2013年04月05日

石井好子『女ひとりの巴里ぐらし』

キャバレーが気になって仕方がない。日本の、ではなくパリのである。フィルム・ノワールにもちらちら出てくるキャバレーは、フランスでしかお目にかかれないものだと思う。洗練された踊りと音楽、芸事、そして美しい女たちのヌードが無理なく一体となったショーが繰り広げられるのだから!ブロードウェイの劇場がどんなに真面目にがんばったところで、その粋には及ばない。現代のモダン・キャバレーの代名詞「クレージー・ホース」とがっぷり四つに組んだフレデリック・ワイズマンのドキュメンタリー映画のおかげで「キャバレーとは何ぞや?」というレベルからは抜け出たものの、多くの店が華を競ったかつてのキャバレーについて知りたくなった。そんな時に出会ったのがこの一冊。

女ひとりの巴里ぐらし (河出文庫)すぐれた食のエッセイの書き手としてもっぱら馴染んできた石井好子さんが、50年代のパリ、ピガール地区で名を馳せたキャバレー「ナチュリスト」のスターとして歌っていた頃を綴ったエッセイだ。基本的に365日休みなし、夜10時から2回繰り返される同じ内容のショー(レビュ)に出演し明け方店を出るという過酷な日々の記録でもある。国の垣根を越えて集められた芸人達、踊り子達との日常やキャバレーの舞台裏が細かいところまで生き生きと描かれている。黄金時代のキャバレーを知ることができてこれだけでも大変ありがたいのだけれど、この本を「とある時代のパリの風俗の記録」以上のものにしているのが、作者のクールな眼差しだ。ご本人は「意地悪」と称しているが、その涙でくもらない視点から語られるピガール地区で働く人々の生き様がこの本に独特の陰影を与えている。ここにあるのは夢のような舞台だけではない。いろんな身の上の人々を喧噪の中に呑み込んでゆく大都市そのものだ。

一方ではパリの人なつっこさもさりげなく綴られている。彼女が働き暮らした古い下町、モンマルトルについての文章は特に印象的だ。この地に骨を埋めた歌手アリスティード・ブリュアン(ロートレック作の浮世絵調ポートレートでも有名)の歌のことばがさりげなく引用されていて、作者が肌で感じた街の気分を上手く伝えている。難しいことは何一つ言っていないし、そこの街角にいる無名のあの娘のことを歌っているだけなのだけど、そこにはこの地でしか生まれない何とも言えない詩情がある。パリにかぶれる人は、こういうところにヤられるのかなと思う。

本の表紙にはパリの街角の絵で名高い荻須高徳氏の作品が使われている。どちらかというと苦手なタイプの絵なのだけれど、本を読み終わってとても素直な気持で眺めることができた。どちらも、まごうかたなき巴里なのだ。


女ひとりの巴里ぐらし (河出文庫)
石井 好子
河出書房新社
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posted by cyberbloom at 22:31 | パリ ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 書評−フレンチ・ライフ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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