2010年05月20日

『アンヴィル!』または半端な才能に恵まれることについて

トロント出身のバンド、アンヴィルのことは、名前さえ知らなかった。1982年に発表されたアルバム『メタル・オン・メタル』は、ヘヴィーメタルの領域では名盤として名高いらしい。日本のロックフェスティヴァルでは、ヴァイブレーターを使ったギタープレイが話題になった(僕はのちにミスター・ビッグが電気ドリルにピックを装着して弾いたことを思い出したが、あれもアンヴィルの影響なのだろうか)。アンスラックスやメタリカといった僕でも名前くらいは知っているバンドのメンバーが、アンヴィルのステージを見たときの衝撃を語っている。ガンズ・アンド・ローゼズのスラッシュに至っては、「僕らは彼らから盗み、そのうえで見捨てた。もっとリスペクトすべきだったんだ」とさえ言っている。

http://www.uplink.co.jp/anvil/

映画『アンヴィル!』は、そんな伝説的バンドの現状を取材したドキュメンタリー映画だ。「伝説のバンド」は、よく数枚の名盤を残して解散する。しかし、アンヴィルは解散しなかった。ヴォーカル&ギターのリップスとドラムスのロブは14歳からの付き合いで、「この世でいちばん近い存在」と呼んではばからない。彼らにとって、いちばん大事なのは、音楽を続けることだった。しかし、バンドでは食えなくなり、現在、リップスは給食の配達係、ドラムスのロブは内装工事現場で働いている。なんだかシルヴァーの名曲「ミュージシャン」を彷彿とさせるが、あれは若い下積みの辛さを歌った曲。50代に差し掛かった二人にとって、「ミュージシャンの人生は楽じゃない」ことは、あまりにも厳しい現実である。

http://www.youtube.com/watch?v=geMC_LDXt1Y

そんな彼らの往年のファンだというルーマニアの女性が欧州ツアーを企画してくれるが、各地のバーやライブハウス巡りは散々な結果になり、プラハでは遅刻を理由に支払い拒否までされてしまう。失意のリップスは、かつてのプロデューサーにデモテープを送る。すると意外にも色よい返事があり、プロデューサーが所有するドーヴァーの個人スタジオで13枚目のアルバム録音に取りかかる。レコーディング費用を稼ごうとリップスは、地元トロントの熱狂的ファンが経営するコールセンターでアルバイトしてみるが、嘘をつけないたちでうまくいかない。結局、彼の姉が200万円相当を貸してくれて、ようやく渡英する。しかし、レコーディングが始まると、プレッシャーを感じたリップスは癇癪を起こして、ロブを罵倒してしまう。プロデューサーが仲裁し、なんとか音源は完成するが、カナダEMIをはじめ、どのレコード会社も出してくれない。「こんな音では、今は出せませんよ」と、糊の利いたシャツを着た社員にあっさり断られてしまう。

Metal on Metalこのあたりを見ていると、バンドが成功するためには、楽曲や演奏の質だけでなく、優れたマネージャーも必要なのだということを痛感する。ビートルズは、ブライアン・エプスタインという青年がマネージメントに乗り出してから、ヒットチャートへの道を歩み始めた。1980年代以降のヘヴィメタ事情に関しては、僕はまったくの無知だが、アンヴィルが時代の潮流に乗れなかったこと以上に、主流に対してアンヴィルを位置づけてくれる助言者が皆無だったことが不幸だったということくらいは想像がつく。

とはいえ、映画『アンヴィル!』がよかったのは、凋落したスターの痛々しい物語ではないところだ。二人には、ちゃんと妻や子供がいて、家庭をまともに営みながら、少年の夢を追っている。そんな彼らを家族たちは温かく、多少のあきらめも込めて、見守っている。セールスというかたちで報われなくても、やり続けること自体が彼らの人生を支えてきたと言える。「人生で一番大切なのは人とのつながりだ。音楽でいろんな人と出会えたことに感謝している」というリップスの言葉は素敵だ。その音楽自体は、残念ながら僕には魅力的には思えなかったけれど、やはりリップスが言うとおり、「人生はいつか終わるのだから、たとえアホな夢でも、今やるしかない」という覚悟は、とても潔く聞こえた。

ドーヴァーで自費制作した13枚目のアルバム『これが13番目だ』をネット上で発売したアンヴィル。すると、日本のプロモーターがアンヴィルをメタルフェスに招待してくれることになる。30年ぶりの来日。幕張メッセで満員の客を前に演奏したところでフィルムは終わる。おまけに、この映画のおかげで、日本ではソニーからアルバムが発売される運びとなった。日本人メタルファンはすごいな。英米ポップスファンの僕は、長門芳郎が、引退してアンティーク家具店を営んでいたアルゾのアルバムをひそかに日本で復刻し、それを知った本人が仰天して連絡してきたというエピソードを思い出した。

大きな文脈で考えてみると、結局のところ、英語圏のバンドであるということが、アンヴィルを完全な忘却から救い出してくれることになったのではないか、と思ってしまう。英語で歌うということは、単にアメリカやイギリスで聴かれる可能性を生み出すだけでなく、英語を母語としない聴衆にも訴えることになる。それは、英語とともにやってきたロックという音楽形式において、英語で歌うことが、もっとも屈折の少ないスタイルだからだ。そうでなければ、僕自身も含め、歌詞を十分に聞き取れない英米ロックをなぜこれほど熱心に聴き続けるのか、うまく説明できないだろう。その背後には、やはり文化的な刷り込みがあると考えるべきである。リズムがすでに身に染みついてしまっているのだ。

それはそれとして、『アンヴィル!』は、人生の目的とは何かということについて、かなり真剣に考えさせられてしまう映画だった。かっこ悪くても、誰も褒めてくれなくても、やりたいことがあるなら今やるしかない、というのは本当だ。と同時に、そんなことは時間の無駄だ、もっと有益なことをすべきだ、という批判に立ち向かうためには、盲目的なまでの自己への信頼と、能天気とも言えるほどの楽観性を備えていなければ、とても続けられるものではない。それもまた才能の一部だと思う。これは、いろんな意味において、誰もを説得する圧倒的才能には恵まれず、しかし人を少しだけ動かすことのできる半端な才能に恵まれた人の勇気の物語である。そして、おそらく、契約や成功に恵まれない多くのミュージシャンや、創造に係わる人にとっても、まったく無縁の話ではないはずだ。


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posted by cyberbloom at 19:51 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本と世界の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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