2010年02月22日

フランス・テレコムで何が起こったのか?(1)

下に訳出した記事はフランスの雑誌 Nouvel Observateur に掲載された「フランス・テレコムの自殺の波−オンラインの苦しみ Vague de suicides à France Télécom − Souffrances en ligne 」である。フランス・テレコムで相次いだ自殺(1年半のあいだに25人)は、今年フランスで起こった重大ニュースのひとつであることは間違いない。9月17日掲載のちょっと古い記事だが、アメリカ流の金融の論理のもとでリストラが進行するフランス・テレコム社内の重苦しい空気をリアルにリポートしている。フランス・テレコムで起こったことは、日本でとっくに起こっていることなのだろう。日本ではひとつの企業から何人の自殺者と数えられることはなく、年間3万人という自殺者のなかにひとくくりにされている。

抄訳に簡単な解説をつけて2回に分けての掲載予定だが、まずは第1回。



不安な経済/漂流する個人―新しい資本主義の労働・消費文化私たちの人生はどんな糸によって支えられているのだろうか。セバスチャンにとって、それは家族の写真だ。妻の優しい視線。娘たちの微笑み。彼はその写真を見て、会社の窓の外から飛び降りることを思いとどまり、自分の家に帰る。そこでは、彼はお払い箱にされようとしている厄介者でもないし、お荷物でもない。彼は家で会社の出来事を忘れようとするが、それはその後彼の日常的な運命となる。不安で、方向を見失い、無言の暴力がはびこり、みんなが悲しい顔をして、ストレスによって衰弱した同僚の数を数えながら恐怖におびえている。

フランス・テレコムの不安は、新年度の始まりを襲った新型インフルエンザに次ぐ、ふたつ目の伝染病だった。トロワではひとりの男が腹にナイフを突き立てた。それは彼のポストがなくなったと知らされたときだった。マルセイユ、ブザンソン、ラニヨン、パリで同じ事件が起こった。何人かの男たちは首を吊り、睡眠薬を飲んだ。若い女性は虚空に身を投げた。2008年の2月以来、23人が自殺で亡くなった。伝染することが恐れられている。首脳陣は問題を個人の精神的な脆さのせいにしたあと、国から強い圧力を受け、ようやく重い腰を上げた。

セバスチャンはそれでも、25年前にフランス・テレコムに入社したときの誇らしい気持ちを思い出す。技師の免状をポケットに入れ、素晴らしいキャリアが前途にあり、あらゆるネットワークが構築されようとしていた。彼は多いときで200人の部下を率いていた。技術的な問題に挑み、移動体通信網の構築に参加した。上級管理職だった彼は、いつの日か自分が陰のような存在になるとは思ってもみなかった。彼は全てが一変した瞬間をとてもよく覚えている。それは2006年のこと、管理職向けのセミナーだった。「会社側はいかにして私たちの仲間を緊張状態に置くかを説明しようとしていた。50歳付近が膨れ上がった従業員の年齢構成を示したピラミッドを私たちに見せつけることから始めた」と彼は思い出す。「司会者は言った、『問題がどこにあるかわかりますか?問題、それはあなた方です』」その日集められたおよそ百人の管理職は、その発言に驚いた。熱意のある人間は次のような方法に従うという条件で何とか切り抜けようとするだろう。「あなた方は、自分のチームのメンバーに、できるだけ早く会社を去るように働きかけるべきです。彼らに転職を勧めてください。例えば、家でホームステイを受け入れるとか、ダイビング・クラブを営むように。彼らをスケジュール的に追い詰めるか、彼らがミスを犯す現場を押さえるためにメールと通話を監視することをためらわないでください」。セバスチャンは思い出す、「私たちはあまりにも気分が悪くて、互いに顔を見ようともしなかった」。

自分が最初に追い出されようとしているひとりであることをセバスチャンははっきりと理解した。年齢と地位、そして給与が問題なのである。民間企業の首脳部にとって、方程式は単純である。情報通信の市場は非常に競争が激しい。株主は(フランス・テレコムは国が筆頭株主で27%を保有)配当を要求する。給与の全体を減らすことでコストを下げ、利益を出さなければならない。「私たちはもう、利用者のために働いているのではない。今や顧客を満足させるために闘っているのだ。私たちは全員、この要求に応じなければならない」、グループの最高経営責任者、ディディエ・ロンバールの右腕の一人、ルイ=ピエール・ヴェーヌは説明する。「私たちのうちの1万人は転職して満足している。他の者たちについては、それが困難なのでまだ私たちと一緒にいる。競合他社とは逆に、私たちは誰も解雇しなかったことを今一度申し上げておく」。2006年から2008年までに22000人分のポスト削減につながった「ネクスト計画」のあと、組合はそれでも、新たな人員削減計画があるのではないかと疑っている。ルイ=ピエール・ヴェーヌはそのことを激しく否定する。





現代の労働は際限のないフレキシビリティを特徴としている。ある仕事から別の仕事に移る柔軟性、ひとつのポストで様々な仕事を引き受ける柔軟性。そこで求められている能力は、不安定な状況に慣れ、一時的な変動に適応し、不慮の事態にすばやく反応し、任務を可能な限り遂行することだ。

技術革新のスピードが速く、先端の技術を学んでも、それがすぐに時代遅れになってしまう。同じように、一生使いまわせるような知識の体系などないのだろう。それゆえに、労働者が評価されるためには、そのときに身につけた技術やインプットした知識ではなく、一般的な学習能力を披露しなければならない。スキルとは、すでに習得されたものの活用能力ではなく、新しい状況に常に適応し、新しい何かをつねに習得できる「潜在能力」として再定義されてしまった。

現代の資本主義社会では学ぶことに終わりはない。学びは学校だけでなく、生産活動のあらゆる段階に存在する。労働は再教育の連続であり、人は教育に生涯つきまとわれることになる。生涯教育が行われる原因は、先に述べたようなフレキシビリティだが、それに加え、生産サイクルにおいて知識と情報の役割が増大したこともある。

リチャード・セネットはフレキシブルな組織が個人に及ぼす影響を次のように述べている(「不安な経済/漂流する個人―新しい資本主義の労働・消費文化」を参照)。

―組織がもはや長期的な枠組みを提供しないとすれば、個人は自らの人生を即興で紡ぎだすか、一貫した自己感覚抜きの状態に甘んじなければならない。
―新たに台頭した社会秩序は一芸に秀でるという職人的な理想に否定的な影響を及ぼした。現代の文化は職人芸に変わって過去の業績より潜在能力を高く評価する。
―いかに過去と決別するか。職場では地位を自分のものとして所有している人間はひとりも存在しない。過去のどんな業績も地位の保証にならない。

まさにフランス・テレコムの社員が置かれた状況とぴったりあてはまる。しかし人間は人生の一貫した物語を必要としているし、一芸や特殊なことに秀でていることに誇りを感じる。また過去の経験は自分を作り上げるかけがえのないものだ。この新しい組織の理想は明らかに人間を傷つけている。(続く)

フランス・テレコムで何が起こったのか?(2)



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posted by cyberbloom at 18:13 | パリ ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | フランスの現在 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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