2007年09月14日

ケ・ブランリー美術館(1)

quaibranly.jpg昨年の6月にケ・ブランリー美術館がオープンした。アフリカ、オセアニア、アジア、アメリカからの品々を集めた、新しいタイプの民族美術ミュージアム。場所はエッフェル塔の足元、ブランリー河岸(= quai du Branly)。名前はそこから来ている。設計したのはアラブ世界研究所で知られるジャン・ヌーベルだ。新しい国立の美術館としてはポンピドゥーセンター以来、30年ぶり。トロカデロの人類博物館(musee de l’homme)とヴァンセンヌの森にあった、アフリカ・オセアニア美術館の所蔵品を引き継ぎ、新規購入品を加えた総数27万点におよぶコレクションの中から精選。仮面、彫刻、モニュメント、楽器、武器、装身具、テキスタイルが展示されている。

大英博物館やルーブル美術館(古代の博物館でもある)を訪れるとき、よくもまあこんなものを世界各地から運んできたものだ、という印象を誰もが抱くだろう。西洋人の、自分たちとは異質な、あるいは未知の文化に対する情熱と執着心には驚くばかり。もちろん名声や金儲けもからんでいたのだろうが。

ところでケ・ブランリー美術館には二重の意味で政治性が見え隠れしている。

まずは具体的な政治。ケ・ブランリー美術館のオープンは今期限りの引退を表明したシラク大統領の念願だった。大統領に就任するとすぐに、シラクはこの美術館の構想に着手した。ミッテラン前大統領が古風な図書館を一掃して、自分の名前を冠した「ミッテラン国立図書館」を作ったように、自分のモニュメントをパリに残そうと目論んだのだった。加えて、現職大統領と原始美術商の主導による美術館の建造は、原始美術市場に大きな経済効果をもたらしたらしい。

もうひとつは西洋で作られた非西洋の美術館それ自体がはらむ政治性。西洋が非西洋に向けるまなざしの問題だ(エドワード・サイードの「オリエンタリズム」が参考になる)。シラク大統領は去年の6月20日のオープニング・セレモニーで「世界の芸術と文化に優劣は存在しない」、「文化を超えた対話の場となる」と述べたというが、明らかにヨーロッパ芸術と区別され、非ヨーロッパは展示対象で、ヨーロッパ人から見られる関係にある。この関係は必然的に優劣を含み、このような展示形式からは文化を超えた対話は生まれないと言われそうだ。この美術館は世界中から観客を集め、当然、見られる側の文化の側の人々も見に来るはずで、その中に違和感を感じる人もいるだろう。ヨーロッパにとっての美的な観点(日本人もそれを内面化していることだろう)によるのではなく、その文化を生きている人たちの生活意識や価値観の中に位置づけ直して展示することが大切という意見もあったが、そこまで行くなら美術館というコミュニケーション形式自体を批判する必要が出てくる。

こういう議論に忘れてならないのは文化人類学者のクロード・レビ=ストロース。まだ健在のようで、オープンニング・セレモニーにも出席。この美術館には「文化人類学的アプローチだけではなく、多様な現代の視点があっていい。コンテンポラリーアートやデザインソースとして若いアーティストを触発するだろう」とインタビューで発言している。

ケ・ブランリー美術館 公式サイト



cyberbloom

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posted by cyberbloom at 21:30 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | フランスの美術館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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