2010年08月29日

就活化する世界(2) ハイパーメリトクラシーとは

それに対して、今求められつつあるのは、既存の枠組みに適応するよりも、新しい価値を自ら創造し、変化に対応し、変化を生み出していく人材である。組織的、対人的には、異なる個人のあいだで柔軟にネットワークを作り、そのときどきの必要性に応じて他者を使いこなすスキルを持つことが必要になる。

多元化する「能力」と日本社会 ―ハイパー・メリトクラシー化のなかで  日本の〈現代〉13教育社会学者、本田由紀はそれをメリトクラシーに対して、「ハイパーメリトクラシー」と呼び、前者が要求する近代型能力に対して、後者が要求する「ポスト近代型能力」を対置する。近代型能力において、努力=勉強すれば向上できる部分が相当に大きかった。受験勉強に代表されるような知識の暗記、公式や文法規則の適用、計算の習熟などの能力を伸ばすために最も必要なことは、時間をかけてしかも効率的にそれらのスキルを自分の頭に叩き込むことだった。つまり近代型能力を身につける一定のノウハウが存在し、それを的確に繰り返せばよかったのである。

しかしポスト近代型能力は努力やノウハウとはなじまない。個性や創造性、ネットワーク形成力を知識として詰め込むことはできないから。これらの柔軟で形が定まらず、しかも十人十色な能力は、身につけるためのはっきりしたマニュアルが存在しない。ポスト近代型能力は、個人の生まれつきの資質か、あるいは成長する過程での日常的、持続的な環境条件によって多くの部分が決まる。それは個人の人格や感情や身体と一体化したもので、家庭環境の及ぼす影響も大きい。

この求められる能力の変化は根拠のない話ではない。実際に、1996年に経済団体連合会が提出した「創造的な人材の育成に向けて―求められる教育改革と企業行動」の中にはっきりと書かれている。それによると、これから評価されるのは「主体的に行動し、自己責任の観念に富んだ、創造力あふれる人材」、「他者の定めた基準に頼らず、自分自身の目標・意思に基づいて、進むべき道を自ら選択して行動する」人材である。問題への対応に際しても「知識として与えられた解決策を機械的に適応するのでなく、既存の知識にとらわれない自由な発想により自力で解決する能力」が求められるのだ。教育の領域でこれに対応するのが、1996年の中教審の第1次答申に打ち出された「生きる力」である。「生きる力」もまた「人間としての実践的な力」であり、「単に過去の知識を記憶しているということではなく、初めて遭遇するような場面でも、自分で課題を見つけ、自ら考え、自ら問題を解決していく資質や能力である」と定義されている。

教育の職業的意義―若者、学校、社会をつなぐ (ちくま新書)整理してみよう。メリトクラシー=近代型能力が「基礎学力」、「標準性」、「知識量、知識操作の速度」、「共通尺度での比較可能性」、「順応性」、「協調性、同質性」という言葉で表現されるのに対し、ハイパーメリトクラシー=ポスト近代型能力は「生きる力」、「多様性、新奇性」、「意欲、創造性」、「個別性、個性」、「能動性」、「ネットワーク形成力、交渉力」によって特徴付けられる。

もちろん、近代型能力とポスト近代型能力が完全に入れ替わったわけではない。近代型能力は依然としてベースにあって、その上に新たな能力が付け加わりつつあるという形だ。もはや「ガリ勉」タイプが全く評価されない時代(佐藤俊樹)になってしまったが、表向きはスマートにふるまえる「隠れガリ勉」は全くOKだし、むしろそれが推奨されるのかもしれない。またハイパーメリトクラシーは人間の全人格にわたる様々な側面を不断の評価のまなざしにさらす。例えば、大学の授業の平常点評価を考えてみればいい。期末試験の一発勝負で成績を決めるのではなく、毎回の「授業の態度」で評価するとする。出席していたか、ちゃんと授業を聞いていたか、授業で積極的に発言したか、グループ学習の際にグループをうまくまとめていたか、など授業のあいだに言動が絶え間なく評価される。実際にそこまで細かく評価する教師はいないと思うし、「授業の態度」なんて本来数値化できないものだ。しかし、ハイパーメリトクラシーは、意欲や創造性、柔軟な対人関係能力を日々の生活において常に発揮することを求め、それを不断に評価する。それは社会が個人を裸にし、その「剥き出しの柔かい存在」(本田由紀)のすべてを動員し、活用するという、ある意味非常に過酷な状況と言える。
(続く)




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posted by cyberbloom at 23:46 | パリ ☀ | Comment(0) | TrackBack(1) | グローバリゼーションを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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