2012年08月10日

ノマドワークスタイル(1)

仕事するのにオフィスはいらない (光文社新書)「ノマド批判」に応えた最近のインタビューで、佐々木俊尚は最初に「カフェなどで仕事やミーティングや商談をする機会が増え、オフィスは必ずしも要らないのでは」と書いたのが、いつのまにか「ノマド=フリーランス」と誤解されるようになったと述べている。佐々木の『仕事するのにオフィスはいらない―ノマドワーキングのすすめ』の主張の核心は、新しいテクノロジーとインフラのサポートによって、ある分野の仕事はオフィスを持つ必要性が薄れ、フリーランスの仕事がやりやすくなり、その仕事術を紹介した、ということのようだ。とはいえ、佐々木のノマド論は、モバイルフォンやラップトップPCを通して恒常的にネットにつながっているノマド生活の到来を楽観的に描き出した特集記事「ついにやってきたノマド時代 Nomad at last 」(英経済誌『エコノミスト』2007年掲載)を受けてのものだった。

『仕事するのにオフィスはいらない』の中で佐々木は、「正規雇用が当たり前だった時代は過去のものとなり、すべての人間が契約社員やフリーランスとなる社会へ移行しつつある」と言う。ノマド化の背景にはグローバリゼーションによる産業構造や労働環境の変化があるのだ。かつては会社に頼れば何とかなったが、今は自分自身で人生を切り開かなければならない。この変化には否応なしについていかなければならない。そのための知恵と術が「新しいノマド」の生き方である。この新しい生き方は正規雇用から脱落することを意味していない。自らそれを選択するのだから。

21世紀の歴史――未来の人類から見た世界これは福音のように響くが、非正規の労働者がそのままノマドなフリーランスになれるわけではない。非正規の仕事の多くはノマドという牧歌的なイメージからは程遠く、厳しく不安定な条件だ。自分から仕事を選んだり、仕事を作り出せる状況にはない。ジャック・アタリはノマドを3つに分類する。超ノマド、ヴァーチャルノマド、下層ノマドだ。超ノマドは、起業家、エリートビジネスマン、学者、芸術家、芸能人、スポーツ選手などで、その多くは広義のフリーランスである。一方でヴァーチャルノマドと呼ばれる、定住民でありながら、超ノマドに憧れ、ヴァーチャルに超ノマドを模倣する人々がいる。アタリは前者を1000万人、後者を40億人と見積もる。つまりラップトップPCやスマートフォンを持って、その気になっているのが大半というわけだ。それにはインターネットが与える平等幻想や万能感も影響しているのだろう。万人に対して情報やアクセスは開かれているが、誰もが超ノマドの仕事やコネクションに直接アクセスできるわけではない。

確かにリーマンショック後、アメリカではフリーランスの仕事は増えたのだろう。しかしそれはコストカットをせざるを得ない企業が要請した働き方や契約の問題であって、スマートフォンやブロードバンドやクラウドコンピューティングという新しい技術やインフラがフリーランスの仕事を要請しているわけではない。先にノマドワークスタイルがあるのではなく、働き方は職種や仕事の業態に規定されるのである。それに加え、アメリカでフリーランス化が進みやすいのはもともと雇用の流動性が高く、労働契約を個人化しやすい下地があるからだ。またIT技術のおかげでさらに起業がしやすくなったという状況がある。

とりあえず、ノマドの仕事術を観察してみよう。新しいノマドの仕事はまずスマートフォンを購入することに象徴される。常にメールやサイトをチェックし、GメールやGカレンダーを同期しながらスケジュールを管理する。誰かに命令されるのではなく、積極的に仕事に取り組み、仕事と生活のバランスを自在にデザインする。遊びと仕事の区別がつきにくいがゆえに、自分を律する能力も必要になる。上司の監視の目もないのだから。ノマド・ワークスには3つの不可欠なインフラがある。それはブロードバンド、サードプレイス、クラウドである。この3種の神器が揃えば、都会の砂漠を気軽に移動することができる。

サードプレイスとはオフィスでもない自宅でもない、ノマドたちが一時的に身を置く第3の場所のことだ。彼らの特徴は移動しながら仕事をすることであるが、移動しながら最も居心地の良い、仕事のしやすい場所を見つけていく。例えばスタバ的な空間はサードプレイスの典型である。コーヒーが美味しく、趣味の良い音楽が流れ、適度な静かさがある。禁煙で、無償のブロードバンドや電源があることも重要だ。クラウドは雲のようなコンピュータのこと。その雲の中から様々なソフトやサービスを取り出して使う仕組みだ。これによって、どんな場所、どんな機会であっても、瞬時に自分の仕事場を再現することができる。ノマドは物理的に移動するのではなく、どんな場所で仕事をしていてもパーマネントコネクティビティが実現していることがノマドの原理になる。

マニュエル・カステルによれば、2000年までの研究では「家」が多機能的な中心になり、テレワーク=在宅勤務が普及するといわれていた。しかし実際テレワークはそれほど広がらず(アメリカでも6%程度)、しかもそれは必ずしもネットを使うものではなかった。むしろ専門的な知識や技能を持つ労働者がインターネットや携帯で会社と連絡を取りながら多くの時間を現場で過ごし、クライアントやパートナーと交流するということが起こった。ほとんどの人々には毎日通う職場があるが、一方でそれに加えて自宅や現場で仕事をし、電車でも飛行機でも、空港でもホテルでも仕事をし、そしていつもつながっている状態にある。つまり現在の労働のモデルはテレワークではなく、インターネットによって「仕事の空間が複合的に配置」されることになった。オフィスを持つ必要性が減り、スタバでも仕事ができるようになるという傾向も、このような仕事場の複合的な配置の一環なのではないか。(続く)



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タグ:ノマド
posted by cyberbloom at 16:58 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | グローバリゼーションを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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