2013年09月07日

駒沢敏器について

夏の読書案内の企画で、書棚にある本の中でも取り分け思い入れのある一冊について書いたのが2010年の夏。

『語るに足る、ささやかな人生』 駒沢敏器 小学館文庫
語るに足る、ささやかな人生 (小学館文庫)ネットにアクセスすれば旅行記にあたる、とまでは言いませんが、色とりどりの写真で飾られた、様々な国での旅の記録をやすやすと見ることができます。しかし、旅した土地へのそれなりの関心と旅人へのそれなりの共感がなければ、読み通すことはむずかしい。なるほど、あなたは確かにそこにいたのでしょう。で、それで?という問いかけに、答えを返すことができるものがどれほどあるでしょう。旅というあくまで私的な体験を他人に伝わる言葉にすることは、なまなかなことではできないと思うのです。しかし、すぐれた書き手による旅行記は、豊穣なひとときを約束してくれます。

ふた夏をかけスモール・タウンを数珠つなぎ的に巡りアメリカを横断した記録であるこの本は、「旅もの」の棚に置いておくにはもったいない、豊かな一冊です。アメリカ文化へのなみなみならぬ愛情と造詣の深さで知られる著者による、地に足の着いたアメリカ論であるとともに、アメリカの片田舎で今を生き考える人々と出会える「場」でもあります(相手に近づきすぎず離れすぎない、作者の絶妙な距離の取り方のなせる技のたまものです)。短い文章に綴られたスモール・タウンでの体験はどれも密度が濃く、よくできた短編の連作集を読んでいるような錯覚すら覚えます。

アメリカの田舎で著者が見聞きしたことが、2010年夏の日本とすっと結びつくのも、また、おもしろい。一見平和そうな小さな街で数を増している児童虐待、家庭からお母さんの味が失われていく理由、小さなコミュニティの生滅を分けたもの。国境を越えた、他人事ではないリアルがそこにあります。

この本はまた、「詩的」な文章とはどんなものであるか教えてくれます。プレーンな言葉をつみあげたごく簡素な文章なのですが、風景描写ひとつとっても、ダッシュボード越しに目の当たりにしているかのような気分になります。写真にして見せられれば特に感想も出ないような光景なのでしょうが、優れた書き手はその何もなさそうな風景が秘めたものがどんなものか、読む人の五感に直接伝えることができるのです。

ここではないどこかを移動する、パッセンジャーとしての経験を満喫させてくれる一冊です。この夏は旅と無縁だったとお嘆きのあなたに。アメリカのサブカルチャーにに多少なりとも関心のある向きには、めくるめく一時をお約束します。

この本のおもしろさを伝えたいという一心で、こんな前のめりになった一文を書かせた著者、駒沢敏器氏が2012年3月8日亡くなった。51歳だった。翌日の新聞の社会欄の記事は、その死が事件性のあるものであることを伝えていた。その年の暮れ、ようやく、思ったことをまとめてみた。


地球を抱いて眠る (小学館文庫)好きな作家の死を知らされるのはつらい。特に、その作品が「わたし」というもののどこかを作った人となると、たまらない気持になる。

駒沢敏器氏の死には、しばらく立ち直れないほどの衝撃を受けた。作風とはかけ離れた好奇心むきだしの三面記事で、彼の死を知らされなければならないなんて。どうして?

いろいろなことを教わっただけではない。彼の描くアメリカを通じて、なぜ自分がこれほどアメリカ文化に魅了されるのか納得することができた。控えめな態度と曇りない眼差しで、わかりやすいステレオタイプからこぼれおちた物事や人の営みをそっと拾い上げ、ほら、と気さくに手を差し出して見せてくれた。良質の短編小説のように描かれた邂逅の一つ一つににうならされたものだ。

その死を知った直後から頭の中で鳴っていた曲を、献花に代えて紹介したい。穏やかなイメージの彼の作品にそぐわないと思われるかもしれないが、氏の内側には案外激しい思いがあったのではではないか。奔流のようにうねるベダルスチールを聞きながらそう思う。

http://youtu.be/RY1NCN7sBK0

上の一文で触れた Hacienda Brothers の ”Walking on my dreams ”を選んだ気持ちは、今も変わらない。

駒沢氏の作品に触れてみたいという方は、小学館文庫で今でも手に入る著作2冊を手に取ってほしい。毛色の異なる2冊だけれども、この人でしか書き得なかった世界がそこにあります。


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posted by cyberbloom at 21:50 | パリ ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 書評−その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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