2020年08月16日

パリからの手紙 ― 増井和子さんのこと

子供の頃に見知った「すてきな大人」の訃報を目にすることが増えた。物事には順番があってどうしようもないとは頭ではわかっているのだけれど、やはりさびしい。長い間埋まっていたピースが一つ、はらりと欠けおちたような気持といおうか。先頃他界された増井和子さんもその一人だ。



昭和の子供に開かれた文化への窓というのは、今に比べればたいそう小さかった。親の本棚はそうしたささやかな窓の一つで、何もすることがない休みの日に勝手に抜き取って眺めていた。中でもおとがめを受けにくいのが『暮らしの手帖』だった。 

今思い返しても不思議な雑誌だったと思う。いい意味でぐっと野暮ったく、強い意志を感じさせた。花森安治による独特の手描きレタリングとインパクトのあるイラストが陣取る表紙をめくると、多様なトピックスが無造作に並んでいる。おなじみ商品テストから、夜間保育に取り組む保育園についてといった身近な社会問題のルポ、一流シェフによるバター香る西洋料理のわかりやすいレシピ、バイタリティあふれる日常を綴った読者の投稿欄。ファッションの頁もあったけれど、ブティックに今並んでいるものは載らず、夫の仕事の都合で日本にやってきたアメリカやヨーロッパのの奥さまの普段のワードローブを紹介していた(これがなかなかセンスがよくて好きだった)。具材が持ち味を主張しつつも、スープそのものもおいしい、おおらかなシチューのようなたのしさがあった。

読むところの多い雑誌でもあった。便利な商品の紹介頁からテレビ時評、モームやモーパッサンの名作を語り下ろす頁まで(滅入ってしまうような人生の厳しさを垣間みてしまった)なんでも読んだが、とりわけとっつきやすかったのは、「すてきなあなたに」と銘打たれた、複数の無記名のライターによる短いコラムの花束のような頁だった。物事によく通じた、品のいい大人の女の人たちが日々の生活で感じたことや小さな出会い、出来事を書き綴る。コラムの形を取ってはいるが、どこか読者に宛てた手紙のような趣きがあった。とりわけ興味を掻き立てられたのは、パリに住んでいる人がいる、ということだった。あの街に普通に暮らしているなんて。こんな行き届いた、(当時はまだこの形容詞をしらなかったけれど)「シック」な大人がいるのか。畳に腹這いになり、広げた雑誌を前に思ったものだ。その人こそが、増井和子さんだったのだ。

増井さんの名前を初めて意識したのは、『暮らしの手帖』に載った長めの署名入りの文章を読んだときだ。高田賢三のパリ・コレクションで、ある一着の服−今の目で見ればリアルクローズとして活躍するだろう一着−がランウェイで披露されるまでの物語。ファッションに関心のない家の子供は高田賢三がどれほどの人なのか見当もつかない。でも、魅了された。「主役」のその服はもちろんのこと、コレクションで発表された何着もの服の写真に見惚れた(フィナーレを飾った山口小夜子の着る小さな花が全面にプリントされたフォークロア調のウェディングドレスは特に)。少女マンガから描き写すひらひらとしたドレスの類とは全く違う、実体のある美しい服がそこにあった。

そして、たくさんの服の写真に向けるのと同じぐらいの熱量で、増井さんの文章にも接した。旬のデザイナー、世界のKENZOを前にしてもあくまで自然体。好奇心の赴くまま目をきらきらとさせてファッションの現場に飛び込んでゆく。ランウェイで披露されたぴかぴかのニュールックについても、ファッションの世界の人なら絶対言わないような自由な解釈が飛び出す(昔の日本のおじさんがインスピレーションかしら、という大胆な発言もあった)。何よりすばらしかったのは、デザイナーとその周囲に溢れる祝祭とでもいうべきピュアなよろこび、楽しさが活写されていたことだ。ファッションとは遠く離れた世界にいる子供にもわかるほどに。そしてその楽しさを少しわけてもらった気がして、繰り返し、繰り返し、読んだ。

あれから何十年。かつての小学生は成長し色気づき、見栄やお楽しみや消費のために何冊ものモード誌を手に取り、読み捨ててきた。ファッションを取り巻く状況も目まぐるしく変化した。気がつけば、少しづつ進行形の華やかな世界からは遠ざかりはじめている(気に入りの雑誌の春と秋の特集号は買い続けているけれど)。それでも性懲りもなく、つたないのを承知でファッションについて見知ったことを綴るのは、子供の頃にあてられたあの熱気と、それを目撃して共振する増井さんのはずむ文章が根っこにあるからだと思う。

『暮らしの手帖』から離れた場でのお仕事、特にフランスの食文化についての著作については不勉強で、語る言葉を持たない。ただ、あの雑誌を通じて増井さんがパリから書き送った「手紙」の数々―短いものから写真を添え時間をかけたものまで―を、今も大事にしている読者がいることを、この場を借りて述べたい。そして、そうした「手紙」を受け取ったことからパリのこと、フランスのことが好きになった人が少なからずいるであろうことも。当時の色あざやかでのびやかなお仕事が、何らかの形で再び世に出ることを願ってやまない。

by GOYAAKOD



posted by cyberbloom at 20:00 | パリ ☁ | Comment(0) | ファッション+モード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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