2016年08月08日

追悼・津島佑子の描いたパリ

2016年2月18日、津島佑子が亡くなった。享年68歳。僕は熱心な読者とは到底言えないが、「生き残った者」をめぐる真摯な作品には、感銘を受けてきた。追悼の意をこめて、パリを舞台にした連作集『かがやく水の時代』(1994)を紹介したい。津島自身が1991年にイナルコ(フランス国立東洋言語文化研究所)で客員教授を勤めた経験を活かした小説である。

主人公で語り手の美佐子は、6歳の息子を亡くしてから8年後、パリで生活を始める。そこでアメリカ生まれの従妹朝子と再会する。また、マリー・エレーヌという老婦人と知り合い、彼女の息子の子供を産んだ日本人のイズミを見舞う。その直後にマリー・エレーヌは亡くなり、美佐子は葬儀に参列する。やがてパリを引き払い、母の若い頃のことを叔父に聞こうと思って、従妹の故郷へ立ち寄ってから、母が入院している東京へ戻る。というのが、おもな筋書きだが、時系列に沿って書かれてはおらず、読み進めるにしたがって、しだいに事態の全容が明らかになってくる仕掛けになっている。

男たちは、およそ頼れる存在としては出てこない。日本へもはや帰れないがゆえに郷愁に囚われる朝子の父親も、すでに新しい恋人と同居していて、前の彼女のイズミが生んだ赤ん坊と同居できない日仏ハーフのオリヴィエも、悪人ではないが、助けにならない。かといって、女たちが逞しいというわけでもない。みんな傷つき、いらだち、人生を持て余しながら、それでも人生を意味あるものにするために、懸命になっている。


この小説で興味深いのは、外国語がいつも、主人公と他者の間の不透明な壁として現れることだ。たとえば、「あとのほうは、フランス語に切りかわってしまった」とか、「おじの言葉は日本語に変わった」、「アサコが自分の言葉、英語で言った」、という風に、会話がどの言語でなされたか、いちいち注釈が入る。英語やフランス語のセリフは、生硬で直截的な直訳調で表現され、しばしば早口についていけず、会話ができなく場面も出てくる。にもかかわらず、亡児への思いが、不自由な外国語の向こうにある人々の痛みまでをも、美佐子に分からせてしまう。

「私がそのもとに帰りたがっているむかしの母に、母自身帰ることができない。姉も帰れない。私の死んだ子どももどうしたって、どこにも帰れない。私はとにかく、その都会を引きあげることにした。失われたものを失われたものとしてはっきり見届けるという、いちばん小さな責任を、まだ私は果たしていないのだった。」死者を、死者として受け入れること。過去を、過去として受け入れること。それが現在を生きることなのだということは、誰でも分かっているが、ほとんど誰も、正面から向き合うことができない。それが、なぜパリでは可能なのか。

同じ街を舞台にした高橋たか子の『装いせよ、わが魂よ』を読んだときも感じたことだが、パリという街は、人を孤独にするがゆえに、人と人との繋がりについて、深く考えさせるところがある。子供の死から逃れるようにパリまで来た美佐子は、かえってそこで出会った人々を通じて、生きているものの儚い繋がりの愛おしさに気づく。そして、、美佐子はついに東京へ戻る決心をする。

『かがやく水の時代』を構成する四つの小説には、石、火、水という神話的要素が題名に入っている。神話的な風景の原点に立ち戻ることも、津島佑子の文学の重要な要素なようだが、これについては、今後よく考えてみなければならない。今日はただ、とくに受賞もなく、あまり有名ではないこの連作集に、彼女がパリで見て考えたことが、見事に語り出されていることを述べて、ささやかな誄としたい。

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posted by cyberbloom at 00:05 | パリ ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 書評−文学・芸術・思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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