2006年06月03日

『ジャンヌ・ダルク−歴史を生き続ける「聖女」』 高山一彦

ジャンヌ・ダルク処刑裁判フランス救国の聖女ジャンヌ・ダルクの遺骨が真贋「鑑定」されることになりました。炭化した長さ約15センチの「遺骨」とそのとき集められたという「衣類の生地や燃え残った木々」も用いて、総合的な鑑定を行うそうです。

僕は彼女に特別な思い入れがあります...

570年以上昔のその日、イギリス軍に包囲されていたオルレアンを解放したジャンヌは、その後イギリス軍に捕らえられ、魔女として裁判を受け、1431年5月30日にルーアンで火あぶりになったわけですが、時間的にも空間的にも遥かな日本の地であっても彼女の名前が記憶にとどまるのも、そして毎年のように学生さんの口の端にこの名が挙がってくるのも、ジャンヌ・ダルクという歴史上の人物に僕たちの心を揺さぶる何かがあるからなのでしょう。

ジャンヌ・ダルク復権裁判イギリス軍側の捕虜となったジャンヌは、575年前の2月21日、ルーアン城内の国王礼拝堂に出廷。魔女か? 聖女か? 裁判が始まります。「異端者」としてルーアンのヴィユ・マルシュ広場で火刑に処せられるまで、4ヶ月にわたる審理が続きました。イギリス軍側はジャンヌの遺骸が「聖遺物」となるのを怖れ、その灰を残らずセーヌ河に投げ棄てさせたといわれています。ジャンヌ・ダルクが「3回」も焼かれたことを今回の新聞記事で初めて知りましたが、結局「心臓だけは焼き尽くせなかった」という死刑執行人の話も残っています。鑑定される「遺骨」はどういう来歴のものなのでしょうね。20世紀には、ジャンヌ処刑のわずか5年後に現れた「偽ジャンヌ」ジャンヌ・デ・ザルモワーズが眠るピュリニー教会の石棺発掘がワイドショー的になされ、ジャンヌ・ダルク生存説を盛り上げていました。21世紀の真贋鑑定は「ジャンヌは火刑を逃れて生き延びた」というロマンの炎をふたたびかき立てることになるかもしれません。偽物か? 本物か? 鑑定は6ヶ月ほどかかる模様。

昔から多くの人間、とくに絵画、映画、小説、漫画など大きな括りで芸術に携わる者にインスピレーションを与え続けてきたジャンヌ・ダルク。その悲劇的な死の直後から神話化は始まっていて、卑近なところでは描かれるジャンヌはすべて美人になっています。15世紀の人物ですし、短い人生を戦場で燃やしてしまった乙女ですので、もちろん肖像画などなく、後世の人々はみな自分のイメージを描き出していったわけです。

無数にあるジャンヌ像、パリのルーブル近くには黄金の騎馬像までありますが、パリの名もない一市民が殴り書きしたこのジャンヌがなんとなく一番彼女の姿を彷彿とさせてくれるように感じるのは僕だけでしょうか。ジャンヌの噂を聞きながら、日記の片隅に、その姿を想像しながら描きとめたこの絵が500年以上にわたって描き表現され続ける「乙女」の最初の姿なのです。

フランスという国が危機に直面するたびに、ひきあいにだされる救国の英雄ジャンヌ、彼女はこれからもさまざまな神話を身にまとい、姿を変えながらも、人々の記憶に生きつづけることでしょう。

日本でもジャンヌ・ダルクに関する多くの本が出版されています。名前を挙げていくときりがありません。学術的なものとしては、イギリス軍に捕らわれたジャンヌを魔女として裁いた記録(『ジャンヌ・ダルク処刑裁判』)、そして彼女の死後、聖女として復権させた裁判 (『ジャンヌ・ダルク復権裁判』) のふたつが高山一彦氏の翻訳で読めます (ともに白水社)。この高山氏の書いたすばらしい『ジャンヌ・ダルクの神話』(講談社新書) は絶版になっていて、復刊されないかしらと祈り続けていたら、高山氏ご自身が岩波新書から『ジャンヌ・ダルク−歴史を生き続ける「聖女」』という新たな本を届けてくださいました。この春、フランスに行かれる方はぜひ旅行鞄のなかに入れて、出発してください。楽しい旅のお供を勤めてくれることと思います。

ジャンヌ・ダルク―歴史を生き続ける「聖女」
高山 一彦
岩波書店 (2005/09)
売り上げランキング: 9,352
おすすめ度の平均: 5
5 永遠の「聖女」
5 ジャンヌの歴史

Pst

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posted by cyberbloom at 23:53 | パリ ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 書評−その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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