2009年12月15日

フランス・モデルの再評価(1) The French Model

フランスでは地上50メートルの高い場所で景気刺激策が行われる。13世紀に立てられたゴシック大聖堂の大掃除である。職人たちがブラシを使って屋根の汚れを落とすのである。フランス政府は現在、景気対策の一環として総額260億ユーロのプロジェクトに取り組んでいるが、大聖堂の修復工事もそのひとつ。アメリカから景気刺激策をやるようにうるさく言われたが、フランス政府の対策はインフラの整備を前倒しで実施するだけであった。いかにも国家主導主義の伝統を持つフランスらしいやり方だ。

フランスは弱者には優しいが、その分、税が重く、規制も多く、保護主義色が濃い。このような国はヨーロッパでは珍しくないが、フランスは際立っている。なにしろルイ14世の財務総監を務めたコルベール Jean-Baptiste Colbertの時代から国家主導で、道路や運河や大工場が建設されていたのだから。

フランスの経済・社会モデルは漠然と「フランス・モデル The French model 」と称されている。このフランス・モデルは近年、経済成長や雇用創出も満足にできない制度として厳しい批判にさらされてきた。

批判していたのはイギリスやアメリカだけではない。フランスの大統領ニコラ・サルコジも批判者のひとりだった。サルコジ大統領はいまでこそ自由放任型の資本主義は終焉したと主張しているが、彼が大統領選で勝利できたのは、停滞するフランスモデルに代わるものとして、アングロサクソンモデルを賞賛していたからだ。今でこそ、カーラ夫人のせいで左傾化しているとさえ言われているが。

フランスは他国と同じように世界的な景気後退の大打撃を受けている。今年2月の失業率は8・6%に達していた。とはいえ、フランス経済が受けた打撃は他国に比べて弱かった。これまで何かと財政浪費で非難されてきたフランスだが、財政赤字もかなり低く抑えられている(フランス6・2%、イギリス9・8%、アメリカ13・6%)

フランス人は貯蓄に励む傾向が強く、無理な住宅ローンを組んだり、クレジットカードを使って散財したりしない。フランスでは政府が銀行を救済する状況に陥る気配すらない。最近イギリス人やアメリカ人はフランス的な言動をするようになっており、それをフランス人は面白がっている。例えば、オバマ大統領はアメリカ国民に対して節約や貯蓄、モノつくりを奨励し、富の再配分と医療サービスの充実を訴えている。金融立国として名を馳せたイギリスはサブプライムのダメージも大きく、ブラウン首相が「自由放任主義型経済の時代は幕を閉じた」と宣言。財界人は「金融の蜃気楼」に頼るのではなく、まともな産業政策を実施するよう政府に要求している。ル・モンド紙は「かつて酷評されたフランスモデルが、危機の到来で再び脚光を集めている」と書きたてた。

確かに失業への不安は感じられる。その一方で景気がさらに悪化しても公共部門と社会福祉システムが下支えしてくれるだろうという安心感がある。公共部門で働く雇用者はフランス全体で520万人いて、就労者全体の21%にあたる。景気後退の影響をわずかに受けるだけで済む就労者と定年退職者は50%近くにまで達する。フランス・モデルは不況の衝撃を緩和する役割を果たしている。加えて、フランスには手厚い社会保障制度がある。失業手当は前職の給与の70%ももらえることもある。子供手当てなど、家庭を支援する各種手当ても充実している。フランスの医療制度は官民の双方が負担し、誰でも医療サービスが受けられる。民間の医療保険に加入できず、医療費を払えない人には、資産調査をしたうえで国家が医療費を負担する。

ラガルド財務省は、こうした安定装置が需要を下支えする効果を発揮しており、景気刺激策のひとつとみなせるという。「フランスではもともとショックへの緩衝材が備わっていたので、それを利用するだけで充分でした。私たちは雇用制度や医療・福祉制度を作り直す必要がなかったのです」



以上は、「フランス・モデルの再評価」(英『エコノミスト』掲載)の前半部の抄訳である(ちょっと補足も加えた)。それまで評価の低かったことが金融危機の際に再評価されるという論調は、日本に対してもあった。例えば、日本はバブルの崩壊の教訓を生かして、いくら欧米の金融機関に金融デリバティブを買えと言われても、金融危機の引き金になった悪魔の商品に手を出さなかった(「サムライの復讐」in『ル・モンド』紙)。つまり日本の金融鎖国的な態度(それは規制の産物にすぎなかった)によってサブプライムの直撃をまぬがれたというわけだ。その後、三菱UFJがモルガンスタンレーに出資したり、野村がリーマンの欧州・中東部門を買収したり、日本の金融機関は余裕があるかのように見えていたが。

日本とフランスの大きな違いと言えば、フランスが国家主導で社会インフラを整備してきたのに対し、日本の福祉に対する公的支出は先進国の最低の水準にとどまり、その代わりに企業が従業員の福利厚生を丸抱えしてきたことである。終身雇用、年功序列型賃金制度に支えられた日本型雇用は、経済成長が続く限りはうまく回っていたが、そのシステムが崩壊して、従業員が外に放り出されたとき、それを受け止めるセイフティネットが何も用意されていないことをさらけ出してしまった。もちろんフランス・モデルにも負の側面がある。それは次回に。




cyberbloom

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posted by cyberbloom at 20:37 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | フランスの現在 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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