2006年03月29日

『浴室』 ジャン=フィリップ・トゥーサン

sallebain01.jpg 初めてフランスを旅行したとき、パリの街角の所々に風変わりな映画ポスターが貼ってありました。無表情の男がバスタブに横向きに座るそのモノクロのポスターが妙に気になっていたら、本屋にその映画の原作 "La Salle de Bain" が置いてあり、旅みやげにそれを買って帰りました。そのときは全く予測もつきませんでしたが、この作品は後日『浴室』というタイトルで日本で翻訳出版され、著者のトゥーサンは現代のフランス作家(注1)として一躍人気者になったのです(注2)。

『浴室』は文字通りバスルームで暮らそうと思い立った男(今でいえば「ニート」君の部類に入るのかも)の話。だからといって別にどうこうするという訳でもなく、彼は淡々と日々を過ごすだけ。悩み苦しむような大問題も、大きな騒動も起こることはありません。パラグラフに数字がふってあったり、時折小難しいピタゴラスの定理やらがはさまって、なんだかよくわからない。最初に読んだときにはえらく変わった話だなあと思いました。

でも、この小説は読んでいて何となくおかしい。そのおかしさの大部分は、この男が周囲の人々と交わすやりとりから来るものです。彼は浴室にこもっているけれども、彼の恋人や家族や赤の他人までが容赦なくやってきて、彼と接触することになり、男と彼らとの間に生ずる微妙な「ずれ」が、私たちをクスリと笑わせるのです。つまり『浴室』は閉鎖的な空間に身を置く個人そのものというよりも、その個人と他人、個人と外界(男は突然浴室から出てイタリアという異空間へ旅立ったりします)との関わりを描いた小説といえるでしょう。

映画の「浴室」も物語の雰囲気をうまく表していて、おすすめです。簡潔な文体を映像に移したかのようなストイックなモノクロ画面、モンドリアンを意識したショット、そして小説からそのまま抜け出てきたかのような主人公‥‥トゥーサン自身はこの映画がお気に召さなかったのか、その後作品を映画化するにあたって自らメガホンを取ることになりました。しかし「浴室」で主人公を演じたトム・ノヴァンブルは、トゥーサンが監督した映画にもすべて出演し、おなじみの顔になっています。


注1:トゥーサンはベルギー出身ですが、彼の作品はフランスのミニュイ社から出版されています。

注2:トゥーサンの作品はこのデビュー作をはじめ、2002年発表の『愛しあう』まですべて邦訳されました。最新作の Fuir (2005)も、いずれ翻訳されるでしょう。

浴室
浴室
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Jean‐Philippe Toussaint
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posted by cyberbloom at 17:10 | パリ ☀ | Comment(0) | TrackBack(1) | 書評−フランス小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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