2014年04月05日

バルバラ 『一台の黒いピアノ…』

成功した歌手のメモワールに読者が期待するものは何だろう?あのヒット曲の製作裏話?スターへの階段を駆け上がる、高揚感に満ちたサクセス・ストーリー、それとも華麗なる交遊秘話?自作自演の孤高のシャンソン歌手として知られるバルバラが残した未完のメモワールに、そんな楽しげなトーンはない。代表曲にまつわる挿話、恋人との甘い記憶、スタッフと旅をして暮らす歌手としての生活など興味深い話はあるけれども、本の印象を左右するほどの強さはない。

一台の黒いピアノ…じゃあこの本が退屈なのかというと、違うのだ。ようやく成功の扉に手をかけようとしたころまでの、バルバラの半生が実におもしろい。舞台で弾き語る時の静謐さとパッションが同居するスタイルそのままに、歌うように囁くように彼女が語るのは、さまざまななものを抱え、あてもなくさまよう痩せっぽちの若い娘についての物語−。 

ロシアの血を引くユダヤ人としてナチスから逃れるためドイツ占領下のフランスを転々とし、両親、特に父との関係に苦しみ複雑な少女時代を送ったバルバラは、15歳で学校に通うのを止め、「歌う女」になる道を選ぶ。歌が上手と言われて育ったわけでもなく、歌手になるためのつてもない。支え励ましてくれるはずの家族はとうに壊れている。せめて、いつかきっと舞台で喝采を浴びるのだという自信でもあればいいのだが、それすらおぼつかない―しかし彼女は歌うことをやめなかった。どうすればまともな歌手として食べて行けるのか、もがく日々が続く。

歌う場所を求めてベルギーへ行くも、歌の仕事はおろか宿すらなくて、冬のブリュッセルの街路に立ちつくしたこともある(レンズが壊れた眼鏡をかけ、夜の街の女達にからかわれながら)。キャバレーの厨房で歌う機会が巡ってくるのを待ちながら、客のグラスをひたすら洗ったこともある。大都会の片隅で夢を追うぶざまな若者の物語ともいえる。しかし、そうしたよくある若者の青春譚と、バルバラの物語は違っている。これといった甘酸っぱい思い出話が出てこないのだ。ベルギー時代には志を持つ仲間と活動を共にしたり、短い結婚生活もあったりと、けして一匹狼だったわけでないのに。それは彼女の抱える覚悟の重さのせいだろうか。不安定な状況に振り回されても、いちいち傷ついているゆとりなんてない。私には歌しかない。自身の深奥にある闇とともにがむしゃらに歩く若きバルバラの姿に彼女の歌が重なり、揺さぶられる。

ベルギーでの生活をあきらめ、フランスへ戻ろうと歩いて国境を目指した時のエピソードはとりわけ心に胸をうつ。身分証明書は置いてきてしまった。財産と言えば履いているぶかぶかのブーツぐらいで、文字通りの文無し。ヒッチハイクする気もなく、ひたすら歩くバルバラ。緑豊かな田舎道をひとりぼっちで行く彼女はクライスラーに乗ったある人と出会い、フランスへの道中を共にする。後年「ムッシュ・ヴィクトール」という歌になったこの邂逅を読むためだけでも、本を手に取る価値があると思う。(この頃彼女の身に起きた出来事は、やがて歌に結実し、歌手バルバラを彩る大事なレパートリーになった。)

苦難の日々の回想に突然挟み込まれる晩年のパルバラの日常も、このメモワールをより魅力的なものにしている。ずっとふくよかになり、郊外の家で一人花を育て、あらゆる糸を使って編み物をし、スパイスの効いた煮込み料理を作る、静かな日々。ぎりぎりの毎日を生きてきたバルバラが辿りついたおだやかさ、豊かさに、思わず口元がほころぶ。

父より性的虐待を受けていたことがほのめかされていることもあり、翻訳者のあとがきもその点からこの本を読み解く試みがなされている。けれど、それだけで括ってしまうのはどうだろう。ここにあるのは、サバイバーのメモワールではなく、歌う事を運命づけられた一人の女性の彷徨の記録だ。、

この本を元に映画が作られないものかと夢想してしまう。デリケートな問題を孕むこととなりとても難しいだろうけれど、いわゆるバイオピクチャーでなく、バルバラの人生をモデルとした架空の物語としたって十分映画は成り立つはず。歌手として独り立ちして、自分の言葉で歌を作り始める頃までだけでいい。映画のスクリーンで見たいのである。ある晴れた日に、フランス国境を目指して歩くぶかぶかのブーツをはいた若い娘の姿を。フランス映画ならではの素晴らしいシーンになると思うのだが。



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posted by cyberbloom at 15:04 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | フレンチポップ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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