2010年01月12日

ロック温故知新−英仏プログレ対決(3) キング・クリムゾンVSエルドン

プログレッシブ・ロック(進歩的ロック、略してプログレ)が文学と親和性があると書いたが、今回は文学と同じく時代に取り残された感のある現代思想と、プログレの関係を扱ってみる。音楽の方も現代思想の音楽的実践って感じである。

今回スポットを当てるのは、リシャール・ピナス Richard Pinhas という人物。今から40年ほどさかのぼる五月革命の1968年前後、当時高校生のピナスはブルースに興味を持ち、ブルース・コンヴェンションというグループに参加していた。グループには後にマグマ Magma (そのうち紹介!)のメンバーになる、クラウス・ブラスキーズがいた。その後、ピナスはソルボンヌ(パリ第4大学)に登録し、哲学の勉強を始める。それと平行してスキゾ Schizo というグループを結成。スキゾは72年にシングルを録音するが、自身の博士論文が忙しくなって同年に解消する。その« Le Voyageur/Torcol » (写真のアルバム「SINGLE COLLECTION 1972-1980」に収録)という45回転シングルでは、ニーチェのテクストを朗読するジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze の肉声を聴くことができる。68年のモノクロ映像を背景にこのレアチューンを聴けるなんて粋な演出である。



ピナスはドゥルーズの講義を受け、思想的に大きな影響を受けている。リゾスフィア組曲 Rhizosphere suite など、彼の曲のタイトルにもそれが伺える。一方、彼の博士論文の指導をしたのは『ポスト・モダンの条件』で知られるジャン=フランソワ・リオタールJean-François Lyotard で、彼の指導のもと「スキゾ分析と SF の関係」というタイトルの博士論文を書き上げている。

Stand By博士論文のタイトルからも察せられるように、SFに深い関心を抱いていたピナスは73年にロサンジェルスでノーマン・スピンラッド Norman Spinrad と初めて会う。彼にフィリップ・K ・ディック Philip K. Dick を紹介され、「マガジン・アクチュエル magazine Actuel」にディックのインタビューを掲載する。74年、ピナスはエルドン Heldon を結成。グループの名前はスピンラッドの小説『鉄の夢 The Iron Dream』に出てくる都市にちなんでつけられた。

HELDON - STAND BY

ピナスの論文の中身はわからないが(ソルボンヌの図書館に行けば読めるだろう)、ディックはまずフランスで評価されたという経緯がある。また、東浩紀が「サイバースペース」(in『情報環境論集』)の中で、ディックが小説の中で描いていた分裂症的コミュニケーションがドゥルーズ&ガタリと共鳴していることを指摘している。

1968年に端を発した政治運動の世界的行き詰まりによって、社会という大きな物語と政治的なものの力は著しく弱体化してしまう。68年のもうひとつの拠点であったカリフォルニアでSFを書いていたディックはまさにその変化の真っ只中にいた。「ディックにとっての政治的な希望は、失われた調和や全体性の回復ではなく、分散状態の主体と不気味なものに満ちたポストモダニズムの肯定、つまり分裂病的な世界の肯定として構想されていた」(東)。

1968年以後の世界では、自分が生きている世界と分裂病患者の空想の世界の違いを示す根拠が失われてしまった。それは、1968年の『アンドロイドは電気羊の夢を見るか? 』に登場する擬似動物への感情移入という徹底的な表面性に現れている。不気味な存在に向けられるその感情は内面性とは無縁で、感情はつねに外に現れているもので測られる。それは、近代の主体モデルである「背後の見えない他者への参照」なしに、コミュニケーションの表面をそのまま他者として容認する感性である。それはスクリーン上の文字列やイメージを額面通り受け取るインターフェイス的主体につながっていく。つまり日常的にPCの前にいる私たちのことである。

ところで、ピナスは www.webdeleuze.com というドゥルーズのサイトも運営していて、ドゥルーズの講義のいくつかをダウンロードできる。『アンチ・オイディプス』や『千のプラトー』で知られるドゥルーズであるが、21世紀に入ってからは『記号と事件』で新たな管理社会に言及していたことで再び注目されている。

