2012年09月11日

911とパールハーバー

■L'Amérique sous le choc d'un «Pearl Harbor» terroriste
Les attaques kamikazes révèlent les failles de la sécurité aérienne

これはNYの同時多発テロの直後に出た、フランスのル・モンド紙(2001年9月13日付)の見出しである。ひとつめには「パールハーバー・テロリスト」、ふたつめには「カミカゼ攻撃」という表現がある。フランスでは「自爆テロ」が起こるたびに、カミカゼという言葉が使われる。カミカゼは普通の辞書にも載っている、日常的に使われる言葉だ。しかし、4年前の同時多発テロと、60年前の太平洋戦争に何の関係があるのだろうか?

その日のルモンド紙にはさらに、パールハーバー奇襲と山本五十六の写真が掲載されていた。日本人にはあまりピンと来ないかもしれないが、アメリカが他国に奇襲された記憶をたどると、パール・ハーバーに行き当たるわけだ。

同時多発テロが起こった日、私はパリの大学都市にある学生寮に滞在していた。キッチンで食事の準備をしていたら、ベルギー人の友人が階段を駆け上がってきて「大変なことが起こった」と興奮して叫んだ。その後、みんなサロンのテレビに釘づけになった。炎上し、崩壊するツインタワーや、オサマ・ビン・ラディンの映像の合間に、不思議なことに、日本の特攻隊がアメリカの戦艦に突っ込んでいく映像が流されていた。それが何度も繰り返され、あたかも日本と同時多発テロが関係あるかのような演出だった。アメリカならともかく、なぜフランスのメディアがこういう映像を流すのか理解できなかった。ほとんどが西洋系の学生の中で、そのような映像を見せつけられることは気持ちの良いものではなかった。

つまり、特攻隊もアルカイダも、西洋的な理性によっては理解できない、東洋人の野蛮で、狂気じみた行為として結びけられ、思い出されていた。NYを突然襲ったテロに対する驚きと恐怖を表象するのに、太平洋戦争時の日本のイメージが徹底的に用いられた。それは決して過去の遺物ではなく、今も確実に流通しているイメージ。そのことを思い知らされた。こういう緊急に作られた特別番組こそが、西洋人の無意識の欲望をあからさまな形で誘い出すのかもしれない。

■Après Pearl Harbor est venu Hiroshima

新聞にはさらにこんな見出しもあった。「パールハーバーのあとにはヒロシマが来た」。つまり、パールハーバーの報復として広島と長崎に原爆を落としたように、アメリカがテロ(=奇襲)の報復として核兵器を使うかもしれない。テロの直後、そういう記事をよく見かけた。非西洋的な狂気には西洋的な理性の力、核兵器がふわさしいと言わんばかりに。

日本人は敗戦という決定的な断絶によって、戦前/戦後と分けて考えてしまう。またイラク戦争に対してはアメリカと同調し、自衛隊を派遣したことで、アメリカと同じ視線でイラクを見ている。しかし、アメリカにとっては、太平洋戦争と、湾岸戦争やアフガン・イラク戦争は連続性のある行動なのだろう。フランス人の友だちに「なぜ日本人は原爆を落としたアメリカを憎まないのか」と聞かれることがある。この時期は、広島や長崎、あるいは空襲をテーマにしたドラマやドキュメンタリーがいくつも放映される。みんな戦争が憎いというけれど、アメリカに対する感情は屈折して、決して表に出ない(※)。

4年前のル・モンド紙の見出しは、あの日の日本と今のイラクを思いがけなく重ね合わて見せてくれた。確かにこの視点にはアジアに対する加害者という視点が抜け落ちているが、この想像力は意外に重要かもしれない。
(2006年8月7日)


(※)に関してだが、最近読んだ大澤真幸の『不可能性の時代』『夢よりも深い覚醒へ』が示唆的だった。大澤によると、占領当局が原爆による破壊への言及を禁止した9月半ばまで、日刊新聞は毎日のように広島・長崎の恐怖に言及していた。日本人は原爆の被害に対して強烈な自覚を持っていたはずだが、それはアメリカの憎悪につながらなかった。その理由はアメリカこそが戦後の日本人の存在を正当化する根拠だったから。このアンビヴァレンスは日本人の中の核に対する恐怖と魅力との関係に重なる。日本は核アレルギーがあるからこそ原子力に魅了された。日本人は敗戦のとき、アメリカの圧倒的な科学技術の差を印象付けられたが、その象徴が原爆だった。「原子力の平和利用」の名のもとに、その高度な科学技術を自分のものとし、使いこなすことによって失われた自尊心を取り戻し、再浮揚することを目指した。そうやって恐怖の対象が崇拝の対象にすりかわったと。(2012年9月11日加筆)


cyberbloom@メディアリテラシー

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posted by cyberbloom at 20:27 | パリ ☀ | Comment(4) | TrackBack(3) | グローバリゼーションを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
佐々木貞子の碑にある『二度と過ちは繰り返しませんから』というのは、私は日本の核兵器廃絶運動の素晴らしい到達点だと思っています。もし「アメリカの過ちを二度と繰り返させませんから」としていたら、核兵器廃絶の世界大会を開催するには60年たってもまだ無理だったでしょう。冷戦の終結があっても核兵器の削減交渉は実現していたかどうか。この日本の核廃絶運動は胸を張って世界に宣伝するべきです。
Posted by KUMA0504 at 2006年08月07日 21:31
ルモンドといえば、偶然ですが、今日図書館で『力の論理を超えて』という本を借りました。はしがきにあるように、「政治システムの変容、新自由主義グローバリゼーション、地球を荒廃させてゆく戦争、テロリズム、私たちの社会が抱える大きな問題、諸文化の対話の必要性」などのテーマを取り上げた98年から02年の論文集だそうで、読むのが楽しみです。

同時多発テロの時、衝撃的な光景ではあったものの、初めは不謹慎にも、なんでこんな映像があるんだ?と思いました。偶然にしてはよく撮れてないか?って。

アメリカと太平洋戦戦争、憲法9条、いろんなトピックスが浮かんできました。
Posted by tk at 2006年08月08日 20:07
KUMA0504さん、コメントありがとうございます。
だから原爆を落としたアメリカを憎めと言いたい訳では決してありません。しかし、現在の戦争を知るためには、アメリカがどんな国なのか、どんなことをしてきたのか知ることは不可欠だと思います。
Posted by cyberbloom at 2006年08月08日 23:58
tkさん、お返事遅れてすいません。
同時多発テロの「偶然にしてはよく撮れてないか」という映像ですが、確かに当初から私も不自然に感じてましたが、最近はいろんな説が浮上してます。当時は飛行機の燃料で炎上したとか、ビルの構造が横から衝撃に弱かったという説明に納得してしまいました。しかし、鉄骨が溶けて地下にプールのように溜まっていたという証言があったり(燃料の温度で鉄が溶けるわけがない)、コンクリートが粉末上に粉々になることなんてありえないとか、遺体が全く出てこない(蒸発した?)のはおかしいなど、科学的な異論が挟まれているようです。ネットを巡っていると、実は地下で水爆が爆発した形跡があるという説に行き当たりました。ツインタワーと一緒にもうひとつビルが崩壊していて、飛び火で崩壊したと説明されているが、そんなこともありえない。一体誰がなんのために?
Posted by cyberbloom at 2006年08月19日 22:47
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