2012年05月28日

ノマドワーキング(1)―佐々木俊尚著 『仕事するのに オフィスはいらない』

仕事するのにオフィスはいらない (光文社新書)カリフォルニア、オークランドの「ノマドカフェ」で、バークレーの近くの大学で法律を学ぶ学生ティア・カトリーナ・カンタスはダブルのアメリカンコーヒーを、彼女のモバイルフォンとiPad のそばに置き、ラップトップの MacBook を開き、勉強するためにカフェの無線のインターネットにつなぐ。彼女がここの常連だが、彼女は現金を持っていない。彼女のクレジットカードの明細には「ノマド、ノマド、ノマド、ノマド!」と書かれている。彼女は常にインターネットにつながり、一日中、文章、写真、ビデオ、音声によって友達や家族とつながっている。同時に彼女はそれらを仕事にも使っている。彼女は町を歩き回り、しばしばノマド向けのサービスを提供するオアシスに降り立つ…

これは2008年4月10日付けの英誌『エコノミスト』に掲載された「ついにノマドがやってきた Nomad at last 」の導入部である。そこにはモバイルが切り開く新しいライフスタイルが楽観的に描かれている。そしてジャーナリストの佐々木俊尚は『仕事するのに オフィスはいらない―ノマドワーキングのすすめ』の中で、「正規雇用が当たり前だった時代は過去のものとなり、すべての人間が契約社員やフリーランスとなる社会へ移行しつつある」と言う。かつては会社に頼れば何とかなったが、今は自分自身で人生を切り開かなければならない。この変化には否応なしについていかなければならない。そのための知恵と術が「新しいノマド」の生き方であると、ノマドと新しい働き方を重ね合わせる。この働き方は正規雇用から脱落することを意味していない。自らそれを選択するのだから。正規雇用でないことこそがチャンスとなり、これからの時代に適応できるのだという価値転換を宣言する。

もちろんノマドにはモバイルが欠かせない。佐々木の言うノマドとはとりわけ IT テクノロジーで武装したフリーランスのことだ。新しいノマドの仕事のやり方は、オフィスを借りずに、まずはスマートフォンを購入することに象徴される。常にメールやサイトをチェックし、G メールや G カレンダーを同期しながらスケジュールを管理する。誰かに命令されるのではなく、積極的に仕事に取り組み、仕事と生活のバランスを自在にデザインする。遊びと仕事の区別がつかない、それらが併存するがゆえに、自分を律する能力も必要になる。上司の監視の目もないのだから。

ノマドのように働く「ノマド・ワークス」には3つの不可欠なインフラがある。それはブロードバンド、サードプレイス、クラウドである。この3種の神器が揃えば、都会の砂漠を気軽に移動することができる。サードプレイスとはオフィスでもない自宅でもない、ノマドたちが一時的に身を置く第3の場所のことだ。彼らの特徴は移動しながら仕事をすることであるが、移動しながら最も居心地の良い、仕事のしやすい場所を見つけていく。しばしばスターバックスでPCや参考書を持ち込んで仕事をしている人や、頭をつき合わせてミーティングをしている人々を見かけるが、スタバ的な空間はサードプレイスの典型である。コーヒーが美味しく、趣味の良い音楽が流れ、適度な静かさがある。禁煙で、無償のブロードバンドや電源があることも重要だ。

クラウドは雲のようなコンピュータのこと。その雲の中から様々なソフトやサービスを取り出して使う仕組みだ。これによって、どんな場所、どんな機会であっても、瞬時に自分の仕事場を再現することができる。ノートも書類も要らない。グーグルの技術者たちは iPhone だけをポケットに入れて仕事に出かけるのだと言う。ノマドは物理的に移動するのではなく、どんな場所で仕事をしていてもパーマネントコネクティビティが実現していることがノマドの原理になる。そして、その実践に関して佐々木は「アテンションをコントロールする」、「情報をコントロールする」、「仲間とのコラボレーションをコントロールする」ことの3つを挙げ、それを支援する EVERNOTE や Mind42 などの具体的なツールを紹介している。

年間20万マイル旅をしていたアメリカのコンサルタントが IT を使うことで旅ガラスの生活に終止符を打った。アメリカで WEB デザイナーやプログラマーがどのような仕事ができるか、どのくらいの報酬が欲しいか、サイトに打ち込んでおくと、企業がそれを見て、条件が合えばネット上で契約が交わされる(Elance という世界中のフリーランスを結びつける国境を越えたサービスもある)。仕事を探しにあちこち出歩く必要もないのだ。このような事例が『仕事をするのにオフィスはいらない』の冒頭で紹介されている。また Facebook や LinkedLn などの SNS は今や「職を得、生計を立てる」ための良質な「人のつながり」を求める際の世界標準になりつつあるようだ。

しかし彼がノマドワークスタイルとして挙げている例の多くは、自身のようなフリーランスのジャーナリストや、ソフトウェアの開発者である。そういう仕事だったら確かにノマドワーキングを実践できるだろうし、「都会の砂漠を気軽に移動」しながら仕事をしている実感を持てるだろう。つまりそういう職種が可能にするワーキングスタイルであって、それがすべての仕事に適応できるわけではない。さらに言えば、スマートフォンやブロードバンドやクラウドという新しい技術やインフラが、フリーランスの仕事を要請しているわけではない。働き方は相変わらず「職種や仕事の業態やニーズ」に規定されるのである。「新しい技術が仕事を一変させる」というキャッチフレーズに人はワクワクしがちだが、これまで手を変え品を変え登場し、バラ色の幻想を振りまいてきた言説であることも忘れてはいけない。

また「すべての人間が契約社員やフリーランスとなる社会へ移行しつつある」と佐々木は言うが、日本の非正規の労働者がそのままノマドなフリーランスになれるわけではない。非正規の仕事の多くはノマドという牧歌的なイメージからは程遠く、その労働条件は厳しく不安定だ。自分から仕事を選んだり、仕事を作り出せる状況にはないだろう。「ノマドワーキングは特権的なフリーランスができることで、誰でもできることじゃない」とツィッター上でも安易なノマド論に対する批判があったが、ノマドという言葉にみんなが飛びついたのは、雇用が流動化し、まさに根無し草の労働者になってしまった不安を反転させた自己肯定的な願望なのだろうか。ノマド論の先駆者であるジャック・アタリは世界に1000万人しかいない裕福な勝ち組ノマドを「超ノマド les hypernomades 」と呼び、定住民でありながら超ノマドに憧れ、ヴァーチャルに模倣する40億人の「ヴァーチャルノマド les nomades virtuels 」と区別する。スマホをいじりながらその気になっている人々もそれに含まれるのだろうか。彼らは国境を越えた企業の移転や労働者の移動という世界のノマド化の中で賃金が減らされていく人々でもある。

確かにリーマンショック後、アメリカではフリーランスの仕事は増えたのだろう。しかしアメリカでフリーランス化が進みやすいのはもともと雇用の流動性が高く、労働契約を個人化しやすい下地があるからだ。それはコストカットをせざるを得ない企業のシビアな要請でもある。ノマドを仕事だけに結びつけ、ノマドワーキングを主張するから話が一挙につまらなくなる。もっと広いライフスタイルとして捉えるべきだろう…(2)に続く。


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posted by cyberbloom at 22:59 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | WEB+MOBILE+PC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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