2006年06月22日

村上龍『アウェーで戦うために』

アウェーで戦うために―フィジカル・インテンシティ III「ホーム&アウェー」はサッカーがもたらした新しい対概念である。「島国根性とは、世界のどんな環境におかれてもビビらないタフさと対極にある、アウェー精神の欠落に他ならない。アウェーとは物理的な移動を意味するのではなく、内なる精神の問題なのだ」(あとがきより)。さらに付け加えれば、アウェーは内輪の論理や甘えや馴れ合いが通用しない場所なのだ。このサッカー・エッセイは中田選手がペルージャからローマに移った2000年前後の話が中心になっている。彼が最も輝いていた時期だ(決して過去の選手という意味ではない)。すでに5年以上が経過しているが、村上龍がサッカーを通して指摘している日本の問題はいまだにアクチュアルだ。つまり何も変わっていないということだ。

「みんなと同じ−を旨とする共同体の庇護は、もはや存在しない。中田英寿は世間の力を借りずに世界的になった」と村上龍は言う。中田英寿という人間の強度はそういう部分にある。そして今回のW杯ほど彼の勝利への意志が際立ったことはない。外国のプレスに対して自分の意志をあれだけ明確にアピールした日本選手はかつていただろうか?

「国家の品格」というホーム根性丸出しの本がバカ売れしたり、アンケートをとったら「サザエさん」が理想の家族の1位だったり、日本人は相変わらず「ホーム」という概念と決別できないでいる。いや、そんな悠長なことを言っている場合ではない。ホーム根性がしみついた日本人をすでにグローバル化の波が脅かしている。グローバル化した世界とは、日本に居ながらにしてアウェー状態にさらされることだ。否応無しにグローバル・スタンダードによって組み替えられていく国境のない世界で戦わなければならない。それが日本人が直面している最大の危機だ。すでにアウェー状態になっていることに気が付かずに、まだホームにいるつもりでいる人々が実に多い。そして薄々気が付き始めた人たちは、不安におののき、「ホーム」で何が悪いと居直る始末だ。もっともそうなるのも無理はない。閉じた共同体の中で庇護されてきた日本人は、アウェー精神とはもっとも縁遠いところにいたからだ。

例えば、日本のスポーツ界においてホーム根性が発揮された象徴的な出来事として思い出されるのが、2001年に近鉄のローズが王監督の年間ホームラン記録(55本)に並び、それを抜こうとしたとき、対戦したダイエーのピッチャーがローズを敬遠し続けた(それ以前にも54本を打った阪神のバースが同じような目にあった)。それを指示したコーチが、ローズはいずれアメリカに帰る選手。そんな選手に王監督の記録を抜かせたくない、と言った。アメリカに渡ったイチロー選手が、それから3年後の2004年、メジャーリーグで年間最多安打を記録したとき、いずれ日本に帰る選手だと言って、相手のピッチャーが敬遠しただろうか。あのローズの敬遠を機に、若い選手のメジャーリーグ志向が強まったとも聞く。ホリエモンが近鉄の買収を試み(日本の球団を買おうという発想からすでにライブドアは終わっていたのかもしれない)、古田選手会長がストライキを決行した際には、様々な提言がなされ、議論が交わされた。セパ交流戦は実現したが、基本的な体質は温存された。

海外に移籍することは常に「アウェイで戦う」ことだ。サッカーは選手間のコミュニケーションが重要なスポーツのひとつだが、中田選手は最初から語学に意識的な選手のひとりだった。一時、よくフェイエノールトの試合をよく見ていたが、試合後のインタビューで小野選手が、フランクな英語だが、自分の言葉で語っていたのには、とても好感がもてた。アウェイでは言葉が武器になる。日本にいると少なくとも言葉が武器だという認識は生まれない。日本人が外国語が苦手な原因もおそらくそこにある。ホーム根性がしみついてる人間は、他者とコミュニケーションをとりたいとも思わないし、切羽詰った必要にもかられることもない。アウェー精神を伴ってこそ外国語は力を発揮するのだ。

相変わらず日本代表チームのFWの決定力不足が言われるが、まさにアウェーで経験を積み重ねていくしかないのだろう。リトバルスキーがクロアチア戦に関して「日本の選手は1対1の局面で突破しようとしない。リスクを犯さなければチャンスは生まれない」と言っていた。村上龍も2000年時点の日本代表チームについても同じことを言っていて、「1対1の局面から逃げ、集団に逃げ込むようにパスを出す」という表現をしている。クロアチア戦でゴールを外し、ドイツの新聞でも叩かれていた柳沢選手は同郷で、彼が高校生のときから応援しているが、私としては同郷人ということをあまり意識させられたくない。それは共同体的な内輪の喜びにすぎないのだから。彼にも強烈な「フィジカル・インテンシティ」によって向こう側に突き抜けて行って欲しい。

「アウェーで戦うために」は「フィジカル・インテンシティ」(身体的強度)と題された村上龍のサッカー・エッセイ集の第3集。現在第5集「熱狂、幻滅、そして希望2002FIFA World Cupレポート―フィジカル・インテンシティV」まで出ています。文庫版は下の2冊。

■「アウェーで戦うために―フィジカル・インテンシティIII」知恵の森文庫
■「奇跡的なカタルシス―フィジカル・インテンシティ II」 知恵の森文庫



cyberbloom

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posted by cyberbloom at 00:22 | パリ ☁ | Comment(0) | TrackBack(3) | 外国語を学ぶということ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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