神戸の大丸ミュージアムでの開催期間は、2007年7月18日(水)→30日(月) 。会期中無休。
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ついでにちょっと「星の王子さま」の話を。
1942年のある日、サンテグジュペリはアメリカ人の編集者と昼食を取っていた。サンテグジュペリはなにげなくナプキンの上に長いスカーフを巻いた少年の絵を描いた。サンテグジュペリはカフェや、汽車の中や、散歩中などに浮かんだアイデアを絵や文章で紙片に書き留める癖があったらしい。それを見た編集者は、子供の向けの物語の素晴らしい主人公になると思い、それを書いてくれるように頼んだ。そして1943年に、作者のイラストつきの、英語による初版 The Little Prince が出版された。それ以来、「星の王子さま」は149の言語に翻訳され、4500万部が売れた。しかし、初版以外は本人のものではない、偽のイラストが使われている。
サンテグジュペリは1944年の7月31日、ライトニングP38型機に乗ったまま、海に消えた。彼のすべての著作を出版していたパリのガリマール社は「星の王子さま」のフランス語版を出したいと思ったが、オリジナルの水彩画が見つからなかった。そこでガリマール社はイラストレーターにアメリカ版のイラストを模写するように依頼した。彼はトレース紙を使ってそれをコピーしたが、いくつかの間違いを犯してしまった。星の王子さまの緑のマントが青になっていて、夕日が消えてしまって。しかし、1946年にそのままの絵で「星の王子さま」のフランス語の初版が出版される。
それから50年以上のあいだ、サンテグジュペリ自身によって描かれたオリジナルのイラストは見つからなかった。しかし1994年に、あるパリの本屋がイギリス人の収集家の家でそれを見つけた。1979年に亡くなったサンテグジュペリの未亡人、コンシュエロ・ド・サンテグジュペリがすべての財産を彼に譲ったのだった。サンテグジュペリの思い出の品を含むトランクの中に貴重な水彩画が見つかったのだ。不幸にも、ガリマール社はそれを買い取ることができず、「星の王子さま」は偽のイラストで出版され続けている。
2004年4月に「行方不明になった飛行機の残骸が、仏南部マルセイユ沖の地中海の海底で発見された」とニュースが報じた。潜水員が海底から回収した機体の一部に製造番号が残っていて、この番号を調べた結果、サンテグジュペリの搭乗機だと確認できたという。機体は高速でほぼ垂直に墜落したとみられるが、プロペラに損傷もなく、敵の攻撃を受けたことを示す弾痕も残っていないため(1981年にドイツ人パイロットが自分が撃墜したと名乗り出ている)、墜落原因は特定できなかった。マルセイユ沖に墜落したことは公式に確認できたが、墜落原因は「恐らく永久に分からないだろう」ということだ。
2005年1月、日本での著作権保護の期限が切れたのを機に、10種類以上の新訳が一挙に登場。ファンのあいだでは、タイトルや訳し方をめぐってちょっとした論争になっていたようだ。「星の王子さま」というタイトルは故内藤濯(あろう)が付けたものだが(原題は Le Petit Prince で、「小さい」とか「かわいい」の意味)、新しい訳で同じタイトルを使用する場合は、「内藤氏の考案した題名」と明記する必要があったようだ。
星の王子さまが訪れる6つの星で出会う人物たちは、近代社会(=大人の世界)の論理と価値観を支える典型的な欲望が戯画化されたものだ。それらは、「心で見なければ、物事はちゃんと見えてこない。大切なものは目には見えない」という有名な一節に収斂する、子供の純粋な論理と感性に対照させられている。
個人的に印象に残っている解説本は塚崎幹夫氏の「星の王子さまの世界―読み方くらべへの招待 」(中公新書)。星に生えた3本の大きなバオバブの木は日独伊三国軍事同盟を表しているなど、「星の王子さま」を歴史的な具体性において解釈している。サンテグジュペリの作品全体を見通し、彼の作品と人生の中に「星の王子さま」を位置づける稲垣直樹氏の「サン・テグジュペリ−人と思想」(清水書院)も参考になる(両先生にはかつてお世話になったが、それだけの理由で薦めているわけではない。アマゾンでも評判は上々)。写真はフランス文学研究者による新訳(そのうちこのブログにも寄稿していただけると嬉しいのだが)。
□「星の王子さま」公式HP
□Le Petit Prince 読み比べ(FRENCH BLOOM STORE)
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