2010年02月27日

勝間和代『目立つ力』を読んでみた

目立つ力 (小学館101新書 49)勝間和代は2009年に最も注目を集めた人物のひとりと言えるだろう。管直人副総理に「リフレ政策」を提言し、「がんばらなくていい」と主張する香山リカとの論争も話題になった。勝間を目標にひたすら自分を磨く熱烈なファンは「カツマー」と呼ばれ、2009年度流行語大賞の候補にも挙げられた。外資系で働く友人は、これまで勝間のような働く女性のモデルがなかったと言っていたが、彼女の功績は自身の成功体験を徹底的にマニュアル化したことなのだろう。

去年10月に出たカツマ本のひとつ、『目立つ力』を読んでみた(2009年の1冊に挙げようと思っていたが間に合わなかった)。要は「ブログのススメ」である。ブログは単なる日記を書くツールではない。ブログを書くことはそのまま思考することにつながり、ブログを作るプロセスそのものが自分との対話になる。そのプロセスがブログを通して自分にも、他者にもわかるように可視化される。ブログは思考の公開訓練場というわけだ。

また人とつながるためには自分を開示して自分のことを理解してもらうことが必要だ。そうやって「応援団を集め、自分営業(=自分の売り込み)のコストを徹底的に下げる」のだ。注意しなければならないのは、コストを下げるというからには、応援団をダシに使うという意味でもある。応援団は仲間ではなく上下関係を示唆しており、成功者を支える存在でしかない。そして応援団は「もしかしたら次は私が成功者に…」と可能性を信じている人たちだ。ネオリベラリズムは意図的にであれ、結果的にであれ、いつもこの「可能性という餌」を巧みに使って、搾取する。当然のことながらみんなが成功できるわけではない。成功者はいつも少数なのだ。ある意味、情報の「ネズミ講」と言えるかもしれない。

確かに「目立つこと」は重要である。黙っていたら、無視されてしまうシビアな時代に私たちが生きていることは間違いない。声に出すこと、手を挙げること、メッセージを発すること。自分の能力を開示しなければ、それがあるのか自分でも確認できないし、他人にわかってもらえない。一方で「目立つ作法」は日本人の最も苦手な、最も教えられてこなかったことでもある。勝間は「目立つことは目的ではなく、手段」というが、最終目的は経済的な成功ということなのだろうか。しかし、この本には何をすればいいのか具体的なことは書いていない。「あなたにもひとつくらい得意なことがあるでしょう」「コンテンツはあなた次第」というが、これが素人には最大の問題なのだ。

勝間はブログやツイッターをもてはやすが、それらのツールを生かせるのは彼女が外資系金融で、あるいはネットの黎明期にいち早く培ったキャリアがあるからだ。ブログやツイッターそのものに力があるわけではない。勝間の言っていることは、コンテンツなんてどうにでもなる。試行錯誤に耐えられるような地力、潜在力をつけろ、ということなのかもしれない。忘れていけないのは、ブログやツイッターはあくまで潜在力を具体化、顕在化させるためのツールだということだ。またブログにおいて「続けること」は何よりも重要な指標だが、ブログを続けられる確信は自分の潜在力に対する手応え以外何からも得られない。

潜在力をつけることは気の利いたブログのテーマを見つけることより、はるかに難しい。それは途方もない努力を要することだ。ブログを続けることは、日常生活のすべてをネタにしながら、日々リテラシーを鍛え、潜在力を高めることだ。ブログを薦める「目立つ力」のベースにあるメッセージは、「他者のプレゼンスを前提にし、対人的なコミュニケーション能力に基礎を置け」ということだ。それは勝間が活躍してきた金融の世界を支配するイデオロギーであり、厳しいリストラを促すコンサルタントの論理だ。そしてコミュニケーション能力とは、予期せぬ事態にピンポイントで対処できる、つまりその都度顕在化する臨機応変な力であり、潜在力のことなのだ。就職戦線は今年も厳しいようだが、就職が厳しくなり、賃金が削られる一方で、現代の労働にはこのような潜在力がますます要求されるようになっている。いくら香山リカが「がんばらなくていい」(所詮本人はがんばらなくても何とかなる恵まれた人間なのだ)と言ったって、勝間がもてはやされてしまう理由はここにある。




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posted by cyberbloom at 08:33 | パリ | Comment(0) | TrackBack(1) | 書評−グローバル化&WEB | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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『目立つ力』読了(追記あり)
Excerpt:  勝間和代さんの、『目立つ力』を読みました。 目立つ力 (小学館101新書 49)作者: 勝間 和代出版社/メーカー: 小学館発売日: 2009/10/01メディア: 単行本 感想は、追記で挙げますの..
Weblog: (朝日を忘れた小説家)山雨乃兎のブログ
Tracked: 2010-08-12 21:00