2007年06月09日

カナダ・ケベック州の早春 メープルシロップの里を訪ねて

北米最大のフランス語圏であるカナダのケベック州は、世界のメープルシロップ(仏語:Sirop d’érable)の80%を出荷している。州都ケベックシティ(正式名はケベックであるが州の名前との混同を避ける意味で、こう呼ばれることが多い。)周辺は、サトウカエデの豊かな森が広がり、「砂糖小屋」(仏語:Cabine à sucre)と呼ばれるメープルシロップの作業所が点在している。マイナス35℃という厳しい寒さを越して色鮮やかなカエデなどの紅葉の雄大な景色は、ケベックの秋の風物詩で日本人観光客もツアーに多く訪れる。先ごろ3月末から2週間この地に滞在した私は、プレシスビルにある砂糖小屋に遠足に出かけた。


quebec01neige.jpg今季のケベック州は2月になってから大雪が続いて、ケベックシティの旧市街周辺も、まだまだ雪国の佇まいだった(写真、上)。前日のボタン雪の嵐が止んで一転、澄み切った青空が広がり、風は冷たいものの、春を思わせる陽光の射す朝を迎え、車に食料を積み込み出発した。1時間あまりの後、アスファルトの高速道を降り、雪解けでぬかるんだ小道を進むと、木立の中に、煙突から蒸気が空に向かって勢いよく上がる緑の屋根、白い壁の建物が現れた(写真、下)。2年前に電気系統の故障から火災にあって、その後に新築されたという、友人の実家の真新しい砂糖小屋である。

この辺りのメープルシロップ農家は、毎年1月末から準備を始める。夜は氷点下で、昼の気温が、ようやく0℃を上回る2月下旬に、冬の眠りから覚めたサトウカエデの樹液は、芽吹きに向けて活発になる。そして、昼間の気温が3〜5℃の日が数日続く3月中旬から4月中旬に繁忙期を迎え、5月14日に仕事納めとなる。気温が上昇し、新芽が出てからは、味の良い樹液は採れない。友人の実家では、28000本のサトウカエデから樹液を採取している。自然林で、幹の太さ、高さも様々で、樹齢は150年から200年のものが多い。樹液が取れるまでに約40〜60年かかっている。春の雪解けの頃、成長期に幹に蓄えられた澱粉が酵素の働きによって糖分に変わる。そして、糖分は根元から吸収された水分に溶けて樹液となり、成長エネルギーとして導管内を流れる。それを採取して濃縮したものがメープルシロップである。色や品質によって5段階3等級がある。


quebec02maple.jpgサトウカエデは、カナダと合衆国の一部に生育する。昔、この地の先住民であるアメリカインディアンは、サトウカエデの樹液をリスが吸っていたのを見た。さらに、戦闘用の斧でサトウカエデの木を伐った時、樹液がしたたり落ちたので、それを容器に集め、焚き火にかけた鍋で煮詰め、メープルシロップを作った。1534年フランスの探検家ジャック・カルチエがセントローレンス河をたどって上陸以来、フランスの植民地内で先住民とフランス人は毛皮貿易などを通して友好関係を保ちながら暮らしてきた。メープルシロップの製法も先住民から伝えられた。

19世紀後半になって道具の改良、牛から馬車へと運搬手段の変化、さらに1970年代初めの技術の大幅な革新によってカナダのメープルシロップ産業は活性化した。しかし、シロップを煮詰めて作る基本の工程は今も同じである。ケベックのフランス系の人々にとっては、まだ雪の残る砂糖小屋に友人親戚が集って、メープルシロップの収穫を祝い楽しむのは早春の風物詩であり、恒例の伝統行事となっている。

quebec04.jpgメープルシロップには、まず、サトウカエデの幹にドリルで穴を開け、5センチ長さの差込口のある直径1センチの透明な青色のチューブを差込む。チューブは、落葉樹の森を縦横に縫い、太陽の光を透かしている。樹液は重力によって連結した太いチューブに流れ、運搬用樽に収穫される。また、砂糖小屋に直結しているチューブもある。この方法には傾斜が必要なため、砂糖小屋は森の低い場所に建っている。採取されるのは1本の木の糖分の10分の1で、寿命を縮めたり、成長を妨げる量ではなく、幹の穴の数も制限している。シーズンが終われば、穴は、ゆっくりと自然の力で塞がる。

平均的に、1シーズンに1本から35〜50リットルの樹液が採取され、1〜1.5リットルのメープルシロップが出来上がる。この砂糖小屋の1日の収穫量は、少ない日で600リットル、通常は1200リットルで、4000リットルまで対応できる。集められた樹液は、まず浸透膜によってシロップと純水が50%対50%に分けられる。かすかに黄色味を帯びたシロップは、口に含むとうすい砂糖水のよう。ステンレス水槽の中で青く澄む水は、瓶詰めにして酒類を割る水として出荷される。

そして砂糖水は104℃で時間をかけて煮詰められ、最終的に、水分の95%が除かれ、糖度は66%以上になる。煮詰めることで独特の風味と色が加わり、琥珀色の液がドラム缶に溜まっていく。辺りはカラメルの様な香ばしさに包まれる。テイスティングと称して木のヘラをかざし、熱いシロップを受けて口に運ぶ。大人も子供も、その場所から離れられない。


quebec03.jpg外のテーブルでは昼食の準備。持参したサラダ、マリネ、何種類ものチーズ、ハム、フランス風のパン、ワインが並べられた。出発前に生地を仕込んだ、そば粉のクレープを交代で焼く。17世紀フランスからケベックに渡来した移民のふるさとブルターニュ風。半量が焼きあがったころ、メープルシロップの出来立てが中央に置かれた。熱々を贅沢にかけたクレープは、ケベックの味。

作業場の端では、このメープルシロップを、さらに別の電気鍋で111〜117℃に上昇するまで、かき混ぜないで煮詰めている。そして、きれいな雪を固めて敷いた台(仏語:Palette)に窪みをつけて、この濃いメープルシロップを落とす。鼈甲飴のようなトフィー(仏語:Bonbon au caramel dur)である。ガイドブックで見たのは、観光客が横に並び、アイスキャンデーの棒状のもので巻き取っている写真だった。ここでは、ご飯しゃもじ大のサイズ。わんこそばのように次々に落としてもらい、豪快に巻き取って口に運ぶ。皆の幸せな笑い声が森に響く。

そして、その濃い液を急速に冷やしながら撹拌すると、クリーム状のメープルバターの出来上がり。メープルシロップは糖分、カリウム、ナトリウム、カルシウム、ビタミンB1・B2を含み、脂肪を含まない。「バター」という言葉は、アップルバター(ジャムより濃いもの)と同じく、単に濃縮されたものを指す言葉でもあるようだ。最近はメープルスプレッドとも表示されている。


お腹が満たされると、アイヌの楽器ムックリに似た口琴、縦笛、ミニのシンバル、蛙の形の打楽器が取り出され、即興の合奏。楽器を手にしない人は踊る。友人達は、腰にサッシュを巻いていたり、帽子を被っていたり、どこか民族衣装っぽい格好に見える。長い冬を抜けて、春を迎える祭事を心から楽しんでいる、ケベックのフランス系の人達。彼らケベコワの合言葉 ”Joie de vivre”(生きる喜び…人生を楽しく!)は、ここにも健在である。



Sophie

人気ブログランキングへ
↑↑ポチッとメルシ!!
FRENCH BLOOM STORE.png
posted by cyberbloom at 00:00 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | バーチャル・バカンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック