今年は関西でもいくつかの大学が「麻疹休校」になり、その補講のせいで学生たちの夏休みが先延ばしになっている。とはいえ、夏休みが射程に入ってきた。「1999年の夏休み」は二度と来ない。かけがえのない夏休みだ。2007年の夏休みも1度きりだが、「1999年の夏休み」の緊急性にはかなわない。
2000年を超えてから、時間の流れが確実に変わった。張りつめた時間が溶け出し、茫洋とした広がりがあるだけだ。次の世紀末には確実に生きていない。
昔から夏休みという言葉の響きが好きだった。自分が夏生まれというのもあったからかもしれない。小学生のころから、夏休みに対して方向感のない、しかし張り裂けそうなほどの期待を抱いていた。何か特別な予定があったわけでもない。あまりの期待に自分の方が押しつぶされそうだった。小学生のころは、遊んでも遊んでも遊び足りなかった。思春期のころになると、いつも夏休みから取り残されているという虚しい思いだけがあった。
そういう期待や、それがもたらす絶望の正体が何だったのか、改めて思い出させてくれる映画である。
金子修介の「1999年の夏休み」は萩尾望都の「トーマの心臓」をベースにした、いわゆるギムナジウムもの。1988年の作品で、1999年は近未来として描かれている。例えば、主人公たちが使うコンピュータのメカニカルな感じが面白い。
この映画にインスパイアされた Momus というイギリスのアーティストが Summer holiday nineteen ninety nine♪と歌っていた。フリッパーズ・ギターの2人がプロデュースした渋谷系の記念碑的作品「FAB GEAR」に収録。
いわゆる美少年モノはひとつの様式美として確立されているが、この世界は個人的にいまいち詳しくないので、木魚さんにそこらへんを解説していただく。
「1999年の夏休み」か。
そういや平成ガメラの金子修介監督やったなー。
世にタルホ系と呼ばれるジャンルがある(と思う)。作家稲垣足穂のタルホにちなむんけど、バッサリ言わしてもらえれば、女性が中心として登場しない男だけの世界、といってもバラ族風ではない。まだ性の開花以前の少年と少年の淡いなんたらかんたらを主に描くちゅうんかな、そんな作品系統をタルホ系というのやろか、どなんやろか。
そうやとすると『トレインスポッティング』のヤカラ連の青春グラフィティはここにおさめるわけにはいかん。かといって『スタンド・バイ・ミー』とも微妙にズレてて、なんやろ、生活臭のない、もっとスタイリッシュな関係が綴られるんかな、まあ、お坊っちゃん達らの耽美でときに残酷でレモネードのように清涼感漂うお話なんやろな。大きい人にはようわからん少年紳士だけの理屈でなんかに拘泥したりしてるし。
植物よりも鉱物や星、土よりもガラスやメタルといった無機質なものを有機的に贔屓にして生活のどろどろを追い出してるぶん、よけごと想いが純になるのがこの系統に多く、『1999年の夏休み』も夏休みやいうのに、純な想いのわりに暑さ/熱さ/厚さ/圧さがなかったような気がする。気がするのはこれ書くためにビデオを見直してないからで、怠慢の誹りは免れないっすが、もっかビデオ見れない環境なんですみません。ですまされるかっ!て言わんといて下さい。
4人の少年に扮するのは4人の少女。やたらべっぴんさんでないとこが萌えを封じる。小説やマンガと違って正味の人間が演じる映画でほんまの男の子が役者をつとめれば、あらあら小僧さん小僧さんとなってうまくいかんかったやろね。バラ(のキャラ)とユリ(の俳優)をかけ合わせて性の未分化を演出したのは金子監督の慧眼か。深津絵里がいっちゃん小僧さんやったな。
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