2010年12月04日

クラシック音楽、究極の一枚を探せ!(2)チッコリーニの『前奏曲集第二巻』

ドビュッシーといえば、言わずと知れたフランスを代表する作曲家だ。それでは、彼の音楽を演奏するピアニストといえば、誰の名前が挙がるだろうか。

ドビュッシー:前奏曲集 第1巻、映像第1集、第2集まず、最初に来るのは『前奏曲集第一巻』の不滅の演奏を残したアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(1920-1995)であろう。イタリアが生んだ世界最高峰のピアニストによる演奏は、細部の「ぶれ」というものが全くなく、機械のように完璧なものだ。この完璧さは弟子のポリーニを越えているのではないだろうか。ミケランジェリの精緻なドビュッシーは確かに素晴らしい。しかしながら、そこに深い味わいがあるかと尋ねられるといさかか疑問に思う。それは彼のベートーヴェンの演奏でも同じであった。

他方、私は長いことサンソン・フランソワ(1924-1970)の演奏するドビュッシーを好んで聴いていた。これはミケランジェロの対極にあるかのような演奏で、まさにフランス風の優美な演奏。技術的には間違いだらけともいえる。しかし、彼はそんなものは気にせず、全く自分の気分で音楽を押し進めてしまう。「雰囲気」というものをこれほど大切にしたピアニストはいないだろう。そして、彼はフランス音楽を演奏する時に最良の能力を発揮した。ラヴェルの『ピアノ協奏曲第一番』(クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団)はそんな彼の真骨頂ではないだろうか(そういえば、この曲は映画版『のだめカンタービレ』の主人公も弾いていましたね)。

ドビュッシー:ピアノ曲集第1集~前奏曲集ミシェル・ベロフ(1950-)というピアニストも、ドビュッシー演奏家として一時代を築いた人だった。彼の人気が高かったのは、1980〜90年代だから、ミケランジェリやフランソワの黄金時代と比べてみれば、比較的最近の出来事である。貴公子然としたその風貌から人気が高く、日本ではピアノ・レッスン番組の先生もしていたこともあるようだ。彼の演奏はフランソワよりも一層、繊細な雰囲気を醸し出すドビュッシーと言える。技術的には何の遜色もないのだが、特徴と呼べるものがあまりないのが難点と言える。

ベロフと同世代のドビュッシー演奏家としては、他にパスカル・ロジェ(1951)、ジャン=フィリップ・コラール(1948-)がいる。二人とも世界的に知られ、活躍を続けているが、いずれもベロフと似たような傾向であり、独自の境地を築き上げるという所にまでは辿りついていないようだ。

となれば、残るはヴァルター・ギーゼキング(1895-1956)を措いて他はあるまい。これは文字通り「天才」と呼べる数少ないピアニストの一人であり、本来、ここに挙げたピアニストたちとは比べるべきではないのかもしれない。実際、EMIから出された『ドビュッシー/ピアノ曲全集』などのCDを初めて聴いた人は、その余りの素晴らしさのために腰を抜かすのではないだろうか。

ドビュッシー:前奏曲集『前奏曲集第一巻』の一曲目「デルフの舞姫」の出だしから、聴く者はその夢幻の世界の中に完璧に引き込まれ、虜にさせられる。数分後にはもうその世界から抜け出すことは絶望的に困難になる。「西風の見たもの」の強烈さ。「亜麻色の髪の乙女」の艶やかさ。そして「沈める寺」が呼び起こす荘厳なる光景…。我々はギーゼキングの醸し出す妖しく、そして煌めきわたるドビュッシーの世界に浸りきる他ないのだ。これほど完全に、有無を言わさぬ形でドビュッシーの音楽世界を築き上げたピアニストは後にも先にもいないであろう。

名前からも分るように、ギーゼキングはパリ生まれではあるが、両親はれっきとしたドイツ人である。しかし、フランス音楽の精髄がドイツの血を受けた「天才」によってこのように演奏されるのを聴くと、芸術というものは容易に国境を超えてしまうということを改めて確認させられる。ギーゼキングが亡くなって既に50年を超える歳月が過ぎたが、いまだに彼を越えるドビュッシー演奏家が現れないのは、ギーゼキングが余りに素晴らし過ぎ、また、ドビュッシーの音楽が余りにも深いからなのだろう。

しかし、いま、そのあり得ない事態を生み出しているピアニストが一人だけいる。アルド・チッコリーニ(1925-)である。彼が日本で行った演奏のライブ盤『ドビュッシー:前奏曲集第二巻』(2003)は驚異的な名演であった。この曲は2005年秋の来日公演(於:兵庫県立芸術文化センター)でも演奏されたが、恐ろしいほどの水準の高さに聴衆は圧倒させられた。まさに輝き渡る音が雪の結晶と化し、天から降ってくるかのような感覚…。齢80歳を超えるこの老巨匠は2010年春にも来日を果たし、東京でシューベルトのソナタを演奏したが(於:すみだトリフォニーホール)、これもまたとてつもなく美しく激しい演奏であった。チッコリーニの信じがたい点は、彼がますます進化を続けているということだ。

ギーゼキングを越えられる演奏家はチッコリーニだけかもしれない、とふと思ったりする今日この頃である。




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posted by cyberbloom at 17:02 | パリ ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | JAZZ+ROCK+CLASSIC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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