2010年08月06日

GPS(2) GPSとiPod

音楽において GPS の役割を果たしているのは iPod ということになるだろうか。CD が出現したとき音楽がデジタル化されたが、同時に曲の進行時間が残り時間とともにデジタル表示されるようになった。これが LP から CD に移行したとき個人的に最も違和感を覚えたことだ。iPod に至っては一曲一曲が直線の座標軸として表示される。音楽には終わりがあるのだが、聴いているときのそれぞれの瞬間はある意味、永遠を孕んでいる。例えば、音楽のクライマックスはその部分だけ聴けば経験できるものではない。それまでの音楽の展開を確実に追い、経験的な時間を積み重ねていかなければ味わえないカタルシスなのである。特にクラッシクやジャズを聞く場合はそうであろう。iPod ではクリックホイールの操作で曲の各地点を簡単に特定し、そこに飛ぶことができる。しかし、その地点に下りることは、その地点の体験を得ることにならない。そこには蓄積がないからだ。iPod で音楽を聴いて盛り上がっているとき、ディスプレイの残り何分何秒という表示が目に入って急に興ざめしてしまったという経験はないだろうか(アナログ時代をひきずったオヤジの戯言?)。

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もっとも LP 時代にはそんなことを考えることすらなかった。ステレオのまん前に座って最初から最後まで聞く必要があったから(途中に針を落とすこともできたが、面倒だし、レコードを傷つける恐れがあった)。先々月、「アルバムに収められた曲をバラバラに切り売りするな」というピンク・フロイドの主張が裁判で認められたが、今や個人の手でひとつの曲を微分的に切り刻めるのだ。

ある人々はこのような事態に対して、街で迷い不安を感じる権利、音楽をアナログに楽しむ権利を主張するかもしれない。このような権利を確保すること、つまりリスクが計算できないものに対する寛容さが自由の空間を保証するからだ。それは人間が老いて、死にゆく存在であることと大きく関係している(「不死の機械の身体を拒否する人間」はよくある SF 的なテーマだ)。自由は計算不可能だから自由なのだし、音楽も計算不可能だから音楽なのだ。それは生活のあらゆる場面がデータ化され、解析され、リスク管理の資源としてシステムへとフィードバックされる新しい管理社会に抵抗しようという議論につながっていく。

しかし、一方であまりに拡大した自由(=選択肢の過剰)はもはや私たちに自由の感覚を与えてくれない。とりわけ情報が氾濫した現代社会に生きている立場からすると、自由は逆に忌まわしいものだ。GPS は明快な行程と最短距離を示してくれるし、iPod は何千曲もあるレパートリーを管理し、曲を適当に選んでくれさえする。私たちはこのような自由を逆に制限してくれる価値中立的な情報処理に依存し始めている。

先回のボードレールやポーの話に戻ろう。私たちはバーチャルな世界によって群集から逃れ、群集体験を失ったわけではない。相変わらず目的地に行くために雑踏や交通渋滞をかきわけなければならないし、いまだに満員電車と縁を切ることはできない。それらは共存しているのだ。ネットの世界の先端で生きている人間はすでにネットとリアルを区別しなくなっている。区別すると理解できないくらい感覚的に2つの世界は接合している。実際、脳は一般的に考えられているよりもはるかに柔軟性があり、高次知覚ではそもそも幻想と現実の区別などはないのだという。ネットとリアルの二分法はネットを使わない人間の思考法なのだ。彼らにとって2つの世界は並列したまま、決して交差することはない。ネットとリアルは交代するのではなく、境界領域が生まれていると言ったほうがいい。そこには2つの世界が複雑に入り組み、かみ合ったフロンティアが開けている。

ところで、GPS を導入しているタクシーにもだいぶ増えたが、それによって裏道を知り尽くしているタクシーの運ちゃんの経験的な価値が下がっただろうし、利用者からすれば運ちゃんに対する不信(近道と言いつつ遠回りしているのではないか)も多少は払拭されたことだろう。タクシーに GPS 標準装備の某タクシー会社は料金の安さで知られているが、同時にドライバーの管理=監視にGPSを使っているらしい。10分以上タクシーが動かないとサボっているとみなされる。まさに自由に動き回る労働者の管理の典型的なモデルである。

オランダでは GPS によって車の走行距離をチェックし、それに比例した納税を義務付ける制度が発足した。走行距離100kmにつき、0.03ユーロ(約4円)が課税される。2018年には倍額に引き上げられる予定だ。税額は走った道路、時間帯、混雑状況によっても変わり、クリーンな車種だと税が減額される。つまりドライバーが混雑していないルートと時間帯を選ぶことにインセンティブを働かせてある。GPS 装置にかかる費用は政府から補助金が出る。この制度はオランダのドライバーにおおむね支持されているが、問題は走行記録のデータがプライバシーを侵すかもしれないということだ(つまり車でどこに行っていたかバレてしまう)。税の納付通知書に記載されるのは走行距離と課税額だけらしいが、その部分をブラックボックスにすると逆に不満も生まないだろうか。

GPS はアートにもインスピレーションを与えている。砂漠や砂浜に巨大な絵を描くジム・デネヴァン Jim Denevan というアーティストがいる。その作品はまるでナスカの地上絵か、ミステリーサークルだ。スケッチを元にGPSで距離を測りながら、トラックを走らせて巨大な絵を描く(写真↑)。その壮大なアートは飛行機に乗って空から確認するしかない。

□The Art of Jim Denevan http://www.jimdenevan.com/




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posted by cyberbloom at 11:44 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | WEB+MOBILE+PC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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