2009年06月01日

「夢見るシャンソン人形」 フランス・ギャル

グレイテスト・ヒッツ誰でもメロディーを知っている「夢見るシャンソン人形」という有名なフレンチポップがある。フランス・ギャルという60年代に活躍したアイドルが歌っている。最近ではブラピをフィーチャーしたソフトバンクのCMで使われていた。

原題のpopée de cire, poupée de son は「蝋人形、オガクズ人形(=オガクズを詰めて作った人形)」という意味で、文字通り「歌う人形」と解釈できる。一方で、son を音と訳して、「蝋人形、音人形」とも読める。その場合、レコード盤を人形に見立てていると解釈できる。柔らかい塩化ビニールは蝋になぞらえられることもあるからだ。歌詞全体を見た場合、こちらの方が説得力がある。レコードを少女に見立て、彼女の思いを歌わせている、一ひねりしたレコード盤への偏愛、レコード・フェチの歌だ。

言葉や詩に二重の意味(両義性、多義性)を持たせるのはフランスの詩や歌の得意技だが、この詞を書いているのはセルジュ・ゲーンズブール。91年にモンパルナス墓地での深い眠りにつくまで、数多くのアイドルや女優たちをプロデュースして世に送り出した曲者のオッサンだ(今のつんく♂とか小室哲哉とか小林武史なんかの走りと言えるだろう)。作詞においてはとりわけ性的なメタファーを駆使した。フランス・ギャルに提供した他の曲に「アニーとボンボン」というのがあるが、人前で何度も歌ったあとで裏の意味を知った彼女がショックで引きこもってしまったというエピソードがある。今じゃオッサンの悪趣味なセクハラでしかないだろう。

レコードはフェチの対象になるが、CD はなりにくい。ネット配信なんて問題外だ(全く別のテクノロジー・フェチみたいなものがありそうだ)。レコードのサイズが手ごろなせいもあるが、レコードは聴くたびに磨り減り、紙製のジャケットも色あせていくということが大きい。フェチは劣化し、失われていくものに向かう。さらに、それがモノでしかないゆえに、その愛は満たされることがない。二重に不毛な愛なのだ。

「夢見るシャンソン人形」はそういうことを歌っている。

夢見るフランス・ギャル 〜アンソロジー '63 / '68私は大学生の頃、レコード盤からCDの移行期に居合わせた。両者の大きな違いは、レコード盤には身体の介在が大きいことだ。例えば、レコード盤は注意深く針を載せ、20分余りで裏返さなければならないし、聴き終わったらスプレーをかけ、丁寧に埃をふき取るという手入れも必要だ。だから再生装置の前でじっと聴いていなければならない。そう、まるで愛しい人形のようなのだ。

またレコード盤は一回聴くごとに磨耗し、音質が劣化する。レコード盤は音楽を再生するが、むしろ一回性の体験に近い。身体の介在と音質の劣化が、その都度、異なった体験をもたらすからだ。もちろん、レコード盤が磨り減るまで聴かないにせよ、再生できる時間が限られていることは、音楽体験を規定するだろう。アナログ盤は、空気を一瞬震わせては消えていく音楽のはかなさとパラレルな関係にある。

一方、ipod などは指先しか動かさない操作性のスムーズさと、半永久的な音質の保障が、音楽体験を均質にしてしまう。またそれはイヤホーンやヘッドホーンで聴かれ、他者と共有されない。直接脳に音楽が供給されるので、レコードのように媒介物として意識されにくい。ゆえに音楽を媒介とした物語が生まれにくい。音楽の趣味の細分化に加え、音楽は本人にしか聞えないものになってしまった。

音楽の共有ということに関して言えば、クラブとかならともかく、日常的に誰かと一緒に音楽を聴くという体験は確実に減っているだろう。かつてレコードは高価だった。大卒の初任給が3万円だったとき、レコードはすでに2000円していた。大卒の初任給が6倍になった今もレコードの値段はあまり変わっていない。高価だからジャズ喫茶やロック喫茶に行ってマスターに聴かせてもらっていた。高価だったから、そういう場で音楽は共有されていたのだ。

ところで、フランス・ギャルのベスト盤は「夢見るフランス・ギャル 〜アンソロジー '63 / '68」や「グレイテスト・ヒッツ」などいくつか出ているが、「アンソロジー」には「夢見るシャンソン人形」の日本語バージョンが入っている。私としては「娘たちにかまわないで Laisse tomber les filles 」が収められている「グレイテスト・ヒッツ」に軍配を上げたい。どちらもツボを押えているが、微妙な選曲の違いがあって、私は両方持っている。

下に時代を感じさせる「夢見るシャンソン人形」の PV にリンクを張った。いきなり最初の音を外している。

フランス・ギャルの中では「娘たちにかまわないで」がいちばん好きな曲。思わず両手を振り上げてモンキーダンスを踊りたくなる。独特のベースラインが印象的。いわゆるズンドコ節だ。80年代にはハネムーン・キラーズというベルギーのバンドがカバーし、最近はエイプリル・マーチがカバー。さらに今年、マレーバ・ギャランテール(Mareva Galanter)がカバー。特にマレーバのカバーのPVには目を見張った。

Laisse Tomber Les Filles / Mareva Galanter(PV)

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posted by cyberbloom at 16:35 | パリ ☀ | Comment(0) | TrackBack(2) | フレンチポップ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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