そしてリシャール・ピナスが音楽の師と仰いでいたのが、キング・クリムゾンの超絶技巧のギタリスト、ロバート・フリップである。キング・クリムゾンは『クリムゾン・キングの宮殿』で1969年に衝撃的なデビューを果たし、ビートルズの『アビイ・ロード』をチャートから引き摺り下ろしたと言われている。赤い顔のジャケットに見覚えのある人もいるだろう。それ以降、フリップはバンドのメンバーを次々と交代させ、グループのカラーも時代によって大きく異なる。個人的にはファースト・アルバムや『アイランド』も捨てがたいが、1972年以降のビル・ブラッフォード Bill Bruford 、ジョン・ウェットン John Wetton 、デヴィッド・クロス David Cross 、ジェイミー・ミューア Jamy Muir らが集結した時期、アルバムで言えば、『太陽と戦慄 Lark’s tongues in aspic 』『暗黒の世界Starless and Bible Black』『レッド Red 』が一押しである。クリムゾンは1974年に解散し、1981年に再結成する。そして去年は、キング・クリムゾン(King Crimson)のデビュー40周年で、それを記念したスペシャル・アイテムが発売されていた。

キング・クリムゾンは一言でいえば、「ロックがここまでやるか」ってバンドだった。ライブ映像を見ればわかるが、どうみてもロックバンドの域を越え出ている。とりわけこの時期は「Bitches Brew」あたりのマイルス・デイビスを髣髴させるジャズ・インプロビゼーション(即興演奏)を繰り広げるのが特徴だ。超絶的なテクニックのギターとリズム陣がまるで織物を織るような正確さによって緻密な時間を積み上げ、徐々にテンションを高めていく。その先には全身の汗腺を一挙に開花させるカタルシスが待つが、それは時空を歪ませるようなヘビーメタリックなギターが先導する。

一方で、ヴァイオリンやメロトロンが醸し出すヨーロッパ的な夢幻と哀愁も忘れがたい魅力のひとつだ。『暗黒の世界』に収められた Night Watch と Trio は美しさの極みである。

また専属の詩人が歌詞を書いていて、文学的な曲のタイトルと象徴的なジャケットの絵柄もいかにもプログレのバンドらしい。Lark’s tongues in aspicを『太陽と戦慄』と訳している邦題の意図もよくわからないが、『暗黒の世界』の原題 Starless and Bible Black は20世紀前半に活躍したウェールズの詩人、ディラン・トーマスの劇作品「Under Milk Wood.」の一節から引用されている。

いかにも一般受けしそうにない音楽ではあるが、クリムゾンはCMと無縁だったわけではない。最も有名な曲「21世紀の精神異常者 21st century schizoid man 」がときどき思い出したようにCMに使われるし、08年にオダギリジョーをフィーチャーしたトヨタのCMに「Easy Money」が使われていた。

ところでリシャール・ピナスに話題を戻すと、彼の場合、キング・クリムゾンというよりはギタリストのロバート・フリップからの影響が大きい。エルドンのサウンドはグループによるジャズロックというよりは、ギターとシンセサイザーを使った実験性の高い音楽だった。フリップはかつてフィリッパートロニクスというオープンリールテープレコーダーを使った独自のディレイ・システムを使っていたが(最近では Windows Vista のサウンドを担当した)、ピナスのギターはフリップのギター奏法やサウンド・エフェクトの影響を受け、とりわけフリップの音楽のヘビーメタリックな質感を受け継いでいる。

さらにマニア向けの情報も書いておこう。日本にもリシャール・ピナスに引けを取らない素晴らしいフリップ・フリークがいる。美狂乱の須磨邦雄である。美狂乱がレコードデビューしたのは80年代だが、2000年に入ってからは「魁!!クロマティ高校」のエンディング曲に使われたりしている。個人的にはエルドンよりも、こちらの方が圧倒的に好きだった。

美狂乱-Double



cyberbloom

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posted by cyberbloom at 21:00 | パリ 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | JAZZ+ROCK+CLASSIC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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