「問題」の在り処を示してくれる
3 ネット世界での生き方の紹介
4 現在および近未来を理解する
5 参考になります





cyberbloom

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posted by cyberbloom at 20:15 | パリ ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | WEB+MOBILE+PC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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