2010年01月21日

電子ブックと書籍の未来(2) 読書の楽しみとは

SONY LIBRIE EBR-1000EP e-Bookリーダーキンドルで本を読んでいて、ふと別の本のことが気になり、それをダウンロードして読み始めたとする。次の本に移ったのはとっさの思いつきだが、それは元の本に書かれていた引用や参照、文中の間接的な示唆などがきっかけになったのかもしれない。いつでも利用できる書店の誕生は、本の売り上げや知識の普及にとっては良いニュースかも知れないが、それは人間が1冊の本に没頭するための集中力を奪うことになる。21世紀の最も限りある重要な資本、それが集中力なのだ。集中力は、ひとつの線に沿い、ひとつのテーマに焦点を当てる読書を求め、ひとつの物語や議論に没頭することを強いるのだ。(写真はアメリカで普及しているソニーの電子ブック「リーダー」の日本版「リブリエ」)

本のデジタル化が進めば、作家の思想や、そこに広がる別世界にどっぷり浸かるという読書の最大の喜びが失われる危険もある。雑誌や新聞と同様に本も雑誌や新聞のようにつまみ食い的に読まれるようになるかもしれない。

しかし、もともと読書というものは持続的な集中力によって直線的に進むものなのだろうか。読書の楽しみはそういう形でしか存在しなかったのだろうか。ミシェル・ド・セルトーは『日常的実践のポイエティーク』の中で次のように書いている。もちろん、これが書かれたのは80年代後半のことで、セルトーはハイパーテキストの存在など知る由もなかった。

「読むという行為はページを横切って迂回しながら漂流する。それによってテクストを変貌させつつ、その歪んだ像を生み出す眼の旅だ。何かふとした語に出会うと想像の空を駆け、瞑想の空を駆ける。軍隊さながら活字が整列している本の表面でひょいと空間をまたぐ。(…)新聞だろうが、プルーストだろうが、テクストはそれを読む者がいないと意味をなさない。テクストは読み手とともに変化していく。テクストは読み手という外部との関係を結んで初めてテクストとなり、2種類の期待が組み合わされてできあがる、共犯と策略のゲームによって初めてテクストとになる。ひとつは読みうる空間(=字義性)が組織する期待、もうひとつは作品の実現化に必要な歩み(=読むこと)が組織する期待である」

セルトーによると、作者が決めた物語や議論の道筋に従って読まなければいけない、と私たちが思っているのは、読書という行為に「主人(=作者)と奴隷(=読者)」、「生産者と消費者」という権力関係が刻印されているからだ。つまり書くことは生産的な行為であるのに対し、読むことは受動的な行為であり、単なる消費にすぎないと考えられている。読者という行為は、このような社会的な権力関係と、詩的操作(=読者によるテクストの再構築)との結節点に位置する。社会的な権力関係は、読者をエリートのほどこす教化に従わせるようにしむけ、指定された道をまっすぐ行くように命じる。しかし、読者は実際のところ、作者の言いなりになっているわけではない。読むという操作によって文化的正統性のすき間に自分たちの創意や工夫をしのびこませながら、こうした教化をかわしている。読書とは寄り道と道草だらけの珍道中なのだ。

セルトーの「ページを横切って迂回しながら漂流する」とか「何かふとした語に出会うと想像の空を駆ける」とか「ひょいと空間をまたぐ」とかいう読者の意識の動きは、キンドルの操作によって、またネットとつながることによって、可視的なものになり、さらには共有可能なものになる。読書という行為が貶められていたのは、それが孤独な隠れた行為で、痕跡や結果が残らなかったからである。直線的な読書を迂回し、押し付けがましい教化をかわしたとしても、それはせいぜい読者の想像力の中でしか起こりえなかった。

電子ブックによって、読者が本と出合う機会や論じ方も変わるだろう。読者同士が公に本の感想をコメントするブログならぬ「ブックログ booklog 」が盛んになり、グーグルは本のページごとや段落ごとにインデックスをつけ、オンライン上で交わされる会話をもとにランク付けを始めるだろう。小説を読みながら不可解な文章に遭遇した場合は、すぐにオンライン上でその文章の本当の意味について、世界中の読者(決して権威のある文学者や批評家ではない)がどのように注釈を加え、解説し、議論しているかを検索するようになるだろう。自分が今まさに読んでいる文章や段落について、いつでも世界の誰かが話し合っている恒久的かつ世界的な読書クラブの誕生することになる。もう誰も孤独ではない。読者はもはや個人的な作業ではなく、世界の見知らぬ人々との会話することができる共同的な行為となる。






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タグ:Kindle
posted by cyberbloom at 13:40 | パリ ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | WEB+MOBILE+PC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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