2008年03月05日

『坑夫』 夏目漱石

坑夫色恋事件を引き起こして家にいられなくなった主人公が、道々、鉱山の仕事を斡旋しているポン引きと偶然出会い、鉱山に連れていかれるという話です。主人公は人生のしがらみが厭になり「そこでたびたび自殺をしかけて見た。ところが仕掛けるたんびにどきんとしてやめてしまった。自殺はいくら稽古をしても上手にならないものだと云う事をようやく悟った。自殺が急に出来なければ自滅するのが好かろうとなった」と、いっそのこと落ちるところまで落ちてみようと堕落を決意しているのですが、鉱山宿舎の「壁土」のような飯に辟易、青カビ臭い南京虫だらけの布団で寝るために奮闘、挙げ句、方向感覚が麻痺するほど上下左右に入り組んだ薄暗く湿っぽい鉱山のなかで精も根も尽き果て、自殺を試みようとさえするのですが、そういった過酷な体験の数々の中においても、「自己批評」をすることはやめません。そういった体験を語り手(主人公)はユーモラスに(講談調で)書きつらねています。

ちなみに、この作品は漱石作品の中でも「失敗作」と評価されてるようですが、それって「文学的」に失敗したということでしょうか。すくなくとも読み物としてはおもしろいと思いますが。文庫本の「解説」で吉田精一さんが、さきの語り手の「自己批評」をして「餓えと寒さになやみ、死に面する危険を冒している「坑夫」の生活の描写としては、いかにも悠長で、不自然であって、つくりものという観をまぬがれない。[...] 「坑夫」は先にのべたような理由から、一般には失敗作として見られている」と評しているものの、なんというかこの、人間って、苦しい状況にあってそのまま「苦しい苦しい」とそればかり考えるわけでなく、ほかにもその体験に直接関係ないこともふくめていろいろなことを考えると思いますし、いわゆる物語の大筋に関係ないそういう「脇道的思考」の描写に言葉遊びやユーモアが混じってて、そこがいいところかも。個人的には町田康さんの作品と似た感じを受けました。


坑夫
坑夫
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夏目 漱石
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4 漱石の異色作
4 三部作のプロローグ
5 心は三世にわたって不可得なり



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posted by cyberbloom at 10:45 | パリ ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 書評−その他の小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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