2006年06月14日

『水声通信』

水声通信〈no.1(2005年11月号)〉特集 荒川修作の“死に抗う建築”去年の冬、ぶらぶらと散策していた書店の棚で一冊の新しい雑誌と出会いました。『ユリイカ』『現代思想』などといった文芸・思想系の老舗雑誌に張り合うように、ちょっと背伸びしつつも、意気込みを感じさせる立ち姿(つまり、面出し)でぼくを待っていたのです。

その雑誌の名前は 『水声通信』

水声社というかなりよい本を出している出版社の雑誌だから、『水声通信』。その後、月いちの逢瀬は8度を重ね、そのつど楽しく刺激的なひと時を過ごしてきました。「通信」というところが愛らしい。小学生のころ、担任の先生が一生懸命ガリ版で作って手渡してくれたクラス通信を思い出させる親密さを感じます。ですが、中味にはかなりしっかりした論考・エッセイを揃えていて、読みごたえがあり、毎回楽しみにしています。毎号150ページ前後とはいえ、毎月これだけ充実した雑誌を出し続けるのは大変なことです。通信がこの先もずっと手元に届くことを願わずにいられません。
さて、特集の内容をちょっとご紹介すると、

 第1号 荒川修作の << 死に抗う建築 >>
 第2号 小島信夫を再読する
 第3号 村山知義とマヴォイストたち
 第4号 ロシア・アヴァンギャルド芸術
 第5号 野村喜和夫 詩の未来に賭ける
 第6号 ジョルジュ・ペレック
 第7号 ダダ 1916-1924
 第8号 加納光於の芸術

第9号の特集は「軽井沢という記号」と予告されています。関係のなさそうなものがこう並んでいると、ただそれだけで、なにかそこに秘かな関係が生まれてくるようではないですか。雑誌の講読は、気に入った連載を読むためという以上に、新しい出会い、不意打ち、関係の捏造を楽しむことにあるとさえ言えるかもしれません。これからも、こだわりのある雑誌作りをお願いいたします。

個人的には第6号のペレック特集が一番面白かったです。これはぼくの関心の在処を突かれたから。『眠る男』『人生使用法』『Wあるいは子供の頃の思い出』などが日本語でも読めるペレック作品。その最大の特徴は「言語遊戯」ということになるでしょうか。なかでも、フランス語で最も使用頻度の高いアルファべ e を一切使用せずに書かれた『失踪』La Disparition や、逆に使える母音文字を e だけに制限した『戻ってきた女たち』Les Revenentes が有名です。ペレックの諸作品は翻訳の不可能性を喧伝されることが多いのですが、『水声通信』第6号に寄せられた塩塚秀一郎氏の論考は、もしかしたら日本語で『失踪』が読める日が来るかもしれないという期待を抱かせてくれます。そのとき、翻訳の不可能性を克服した英雄的行為ではなく、翻訳という行為の臨界、もしくはその問題性が、まさにひとつの「遊び」として提示されるでしょうし、なによりもペレック流の「言語遊戯」を日本語で楽しむことができるはずなのです。

なんという幸せ。



PST

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posted by cyberbloom at 10:18 | パリ | Comment(2) | TrackBack(0) | 書評−文学・芸術・思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
たまたまペレックの『W』を原書で読んで挫折しかけのところにタイムリーなこの投稿で、嬉しくなりました。翻訳版も探してがんばって読んでみます。
水声通信の他の号も個人的に惹かれるものばかりですね。村山知義の号はぜひ見てみたいです。
Posted by exquise at 2006年06月16日 03:23
『水声通信』第9号は「ジャン=リュック・ナンシー」特集のようです。FBN のほうで「2006年フランス有名人ランキング」の結果発表があって、それに「デリダが入ってない」とのコメントをいただきました。デリダも、ナンシーも、日本の大学生にとって、なじみのない者にはまったくなじみがないという現代の哲学者たち。はまる人ははまる。ぜひ手にとって、彼らの本を読んで欲しいものです。
そうそう、ペレック作品もマニアっクです。exquise さん、『W』の感想をまた教えてください。
Posted by Pst at 2006年06月23日 22:27
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