2008年01月06日

『雪沼とその周辺』

雪沼とその周辺 (新潮文庫 ほ 16-2)仏文学者でもある堀江敏幸さんの短編集『雪沼とその周辺』は、最近読んだ現代日本文学作品のなかで最も記憶に残る小説です。


雪沼という架空の町のまわりで、小さなボーリング場やレコード店、中華食堂、書道教室などをひっそりと営む人々の暮らしが、取り立てて大事件が起きるわけでもなく静かに語られます。しかし淡々とした文章にはしばしば過去の回想が織り交ぜられ、実は彼らは決して平穏とはいえない年月を送ってきたことがわかってきます。仕事上の悩み、肉親との離別、身体的なコンプレックスといった問題を抱えながら、彼らはそれでも自分の仕事に真摯に取り組みつつ、現在に至ったのでした。


人生にはいろいろある、という当たり前のことをしみじみと納得させ、かつそれを変に強調することもなく穏やかに描ききる、堀江さんの文章力が冴え渡っています。堀江さんのそれまでの作品は、静かながら蛇行するような長い文章が特徴的で、以前にご紹介したトゥーサンやオステールのそれを連想させるため、日本語でちょっと前衛的な現代フランス文学を読んでいるような気分になりました。それがこの『雪沼』ではかなりシンプルな文章になり、それだけ親しみやすさが増したように思います。


また職業柄、ということもあるのでしょうか、過去の作品のなかには文学的な脱線がしばしばあり、それが時としてマニアックな内容になっていたりするので、少々取っつきにくいところがありましたが、この作品では、そういった面はほとんど見られません。唯一フランスの作家、アラン・フルニエが話題にのぼる一編がありますが、物語の最後の展開に非常に効果的に使われる小道具となっていて、全く嫌みを感じませんでした。


作品に一貫して感じられるのは、登場人物たちに対する堀江さんの穏やかでやさしい視線です。それは特に主人公が周囲の人々に向ける視線に重なり、彼らの交流の描写は、何がどうというわけではないのに、妙にじんとくるものがあります。冒頭の「スタンス・ドット」や「レンガを積む」「ピラニア」などがそのよい例です。もちろんその他の短編もすばらしく、久しぶりに読み進めるのが惜しく思えるような作品に出会えて嬉しい夏でした。


雪沼とその周辺 (新潮文庫 ほ 16-2)
堀江 敏幸
新潮社
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posted by cyberbloom at 23:01 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | 書評−フランス小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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