2010年01月26日

Good work, kid! ニューヨーク ファッションシーンを見守る伝説のストリートフォトグラファー

topics_cunningham_395.jpg今マンハッタンでは何が流行っている?答えを知りたければ、まずウェブ版ニューヨーク・タイムズで名物コラム、”On The Street”をチェックして。タイトル通り、街を行く人々を写したショットが満載。どのファッション雑誌より速くて信頼ができる、“もぎたて”ファッション通信なのです。
 
ファッション雑誌でしょっちゅうやってる「街角ファッションスナップ」みたいなもんでしょ、と早合点してはいけません!足掛け20年連載を続けてきたフォトグラファー、ビル・カニングハムは、業界のエディターのそれとは違うところを見ています。
 
まず、セレクトのポイントが違う。ビルさんにとって関心があるのは純粋に「服とその着こなし」のみ。上から下までばっちり決まっている必要はなく、さりげない工夫、閃きが大事。着ている「人」は興味の対象外。何気に“完璧な着こなしの理想の彼女”をピックしている日本のおしゃれスナップとは、ここで一線を画しています。一見地味にみえるけれど洗練された着こなしに惹かれ路上で激写、後で編集者に見せたら被写体は伝説の女優、グレタ・ガルボだった、という逸話もあるビルさん。徹底しているのです。
 
アイテム単独の魅力につられないのもビルさんのポリシー。ファッションメディアに足を踏み入れて約半世紀、社交界の記事も手がけるビルさんは、そんじょそこらの業界人なぞ足下にも及ばない、歩くファッション辞典のような御仁。いい物をさんざん見てきた審美眼はもちろんのこと、知識も豊富なのですが、特定のアイテムを取り上げ良さを褒め上げることはありません。街角おしゃれスナップの脚注がおおむね被写体の持ち物、服の身元調査に終止しているのとは対照的です。ファッション・アイテムとは「道具」であって、それを使いこなし、着こなしてこそ生きるもの。ハイファッションは素敵だけれど、それにひれ伏しちゃあおしまい、なのです。
 
そして、何よりも、ファッションに対するスタンスが違う。スナップ特集の背後には、読者の代表として、また業界人として、少しでもお洒落を盗み活用しようという血眼な眼差しが感じられます。あくなき追求心を否定しませんが、ビルさんはそういった生々しい欲とは無縁です。街を行く人々のファッションは、刻々と変わるニューヨークという街の表情そのもの。現れては消える流行は、生まれては消える街のスラングのようなもの。人々の装いを通じて、時ににぎやかに、時に静かに語りかける街を見ることこそが、ビルさんにとってこのうえない喜びのようです。
 
ビルさん自身は華やかなマンハッタンの業界人と一線を画した、仙人のような生活を送っています。カーネギーホールになぜか奇跡的に残っている、バス・キッチン共同の狭いアパートに一人暮らし。牛乳缶でこしらえた手製のベッドで眠り、移動手段は基本自転車!今時制服屋さんでも売ってるの?といぶかしんでしまうようなクラシカルな事務職系スモックを着て街を走り回るビルさんの辞書に、「虚飾」の文字はありません。

ビルさんのコラムに「登場」する人には3つのタイプがあります。US版ヴォーグの編集長アナ・ウィンターを初めとする、いわゆるセレブの方々。ファッションリーダーとして、一歩先行くことを意識している人達にとって、ビルさんに選ばれないことは由々しき事態なのだとか。(もっとも、テレビのない生活を送っているビルさんは、有名人と気づかずにシャッターを切っていることもたびたびですが。)

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次のタイプは、流行に流されず我が道をゆく本物のお洒落さん。コラムの常連である重役秘書嬢は、毎回チャレンジングな着こなしで、ビルさんを驚喜させてきました。4つ袖があるコートをお召しだったり、額縁をネックレス代わりに首にかけていたり。突飛だけれど、その人らしく見事に決まっている。ビルさんにとっては、立派な芸術家なのです。
 
そしてもっとも多いのが、一般のみなさん。ファッション業界とも縁がなく、マンハッタンで働き生活し、自分がお洒落な人間だとはつゆ思っていない人々。しかし、そんな彼・彼女が日常の一部としてクローゼットから選び身にまとっているものにこそ、その時々の人々の気分が反映され、思いがけなく共鳴し、トレンドになる。手持ちのアイテムで、その日の気分にびったりくる「ちょっといい感じ」な姿をつくる、誰もがやってる朝の儀式から、知らず知らずのうちにあたらしいものが生まれてくる。ストリートは、思いがけないものや「流行の発露」を見いだせる、スリリングな場所なのです。
 
ティーンエイジャーのころから街行く人を眺めるのが趣味だったビルさん。ファッションの源としてのストリートに目が向くようになったのは、60年代に見たフラワーチルドレンのデモのおかげだとか。ファッションショーの会場からでてきた時に目撃したデモ隊の着こなしは、自由で、色彩に溢れ、不思議な調和に満ちていて、さっき取材したばかりのハイファッションの印象が消し飛んでしまうほどのインパクトだったそうです。「僕の目は美しいもの、すばらしいものしか捉えない。こんな格好ぜんせんおしゃれじゃないですよ、って被写体になってくれる人は謙遜するけど、気がついていないだけ。本当に美しい物はあちらこちらにあるんだよ。」
 
運が良ければ、マンハッタンで取材中のビルさんに会えるかもしれません。高級百貨店バーグドルフ・グッドマンの近くの歩道で、青い上っ張りにボロボロのニコンをぶら下げたおじいさんがいたら、それがビルさんです。めでたく被写体になれるかどうかはわかりませんが、この伝説の人物に是非挨拶してみてください。

ニューヨークの初冬のファッションについて語るビルさん

パリからの番外編。参考になる方も多いかと。

いかにも好々爺な、ビルさんの語りがたまりません。話の中身は結構鋭くて、考現学が好きな方にも楽しんで頂けるとおもいます。  

(「ニューヨーカー」2009年3月号より)




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posted by cyberbloom at 20:43 | パリ ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | ファッション+モード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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