2012年11月23日

受難のフレスコ画または教会の存在意義について

スペイン北東部の町ボルハ(Borja)にあるミゼリコルド教会 (Santuario de Misericordia) のフレスコ画が世界的な話題をさらっている。それはエリアス・ガルシア・マルチネス Elías García Martínez (1858-1934) が、教会の柱にわずか2時間で描いたというキリストの受難画「エッケ・ホモ Ecce Homo 」である。と言っても、この作品の芸術的完成度が再評価されたり、何やら怪しげなメッセージが 解読されたりしたわけではない。
http://www.afpbb.com/...

話題になっているのは、マルチネスではなく、この絵を「修復」したセシリア・ヒメネスという80代の老婦人の画業である。画像を見てもらえれば分かるが、これを教会当局が許可したとは思えない出来映えである。CNN ニュースが映画『ビーン』(1997) におけるホイッスラーの「修復」を引用したのも頷ける。この二重の受難(画題と絵画そのものの破壊)とも言えるあまりの惨状に、かえってポップな名所となりつつあるようだ。すでに英語版とフランス語版の Wikipedia の項目まで立っている。それによると、1万人以上の人が、この新ヴァージョンを保存して欲しいと署名したらしい。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Ecce_Homo_

このどうしようもない絵を好む人は、別にそこに芸術的価値を認めているわけではないだろう。これが本当にホイッスラーの絵だったら、いくら何でも保存請願の署名活動は起きないはずだ。ヒメネスさんの絵は、マルチネスのオリジナルが約束事を踏襲した退屈な作品であり、とりたてて名声に包まれていなかったために、いわば漫画的な倒錯の面白さを呼び起こしたのである。教会という聖域(それが教会の名前にまでなっている!)で、おそらくは敬虔な信仰によって一生懸命描いたものの、結果がほとんど冒瀆的である、というアイロニーこそが、この事件の面白さだ。

信仰心に厚い人はヒメネスさんを責めるだろうか。しかし、彼女は真面目にこの絵を描いたのである。ちょっと下手だっただけだ。それを責めるとすれば、芸術的価値のない絵が教会の柱を飾るのは、本来あってはならないことだからだ。逆に彼女を褒めそやすのは、信仰心のない人ばかりだろう。なぜなら、価値のない絵が教会を飾ることを喜んでいるからである。となれば、ヒメネスさんの絵は、教会という場があまりにもハイカルチャーな芸術と結びついてきた歴史を、裏返しに暴いたことになるかもしれない。

教会の修復は、フランスではほとんどの場合、共和国が全額負担する。もちろん「文化財」という名目だ。では、文化的価値を認められない教会や寺院はどうなるのか。それはたとえば、フランス各地のモスクが直面している財政的問題である。今回の事件は、現在のヨーロッパにおける教会の存在意義や、教会を飾る聖画の受容のあり方を問い直すきっかけでもある。絵は、もはや描かれた当初に想定していたような見られ方はしていないし、そのような見方を取り戻すこともできない。私たちは、信仰心ももたない教会に出かけて行って、何を見たがっているのか。ヒメネスさんを笑うだけでなく、そのことを考えてみてもいいかもしれない。

□初出 FRENCH BLOOM NET 2012年8月25日


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posted by cyberbloom at 00:30 | パリ 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | グローバリゼーションを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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