2007年09月01日

新しいゴシック(1) ゴシック建築からゴスロリまで

7月にパリで行われた「JAPAN EXPO(ジャパンエキスポ)2007」で、ラフォーレ原宿が大規模なファッションショーを行い、「HARAJUKU」発の東京ファッションを披露した。ラフォーレ原宿が打ち出したのは、フリルやレース、リボンで飾った「ロリータ」や、黒ずくめの「ゴシック」スタイルなど、「原宿発祥」とされる独特なファッション。これが今、日本が世界に向けて売り出しているスタイルだ。とりわけ、ゴシックとロリータの組み合わせは「ゴスロリ」と呼ばれている。

黒ずくめのゴシック専門のブティックはパリにもあるらしいが、今年の2月に、日本発のロリータ専門店、Baby, the stars shine bright がバスチーユにお目見えした。こちらはゴスロリというよりは、「甘ロリ」。「カミカゼ・ガール」(=深キョン&土屋アンナの「下妻物語」、映画の中でこのブランドが紹介された)のような格好をしたくない?と、アニメ・マンガ、J-POPやビジュアル系に夢中のパリジェンヌたちを誘惑している。思い起こせば、パリはロリータが初めて様式化されたフレンチ・ロリータ発祥の地だ。しかし、日本のロリータはナボコフの「ロリータ」のイメージはなく、むしろルイス・キャロルだ。

Baby, the stars shine bright
バスチーユの直営店を動画で紹介

また、8月29日から8日間の日程で東京ミッドタウンをメイン会場に第5回「東京発 日本ファッション・ウィーク」(経済産業省後援)が行われていたが、31日のショーで廣岡直人が手掛けるエイチナオト(h.NAOTO)が、完成度の高いゴシックロリータスタイルを披露し、国内外のジャーナリストや熱心なファンたちが見守った。

というふうに、好き嫌いがはっきり分かれる領域とはいえ、「ゴシック」という言葉を最近頻繁に耳にするようになった。

ところで、「ゴシック」(gothic 英 gothique 仏)っていうと、真っ先に思い出すのがパリのシテ島にある大聖堂。観光地として絶対外せないノートルダム・ド・パリだが、こちらはゴシック建築だ。その建築様式誕生の記念碑的なサンドゥニ修道院付属聖堂もパリ近郊にある。モネの題材にもなったアミアンの大聖堂や、青いステンドグラスが美しいシャルトルの大聖堂もゴシック建築として有名だ。

宙を突き刺す高い尖塔、ガーゴイルなどの過剰な突起状装飾、濃密なステンドグラスなど、派手かつグロテスクなデザインを特徴としている。古典ギリシアの美的基準としてプロポーション(均整さ)が挙げられるが、ゴシック建築に関して言えば、「光と高さ」に美と崇高を求める点にあるだろう。

「ゴシック」の原意は、ルネサンス期の15-16世紀に、イタリアの美術家たちが中世時代の美術を粗野で野蛮なものとみなして、「ドイツ風の」あるいは「ゴート風の」と呼んだことに由来する蔑称で、ゴート人が創出した美術様式ではない。

そして18世紀半ばから19世紀にかけ、イギリスでゴシック・リバイバルとして再びゴシック建築は人気が高まる。これはロマン主義の一形態(中世回帰)と位置づけられるが、鬱蒼とした樹木に囲まれたゴシック的庭園や廃墟散策趣味が再評価される。それは文学の世界にも大きな影響を及ぼし、中世風の建物を舞台にした幻想的な時代小説(=ゴシック小説)が出版され、人々の間に中世趣味が広がることになる。

「ストローベリ・ヒル」と呼ばれる別荘を中世ゴシック風に改築して、ゴシック・リバイバルの立役者となったホレス・ウォルポール(1717-1797)は自ら『オトラント城奇譚』というゴシック小説の先駆となる作品を書いた。さらにはゴシック小説の象徴的な主人公を登場させたブラム・ストーカーの『ドラキュラ』。すでにSF的なテーマと心理的葛藤を描いているメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』。アメリカのエドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』もゴシック色の強い小説である。これらの作品が物語るように、ゴシック小説定番のモチーフと言えば、怪奇現象、宿命、古い館、廃墟、幽霊などがまず挙げられ、今日のSF小説や、ホラー小説にも活用されている。

吸血鬼ドラキュラ (創元推理文庫) フランケンシュタイン ゴシック名訳集成西洋伝奇物語―伝奇ノ匣〈7〉 (学研M文庫)

ゴシックは小説の中だけではなく、あらゆるジャンルやスタイルの中に浸透しつつある。フランスでは、黒装束に身を包み、十字架をつけて墓地にピクニックにいく若者たちが密かに増えているようだ。彼らは、ポーやロートレアモンなどの、19世紀の異端文学者の末裔を自認している。そこまで行かないとすれば、少しとんがった「ハリー・ポッター」シリーズの愛読者あたりだろうか。しかし、この動向は多くの場合、日本のサブカルチャー経由であり、ゴシックは日本を通して再発見されたのだ。

普段から本物のゴシック様式を目の当たりにしている彼らが、新しい形で様式化されたゴシック・スタイルに憧れるのも奇妙な現象だ。自分たちの価値ある文化遺産であるだけに、それをあるがままに尊重し、現在の自分に結びつけようなんて思いつかいないのかもしれない。逆に西洋をモノやイメージとして輸入し、何の抵抗もなく素材としてそれらを加工できるのが日本の強みなのだろうか。それが日本のポップカルチャーの力であり、一時は世界を席巻した資本力がめくるめく商品化と消費のスパイラルを支えてきた。

フランスの若者たちが、ゴスロリやVISUAL KEI(ビジュアル系)に驚き、憧れるのは、西洋的な倫理から自由な「何でもあり」の原理と、途方もないポップ化、商品化の力なのだろう。フランスでは文学的な裏づけを取ることで外見のイメージとバランスをとったり、ゴシックを保守的な社会に反旗を翻す象徴的なスタイルとして再発見するのだろうが、それらはあまりにも古典的な振舞いだ。ゴシックはこれまで欧米のサブカルチャーの中にも取り入れられてきたが、それらは趣味性が高く、一部のファンに止まるものだった。日常的に使え、気軽に消費できるものではなかった。日本のゴシック・スタイルは、最初のうちは過剰な自意識の産物だったとしても、思想的な背景は薄められ、単に服装や音楽の趣味にすぎないと言えるレベルまでパッケージ化され、まさに日常仕様(使用)なのだ。これが爛熟した消費社会のラディカルさと言えるだろう。さらには政府までもバックについて重要な輸出品として売り出そうとしている。


□関連エントリー「新しいゴシック(2)マリリン・マンソンとバウハウス
□関連エントリー「新しいゴシック(3)ゴシック必読文献


cyberbloom

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posted by cyberbloom at 22:25 | パリ ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | ART+DESIGN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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