2010年04月03日

「トウキョウソナタ」

トウキョウソナタ [DVD]2008年のカンヌ映画祭の「ある視点」部門で審査員賞を受賞した『トウキョウソナタ』を見た。キャッチコピーから、もっと淡々とした感じの映画かと思っていたら、シャレになっていないシーンも多く、かなり深い部分をえぐってくるような衝撃を感じた。しかし直視すべき映画である。派遣村の報道などでしばしば垣間見られる底の抜けた東京の現実。そして完全に破綻した世代間のコミュニケーション。

リストラにあった夫(香川照之)は46歳。微妙な年齢だし、微妙な世代だ。50代、60代と違って「昭和的価値観」で目と耳を閉ざしたまま逃げ切ることもできない。自分自身それに疑念を抱いているから、まるっきり張りぼてなのだ。子供に対して怒鳴ったり、殴ったり、旧態依然とした権威を振りかざすが、説教の内容は「おまえが言うな」って感じで、そのまま自分に返ってくる。むしろ子供たちが見ていてかわいそうだ。子供たちは今までよりもいっそう早熟にならざるをえないのだろう。なぜなら親たちの価値観ときたらまるで全く使いものにならず、逆に有害ですらあるからだ。人生の方向付けにアドバイスできるどころか、子供たちからは親たちの思考停止ぶりやバカさ加減がはっきりと見えている。だから早くから自分で自立と自活の道を模索しなければならない。

次の世代に何も伝えられない。生きる指針として伝えるものが何もない。これが最も深刻な事態なのだろう。下の世代からは「あんたたちはバブルで浮かれて、バブルの余力で生き残っているだけじゃないか」というふうにしか見えない。「父親の権威」なんて羽振りの良かった時期の、年功序列と終身雇用に裏打ちされた「男性正社員」という身分によって担保されていたにすぎない。それだって自分で考え抜いて選択したものではなく、時流に流されてきたにすぎない。オルタナティブについて考えたことすらないから、その虚像の上塗りを繰り返すしかない。子供がアメリカの軍隊に志願しても、なぜそれがダメなのか説得力のあることが言えない。家族がセーフティネットになるか、泥舟になるかは、日ごろから話し合っていかに価値観を詰めておくってことだろうか。最後の砦である家族のあいだでコンセンサスがとれていないことは今の時代にあっては限りなくリスキーなことなのだ。私自身の、あるいは同世代の周囲の家族を見ていてもそれを実感させられる。

トウキョウソナタ(竹書房文庫た1-1)もうひとつ会社という組織の変化がある。前の会社で総務課長をやっていた自分が何で他の会社で受け入れられないのか。主人公の男は傷ついている。リストラされた会社でも、新しい会社の面接でも「あなたは会社のために何ができますか」と聞かれて何も答えられない。質問の意味すらわからない。新しいアメリカ式の人事は「すぐここであなたの能力を示してください」とまで言う。日本のサラリーマンの能力は、ある会社のある部署で培われるローカルな能力なので応用が利かないとしばしば指摘される。男は苦し紛れに「人間関係を円滑にできます」と言うが、そんなものは何の役にも立たない。「フランステレコムで何が起こったのか」で書いたことだが、今や労働者は与えられた仕事を従順にこなすことを求められているのではなく、潜在的な能力を持った人的な資本とみなされ、常にみずからの能力を開発しなければならないのだ。

小泉今日子はいい感じで歳をとっている。私と同い年だったと思うが、彼女が16歳でデビューしたときあまりにかわいくてファーストアルバムを予約してしまったほどだ。彼女と、リストラにあった夫と一緒に心中してしまったもうひとりの主婦とは、どこが違ったのだろうか。とにかく現状を受け入れようと開き直ったことだろうか。コミュニケーションが取れたわけでも、価値観を刷り合わせたわけでもない。その作業はこれからだ。ドビュッシーのピアノソナタが家族の再生を奏でる。

「トウキョウソナタ」公式サイト




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posted by cyberbloom at 22:19 | パリ ☀ | Comment(1) | TrackBack(1) | 日本と世界の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
彼女は家族がリストラ以前からもうすでに壊れてしまっていたことを感じており、このことにむしろ再生の可能性を見出したから、死ななかったのでしょうか。
Posted by noisette at 2010年04月04日 02:37
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