2006年08月23日

『おわりの雪』ユベール・マンガレリ

derniere neige.jpg夏休みも半ばが過ぎようとしていますが、時間の余裕があるこのときに、何かフランスの小説を読んでみませんか? 今回の夏休みの期間には、フランスの「今」を感じる現代小説をいくつかご紹介する予定です。まずはユベール・マンガレリの『おわりの雪』を取り上げたいと思います。この小説は FBN が CYBER FRENCH CAFE という名で始動したとき、最初のエントリーで扱ったものですが、依然方々で高い評価を得ており、書店のフランス文学コーナーで目立つ場所に置かれていることが多いので、再度ご紹介しましょう。


母親と病気の父親と3人で貧しい暮らしをしている主人公の少年は、ある日古道具屋の店先でトビが売られているのを見つけ、欲しくてたまらなくなります。その日から少年は、少しずつお金を貯めながら、毎日仕事帰りに古道具屋に立ち寄ってはトビを眺め、夜にはこの鳥の話を父親にするようになります。ある夜、少年は古道具屋で見かけた男がトビをつかまえた人物だと思いこみ、彼とトビとの格闘の物語を自分で作り上げ、「本当の話」として父親に語って聞かせます。その後父親はこの話を気に入って、何度も何度も少年に語らせます・・・


少年の目を通して日常が静かに語られていきますが、そのうちに彼は数々の「死」を体験します。彼が勤めるホスピスの老人の死、小さな動物たちの死、そして自分の父親にも迫りつつある死‥‥それらは突然やってきたり、少年自らがもたらしたり、また自分の力ではどうにもならなかったり、さまざまな形であらわれますが、彼はそれぞれの死をひっそりと受け入れ、人知れず悲しいおもいをしています。だからこそいっそう彼は「生」の象徴であるトビに憧れるのです。


この少年はおそらく十代半ばぐらいだと思いますが、とても大人びていて、まわりの大人たちよりもはるかに老成しているようにすら見えます。特に父親は弱く、息子に対して子どもっぽいふるまいをすることもあります。しかし少年は常に彼にやさしく接し、繰りかえしトビの話を語るときなどは、まるで寝物語をしてやる親のようです。『おわりの雪』はこの父子の物語を中心としていますが、いわゆる「病気もの」にありがちな、感情に走ったところはほとんどなく、実に淡々と語られています。それだけに少年の内面がかいま見られるような、たとえば彼が「誰にも気づかれぬよう」夜中に涙を流している場面などでは深く胸を打たれます。


少年の語りはとてもシンプルで、具体的な説明は極力省かれており、たとえば彼が作ったトビの話や、ホスピスの老女が語るリスの思い出話は、何度も登場するにもかかわらず実際にはどんな話なのかほとんどわかりません。また父親がどんな病気なのか、そして夜中に家を空ける母親が一体何をしているのか、謎めいた部分もあります。その点でパトリック・モディアノや、日本の作家なら小川洋子の作品を連想させますが、彼らの小説にしばしば感じられるような人工的な雰囲気はなく、あくまでも素朴なやり方で私たちの想像力をかきたててくれます。


白水社から出ている翻訳は、田久保麻理さんの訳文も評判がよいようで、その後別作品『しずかに流れるみどりの川』も出版されました。原書にトライしてみたければ、アマゾン・フランスなどを通じて比較的簡単に手に入れることができます。原文はフランス語文法を一通り終えた人ならじゅうぶん読める平易なことばで書かれているので、オリジナルの文章を味わってみるのも楽しいと思いますよ。 

おわりの雪
おわりの雪
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ユベール・マンガレリ 田久保 麻理
白水社 (2004/12/10)
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posted by exquise at 01:45 | パリ ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 書評−フランス小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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