2010年01月14日

電子ブックと書籍の未来(1) アマゾンのキンドル

週刊 東洋経済 2009年 8/29号 [雑誌]近年、革命的なテクノロジー体験が日常的なものになった。何千曲もの音楽をスットクし、指先で呼び出せるiPodしかり、自宅のパソコンから行きたいレストランの周囲の様子を見れるグーグル・アースしかり、どんなミュージシャンのレア映像も必ず出てくるyoutubeしかりだ。アマゾンの電子書籍「キンドル Kindle 」もそのひとつに加わるのだろう。カフェでビジネス書を読んでいたときに、ふと気になっていた小説が読みたくなる。キンドルの画面を数回タップするだけで、それが数分後に画面に現れるのだ。メールで請求書が届いたときには、小説の1章を読み終えているといった具合だ。

HOW TO USE KINDLE

本のデジタル化とは単にインクがピクセルに替わったということではない。本を読み、本を書き、本を売るということが根本的に変わったのだ。また本は「1冊」の中に完結しないものになり、読書という孤独な行為は共同的、社会的なものになりつつある。かつての文学理論(例えば、間テクスト性=intertexualityとか)において観念的に問題になっていたことが、現実になりつつある。19世紀のフランス文学者は代わり映えのしない白い紙と格闘し、自身の過剰な思考と想像力を受け止めてくれない「1冊の書物」という閉じた紙媒体の限界にいらだっていた。様々な媒体=メディアの限界を接合しながら新しい現実を切り開いて聞くテクノロジーに、今度は私たちの想像力が追いついていかない(このテーマは次回に切り込む)。

具体的な話をしよう。アメリカの出版業界は歴史的な転換の時期を迎えている。それを象徴する出来事が、全米最強の書店チェーン「バーンズ&ノーブル(B&N)」がアマゾンに全米首位の地位を奪われたことだった。B&Nとアマゾンは10年以上も前からライバル関係で、アマゾンがナスダックに上場したとき、アマゾン・キラーとしてオンライン書店「B&M.com」をスタートさせた。当時はすでに巨大な購買力と価格競争力を誇るB&Nがアマゾンを葬り去ると言われたが、アマゾンの独走を止めることさえできなかった。「B&M.com」はナスダック上場を果たすも、業績は低迷し、今や親会社B&Nの完全子会社になってしまった。現在B&Nの時価総額は11億ドル、一方アマゾンは360億ドルとその差は歴然としている。

オンライン書店最大手のアマゾンがリアル書店B&Nに完勝した中で電子ブック端末が急速に普及した。アマゾンが07年11月に売り出した「キンドル」が、09年2月の「キンドル2」、同年6月の「キンドルデラックス」によってさらに成長を加速させている。アメリカでは08年のインターネット経由でダウンロードされた電子書籍コンテンツの売り上げが1億1300万ドルで、07年と比べて68%伸びた。

日本では電子ブックが全く根付かなかったが、それはモノクロ画面で、ページをめくる時間がかかるなど、技術的な問題によるものだった。それは今も変わっていない。なぜアメリカではうまく行ったのか。ひとつはコンテンツの豊富さと安さである。ベストセラー小説をすべてキンドルで読めるうえに、安い。ふたつめの理由は持ち運びやすさである。アメリカのハードカバーは重くて持ち運びに不便。ペーパーバックは紙質が悪く長期間の保存に適していない。キンドルはデラックスで重さは535グラム。その中に3500冊のコンテンツを入れることができる。さらにアメリカ独自の問題もある。新聞業界の衰退のせいで新聞の宅配が止まったり、書店の数が減ったせいで近くで本が買えない人が増えたのである。キンドルならばどんな新聞もどんな本もあっという間にダウンロードできるのだ。

キンドルと対照的な事業展開をしているのが、ソニーの「リーダー」だ。リーダーはアイコンによって操作できるようにインターフェイスを工夫している。ビジネスモデルも対極的だ。アマゾンが自社の圧倒的な顧客基盤を背景に、キンドル独自のファイルフォーマットによってコンテンツを囲い込んでいるのに対し、ソニーは米出版業界標準のEPUBに対応している。このオープン戦略によって、グーグルが味方についた。7月末、ソニーとグーグルが保有する100万冊に及ぶ著作権フリーコンテンツがソニーのリーダーで読めるようになった。コンテンツの量ではアマゾンを凌駕した。

しかし、グーグルのポリシーもオープンであり、ソニーとだけ組むわけではない。グーグルとしては自身が蓄積しているコンテンツに自由にアクセスできる環境作りをしたいわけだ。グーグルは図書館にある著作権が切れた本のデジタル化を進めてきたが、それをケータイ、電子ブックなど、すべてのデバイスによって読めるようにする。さらにはそれをダウンロード販売するような方法も探っているようだ。

もちろん電子ブックには様々な問題がある。本質的なものとして、電子ブックのコンテンツは一体だれものかということだ。紙の本ならば買った人のものだが、アマゾンの購入契約では電子書籍コンテンツの権利はソフトウエアのライセンスに準じている。内容の変更や削除を行っても、コンテンツの購入者は文句を言えない。それは利用権にすぎないわけだ。

しかし、出版社にとってデジタル化の流れは大きなチャンスになるようだ。これまで紙の本は貸し借りできたが、デジタル化はそれを制限できるし、中古本のような2次流通も阻止できる。改訂作業も低コスト。表現方法も大きく変わることになるだろう。

ところで、日本といえば一度電子ブックの普及に失敗したが、キンドルは黒船のように現れた。日本の出版業界は、「出版社」「取次」「書店」というガチガチのシステムに守られてはいるが、それにも風穴が開こうとしている。
(続く)

□「電子ブック・キンドルが目論むデジタル新秩序」in 『週刊 東洋経済 2009年 8/29号 』を参照

□main blog で09年10月28日に掲載




cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑ライターたちの励みになりますので、ぜひ1票=クリックお願いします!

FBN22.png
posted by cyberbloom at 08:26 | パリ 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | WEB+MOBILE+PC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック